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十回目の人生、華麗に生きてみせましょう  作者: 真崎 奈南
四章

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19/31

同じ日常、違う今、

 大きなテストを隔てて、後期の授業が始まる。


 ロザンナは妃教育から聖魔法の授業へと小走りで移動し、開始時間ギリギリで教室に飛び込んだ。

 間に合ったと安堵しつつ空いている席を探す。見つけはしたが、その隣に座っていたのが女生徒のうちのひとりだったため、躊躇いで足が止まった。

 他に空いている席はあるだろうかと教室を見回す。しかしそれ以外に見つけられず、ロザンナは覚悟を決めて歩み寄った。


「お隣よろしいですか?」


 話しかけた途端、肩につくほどの髪を揺らして驚きの顔が向けられ、「他に空いている席が見つけられなくて」とロザンナはぎこちなく続ける。


「えぇ。どうぞ」


 彼女も戸惑いながらそう答え、最後にロザンナへにこりと笑いけた。

「ありがとう」と声をかけ椅子へ腰を下ろし、抱え持っていた教科書類を机上に置く。ちらりと横を見ると目と目が合い、彼女は広げた教科書へと慌てて視線を落とした。


 驚きや戸惑いはあっても、刺々しさは感じない。これまでのことがあったため不思議に思いながら、いつも彼女たちが座っていた窓際前方の席に視線を移動させて息をのむ。

 あとの女子生徒ふたりはそこに座っていて、不満げな顔でロザンナたちを見ていた。


「喧嘩でもされましたの?」


 思わず呟いてしまい、ロザンナはしまったと愛想笑いを浮かべる。


「余計なお世話ですわね。失礼致しました」

「そんなことは全然」


 とても可愛らしい声音に、初めて聞く声だわとロザンナは瞬きを繰り返す。嫌味を言われたのは違う声だ。今までは三人を一緒くたにしていたが、彼女は切り離して考えるべきかしらと頭を悩ませる。

 少し間を置いてから、彼女の方から少し緊張した声音で話しかけてきた。


「この前の、魔法院での姿は本当に素敵でした。私も聖魔法師を目指すひとりとして、ロザンナさんの姿勢を見習おうと思いました」


 そんな風に思われていたなど考えもしなく、大きく目を見開く。彼女の声音がだんだんと柔らかくなっていくのを感じ、ロザンナの警戒も徐々に解けていった。


「最初は動けなかったんです。目の前の光景に怖気付いてしまって。でもロザンナさんやクラスメイトたちに背中を押されて、私も動くことができた。手伝いしかできなかったけれど。ロザンナはすごいわ」

「私は、ああいう光景を目にするのが初めてではなかったから動けただけかもしれません。アカデミーに入る前はゴルドン先生の診療所で手伝いをしていたし、血生臭いのにはけっこう慣れています」


 両親が切りつけられたあの現場の方が凄惨だったと考えてロザンナが肩を竦めてみせると、彼女はやっと笑みをこぼした。


「花嫁候補のご令嬢様方はみんな自分の身分を鼻にかけた様子なのに、ロザンナさんは違うのね。私、ピア・ワイアット。良かったら、診療所でのお話を聞かせてください」

「えぇ、もちろんよ」


 ピアとロザンナが打ち解け始めた時、ゴルドンが教室に入ってきた。

 場所を吟味するかのようにうろうろ歩き回ったあと、通路側の壁に立派な額に入った賞状を飾る。そして満足げな顔で生徒たちへと振り返った。


「魔法院からの感謝状だ。この前の見学時、みんなが自ら手伝いを進み出たことへのものだぞ。誇って良い。迅速に治療を進められたことで助かった命もあった」


 一斉に教室内が喜びの声で溢れかえる中、ピアがぐすっと鼻を鳴らす。


「良かった。間違いではなかった」


 涙を浮かべたその横顔へ「ピア?」と声をかけると、彼女はほんの一瞬、窓際に座る女子生徒ふたりへ切なげな眼差しを送る。


「手伝ったことで私がロザンナさんに賛同したととられて、それでふたりと喧嘩になってしまったの。……って、ごめんなさい。こんなこと言われたら気を悪くしますよね」

「平気です。よく思われていないのはしっかり気付いていますから」


 ロザンナは扇動したつもりなどさらさらないが、彼女ふたりの目にはそう映っているらしい。

 最初に動いたのはロザンナでも、それは単なる切っ掛けに過ぎない。後に続けたのは、その人の心に躊躇いや不安を乗り越えられるほど強い思いがあったからだ。


「授業についていくのがやっとのくせに、手伝おうなんておこがましいって。かえって邪魔になっただけよとも言われて、確かに私はなにもできなかったから言い返せなかった。……でも、誰かの力になりたいと思って聖魔法師を目指しているんだもの。今動かなかったら後悔すると思ったの。私、間違ってなんてないわよね」


 肯定するようにロザンナが頷くと、ピアはホッと息を吐く。

 晴々としたピアから、真っ直ぐに飾られた感謝状へと目を向け、ロザンナは小さく微笑んだ。


 学生同士あれこれ意見を交換しながら聖魔法の授業を受けるのは初めだった。満ち足りた気持ちでピアに別れを告げて教室を出たのだが、次の妃教育の授業が行われる教室に近づくにつれ、徐々に気分が重くなっていく。


 教室に入ると、すぐに四人の花嫁候補に取り囲まれた。にこやかに「席を取っておきましたわ」と報告され、暖かな日差しが降り注ぐ窓際後方の席へと連れて行かれる。

 そこにはすでにルイーズが座っていて、苦笑いで「お疲れ様」と軽く手を振ってきた。ルイーズの隣にロザンナが腰を下ろすと、その前後に先ほどの花嫁候補たちが当然の顔で座る。

 会話に参加しようと聞き耳を立てている彼女たちの気配に、これではルイーズと気軽に話ができないとロザンナは小さくため息をついた。


 休暇明けから付き纏い始めた彼女たちは、取り巻きのようなもの。パーティーでアルベルトと踊り、手の甲に熱い口づけを受けたロザンナが花嫁に選ばれると彼女たちは踏んだのだ。これまでの人生でも彼女たちは同じ選択をしている。ロザンナにとってはまたかと言ったところである。


 そして廊下側の席にも、同じような人の集まりができている。その中心にいるのはマリンだ。

 なにより前期の成績が秀でていて、休暇中にアルベルトがアーヴィング邸だけを訪ねたことから、取り巻きたちは花嫁に選ばれるのはマリンだと考えている。


 対立すると彼女たちから敵視されるのはいつものことだが、今回は特に当たりが強い。優秀な成績を収められなかったロザンナが、パーティーでアルベルトと踊れたのは、宰相である父親の力を使ったからだというデマが流れてしまったからだ。

 休暇明け早々マリンに睨みつけられて身の潔白を訴えたいと思ったが、アルベルトが自分を指名したと言い出せば新たな火種になりそうで、結局ロザンナは我慢するしかなかった。


 空腹感を覚え始めた頃、やっと授業が終わり、ロザンナはルイーズと共に教室を出た。これまではルイーズとふたりでのんびり歩いていた道だったが、今は取り巻きの令嬢たちがすぐ後ろにぴったりとついているため、心なしか足早になってしまう。ロザンナにそんな気はなくても、ぞろぞろと引き連れて歩いているようなこの状態は、どうしても他の学生の視線を集めてしまい居心地が悪いのだ。


 前方に同じような塊を見つけ、ロザンナはこのまま進むのを躊躇する。マリンがなにも言わなくても、取り巻きたちは違う。嫌な言葉を投げつけられ気分が悪いまま昼食を食べたくない。

 それに、その逆も避けたい。ロザンナの後ろにいる花嫁候補たちがマリンに挑発的な態度をとるかもしれない。出来る限り彼女を刺激したくないのだ。


 ルイーズもマリンたちに気づいたらしく、立ち止まりはしゃいでいる彼女たちの視線の先へと探るような目を向けた。


「なにを見ているのかしら。……あぁ、アルベルト様がいらっしゃるのね」


 飛び出した名前にロザンナの鼓動が小さく跳ねた。ほんのちょっと背伸びをして目線を伸ばすと確かにアルベルトの姿があり、授業が長引いている様子だった。

 その場にいる学生たちはみんな木刀を手にしていた。アルベルトと男子学生が前に出て向き合い、それぞれに木刀を構える。


 教師の「始め!」という声が大きく響いたが、彼らはなかなか動き出さない。しかし、ふたりの様子は対照的だった。アルベルトは涼しげな顔で男子生徒を見つめているが、男子生徒はすっかり怖気付いてしまっていて木刀を持つ手も足もひどく震えている。


「アルベルト様はかなりの実力者だって聞いているけど、本当なの?」


 ルイーズの疑問に、ロザンナは僅かに首を傾げて返答する。


「どこまでの実力をお持ちなのか、私にはよくわからないけれど、……騎士団に入った兄は自分では歯がたたないと言っていたわ。でもあの対決は、相手がすでに気持ちで負けている様ですし、勝負にすらならないのでは?」


 兄の言葉は先日聞いたものではなく、何回目かの人生で聞いた話だ。これまでの人生でアルベルトが剣を振るって練習している姿を何度も見かけているが、その程度なので彼の実力はわからない。

 だからと言って男子生徒に勝ち目があるとも思えず、ちょっとした拍子で木刀がアルベルトにあたらないことだけを祈るばかりだ。相手は一国の王子。わずかなかすり傷だったとしても、人生を棒に振ることになりかねない。


 ロザンナがはらはらする中、男子生徒は教師に煽られ木刀を振り上げながらアルベルトに向かっていく。不器用に振り下ろされる木刀を、アルベルトが難なく避け続けていると、痺れを切らした教師が「なにをやっている!」と男子生徒を怒鳴りつけた。


 その瞬間、アルベルトが鋭く一歩踏み込み、男子生徒の手から木刀を弾きあげた。それはくるくると回転しながら大きな弧を描いて、教師の元へと落ちていく。教師が木刀を掴み取ると同時に、アルベルトが教師に冷たく微笑みかけた。


「ご指導願います」




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