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十回目の人生、華麗に生きてみせましょう  作者: 真崎 奈南
三章

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17/31

初めての道 3


「どうしましたか?」


 ゴルドンに話しかけられた男は顔を向け、驚きで目を大きく見開いた。


「ゴルドン元師団長! あぁこれぞ天の助け! 西の森へ遠征に行っていた第二騎士団が集団でいたノームを刺激してしまったらしく、負傷者が多数います。お願いです、どうか力を貸してください!」


 ゴルドンはもうひとりの教師へ視線を送ってから「わかりました」と力強く頷き、男性とともに部屋を出て行った。

 後を追いかけてリオネルが部屋を飛び出したのを切っ掛けに、男子生徒たちが次々に続く。「こら待ちなさい! 私たちは待機です!」という教師の声だけが虚しく響いた。


 そしてロザンナも、第二騎士団と聞いて兄のダンの顔が浮かび、その場に留まってなどいられない。パタパタと足音を響かせながら第二受付に近づくにつれ、呻き声もはっきり聞こえてくる。


 ノームは地の精霊。普段は大人しいが、怒らせると地中に引きずり込まれたり、鋭い石の礫や棍棒で攻撃してきたりと凶暴な面も持っている。遭遇したら刺激せずに立ち去るのが常識なのだが、何かしでかしてしまったようだ。


 第二受付は非常時にのみ使われる。先にたどり着いた男子生徒たちの間をすり抜けて、ロザンナは息をのむ。受付前の長椅子や床に、二十名近い負傷者が横たわっている。騎士団員たちは呻き、血を流し、ひどい打撲の後も目につく。


 男子生徒たちは顔を青ざめさせてその光景を見つめている。みんな聖魔法師を目指していても、凄惨な場に対して免疫がある訳ではない。しかしロザンナは別だった。動けない彼らの間から飛び出し兄の姿を探すも、人数が多く見つけられず焦りが募る。放置されている騎士団員の方が圧倒的に多いことに居ても立ってもいられなくなり、ロザンナは治療にあたっているゴルドンへ小走りで近づく。


「ゴルドンさん!」

「君は学生だろ! 邪魔だ。下がっていなさい」


 呼びかけると同時に、ゴルドンのそばにいた若い聖魔法師がロザンナを注意する。すぐさまゴルドンが彼を睨みつけた。


「黙ってくれ。彼女は俺の弟子だ。君よりはあてになる」


 言葉を失った若い聖魔法師にため息を投げつけた後、ゴルドンは肩越しにロザンナを振り返る。


「ロザンナさん、頼みます」

「はい!」


 何一つ躊躇うことなく虫の息になっている重傷者の傍にロザンナは膝をつき、頭部の裂傷へと手をかざす。


「ゴルドン元師団長、何を勝手なことを! おいお前! 弟子だか何だか知らないが、そこを退け! 学生の分際で出しゃばるな。足手まといになる……」


 ゴルドンの態度への不満をロザンナにぶつけようと若い聖魔法師は背後に立つも、目にした変化に言葉を失う。手元が輝くのは他の聖魔法師と同じだが、ロザンナの場合はそこだけに留まらない。ロザンナの体全部が輝きを放ち出す。


 瀕死の騎士団員はロザンナの光に包み込まれ、徐々に表情を和らげていく。若い聖魔法師だけでなく他の人々にも驚きが広がる。誰もが固唾を飲んでロザンナを見つめる中で、ロザンナはそっと手を引き、小さく息をついた。


 両親の事故から必死に経験を積み、聖魔法への体力もつけてきた。ロザンナはふらつくことなく立ち上がり、裏口にあたる出入り口から負傷者を運び込む騎士団員の姿に目に止めた。文句を言ってきた若い聖魔法師へと、光り輝くままに体を向ける。


「ご覧の通り私はまだ学生です。あなたは立派な聖職服を着ていらっしゃるのに、そこでいったい何をしていらっしゃるの? ここには一刻を争う患者がたくさんいるというのに」


 怒りの滲んだロザンナの言葉を聞いて、リオネルが負傷者へと歩みより治療を開始する。その姿に感化され、治療の経験のある者、経験がなくても補佐に入ろうと、学生たちも自ら動き出す。

 学生たちがそうなのに、若い聖魔法師の震えている足は動かない。ロザンナはそんな彼から視線を外し、重傷者だと思われる人の元へと歩き出す。


 確かに勝手な行動かもしれない。けれど、苦しんでいる人を前にしてじっとしてなどいられないのだから仕方がない。お叱りなら、全てが終わった後にいくらでも受ける。しかし、今は出来るだけのことをしたい。

 ロザンナは覚悟と共に、二人目の治療へと気持ちを集中させた。


 重傷者の治療が終わり軽傷者へと移行すると、ロザンナ自身から発せられていた輝きも弱くなっていく。そして最後にロザンナが向き合ったのは兄のダンだった。やっと見つけた兄が、頬にかすり傷を負った程度で済んでいたことにホッとする。

 傷を癒しながら話を聞くと、兄の同期である新米騎士団員が軽い気持ちでノームを挑発したのが発端となったようだった。


「ノームを甘く見過ぎですわ。小人で可愛らしい見た目でも四大精霊に名を連ねているのですから、怒らせてはいけません」

「あいつ、騎士団員になれて気が大きくなっていたのかもしれないな。……しかし、激怒したアルベルト様を初めて見たよ。あんな感じできつく絞られたら、再起不能かもな」


 ダンはその時の光景を思い出したのか、大きく身震いした。一方、ロザンナは口元に冷ややかな笑みを浮かべる。これまでの人生でアルベルトに怒られたことはないが、あまりにもしつこく食い下がったがために、冷酷な言葉でばっさり切り捨てられたことはある。彼が自分に向けた切れ味抜群の眼差しを思い出し、ロザンナも身震いした。

 ダンは頬の傷があった場所に触れつつ、椅子から立ち上がる。


「そろそろアカデミーに戻ろうか。送っていくよ」

「ありがとう」


 ダンの治療に取り掛かろうとした時に引率の教師がやってきて、アカデミーに戻る馬車が次の出発で最後だとロザンナに伝える。

 兄と会ったのは本当に久しぶりだった。治療も済んでいないし、もう少し話もしたいしと困り顔になったロザンナを見て、ダンが「俺が妹を送っていきます」と申し出たのだ。


 近くに残っていた聖魔法師に、まだ魔法院のどこかにいるゴルドンへと「先に帰ります」と伝言を頼み、ロザンナは兄と並んで裏口から外に出た。

 兄の剣の鞘に付いているクリスタルチャームを目にし、いつかの怪我を負った騎士団員を思い出す。ふとした瞬間、彼は元気でやっているだろうかと気にはなるものの、ゴルドンに忘れるよう言われたため思いを言葉にするのは憚られる。


 馬で送っていくと兄に言われ、魔法院から騎士団の厩舎への薄暗くなった道を進もうとした時、「おや?」と声がかけられた。

 兄妹揃って振り返り、顔を強張らせる。そこにいたのはマリンの父、アーヴィング伯爵。歩み寄ってくる伯爵に対し、ダンは騎士団の礼に則って胸元に拳を当てて僅かに頭を下げ、ロザンナはスカートを軽く摘んで膝を折りお辞儀をする。


「これはこれは宰相自慢のご子息にご令嬢。先ほど小耳に挟みましたが、第二騎士団で問題が起きたらしいですね。……まったく、アルベルト様がなめられているとしか思えませんな」


 最後はぼそぼそと呟かれたが、兄妹の耳にはしっかりと届いていた。俯き加減で納得のいかない顔をしたダンを横目で見て、ロザンナも表情を暗くする。


「しかし、ロザンナ嬢は大活躍だったらしいじゃないか。女神と言われるだけあると、魔法院のお偉いさん方が騒いでいましたよ」


 わざとらしさを感じる口調で褒められ引っ掛かりを覚え、ロザンナは苦笑いを浮かべた。瞬間、伯爵の眼差しがすっと鋭くなった。


「才女としての活躍は目覚ましいようだが、肝心の妃教育の方はあまり身が入っていらっしゃらないようですね。他の候補生に失礼だとは思いませんか? 辞退すべきでは」


 辞退は申し入れたが、すでに断られている。咄嗟に反論の言葉は思いつくも、それを言ったらアルベルトに迷惑をかけてしまうような気がして、ロザンナは口を閉じた。何も言い返してこないロザンナを鼻で笑ってから、伯爵は踵を返す。後方で控えていた侍従と共に、動けない兄妹の前から姿を消す。


 やや間を置いてから、ダンがぽつりと呟いた。


「事故にあった両親を助けたと聞いた時は正直信じられなかったが、今日のロザンナは確かに女神だった」


 そこでダンは微笑みを浮かべ、のんびりとした足取りで歩き出す。もちろんロザンナもその隣に並ぶ。


「アルベルト様との仲はどうなんだ? もし可能性がないと感じているなら、俺は伯爵の言うように辞退しても良いんじゃないかなと思う。……ただ、父さんからはしばらく口を聞いてもらえないかもしれないけど」

「やっぱりそうなるわよね。お父様は私がアルベルト様の花嫁になることを切望しているし」

「この前父さんと会ったんだ。ロザンナが一般の授業まで取ったことを気にしていたよ。その時間でアルベルト様と仲を深めて欲しかったと」


 アルベルトに自分は選ばれない。その時、父はどれほど気落ちするだろうか。父の沈んだ姿を想像しただけで心が締め付けられ、思わずロザンナは胸元を手で押さえた。

 どちらにしても父を傷付けることになるが、行動を起こすなら早い方がいいかも知れない。今のうちにもう一度、アルベルトへ辞退を申し出るべきかもしれないとロザンナはぼんやり考えた。


 送ってくれた兄とアカデミーの門の前で別れ、気怠さを感じながら自室に戻る。帰ってきたロザンナが部屋着に着替えるのを手伝った後、トゥーリは「夕食の準備をしますね」と急ぎ足で部屋を出て行った。

 ロザンナは夜風に当たりたくてガラスの扉を開け、小さなバルコニーへと出た。手すりに腕を置いて庭園へと視線を落とすが、すっかり暗くなっているため何も見えない。


「お疲れ様」


 隣の部屋のバルコニーから声をかけられ、ロザンナはそちらに顔を向ける。ルイーズが自分と同じような格好でバルコニーに立っていた。




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