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十回目の人生、華麗に生きてみせましょう  作者: 真崎 奈南
おまけ

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紙コミック1巻発売記念SS「初めては俺で」

ありがたいことに、三鼓先生によるコミカライズ、紙コミック1巻発売です!

その記念といいますか、応援といいますか、

紙コミック1巻を繰り返し読みまして、浮かんだエピソードを形にしました。

良かったらどうぞ~。

 ロザンナがゴルドンの診療所の手伝いをし始めてから二年と半年が過ぎたある日のこと。


 ゴルドンを頼りに訪ねてきた町の人々が、幾分明るい表情となって診療場を後にする。

 そんな光景を目にするたび、ロザンナはゴルドンへ尊敬の念を募らせ、彼のもとで学べることを誇りに思うようになっていた。

 同時に、ゴルドンを紹介してくれたアルベルトへの感謝も、もちろん大きく膨らんでいく。


「アルベルト様、ありがとうございます」


 診療所の一室で回復薬の調合に取り組んでいたロザンナは手をとめると、つい数分前にふらりと姿を現したアルベルトに向かってぽつりと話しかけた。


「……いきなりどうした?」


 本棚の前に立ち、手に取った薬草図鑑に没頭しかけていたアルベルトが、驚いた顔でロザンナを見た。


「ゴルドン先生という優秀な方を紹介してくださったことです。学んでいる多くのことが、私の確かな力になっています。充実し、希望を持てる今があるのは、アルベルト様のおかげです」


 しみじみと返した言葉にアルベルトが「大袈裟だな」と小さく笑ったが、ロザンナにとっては大袈裟なんかじゃない。

 この二年と半年で薬学に関する知識も増え、時には翻弄されてしまうくらい膨大で扱いを難しく感じていた光の魔力にも、ようやく慣れてきたところだ。

 光の魔力は、両親を助けることができる力。しかし、その力をうまく使えないならば、持っていないのも同然で、ふたりを助けることなどできない。

 未来を変えたいからこそ、ゴルドンとの縁を繋いでくれたアルベルトには感謝しかない。


 ロザンナはどこまでも真剣にアルベルトを見つめた後、少しばかり肩の力を抜いて笑みを浮かべた。

 アルベルトは見惚れるようにロザンナを見つめ返す。しかしすぐに気恥ずかしくなったのかわずかに頬を赤らめ目を逸らし、動揺からか早口で言葉を並べる。


「得たものを自分の力にできているなら、それはロザンナの努力の賜物だ。たまたま俺が切っ掛けを作ったというだけの話で……いてっ」


 アルベルトが眉を寄せ、己の手元に視線を落としたため、思わずロザンナは彼の元へと歩み寄った。

 どうやら本の紙で指先を切ったらしく、切り傷からうっすらと血が滲み出てきていた。


「アルベルト様、血が!」

「これくらい大丈夫だ」


 傷口をぺろりと舐めつつ、あっけらかんとした口調で答えるアルベルトに、ロザンナは「でも……」と続けたが、次の瞬間、ガシャンと何かを落として割ってしまったような派手な音が廊下で響き渡った。


 図鑑を棚に戻し、何事かと不思議そうな顔で戸口へ足を向けたアルベルトに続いて、ロザンナも歩き出し、彼と共に廊下へと顔を出し様子をうかがう。

 廊下にはゴルドンとリオネルがいた。リオネルは転んだらしく床に尻餅をついている格好で、彼のそばには割れた薬品の瓶も落ちている。


「大丈夫ですか?」と声をかけながら、ゴルドンがリオネルの傍らにしゃがみ込むと、リオネルが「すみません」と慌てふためきながら割れた瓶に手を伸ばした。

 手を貸した方がいいかしらとロザンナが見つめる先で、「いたっ!」とリオネルが声を上げた。彼も指先を切ってしまったらしい。


 それでも彼は一度放した瓶のかけらを再び摘み上げようとしたため、ゴルドンが「そのままで」と素早く言葉を挟み、リオネルの手をそっと掴んだ。

 すると、ゴルドンの手元が眩く輝き出す。一瞬遅れて、ゴルドンからふわりと発せられた温かな魔力の風をロザンナは感じ取った。


「……あっ、失敗しました」


 治癒が進み、魔力の輝きが収まりかけた時、ゴルドンはしまったといった様子で苦い顔をする。


「今のは、ロザンナさんが光の魔力で治癒にあたれる絶好の機会でしたね。一度も経験していない状態で、患者さんを練習台にさせる訳にはいきませんが、リオネルなら話は別ですから」


 ゴルドンが苦笑いする横で、リオネルが完全に傷が塞がっている自分の指先をじっと見つめて、「俺、もう一度、指くらい切ってもいいですけど」と真剣な顔で呟く。

 それに「やめておきなさい」と笑みを深めて答えたゴルドンにつられて、ロザンナがわずかに口元をほころばせていると、突然アルベルトに腕を引っ張られ、室内に引き戻された。

 ロザンナはあっという間に椅子に座らされ、自分と向かい合って立つアルベルトをぽかんと見上げる。


「……アルベルト様?」


 状況が理解できずに名を呼びかけると、アルベルトがロザンナに手を差し出してきた。


「俺が練習台になる。若干血も出ているし、ちょうどいいだろう」


 そこでロザンナもようやく理解する。小さな切り傷のある指先とアルベルトの顔へと、動揺まじりに目を向けてから、覚悟を決めて勢いよく椅子から立ち上がった。


「それでしたら、アルベルト様がお座りください」


 椅子には患者であるアルベルトが座るべきだとロザンナが促すと、アルベルトは頷いて素直に従う。

 緊張気味に、ロザンナは彼に向かって手を伸ばすが、途中でぴたりと動きが止まった。

 治癒は相手に触れつつ行うもので、アルベルト自身も手を差し出したままの状態である。

 同意の元であっても、相手は王子だ。今更ながら気軽に触れていいのかとロザンナの心に小さなためらいが生まれる。


「……人に魔力を使うのは初めてですし、うまくできずご迷惑をかけてしまうかもしれませんが……本当によろしいのですか?」


 そして触れる以上に、王子を実験台にしてしまって良いのかという考えが頭をよぎる。

 ロザンナが確認するように問いかけると、アルベルトは急に不貞腐れた顔をし、肩をすくめた。


「構わない。俺がロザンナの初めての患者になりたいから」


 彼の口から真剣に告げられた思いにロザンナの鼓動が大きく跳ね、自分を真っ直ぐ見つめる眼差しに心が熱くなる。

 時が止まったような錯覚に陥りながら見つめ合っていると、そっと、アルベルトがロザンナの手を掴んだ。


「あいつにも、もちろん他の誰にも、ロザンナの初めては譲れない」


 別の意味にも聞こえてくる彼の言葉に、ロザンナは大きく目を見開く。掴まれた手がほんのわずかに震え、心に芽生えた熱が一気に広がっていく。

 つい膨れっ面で「揶揄わないでください」とロザンナが文句を口にすると、アルベルトはすぐに表情を崩し無邪気に笑って、掴んでいた手を放した。


「よろしく頼む」


 改めて、切り傷のある手を差し出され、ロザンナは自分の中で燻る気恥ずかしさを必死に押し隠しつつ、アルベルトと向き合う。


「では……失礼致します」


 気持ちを切り替えるように息を吐き出したのち、両手で温もりを包み込むようにして、アルベルトの手に触れた。


 ロザンナが発した魔力の輝きをアルベルトはその身で受け止めながら、心地よさそうに、そして満足気に目を瞑ったのだった。



お読みくださりありがとうございます。


コミックを読んで、このページにたどり着いてくださり、

もし原作小説の方にも興味を持っていただけましたら、

発売されているものには二万文字くらいの番外編が入っていますので、

そちらもあわせてよろしくお願いいたします!

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