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十回目の人生、華麗に生きてみせましょう  作者: 真崎 奈南
第二章

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残念なお知らせ

 アルベルトの誕生日パーティーから半年が過ぎた休日の昼下がり、ロザンナは自室で机の上に置いたランタンをじっと見つめていた。

 ランタンのガラスの中には小さな火球。それは弱々しく揺らめいた後、弾け消えた。


「それなりに長い時間保てるようにはなったけれど……」


 まだまだだわと心の中で付け加えて、ロザンナはため息をつく。


 十回目の人生を始めてから、自分の武器とするべく、これまであまり得意としていなかった火の魔力を高める努力をロザンナはこっそり続けてきた。

 と言うのもカークランドでの学び方は様々だ。読み書きなどの最低限の知識を学べる下級院、魔法や剣術を初歩からしっかり身に付けるための中級院、そして専門知識を得たいなら上級院のマリノヴィエアカデミーを目指すことになる。


 しかしそれは平民の流れであり、王族や貴族は子供を下級、中級院に通わせず、代わりに家庭教師をつけるのが通例となっている。

 エストリーナ家も例外ではなく、ダンとロザンナは家庭教師から多くのことを学んでいる。しかし一年ほど前から、ダンは魔法や剣術を重点的に学ぶようになり、一方ロザンナは教養やマナーに関しての講義が多くなり始めていた。

 兄にはマリノヴィエアカデミーに入学し立派な男に、そして妹には次期国王であるアルベルトの妃にふさわしい女性になって欲しいというスコットの考えによるものなのだが、ロザンナは不満だった。


 エストリーナは火の家系で、それを自分もしっかり有している。だから私も魔法に関して学ばせてほしいと父に訴えたのだが、あっさり却下されてしまったのだ。

 力が微弱であるから学ぶ必要はない。ロザンナに必要なのはアカデミーでの妃教育についていけるように今のうちからしっかり準備しておくことだ、と。

 スコットは、ロザンナが花嫁候補に選ばれると信じて疑わない。そのため何度お願いしても聞き入れてもらえず、諦めきれないロザンナは独学という手段をとるしかなかったのだ。


 書斎の奥底に眠っていた火魔法の入門書や教本をこっそり読みすすめては、こうして実践もしている。

 初級編として挙げられているのが火球だ。火魔法の能力者が獰猛な獣などから身を守る初歩的な方法であり、火をつける時や、夜中や暗い場所などの明かりとしてなど、日常生活の中でも様々な用途がある。


 魔力の凝縮具合や、形状を保っていられる時間の長さなど、火球を見たら使い手の能力がわかると言われている。幼い頃と比べたらだいぶ成長したとはいえ、ロザンナのそれはまだ弱い。アカデミーは兄のように火球など難なく操り、剣術にも優れているような人材が入学したいと集まってくるのだから、この力を武器にするにはもっともっと努力が必要だ。


 こんな調子では正直難しいかもと思い始めた一方で、火でなく別の力だったらいけるのではと、希望を持たずにいられなかった。

 ロザンナはベッドのサイドテーブルに飾られている赤いディックの鉢植えへと目を向けて、昨晩の出来事を思い出す。


 そこにあるのは、庭に咲いている観賞用のディックを鉢に移し替えてもらったものだ。アルベルトとのやり取り思い返しながら何気なく手をかざしてみたところ、あの時と同じように花が輝き出したのだ。

 しかもそれは、全神経を集中させて生み出した火球よりも力強い眩さで、眠りの妨げになるほど光り続けた。


 朝食の時に、それとなく父に観賞用の花が力に反応することがあるのかと疑問をぶつけたが、それはないと即答される。

 反応するのは魔法薬用として特別に育てられたものだけだよと言われるも、実際目にしているため納得はできない。食事の後に兄を散歩に連れ出して、庭に咲いているディックを触らせてみたのだが何の反応もなく、疑問は募るばかり。


 ディックにも相性があって、火よりも光の魔力の方が反応しやすいのか。それとも、想像以上に自分の能力値が高いのか。そんなことを考えると、この力なら自分の武器にできるのではと思わずにはいられなかった。


 父から反対される覚悟で、光の魔力に関して学びたいと話してみようか。ロザンナがこれまでにない初めての道を進むことへの緊張に大きく息を吸い込んだ時、階下で「よっしゃーー!」と雄叫びが上がった。程なくして、バタバタと廊下を駆ける足音が近づいてくる。


「ロザンナ!」


 ノックもなしに部屋に飛び込んできたスコットの顔はとても紅潮していた。ロザンナは一瞬面食らうも、その手に握りしめられた紙に見え隠れする紋章に気づき、すぐに何事かを理解して気怠く椅子から立ち上がる。

 これほど舞い上がっての報告は初めてだが、王からの通知で父が大喜びするのは、……あれしかない。


「ロザンナ、おめでとう! アルベルトさまの花嫁候補に選ばれたぞ。まぁ、私の可愛いロザンナが選ばれないはずがないと思っていたが」

「そうですか」


 これ以上ないくらいの笑顔のスコットに抱きしめられながら、ロザンナは虚な目をする。心の中は「選ばれてしまって残念ですわ」という思いでいっぱいだ。

 選ばれなかったら勉学に励みたいと言い易かったのだが、候補になると更に父の熱意が上がるのを知っているため、希望を押し通すのは無理だろう。


 とはいえアカデミーに花嫁候補として入学するまでの五年間、何もしないまま無駄に過ごすつもりもない。何か方法を考えなくてはとロザンナがぼんやり頭を巡らせ始めた時、「失礼します」とトゥーリが小さな鉢植えを抱えて室内に入ってきた。

 何気なく彼女に視線を向けた後、ロザンナはその鉢植えを二度見し、目を見開いて動きをとめる。


「……そ、それは」


 トゥーリが手にしている物に対して恐る恐るロザンナが問いかけて、それにスコットが上機嫌で答えた。


「アルベルト王子からロザンナへの贈り物だよ」

「ア、アルベルト様、から?」


 驚きからつい問いかける口調になるも、これを贈ってる相手など彼以外考えられなかった。トゥーリが抱え持っているのは、ディックの花。しかも、一般的に広まっている鮮やかな花弁ではなく、魔法薬用のあの白い花の方だった。


「並べて飾っておきましょうか?」と、トゥーリがベッド脇のサイドテーブルへと歩き出す。赤の隣に白を置く様子を視界に宿しながらこれはいったいどういうことかと呆然とするロザンナへ、スコットがジャケットの内ポケットから取り出した白い封筒を差し出してきた。

 封筒には「親愛なるロザンナ・エストリーナ嬢へ」と、それから「アルベルト・オーウェン」と達筆に記名されてある。


「もっと華やかで可愛らしい花はいくらでもあるのに、どうしてあの花なのかと考えてしまったが、ふたりの間で意味があるなら納得だ。まさか私の知らない間に王子と関わりを持っていただなんて」

「お父様、私宛の手紙を勝手に読まれたんですね」

「す、すまない。最初この花は、候補者全員へのただの贈答品かと思っていたのだ。しかし驚いた。まさか王子本人から、しかもロザンナにだけの贈り物だったとは」


 目録でも書かれているのだろう程度の軽い気持ちで、目を通してしまったのだろう。まぁ仕方ないかと思い直すと、今度はこの手紙に何が書かれているのか怖くなる。

 ニコニコ顔の父をちらりと見て、ロザンナは封筒の中から紙を取り出した。



 親愛なるロザンナ嬢

 先日の私の誕生日に、祝福をいただきありがとうございました。

 あの場所に行くたび、この花を好奇心いっぱいに見つめて綺麗だと微笑んでいたあなたが頭をよぎります。

 折を見て改めてお礼に伺わせていただきます。

 その時のあなたの笑顔も、この花のように輝いていることを願って。

 アルベルト・オーウェン



 キラキラとした恋文ような文面に、これは王子の名を語った悪質な悪戯かとロザンナの口角が引きつった。


「アルベルト王子の心はもうすっかりロザンナに捕まれてしまったようだな。まぁ確かにロザンナは可愛い。一度見たら忘れられなくなるのも当然だな」


 すっかり困惑していたロザンナだったが、父の浮ついたひと言によって、やっと冷静さを取り戻す。確かに甘い言葉が並んでいるように見えるけれど、実際彼の心はマリンにあるのだ。


 今まで候補決定の知らせと共に彼から贈り物や手紙をもらったことなどなかった。何のつもりだと繰り返し黙読しているうちに、彼の思惑が何となく見えてくる。

 今度会いに行くから、あの時のようにまたこの花を光らせて欲しい。もしかしたらそんな意味が込められているのかもしれない。


 もう一度手紙に視線を落とし、ロザンナは花壇の傍で目にした光景をぼんやり思い返す。身分も年も下の女に、アルベルトはディックの説明を丁寧にしてくれた。そんな彼なら、観賞用が光った理由についても明確な返答をくれるのではと期待が膨らむ。


「王子がいついらしても恥ずかしく無いよう、屋敷の掃除の徹底を。それからロザンナ、今すぐお礼の返事を書きなさい!」


 スコットの指示を受け、トゥーリは「かしこまりました!」と笑顔を浮かべ、ロザンナは「はい」と頷いて机に戻った。


 頭を悩ませつつ書き終えたロザンナの手紙を持って、善は急げと言わんばかりに、早速スコットは馬車に乗り込む。その姿を、ロザンナは胸の中で不安が揺らめくのを感じながら自室の窓から見つめていた。

 両親が馬車の事故で亡くなるのはロザンナが十四歳の時。三年後のことだが、両親が、またはそのどちらかが馬車に乗り込む姿を目にするたび、もし事故が早まってしまったらと怖くなる。



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