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十回目の人生、華麗に生きてみせましょう  作者: 真崎 奈南
四章

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思い出の場所での再会 1

「父は、国王様やアルベルト様の目にどう映っていますか? ……たとえば、王への忠実さがあまり感じられないとか」

「なるほど。ありもしないことを吹き込まれたようだな」


 ロザンナの頭を優しく撫でてから、アルベルトが真摯な声で続ける。


「スコットほど王の、そして俺の味方になってくれる臣下はいないよ。誰よりも信頼している」


 くれた言葉にロザンナはホッと息をつき、同時に笑みが広がる。アルベルトはそっとロザンナを自分の元へと引き寄せた。ロザンナは驚きつつも、彼の胸元にそのまま身を預ける。


「きな臭いことがまったくない訳じゃないが、我が国が安定しているのはスコットの存在が大きい」


 父のことを誇りに思い、ロザンナが胸を熱くさせた時、アルベルトの声が一段と低くなる。


「……もし、宰相が違っていたらそうはいかなかった」

「あの時、お父様が亡くなっていたらやはり宰相はアーヴィング伯爵が?」

「きっとそうなっていただろう。むしろ忠誠心が感じられないのはアーヴィング伯爵の方だ。俺の命も危うかったかもな」


 最後にぽつりと付け加えられたひと言に、ロザンナは勢いよく顔を上げる。自分が見てきたこれまでにそんな悲劇などなかった。だからなんの心配もいらないと笑い飛ばせるはずなのに、胸が苦しくて、涙がこみ上げてくる。


「大丈夫だよ、もう簡単にやられたりはしない。俺がロザンナを守りぬくと心に誓ったから」


 滲んだロザンナの視界の中でアルベルトは苦笑いをし、そのままゆっくりと顔を近づいてくる。頬に触れた指先のくすぐったさにわずかに体を反応させ、今にでも触れてしまいそうな唇にロザンナが身構えた瞬間、コンコンと戸が叩かれた。


「失礼します!」


 威勢よい声音と共に扉が開けられ、騎士団の身なりのがたいの良い青年が室内へと足を踏み入れる。一気に大股で歩み寄ってきて敬礼するも、ソファーから床へずり落ちているアルベルトの格好を目にし、ほんの一瞬言葉に詰まった。

 突然の来訪と自分の状況に慌て驚いたロザンナが、扉が開かれると同時にアルベルトを力いっぱい突き飛ばしたのだ。


「お、お話があるようですね。私はお邪魔でしょうから、部屋に戻ります。それではまた明日。ご機嫌よう」


 ロザンナはすくっと立ち上がり、バッグを両手で抱え持つ。アルベルトに「ロザンナ」と呼びかけられても恥ずかしさが勝って振り返れず、そのまま一目散に部屋を出た。


 パタパタと足音を響かせながら廊下を走り、階段で足を止めて長く息を吐く。ロザンナはそっと唇を指先で抑えた。騎士団員が来なかったら、口付けを交わしていたかもしれない。考えただけで胸の高鳴りがひどくなり、のぼせそうなくらい顔が熱くなる。


 明日、どんな顔をして会えばいいのだろうか。戸惑いに期待まで混在した感情で胸を膨らませながら、一気に階段を駆け下りていった。




 翌日になっても、気持ちはまだ落ち着かないまま。最初の授業を終えると同時に、教室前方から「ロザンナ・エストリーナ」と名を呼ばれ、ロザンナはハッと顔をあげる。

「はい!」と返事をし、自分を呼んだメロディと目を合わせると、廊下を指差して先に教室を出て行った。

 廊下に来なさい。そう求められたのは理解するも、なんの呼び出しなのかがわからず、隣に座っているルイーズへ顔を向ける。肩を竦めた友人に「行ってきます」とひと言呟き、ロザンナは席を立った。


 廊下へ出るべく、花嫁候補たちの視線を感じながら教室内を移動する。扉近くに座っていたマリンたちから好意的とは言えない目でじっと見つめられ、心に重苦しさを植えつけられながらロザンナは彼女たちの前を通り過ぎた。


 メロディは窓の近くに佇んでいた。まるで戸口から距離を置いているかのようで、ロザンナはわずかに首を傾げる。


「メロディ先生、どのような御用ですか?」


 問いかけにメロディの目線が一度教室へと向けられ、そして、ロザンナにしか聞こえないくらいの声音で話し出す。


「王妃さまより、会いたいと申し出がありました」


 上がりかけた驚きの声をロザンナは必死に堪えた。ちらりと肩越しに見た戸口には、マリンの取り巻きが耳をそばだてている姿があり、ロザンナの声も自然と小さくなる。


「私とですか?」

「そうです。花嫁の決定まで半年を切りましたからね。一度あなたとお話をされておきたいそうです」


 どちらにしても王妃からの呼び出しに背くことなどできるはずもなく、「……わかりました」とロザンナは頷く。


「この後の授業は、私から休みの連絡を入れておきます。……呼び出されたのはあなただけよ。よかったわね。でも浮かれて気を抜かないように」


 真面目すぎて冷たくも感じていたメロディが見せた微笑みに、ロザンナの心に温かさが広がる。最後にもうすぐ馬車が門の前まで迎えにくると告げて、メロディは颯爽とした足取りでこの場を離れていく。


 ロザンナは教室に戻り、ルイーズだけに「後で理由を話すから」とこっそり告げて、すぐに教室を出ようとする。しかし、ロザンナの取り巻きたちが目を輝かせながら行手を塞いだ。


「ロザンナさん、どこに行かれるのですか?」

「もしかして、今のはアルベルト様からの呼び出しですか?」


 興奮気味に詰め寄られ、ロザンナは顔を強張らせる。しかし、このまま取り囲まれてしまったら逃げ出せなくなりそうで、「違うわ」と繰り返し否定しながら彼女たちの間をなんとかすり抜けて、教室を飛び出した。


 小走りで廊下を進み、校舎から外にでる。門のそばには魔法院へ行く際に乗り込んだ馬車と同じものが待機していた。ロザンナが近づくと御者が恭しく頭を下げ、馬車の扉を開ける。

 緊張の面持ちで中を覗き込み、誰もいないことに少しばかり残念な気持ちになる。もしかしたら中にアルベルトがいるかもと期待してしまったからだ。


 ロザンナは座席に腰を降ろし、不安げに窓の外へ目を向ける。程なくて馬車が動き出し、アカデミーから遠ざかるにつれて不安が掻き立てられていく。


 花嫁候補に決定後、アルベルトに会いに城を訪れた際、王妃と顔を合わせて挨拶したことはある。優しく笑いかけてくれたが、とても緊張したのをロザンナはよく覚えている。しかもその時、隣にはアルベルトがいて話を繋いでくれたのだが、今回はいない。


 メロディの言葉からして、アルベルトの花嫁としてふさわしいかどうか確認したくて呼び出されたのだろう。ロザンナはこの状況がいまだに信じられず、そこはかとない心細さに自分の体を抱きしめた。


 ひとりで大丈夫だろうかと不安だったが、バロウズ城に到着し、真っ先に目の前に現れたのが父のスコットだったことでロザンナは拍子抜けする。


「お父様!」

「あぁ私の可愛いロザンナ。久しぶりだね、元気だったかい」

「えぇ。お父様こそ、元気そうで何よりです」


 ぎゅっとロザンナを抱きしめてから、スコットは「こっちだよ」と先導して歩き出す。

 城内へ入るとまず目に飛び込んでくるのが、大きな螺旋階段。スコットは慣れた足取りでそれを登り始めるが、ロザンナには緊張が付き纏う。花嫁候補に選ばれた後、アルベルトとの謁見が許されていたのは一階の部屋だったため、王族のプライベートルームもある上階へ足を踏み入れることは初めてだ。


 二階の廊下を進み、とある部屋の前でスコットが足を止める。控え目な音を立てて扉を叩くと、すぐ中から「どうぞ入って」と柔らかな声が返ってくる。

 スコットが「失礼します」と話しかけ、ゆっくりと扉を開けた。ロザンナもスコットに続いて入室し、丁寧にお辞儀をする。


「突然呼び出してごめんなさいね。どうぞ座ってちょうだい」

「はい」


 ロザンナは緊張いっぱいに返事をし、ぎこちない足取りで王妃のいるテーブルまで進み、向かい側の席へ腰をおろす。


 城内の荘厳さにすっかり気後れしていたが、この部屋は白を基調としたカントリー調の家具で揃えられているからか、自然と気持ちが落ち着いてくる。

 部屋だけじゃない。微笑みかける王妃の様子も気取ったところは全くなく、親しみすら感じてしまうほどだ。


 ロザンナの傍に立ったスコットへと、王妃は目を大きくする。


「あら、スコットはここまでよ。女ふたりで気兼ねなくお話がしたいの。遠慮してくださいね」

「そ、そうですか。ご一緒したかったのですが仕方ありませんね。それでは失礼いたします」


 言葉では受け入れたものの、心残りの顔をしてスコットは部屋を出て行った。


「あの様子じゃあ、しばらく扉に張り付いて私たち会話を聞いていそうね」


 ぱたりと戸が閉まった後、こっそりと話しかけられロザンナが苦笑いで首肯すると、王妃も楽しげに笑みを深めた。

 アカデミーで聖魔法の授業も受けているのよねとの質問から妃教育に関する愚痴まで、紅茶とケーキをお共に王妃のお喋りは止まらない。話しているうちに緊張も解けて徐々に笑顔が広がっていったロザンナを微笑ましげに見つめながら、王妃は紅茶をひと口飲んでほっと息をつく。


「お人形さんみたいに可愛らしいわ。アルベルトが一目惚れするのも納得ね」

「ひ、一目惚れ、……ですか?」

「えぇそうよ。十二歳の誕生日であなたに会ってから、他の女性はまったく目に入っていないみたい。ロザンナさんと踊った直後、あの子こう言ったのよ。宰相の娘が可愛すぎて、緊張して手が震えたって」


 アルベルトの十二歳の誕生日と聞いてロザンナが思い浮かべたのは、真っ白なディックが咲いていたあの場所でひと時だ。この人生を振り返り、アルベルトの心を変える切っ掛けがあったとしたならきっとそこだろうと考えていたが、続いた意外な言葉に思わず目を大きくさせる。




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