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十回目の人生、華麗に生きてみせましょう  作者: 真崎 奈南
五章

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26/31

試験を終えて 2

 それにロザンナは「もう?」と不思議に思い、開けられた扉の向こうの景色を目にし驚きで目を見開く。


「ここ、お城ですよね?」

「あぁ。その通りだ」


 アルベルトに手を引かれながら馬車を降り、ロザンナは困惑気味に話しかけた。対して、アルベルトはさも当然の顔で返事をする。


「私はてっきり森に行くのかと」

「確かにそこも考えたが、普通に、眠れる場所が……」


 その先の言葉は欠伸でかき消された。多くの者から挨拶を受けつつ城へと入り、ロザンナの中でまさかという思いが膨らむ。アルベルトに手を引かれながら螺旋階段を三階まで登り切ったところで、ロザンナはたまらず話しかけた。


「……ア、アルベルト様。どこでお昼寝をされるつもりですか?」


 問いかけると同時にアルベルトの足が止まり、目の前の扉を押し開ける。


「自分の部屋だ」


 そのまま部屋の中へ入ろうとしたため、ロザンナは慌ててアルベルトの手を掴んで引き止める。普通に眠れる場所という言葉から、自室のベッドで惰眠をむさぼりたいのだろうと予想はしたものの、実際ここまで来てしまうと緊張で動きが鈍くなる。


「ほ、本当に入ってよろしいのですか?」

「もちろん。連れてきておいて追い返すわけないだろう」


 男性の部屋に入るなど、兄以外に経験ない。しかも相手は一国の王子だ。こんなに気軽に入って良いのかと戸惑うも、掴まれた手は離してもらえそうもない。


「しっ、失礼いたします」


 覚悟を決め、ぎこちない足取りで室内へと進み、……ロザンナは「まあ」と目を輝かせる。アカデミーで彼が使用している部屋と同じように壁際に大きな書棚があり、たくさんの本が並んでいたからだ。


「以前から思っていましたが、アルベルト様は読書家でいらっしゃいますよね」


 上着を脱いだアルベルトに話しかけながら、ロザンナは嬉々として書棚へ近づいていく。彼が眠ている間、何か読ませてもらおう。専門書はもちろん小説も充実していて、これまであまり手を伸ばすことがなかったそちらにも目が向く。


「おすすめの物語を教えてくださいな」


 タイトルを黙読しつつ、後ろにいるだろうアルベルトに声をかけた時、そっと肩に手が乗せられた。


「すまない。寝入るまで付き合ってくれ」


 振り返ると、すぐそこに眠そうな顔。わずかに首を傾げた瞬間、アルベルトに横抱きに体を持ち上げられ、ロザンナは「きゃっ」と小さく声をあげる。


「お、お、お、お待ちください、アルベルト様」


 運ばれた先はベッドで、ロザンナの横にアルベルトも身を横たえる。ベッドを降りようとしても逞しい両腕に引き寄せられて逃げ出せない。

 アルベルトから眠たげにすり寄られ、ロザンナは身動きができず顔を強張らせる。


 抱き枕状態のまましばらくじっとしていると、やがてアルベルトから規則正しい寝息が聞こえてきた。

 もう寝たのかと驚き、そっと顔を動かして彼の様子をうかがう。無防備な寝顔を見るのは二度目。躊躇いながらわずかに頬に触れて、ロザンナははにかむ。


「お疲れ様でした」


 徐々に温もりの心地よさに誘われ、アルベルトの呼吸に合わせてロザンナのまぶたも重くなる。ここ数日の疲れを癒し合うかのように身を寄せて、眠りに落ちていった。


 結局その日は夕方まで眠り続け、目覚めたのもふたりほぼ同時だった。気恥ずかしくて顔を赤らめながら用意された紅茶を飲んでいるうちにアカデミーへと帰る時間を迎え、おすすめしてもらった小説の一巻を借りて帰路についたのだった。


 アルベルトの部屋での時間は、幸せだった。振り返るたび実感を深め、アカデミーでの残り少ない日々もきっとそんな日が続くだろうと思っていた……が、願い通りにはいかない。


 翌日一般の授業を終えてから、ロザンナは一晩で読み終えてしまった小説を大切に抱え持ち、いつも通りアルベルトの執務室に向かうべく椅子から立ち上がる。

 昨日の幸福感を胸に残したままそわそわとした足取りで教室を出ようとした瞬間、「ロザンナさん」と先ほどまで教鞭を奮っていたゴルドンに呼び止められた。

 振り返ったロザンナへと、周囲を気にしながらゴルドンが話しかける。


「アルベルト様はしばらくアカデミーにお見えにならない」

「どうしてですか?」

「公務です。余裕がある時は授業に顔を出す予定のようですが、終わり次第城へ戻らないといけないため、放課後あの部屋に立ち寄る余裕がないとのことです」

「……そ、そうですか。わかりました」


 最後の言葉でこれはアルベルトからの伝言なのだと気付かされ、ロザンナはゴルドンに頷きかける。寂しいけれど、受け入れるしかない。

 廊下を歩いて行くルイーズの姿を見つけ、ロザンナは「それなら私は自室に戻ります。失礼します」とお辞儀をし、ゴルドンの元を離れた。


 すぐにルイーズに追いつき共に寮に戻ると、いつもは部屋で待っているトゥーリが入り口で待っていて、しかもその隣にはダンの姿があった。


「お兄様、お久しぶりですわね。……何かありましたの?」


 ダンが私服ではなく騎士団の制服姿のため私用でやって来たとは思えず、ロザンナは周囲を見回しながら慎重に尋ねた。

 それにダンはほんの数秒、トゥーリと視線を通わせてから、言いにくそうに口を開く。


「実は……、最近寮の近くで不審者の目撃情報がいくつか出ていて」


 今度はロザンナとルイーズが顔を見合わせる番だった。


「本当ですか?」


 マリノヴィエアカデミーはぐるりと壁に囲まれていて、出入口は門扉の一か所だけ。もちろん守衛も立っている。安全だとすっかり思い込んでいたが、壁を乗り越えようと思えば侵入は可能だろう。

 城でのあの一件を思い出し、ロザンナは身震いする。あの男は捕らえられ牢に入れられているが、また似たような事が起こったらと不安で胸が苦しくなった。


「うちの寮はみんな出払っていて人が少ない状態だから、余計に狙われそうね」

「冷静に怖いことを言わないでください」


 淡々としたルイーズの分析に、思わず泣きそうになったロザンナへと、ダンが慌てて補足する。


「心配しなくていい。この寮を中心に第二騎士団が交代で見回りすることになったから。注意だけしていてくれればそれで良い」

「わかりました。よろしくお願いします」


 ダンに見送られながら、ロザンナたちは寮の中へ入って行く。花嫁候補たちが里帰り中なため、建物の中は静まり返っている。ここ数日は過ごしやすいと思えていたその環境が、途端に心細くなる。

 しかしその後は、騎士団員が寮の内外をうろついているからか特に何かが起きることもなく、休暇期間は終わりを迎えた。


 花嫁候補たちが一斉に寮へ戻ってくる中、ロザンナは小さくため息をつく。いくら公務で忙しいとは言っても、みんなが戻る頃までに一度くらいはアルベルトの顔を見られるだろうと思っていたのだが、叶わなかったのだ。

 寂しくて気落ちしている自分自身に、ロザンナは苦笑いする。あんなに遠ざけようとしていたのに、今は彼が愛しくてたまらない。


 みんなが徐々に戻り始めると、アルベルトの花嫁を選ぶあのパーティーも目前となり、ロザンナの緊張も高まり出す。

 選んでもらえると信じたい一方で、今まで同様選ばれなかったらという考えも捨てきれない。

 そして、危険を回避し命をつなげなくてはという思いも強くなる。聖魔法師として、そしてアルベルトの隣で、これからも生きていきたいのだ。


 花嫁候補たちが久しぶりに教室に揃ったその日に、メロディによって成績が発表され、……ロザンナは愕然とする。個々の成績はロザンナが最高点を記録したが、最優秀者としてあげられた名前はマリンだったのだ。

 そして、マリンからもたらされた情報もあわさって、再び派閥に変化が生じる。


「やっぱりマリンさんだと思っていましたわ」

「それもアルベルト様の贈り物ですか? 素敵ですわね」


 数週間前までロザンナを褒め称えていた花嫁候補者たちが、今マリンを取り囲んでいる。ロザンナのそばにはどちらにつくべきか判断がつかないでいる花嫁候補者と、呆れ顔のルイーズに苦笑いのエレナ。


 今回も、真面目に取り組みさえすれば九回目のように挽回できると思っていたが、ロザンナはマリンを超えられなかった。落ち込む間もなく、休暇中アルベルトがアーヴィング邸にしばらく滞在していたとマリン本人が自慢げに言いふらしているのを聞き、ロザンナは完全に言葉を失う。


 しかも、マリンの口ぶりからその時すでに自分が成績最優秀者だと知っていたようで、アルベルトに褒めてもらったととびきり嬉しそうに報告する。


 エレナ以外は、自分の周りにいる顔ぶれが前回とほぼ同じになりつつある。別な道を進めていたはずなのに強引に軌道修正され、いつもの道へ戻されてしまったような気持ちになっていく。花嫁に選ばれるのは、やっぱり彼女なのかもしれない。


 聖魔法の授業を受けるべく、ロザンナがひとりでぼんやり廊下を歩いていると、ゴルドンとは別の講師に声をかけられた。厚みのある封書を手渡され、笑顔で説明される。


「二年生への進級に関する手続きの書類が入っています。来年から聖魔法だけに専念できますね。我々は期待していますよ」


 反射的に書類を受け取り頭を下げるも、心の中に苦さが広がっていく。この書類はルイーズはとっくにもらっていたが、ロザンナは花嫁の有力候補だからとまだ渡されていなかったのだ。

 書類を渡されたということは花嫁も既に決定済みなのかもと、どうしても考えてしまう。同時に、教師からあなたは選ばれていないのだと暗示されたようで、ロザンナはしばらくその場から動けなかった。




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