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十回目の人生、華麗に生きてみせましょう  作者: 真崎 奈南
五章

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30/31

まだ見ぬ未来へ

 金銭と引き換えにマリンを推したアカデミーの教師は職を追われた。


 二年前にはエストリーナ夫妻、そして城の裏庭でロザンナを襲った男に、アカデミーの階段でロザンナを突き飛ばした男。そのふたりを裏で動かしていたアーヴィング伯爵。全てがアルベルトの宣言通り、牢に入れられた。

 ふたりの男は罪を認めたが、王子の命を狙い重罪とみなされたアーヴィング伯爵はいつまでもその横柄な態度を崩さなかった。

 そのため、カークランド国内で一番厳しい環境とされるタシュド牢獄へと三人まとめて送られることが決まった。


 移動のために檻車に乗せられた時だった。罪を認めたらタシュドに行かずに済んだのにとアーヴィング伯爵を責めていた手下の男がこれまでの不満を爆発させ、警護に当たっていた騎士団員から奪い取った剣でアーヴィング伯爵を貫いたのだった。


 牢にいる間も命を引き取った後も、アーヴィング伯爵の元へ家族が訪ねてくることはなかった。マリンと母は、父が捕まったその翌日からどこかに姿を消してしまったからだ。




 暗い空気が立ち込めていても日は昇り、人々の日々は続いていく。一週間ほどの休暇を経て、マリノヴィエアカデミーは新学期を迎えた。


 休暇中から寮の部屋が一緒になったルイーズとピアはすぐに仲良くなり、毎晩夜更かししてはロザンナの話で盛り上がっている。一方、リオネルはぎりぎりの成績での進級となったため、休み中も補習三昧だった。


 ゴルドンはアカデミーの教師だけでなく魔法院の聖魔法師としても活動し始め、メロディは王太子妃の教育係として城に入ることとなった。


 そう、ロザンナの日々も途絶えることなく続いている。


 トゥーリに髪の毛を整えてもらい、鏡台の前から立ち上がったロザンナはテーブルの上に置いてあった教本を胸元に抱えて、そわそわと室内を動き回る。


「ロザンナ様、落ち着いてください」

「楽しみすぎて、じっとしていられないわ。今日から聖魔法の授業が始まるのよ。それでね、お昼はルイーズたちと学食の予定なの!」

「あぁそうか。ロザンナは食堂で食べるのは初めてだったな」


 喜びに満ち溢れたロザンナの声に、アルベルトの呟きが続く。扉へ振り返ると、戸口にアルベルトが立っていた。トゥーリは丁寧に腰を折り、ロザンナはアルベルトに「そうなんです!」と駆け寄っていく。

 ロザンナの様子にふっと笑みを浮かべて、アルベルトは提案する。


「支度は出来てるようだな。少し早いがアカデミーに行くか」

「はい!」


 ロザンナは掴み取った鞄の中へ持っていた教本を入れてから、トゥーリに「行ってまいります」とお辞儀をし、アルベルト共に部屋を出た。アルベルトの部屋の隣が、今のロザンナの自室となっている。

 そわそわしていたためか、階段に降りようとした時、ずずっと足を滑らせ踏み外しそうになる。しかし、ひやりとしたのはほんの一瞬、すぐさまアルベルトに腕を捕まれ、ロザンナは引き寄せられた。


「気をつけて」

「ありがとうございます」


 顔を見合わせて微笑んでから、ふたりはゆっくりと階段を降りていく。

 城の外へ出た途端、馬車の車輪の点検をしていた御者がアルベルトとロザンナに気付いて慌て出す。


「もう行かれますか? 実はまだ警護の騎士団員が到着していなくて」


 アルベルトは顎に手を当て考え込んだ後、ロザンナを見た。


「アカデミーまでそんなに遠くない。時間もあるし歩いていくか」


 賛成だと頷き返すとアルベルトから手を差し出され、ロザンナは胸の高鳴りと共にその手をとった。「本当によろしいのですか?」と慌てる御者に「問題ない」と返事をし、ふたりは歩き出す。


 幸せを噛み締める度、ロザンナは思う。あの日、アルベルトに庇われていなかったら、十回目の人生はとっくに幕を閉じていたかもしれないと。

 だからこそ今この瞬間が限りなく愛しくて、少しも無駄に出来ない。


 城の門を出ると、次々と町の人々からお辞儀をされる。前回同様、アルベルトは笑顔で手を振り返し、ロザンナはぎこちなく頭を下げ返し続けた。

 のんびりと歩を進めていくと、やがてアカデミーの校舎が見えてくる。


「私の人生に、これほどの幸せがあったなんて」


 しみじみと思いを口にしたロザンナに対して、アルベルトは小さく笑う。


「もう俺たちふたりの人生だ」


 ロザンナは息をのむ。胸を熱くさせながら、笑みを浮かべる。


「えぇそうですね! アルベルト様とこれからもずっと一緒です」

「支え合いながら生きていこう」


 しっかりと手を繋いで仲睦まじく歩いていくふたりの姿を目にした人々にも、笑顔が広がる。

 まだ若いふたりが、才に溢れ国に繁栄をもたらした名王と人々の傷を癒す女神の如き王妃として尊敬され慕われるのは、もう少し先の話。



<END>




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