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十回目の人生、華麗に生きてみせましょう  作者: 真崎 奈南
五章

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試験を終えて 1

 花嫁候補でいられるあと三ヶ月、悔いを残さないように出来るだけのことをしようと心に決め、ロザンナはひたすら熱心に授業に取り組む。

 その必死さから本気になったのが周囲に伝わり、寮のロザンナの部屋には宝飾品をはじめ、いつか食べたサンドイッチ、花束に専門書など、アルベルトから様々な贈り物が届くのを花嫁候補たちが目にし、取り巻きたちの勢力図も変化していた。


「ロザンナさん、やっと補習がなしになったそうですね。良かったですわ」

「当然ですよね。最近のロザンナさんはやる気に満ちていますもの。メロディ先生も期待されているようですし」

「次の試験でどうなるか、本当に楽しみですわね」


 確実に人数が増えた取り巻きたちに席を囲まれてしばらく愛想笑いを浮かべていたロザンナだったが、バッグを肩にかけ、以前ゴルドンに借りて繰り返し読んでいた聖魔法の本を両手で抱え持つと、静かに告げる。


「試験も近いので失礼しますね。ご機嫌よう」


 最後に隣に座ったまま動けないでいるルイーズへ「また明日」と囁いて、ロザンナはその場を突破する。

 そのまま、かつて共に一般の試験を受けたエレナの所に向かい、持っていた本を彼女に差し出した。


「役に立つかどうかわからないけれど、私が試験を受けた頃、読んでいた本です。良かったら、エレナさんもどうぞ」

「貸してくださるんですか? ありがとうございます。頑張ります!」


 嬉しそうに笑う彼女に「頑張ってください」と微笑みかけた後、ロザンナは教室を出た。

 廊下にはマリンがいた。彼女のそばに残ったのは、友人と呼べるであろう子がふたり。彼女たちから向けられる敵意を感じる眼差しはいつも通りで、ロザンナもそっと視線を逸らし、足を止めずに進んでいく。


 にこやかに挨拶してくる花嫁候補たちを笑顔でかわしながら東館から西館へと移動すると、空気が緊張感のあるピリッとしたものに変わる。

 後期のテストは花嫁候補たちにとって受ければ良いものでしかなく、今や、ロザンナとマリンのどちらに軍配が上がるかと楽しみにしている者もいるくらいだ。


 一方、成績が進級や進路に大きく関わる一般の学生は呑気でなどいられない。教科書片手に廊下を行き交う姿は、みんな真剣そのものだ。

 そこまで考えて、花嫁候補の中にも一般の学生と同じ空気を纏っている人がふたりいるのを思い出す。ルイーズとエレナだ。ルイーズは一般の授業をとっているので言わずもがなだが、エレナもまた大きな試験を控えている。

 妃教育を終えたら、次は一般の新入生となるべく、入学試験に向けて猛勉強中なのだ。彼女から試験に向けての不安を打ち明けられたため、ロザンナは先ほど彼女に自分がよく読んでいた本を又貸ししたのだ。


 アルベルトの執務室に入室し、自分の場所となりつつあるソファーに腰掛けてバッグから一通の封書を取り出す。中に入っているのは、来年度に関する案内だ。

 午前にあった聖魔法の授業を終えた後、いまだ仲良くなれない女子生徒ふたりの会話が聞こえてしまった。「来年度、彼女は居るのかしら」という呟きに「花嫁に選ばれなかったら学生として残るんじゃない?」と続き、ロザンナは不安を煽られた。


 学生を続けるのを目標にここまでやってきた。しかし今は、アルベルトに花嫁として選ばれたいという望みも持ってしまっている。両方叶えたいと思うのは欲張りだろうか。


 ぼんやり考えているとガチャリと戸が開き、書類を抱えた執事と共にアルベルトが部屋へ入ってきた。

 机に書類を置いた執事へ「ありがとう」とアルベルトが感謝の意を述べると、執事は「失礼します」と腰を折り、部屋を出ていく。

 ふたりっきりになったところで、アルベルトがロザンナの元へ足を向けた。


「早いな」

「今来たばかりです。アルベルト様ももうすぐ試験だというのに、大変ですね」

「優先順位はこっちが高いから仕方がない」


 執務机に積まれた書類と欠伸をしたアルベルトを交互に見て、ロザンナは小さく微笑む。

 前期の試験の時もきっと同じような状態だっただろう。けれど彼は、火魔法のクラスだけでなく一学年の共通科目でも一番の成績をおさめていた。努力の賜物だろう。


「お疲れ様です。アルベルト様を見習って、私も頑張らないと」


 アルベルトは嬉しそうに目を細めてロザンナの隣に腰掛け、その手が握りしめている封書へと視線を落とした。


「それは?」

「来年度の案内です」

「もちろん進級するだろ?」

「できればそうしたいですけど」


 あなたと学業、どちらも望むのは贅沢ですよねと再び思いに囚われる。表情を曇らせたロザンナをアルベルトは抱き寄せて、ここ最近毎日付けられている青い蝶の髪飾りにそっと触れながら嬉しそうに続ける。


「学生を続けるのは前例がないからと上が騒いでいるが、何の問題があるんだか。俺は逆に楽しみだとさえ感じてる。あと二年、共に学生の身分のまま恋人として一緒に過ごせるのだから」


 耳もとで甘く囁きかけられ、ロザンナは顔を熱くし固まる。落ち着きなく視線を彷徨わせているロザンナをアルベルトは開放すると、ソファーから立ち上がって両腕を伸ばした。


「さて、まずは仕事を片付けるか。……そうだ。試験が無事に終わったら、ひとつ願いを聞いて欲しいのだが」


 呆然としていたロザンナだったが、慌ててアルベルトへと顔を向けて、動揺が治らぬまま質問する。


「お願いですか。何でしょう?」

「大したことじゃない。ちょっと付き合ってもらいたいだけだ」

「えぇ。わかりました」


 付き合ってもらいたいのひと言で頭に浮かんだのは、かつて連れて行ってもらった森の中にある木漏れ日が心地よいあの場所。ロザンナはすぐに了承し、封書をバッグにしまう。そして自分も頑張らねばと、代わりに取り出した聖魔法の教科書のページをめくったのだった。




 怒涛の試験期間が終了し、これから花嫁候補たちは休暇へと入る。前期とは違ってすぐに成績が発表されない上に休みは三週間と長いため、マリンとロザンナにとっては気が気じゃない日々が続く。

 前回同様、授業があるため実家には帰らず、部屋で昼食をとっていると、向かいに座っているルイーズがロザンナに小声で問いかけた。


「正直なところ、試験はどうだった?」


 聖魔法の試験結果は今日出たばかりで、今回もロザンナは優秀な成績を治めることができた。それはもう伝えてあるため、彼女の言う試験は妃教育のことだろう。ロザンナはフォークを持つ手を止めて、小さく頷く。


「手応えはあったわ」


 出し惜しみでず、全力でぶつかった。点数に関して文句はないだろう。けれど、総合評価となるため前期の成績が大きく足を引っ張っているのは間違いなく、不安しかない。

 果たして未来は変えられただろうか。これまで見てきたアルベルトがマリンに求婚する光景を思い返し、ロザンナの胸がきゅっと苦しくなる。


「こうやって寮の部屋で食事を取るのもあとわずかかぁ」


 しみじみと告げられた言葉に、ロザンナは「そうね」と相槌を打つ。一般の学生も寮生活をしているが、花嫁候補者たちのそれとは違う。ふたり部屋が主であり、食事は食堂で、身の回りの世話をする侍女をそばに置くことも許可されない。


「トゥーリに頼りっぱなしだったから不安はあるけれど、……食堂での食事には興味があったの。楽しみだわ」


 ロザンナがこっそ打ち明けると、ルイーズも「私もよ」と笑みを浮かべる。


「ルイーズ、これからもよろしくね」

「えぇ、もちろん!」


 固い友情を頼もしく感じながら食事を進めていると、部屋にアルベルトの使いが訪ねてきた。「食事が終わったら、門まで来て欲しい」という伝言に「わかりました」と返事をし、ロザンナはルイーズと顔を見合わせる。

「デートのお誘いかしら」と茶化され、「これから?」とロザンナは苦笑いした。試験後、確かに付き合うよう言われている。今日の午後、妃教育は休暇中のためロザンナに予定はないが、アルベルトは普通に授業が入っているはずだ。


 不思議に思いながらも、食事を終えるとすぐに寮を出て門へ向かう。門のそばには何度も目にしている馬車が止まっていて、ルイーズの予想通りかもしれないとロザンナは目を大きくさせる。

 小走りで近づいていくと、辿り着くよりも先に馬車の扉が内側から開けられ、アルベルトが顔を出す。差し出された手を取って馬車に乗り込みつつ、ロザンナは問いかける。


「これからどこかに行く予定ですか?」

「あぁこの前約束したあれだ」

「でも午後に授業は?」

「授業内容は、答案返しに答えの解説。だから、仕事が詰まっているという理由で抜け出すことにした」


 アルベルトの成績は常にトップ。今回も同じだろう。ひと段落ついた今、少し息抜きをしたいのかもと想像しながら、ロザンナはアルベルトと並んで腰下ろした。

 馬車が進み出すと、自然とロザンナの目は窓の向こうへ。しかし意識は、アルベルトに握り締められている手の方にあった。気恥ずかしさを押し隠しながら、ロザンナは口を開く。


「それで、これからなにを?」

「……昼寝がしたい」


 彼からの短い返答に、やっぱりとロザンナは笑みを浮かべる。それなら行き先はあの森だろう。


「試験も重なって、ここのところ大変でしたものね。お付き合いします」

「さすがロザンナ。話が早い。ありがとう」


 すでに眠たげなアルベルトの声音に誘われて、ロザンナも小さくあくびをする。

 ロザンナ自身、寝不足はまだ解消されていない。このままあの場所に行ったら、前回と同様一緒に眠ってしまうだろう。ぼんやりし始めた頭の片隅でそれでも良いかと考えながら、馬車が停止したのを感じ取った。

 ゆらり頭を持ち上げたアルベルトが窓の外を見て、「着いたか」と呟く。


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