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十回目の人生、華麗に生きてみせましょう  作者: 真崎 奈南
第二章

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新しい出会い 2

 痩せ型で、銀色の髪を無造作に後ろで束ね、眼鏡をかけた男性を見つめ返しながら、この人がとロザンナは心の中で呟く。

 エストリーナ家にも主治医はいる。そのため町医者である彼との接点はないものの、とても良い先生だという話は何度か耳にしていたのだ。


 アルベルトがくれた縁をつなげたい。どうにかしてこの人の元で学べないだろうかとロザンナの気持ちがはやり出した時、「お嬢様」とトゥーリが困惑気味に呼びかけ、ゴルドンの眉根がぴくりと動いた。


「もしかして、ロザンナ様ですか? アルベルト王子から話は伺っております」


 気付いてくれたことが嬉しくて「はい!」と笑顔で頷き返すと、ゴルドンもニッコリと微笑む。


「本当に聞いた通り、お美しい方ですね。あのアルベルト様が天使のようだとうっとりしていたのも納得だ」


 そのひと言でトゥーリは「まぁ、アルベルト様が?」と頬を染め、ゴルドンに対する警戒心をすぐさま緩めた。ロザンナの中でそれはどのアルベルトの話かという疑いがちらり生じるも、ここで引く訳にはいかない。


「私に光の魔力のことを教えてください」。直球でそう切り出したいところだが、トゥーリが傍にいるため出来ない。じわりと焦りが広がるのを感じながら、ロザンナは「落ち着くのよ」と心の中で自分自身に言い聞かせる。ひとまず、強い思いだけは伝えておきたい。この出会いを切っ掛けにできるように。


「アルベルト様から親しい仲だとお聞きしました。それで、アルベルト様に本を贈りたいのですが何が喜ばれるかわからなくて」


 そこでロザンナは言葉を途切らせ、真剣な眼差しをゴルドンへと向けた。


「いろいろとご教授いただきたいのです」


 ゴルドンもロザンナの思いをしっかりと受け取るかのように、真面目な顔で答えた。


「えぇもちろんです。私でよければ、力になりましょう」


 表情と力強い声音から、今のは言葉に込めた全ての思いを理解した上での返事だとロザンナはしっかりと感じ取る。自然と笑顔が溢れ、アルベルト様に感謝しなくてはと心の底から思った。




 それからロザンナは時間が許す限り、ゴルドンの元へ通うようになった。

 最初は本屋に付き合ってもらう目的で、次はそのお礼、そのまた次はゴルドンから本を借りたためそれを返しに。それ以降も、ゴルドンに会うために様々な理由を考えては強引に実行へと移し、次第に名目は診療所の手伝いへと変わっていった。


 ゴルドンや弟子のリオネルの手伝いをしながら、ロザンナは力の発動や抑制、治癒の流れや魔法薬の効能まで学び出したのだが、十三歳の誕生日を迎えて半年が過ぎた頃、ロザンナの行動がスコットの耳に入り、思うように足を運べなくなる。

 娘に悪い虫がつくのではと不安になったスコットにダンスのレッスン時間を増やされ、時間と体力を奪われることとなったからだ。


 そんな日々が続いていた中、なぜか急にスコットから許可がおりる。不思議に思いながらも心は弾む。約二週間ぶりにロザンナは診療所に顔を出すことができた。


 患者というよりも世間話をしに来ているお年寄りたちから嬉しそうに迎えられ、最近の体調を聞きつつ話に花を咲かせる。診察の合間にゴルドンへ挨拶をして、買い出しから戻ってきたリオネルと合流した。

 リオネルはひとつ年上の男性で、赤みがかった茶色の髪と瞳を持ち、ロザンナよりも少しだけ背が高い。光の魔力を有していて、いつかゴルドン先生のようになりたいが口癖。聖魔法師になるべくアカデミー入学が今の大きな目標である。

 そんな兄弟子としての彼の姿は眩しくて、自分も彼に続けるように頑張りたいとロザンナは考えるようになっていた。


「最近、ロザンナさんが来なかったから、みんな寂しがっていましたよ」

「ついさっき、カロン爺にもそんなことを言われました。なるべく顔を見せておくれって」

「ロザンナさんの存在に癒されている人がたくさんいます。宰相の娘なのに気取ったとことがなくて天使そのものだとか、ニコニコ笑って話を聞いてくれるから元気が出るとか」


 ロザンナは紙袋から取り出した乾燥薬を別の袋や戸棚の中へとしまいながら、リオネルの言葉にふふっと笑う。


「本当に? その言葉で、私の方が元気をもらってしまいましたわ」


 一通り片付けたのを確認してから、早速と言った様子で持参した布の袋から試験管を取り出しす。封をした中にはどれも薄水色の液体が入っていて、十本ほどテーブルに並べから、ロザンナはリオネルへと振り返る。


「少し間が空いてしまったけれど、ただぼんやりしていた訳じゃないのよ。この前教えてもらった回復薬をおさらいも兼ねて作ってみたわ。こっそりと」


 腰に手を当てて、「材料を集めるのにも苦労したわ」と得意げに笑ってみせたロザンナだったが、リオネルのぼんやりとした視線が試験管ではなく自分に向けられていることに気づき、「リオネル?」と眉をひそめた。

 途端、リオネルは大きく目を見開いて、赤らんだ顔を勢いよく逸らした。


「えっ……あぁ、ごめんごめん。ええと、回復薬だったね」


 手をかざし、ガラスを通して試験管の中身の液体濃度をしっかり確認した後、リオネルが微笑んで頷く。


「さすがロザンナさん。うまく配分調整できてる。このまま診療で使っても問題ないんじゃないかな」

「やったぁ!」


 合格の言葉が嬉しくて、ロザンナは試験管を持ったリオネルの手を包み込むように両手でギュッと握りしめた。そのまま身を翻して書棚へと向かい、そこから本を一冊引き抜いてから、慌ただしくリオネルの元へ舞い戻る。


「次はどの魔法薬の作り方を教えてくれますか?」


 そわそわしながらのロザンナのお願いにリオネルはさらに顔を赤くし、思わず試験管を取り落としそうになる。


「えぇと、そうですね。……それでは毒消しなんてどうでしょう」

「毒消し!」


 目を輝かせてパラパラとページをめくり出したロザンナへと、リオネルは緊張気味に近づき、本と愛らしい横顔を交互に目を向ける。しかし、小さく響いた咳払いに視線を上げ、勢いよくロザンナと距離を取った。

 ロザンナも気配につられて戸口に顔を向け「あら」と呟き、そこに立っている人物へと本を手にしたまま軽く膝を折ってお辞儀をする。


「アルベルト様、いらしていたんですね」

「あぁ。たまには様子を見ておかないとと思って。俺の嫁候補が世話になってるから」

「ただの候補者のひとりに、そんな気遣い不要ですわ」


 面白い冗談だと笑うのはロザンナだけ。アルベルトはにこりともせず冷めた目でリオネルを見つめ、リオネルは赤かった顔を青白くさせて、「アルベルト様がいらっしゃったと師匠に伝えてきますね」とぎこちない足取りで部屋を出て行った。


「……どうしたのかしら」

「いろいろ悟ったんだろう」

「何を?」

「わからないなら気にするな」


 はぐらかされたことにロザンナが納得いかない顔をすると、やっとアルベルトにいつもの明朗さが戻ってくる。ぱたりと閉じた本をテーブルに置いたロザンナへと歩み寄り、逆に問いかけた。


「それより、はしゃいでいたみたいだが、何か嬉しいことでも?」

「えぇ。しばらく来られなかったので、その間、回復薬を作りに励んでおりました。決められた濃度別に仕上げることになんとか成功したのですが、……低濃度にするのが難しくて、失敗作がこの三倍ほど。自室に隠しましたけど、トゥーリに気づかれないことを願うばかりですわ」

「そっか。じゃあ、それは俺が引き受けることにしよう。また近いうちにエストリーナ邸にお邪魔するよ」


「一ヶ月ほど前にいらしたばかりなのに?」という疑問は飲み込んで、「はい、お待ちしております」とロザンナは微妙な笑みを浮かべた。


 しばらくアルベルトは並べ置かれたロザンナ渾身の回復薬を手にとって、無言で眺め続けた。あまりにも真剣な眼差しに、ロザンナも静かにその様子を見守っていると、「これも持って帰りたいくらいだ」と彼がため息混じりに呟く。


「アルベルト様の研究は進んでおりますか?」


 前回のエストリーナ邸への訪問で、薬効、特に回復薬のさらなる増強を目的に、密かに研究を進めていると彼から教えてもらった。幾分表情が芳しくないように見えて小声で質問すると、アルベルトは回復薬をテーブルに戻しながら肩を竦めてみせた。


「簡単にいくとは思っていないけれど、やっぱり難しい」

「そうですか。アルベルト様には良くしていただいていますから、私も出来る限り協力させてもらいますね」


 こうしてゴルドンと繋がれたのもアルベルトのお陰であり、感謝の念を抱くたび思うことがある。花嫁候補で無くなった後も、友人と呼べるような今の関係を、続けていけたらと。

 一国の王子相手に友人。なんて大それたことを、ロザンナが自分の考えに気恥ずかしくなった時、アルベルトの手が頬に触れた。


「ありがとう。それじゃあロザンナにはここじゃなくて俺の元に通ってもらおうかな」

「えっ?」


 怪訝な声を上げ、不審なものを見るように頬をくすぐる細長い指先へ視線を落とすと、アルベルトが苦笑する。


「そうしたいのは山々だけど、ロザンナと一緒に研究所に行ったり、四六時中連れて歩いたりするわけにはいかないからな。今まで通りでいい。もちろんあのふたり以外には力がバレないよう注意するように。……あぁでも、ここもここで。見張りをつけておいた方がいいかもしれないな」


 つけられた注文も、その後ぶつぶつ呟かれた独り言も、ロザンナの耳を右から左へと素通りしていく。その間、アルベルトの手が頬から離れなかったからだ。しかも片手だけだったのが両手になり、触れるだけでは飽き足らず頬をつまみ始めた。




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