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十回目の人生、華麗に生きてみせましょう  作者: 真崎 奈南
五章

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29/31

過去の理由

 学長をはじめ学園の講師陣、花嫁候補やクラスが一緒だった生徒たちから祝福の言葉をもらった後、国王夫妻、そしてスコットまで大広間に姿を現す。

 メロディとスコットは涙ながらに祝ってくれて、ロザンナまで胸が熱くなった。


 それから再びダンスの時間となる。幸せいっぱいでアルベルトと踊りながら、ロザンナはルイーズの姿を目にし、思わず苦笑いをする。彼女のそばに男性が列をなしていて、九回目の自分と同じ状態に陥っていたからだ。


 踊り終えて、ロザンナはアルベルトと共に壇上に用意された椅子に腰を掛けた。

 壇上には大きな花瓶があり、ぶつかったら痛そうだから近づかないようにしようとロザンナは心に決める。次いで、先ほど自分たちが踊っていた頭上にある大きなシャンデリアに目を止めて、あれが落ちてきたら大怪我をしていたかもしれないと、退場時に気をつけなくてはと警戒心を抱く。


 室内の様子に目を光らせていると、アルベルトの傍へ静かに歩み寄ってきた騎士団員に気がつく。背後から彼の耳元へ何か話しかける様子をちらちらと横目で見ながら、きらりと光を反射した飾りにロザンナはわずかに目を細める。

 鞘から下がっているクリスタルチャームは紫色だった。すぐに騎士団員はアルベルトのそばをすっと離れ、音もなく姿を消す。


「クリスタルチャームが紫色でしたね」

「紫色を持っているのは、俺が信頼を置いている仲間だ。無愛想な奴らばかりだが怖がる必要はない」

「わかりました。……それより、何か良い報告でも?」

「あぁ。ここからが本番だ。気を引き締めてかからねば」


 嬉し気に微笑む口元から飛び出したアルベルトのひと言を、自分自身にも置き換えて、気を引き締めねばとロザンナは気持ちを改めた。

 男子学生が大騒ぎしたり、魔法院のお偉いさんが挨拶しにきたりと心は落ち着かないが、アルベルトがそばにいる心強さからか特に不安になることもなく、あっという間に時間は過ぎていく。

 学生たちが退場すると、国王夫妻とスコットが大広間を後にする。続けて学長を見送り、ロザンナは片付けのために残っている学生たちを見つめながらぽつりと呟いた。


「そろそろ私たちも退場した方が?」

「そうだな。俺たちがいては片付けを始められないだろうし。ロザンナも何も食べていないからお腹が空いただろう?」


 喉に詰まらせて死にたくないから何も口にしなかったとはさすがに言えず、ロザンナは苦笑いを浮かべる。


「寮の部屋まで送って行こう」

「ありがとうございます!」


 ひとりで部屋まで戻るのを不安に感じていたため、ロザンナはアルベルトの申し出をありがたく受けた。たとえ何か起きても、彼が一緒なら手遅れになる前になんとかしてくれるだろう。


「来年からは、行き帰りずっと一緒だ。ロザンナも城に住んでもらうことになる」

「ほ、本当ですか?」


 来年も寮で生活するとばかり思っていたため驚いてしまったが、記憶の中のマリンは卒業後に婚約者として城に入っていた。学生を続けても、そこは変わらないのだろう。

 そうなると、途端に気恥ずかしさがこみ上げてくる。今よりも断然アルベルトと過ごす時間が多くなるのだ。

 頬を赤らめたままアルベルトと学生たちへ挨拶をし、最後にこの場の責任者らしき男性教師と言葉を交わしたのち、ふたり揃って廊下に出た。


「飾ってあった花をロザンナの部屋にも運ぶよう言っておいた」

「わかりました。楽しみにしています」


 ロザンナはアルベルトと言葉を交わしながら、廊下に視線を走らせる。人の姿はないものの、階段に近づくにつれて九回目の光景が目に浮かび、だんだんと足が重くなっていった。ぴたりと立ち止まったロザンナへ、アルベルトが不思議そうに振り返る。


「ロザンナ、どうした?」

「いえ。あの……その……、マリンさんは今どこにいらっしゃるのかと思いまして」


 あの階段に差し掛かった瞬間、再び彼女が自分の目の前に現れるような気がして怖いのだ。


「彼女は寮の自室へ連れて行かれて、そのまま荷物をまとめてアカデミーを出て行ったはずだ」

「それでは、ここにはもういらっしゃらないのですね」


 前回と同じ道を辿ることはなさそうだと安堵したのも束の間、階段を登ってくる靴音を耳が拾い、嫌な緊張感がわき上がる。やがて目の前に姿を現した人物、アーヴィング伯爵に対し、ロザンナは思わず表情を強張らせた。

 すぐにアルベルトも気付き、警戒の面持ちで迎える。


「どうやら間に合ったようだ。遅くなりましたが、私もお祝いの言葉を述べさせていただきたく参上しました」

「俺もあなたと話さなくてはと思っていたところです」

「ほう。それはもちろん、……私と娘を蔑ろにしたことへの謝罪ですよね。いったいどういうことでしょうか。選ばれるのは私の娘と決まっていたはずでは?」


 アーヴィング伯爵の半笑いでの口上に、アルベルトは冷笑する。


「すまないが、あなたの娘は好きになれない」

「つれないお方だ。娘があんなにあなたを好いていて、私もあなたの舅となれるのを楽しみにしていたというのに。王位を継がれた暁には、培ってきた我が人脈が大きな力となったでしょうに。もったいない」


 そこで伯爵は「ああでも」と顎に手をあて、考えるような仕草を挟んだ。


「まぁ別の方法もありますな。私を宰相に推してください。はっきり言わせてもらうが、今の宰相は無能すぎる。国を良くしたいと望むなら、私に変えるべきだ」

「なんてことを! 訂正しなさい!」


 父を侮辱されロザンナが声を荒げるも、アーヴィング伯爵は鬱陶しそうに顔をしかめるだけ。その態度が頭にきて掴みかかろうとしたロザンナをアルベルトが制する。


「短気ですな。それでは王妃は務まりますまい。結局、父親だけでなく娘も上に立つ器ではない。アルベルト様は先の選択の誤りを認め、正してあげるべきです。身の丈に合わない場所にしがみついていたら、遅かれ早かれエストリーナ家は破滅しますよ」


 腹立たしくてたまらない。ロザンナは自分を掴んでいるアルベルトの手を振り払おうとしたが、彼の表情が怒気をはらんでいるのに気付いて動きを止める。


「ロザンナ、悪いがひとりで部屋まで戻ってくれるか?」

「……わかりました」


 今まで聞いたことがないくらい冷たい声音に僅かに身を震わせ、ロザンナはアルベルトの求めに了承する。そのままアーヴィング伯爵に睨みつけられながら、階段へ向かってゆっくり歩き出した。


「野心でぎらつくお前が俺の義理の父になるなんて、吐き気がする。身の丈にあった場所へと言うのなら、今すぐお前を牢屋の中へ叩き込んでやる」

「牢? 私に無実の罪でもきせるおつもりですか」

「アカデミーの講師が、マリン・アーヴィングを最優秀者に推すようにと、あなたから金銭を受け取ったと白状した」


 階段の手前でロザンナは足を止め、思わず振り返る。真先に思い浮かんだのは、数時間前、自分へと懺悔したメロディの姿だった。裏で手を回していたのかと、握りしめた拳が憤りで震えた。


「アルベルト王子も私の娘に好意を抱いていると思っていたからです。何度も我が邸へ、娘に会いに来られていたじゃないですか」

「あなたを刺激すると、ロザンナやエストリーナ夫妻が危険にさらされると分かっていたからです。二年前に企てた罪を忘れたとは言わせない」


 ドクッと、ロザンナの鼓動が重々しく響いた。二年前で思い浮かぶのは、両親が襲われた事件だ。


「はて。何のことでしょう」

「先日捕らえたお前の手下が、やっと白状したよ。エストリーナ夫妻を襲ったのは自分だと。そしてそれを指示したのはアーヴィング伯爵、あなただと」


 やはりアーヴィング伯爵が関わっていた。絶対に許せない。怒りで我を忘れそうになった瞬間、伯爵が上着の内側から短剣を取り出すのを目にし、一気に心が恐怖で埋め尽くされていく。

 九回目は娘、十回目ではその父親。手にしているその剣がこの人生での死因につながっていたとしてもおかしくない。


「アルベルト様!」


 ロザンナはありったけの声で彼の名を叫んだ。自分が傷つき倒れるならまだしも、彼を巻き込むわけにはいかない。そう考えて駆け寄ろうとしたが、アルベルトはアーヴィング伯爵の攻撃を難なく避けて、逆にその手から短剣を叩き落とした。

 見事な動きでアルベルトが伯爵を取り押さえた時、まだ大広間に残っていた騎士団員数人が騒ぎに気付いて廊下に飛び出してきた。

 アルベルトは騎士団員に「連れて行け」とひと言命ずる。そして、騎士団員に捕らえられても暴れ続ける伯爵にため息を投げかけてから、立ち尽くしていたロザンナへと顔を向け、顔を青くさせた。


「ロザンナ!」


 アルベルトが叫んだ理由を理解するよりも先に、ロザンナは横から乱暴に腕を掴み取られる。いつの間にかそばに騎士団員の男が立っていた。しかし格好こそ騎士団員だが雰囲気も力も荒々しく、それはまるで城でロザンナを襲ったあの男のようだった。


「その女を殺れ!」


 伯爵は騎士団に抑えられながら、驚きと恐怖で悲鳴さえ出ないロザンナを指差す。

 このまま終わってしまう。そう感じ、ロザンナはがむしゃらに男の手を払い退けようとするが、足が段差から滑り落ち、息をのむ。

 足元は大階段。そのままぐらり傾いた体が、空中へ放り出された。覚えのある感覚に、ロザンナの目に涙が浮かんだ。終わってしまった、と。


 最期にもう一度だけ、アルベルト様の顔が見たい。そう願った瞬間、ロザンナの体は温もりに包み込まれた。力強い両手で逞しい胸元へとしっかりと引き寄せられ、きつく抱きしめられた状態で階段を転げ落ちていく。


 階段下の胸像の台にぶつかり、鈍い音が続き、僅かな呻き声が発せられた。


「アルベルト様!」


 アルベルトの身体の下から上半身だけ這い出して、ロザンナは泣き叫ぶように呼びかける。騎士団員のひとりも顔面蒼白で階段を駆け下りてくる。


「しっかりして! お願い死なないで。私を置いて行かないで!」


 こんな終わり方は絶対にダメだ。ロザンナは涙を拭って、うつ伏せのまま動かないアルベルトへ手を伸ばす。

 頭部に出血はない。強打したのは背中だろうか。アルベルトの上着へと手を掛けると同時にゆっくりと右腕が動き、ロザンナは目を見張る。そのまま右手を床に手をつき、アルベルトが体を起こした。


「大丈夫、ですか?」

「転げ落ちたから腕は少し痛いが、平気だ。これくらいじゃ死なない」


 互いにぺたりと座り込んだまま向き合う。確かに腕は痛そうにしているが、他は何ともないようにロザンナの目には映った。


「で、でも顔が。落ちてきましたよね。ぶつかったらとても……えっ」


 近くに落ちているだろう初代学長の頭部を探すも見当たらない。数秒後、台座の向こう側に転がっている頭部と目が合い、ロザンナは脱力する。

 どうやら頭部はアルベルトには直撃せず、反対側へと転げ落ちたらしい。


「良かった」


 もう大丈夫。死は回避できた。アルベルトも無事だ。

 安堵から涙をこぼしたロザンナにアルベルトは慌てふためく。ロザンナは人目も憚らずに彼へ抱きついて、声を上げて泣き続けた。





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