人生、十回目突入 2
七度目はなんとかアカデミー内での危機を回避し、実家まで帰って来られた。もう大丈夫だと安心していたところで、叔父から良い縁談があると持ちかけられ飛びつくも、……相手の男が高慢で受け入れられず断ったその翌日、怒り狂ったその男に背後から刺され死亡。
そして八度目。七度目が尾を引き男性とのご縁は得られなかったが、理不尽な最期に見舞われることなく、なおかつ叔母が管理する花園の手伝いをさせてもらったことで充実し、これまでで一番良い人生だった。
だからもう人生を繰り返すことはないと思いながら眠りについたのだが、容赦なく九度目に突入。
それが前回だ。アカデミーを出た後、叔母のように自分もなにか夢中になれることを見つけて、出来たらそれを仕事にして暮らしたいと考えた。そのため、学園にいる間は煽らず騒がず穏便にを念頭に過ごすことを決める。マリンからもライバル視されないように応援しつつ乗り切るはずだったのだが、……初代学長に止めを刺され、今に至る。
十回目の人生が始まった今も、同じ望みが胸の中で燻っている。生きながらえてからやりたいことを見つけるのでは遅いのかもしれないとも思え、今から探し始めようと決める。
そこでふっと頭に浮かんだのは友人のルイーズの姿だった。彼女のように何かを学び自分の力にして、生きていけたら素敵だ。
ロザンナは火の魔法を扱える。今回はその力を磨いて、アカデミーへは花嫁候補として入学し学生として卒業するのを目標にしてはどうだろうか。そうすれば、ルイーズとも長く一緒にいられる。
「まずは、家にある教本から読破ね!」
ロザンナは組んでいた腕を解いて、やる気をみなぎらせながら拳を握りしめた。
「これが最後の人生になるように。華麗に生きてみせるわ!」
花瓶に生けてある花の中にひとつ混ざっていた小さな蕾を指で軽く突っついたあと席を立ち、ご機嫌な足取りでガゼボを離れていく。
誰もいなくなったそこで、小さな光が瞬いた。ロザンナが触れた蕾が、徐々に膨らみ色づき始める。ひっそりと、見事な花を咲かせた。
それから一年後、夕食時に父スコットの言葉に耳を傾けながら、永遠に十歳のままでいられたらどんなに幸せだっただろうかと、十一歳になったロザンナは浮かない顔をしていた。
「……やっぱり、出席しなければいけませんよね」
「もちろんだよ。アルベルト王子が十二歳の誕生日を迎えたお祝いだからね」
スコットが持ってきたのは、「私と共にロザンナもアルベルト王子の誕生日パーティーにお呼ばれされたよ」という話だ。
とうとう来てしまったかと思わずロザンナがため息をつくと、スコットは慌てて言葉を続ける。
「そんなに不安そうな顔をしないでおくれ。ロザンナは私の隣にいるだけで良い。いつも通りニコニコしていたら、それだけで合格だ」
「合格? 王子様の誕生日パーティーで、何か優劣が付けられるのですか?」
「えっ。ゆ、優劣だなんてそんなことあるわけないじゃないか。間違えただけだ。合格ではなく、ご、ご、……ご機嫌、そう、ご機嫌だ。え、誰が? うん。私がだな」
ロザンナが鋭く問いかけると、スコットはぎくりとした。誤魔化しの言葉を並べ出すが、最後は訳が分からなくなってしまったらしく自問自答でしめた。
もし選ばれなかったら悲しい思いをさせてしまうと、スコットは決定の通知が届くまで隠し通すのだが、ロザンナはすでに誕生日パーティーが花嫁候補を選ぶための場であるのを知っている。
だから五回目の人生では、我がままを貫いて誕生日パーティーに参加しなかったのだ。
思惑通り花嫁候補に選ばれずに済んだが、後々兄から、父はロザンナが王子の花嫁なるのを望んでいたため、候補にすら選ばれずひどく気落ちしていたこと、そして意に反し、宰相は自分の娘を王子の花嫁にしたくなかったのではと城内で嫌な噂が立ち、肩身の狭い思いをしていたと聞かされ、失敗したと後悔したのだ。
アルベルトに会わずに済むならそうしたいというのが本音なのだけれど、父に迷惑はかけられない。だから参加する。
「わかりました。……でも、王子様とお会いするのは初めてで、おまけに人の多い場はあまり得意じゃありませんのでニコニコ笑えないかもしれません。大目に見てくださいね」
ロザンナが微笑んで答えると、「その微笑みだけでもう十分だ」とスコットが表情を輝かせる。そして「おごったところがなく誠実で優しくて、おまけに美青年。彼に嫁いだら幸せにしてもらえること間違いない」とアルベルト王子の宣伝を始めたため、ロザンナは真顔でそれを聞き続けた。
そんなやり取りからちょうど四十日後、迎えたアルベルトの誕生日。ロザンナはスコット共に、時間通りに城へとやってきた。門前広場で馬車をおりると、すぐさまやってきた侍女と挨拶を交わす。そのまま門を通り抜け、庭園広場から回廊へと歩を進めていく。
アルベルトの誕生日パーティーは敷地の外れに建つ別館で行われるため、そこまで少し距離がある。
「水色のドレスがとてもよくお似合いですよ。噂にはお聞きしていましたが、本当に可愛らしい方ですね」
道中、侍女に褒められ、ロザンナは「ありがとうございます」とはにかむも、そこにスコットが満面の笑みで割り込んでくる。
「そうなんですよ。うちの娘は本当に可愛らしくて。今日なんてまさに天使のようでしょ?」
「えぇ、とっても」と侍女が微笑んで同意した途端、スコットは「自慢の娘でね」とロザンナがどれだけ可愛いかを熱弁し始めた。すかさずロザンナが「やめて、お父様」と冷静に言い放つと、侍女の笑顔が徐々に苦笑いへと変化していった。
回廊から庭園へと外れ、低木に挟まれできたレンガの小道を進んでいく。途中で現れた脇道にそれたくなる好奇心を必死に抑えて、ロザンナはふたりに続いて進んでいく。
そこから程なくして別館に到着する。玄関口には同じようにお呼ばれされた多くの人の姿があった。大抵は両親と娘の三人。もしくはロザンナのように父娘の二人連れだ。
同年代の娘たちに目を向けながら、その幼さにロザンナは小さく微笑む。ここにいる何人かは五年後に花嫁候補としてアカデミーで顔を合わせることになるのだ。
父と共に挨拶を交わしながら、館の中へと足を踏み入れる。大広間もすでにたくさんの人で溢れかえっていたが、いくら目で探してもその中にルイーズらしき姿は見つけられず、ロザンナは嘆息する。
アカデミーで聞いた話によると、ルイーズが王宮に呼ばれたのは約三ヶ月後の王妃主催のダンスパーティーで、どうやら二回に分けて婚約者候補の選定が行われていたようなのだ。
この誕生日パーティーで彼女と出会えていたら、きっと長年の友人となれていたはずで、毎回のことながらロザンナはとても残念な気持ちになった。
会いたい人には会えないが、待ち望んでいない人とはここで最初の顔合わせとなる。
「これはこれは宰相殿。なかなか姿が見えないので、参加されないのかと思っておりましたよ」
言葉をかわす度、ロザンナの容姿を褒められすっかり浮かれていたスコットだったが、意地の悪さまで伝わるような口調で声がかけられた瞬間、すっと顔から笑みが消え、姿勢を正しながら振り返る。
「アーヴィング伯爵ではありませんか。王子の誕生日ですよ? もちろん馳せ参じますとも」
スコットとの仲の悪さがひと目でわかる男性の傍には、十二歳のマリン。彼女同様、ロザンナも父親の隣で大人しくしていたが、不意にアーヴィング伯爵から視線を向けられ、思わず息をのむ。
「彼女が自慢の娘さんかな。随分と出し惜しみされていた」
しかし、続けて飛び出した嫌味に、ロザンナは咄嗟に顔をうつむけ、わずかに唇を噛む。「そんなつもりは全くありませんよ」とスコットは言い返したけれど、実際アーヴィング伯爵の言う通りだ。
十回も人生を繰り返せば、当然見知った顔が多くなる。そのため、このような場で緊張することはもうなくなったが、最初のうちは違った。人の多い場所に出るのがとても苦手だったのだ。
それはスコットのせいでもある。社交界デビュー後、スコットはロザンナが社交場へと赴くことに強い難色を示した。言葉ではっきり言われなくても、それは禁止されたと同じことで、ロザンナの記憶にある賑やかな場は、この場とアカデミーでのパーティーくらいだ。
スコットはロザンナこそがアルベルトの花嫁にふさわしいと盲信していたようで、社交場に行って悪い虫がつくことを警戒していた。父の思いに触れるたび、ロザンナは申し訳なくてたまらなくなる。アルベルトの花嫁はマリンで、その期待にはどう頑張っても添えないのだから。
心が重苦しくなるのを感じて、ロザンナは勢いよく顔をあげる。随分昔に感じた悔しさや悲しさを振り切るように力強く一歩前に出て、アーヴィング伯爵に対し膝を折って挨拶する。
「娘のロザンナです。父が大変お世話になっております」
最後ににこりと笑って見せたのち、ロザンナはマリンへと体を向け直し、恭しくお辞儀をした。するとマリンも慌てて挨拶を返してきた。
父には申し訳ないが、ここは自分の今後のために愛想良くさせてもらう。これから勉学に励みたい。花嫁候補としてアカデミーの門をくぐることになっても、彼女とは決して対立せず、時間を有意義に使うのだ。煽らず騒がず穏便には今回も続行である。
ロザンナがマリンのドレスや髪飾りを褒め始めると、アーヴィング伯爵は「父親と違って見る目があるようではないか」とほくそ笑む。それに対し、スコットは引きつった笑みを浮かべて、「あぁ、そうだいけないいけない」とロザンナの肩に手を乗せた。




