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十回目の人生、華麗に生きてみせましょう  作者: 真崎 奈南
三章

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16/31

初めての道 2

 試験に合格したその翌日、早速、ロザンナにとって最初の聖魔法の授業が始まる。


 指示された教室の前で、テキストを抱え持ったまま足を止める。緊張で強張った口元に無理やり笑みを浮かべて、勇気とともに扉を開けた。

 室内に一歩足を踏み入れると同時に、生徒たちの視線がロザンナに突き刺さる。騒々しかったのに一気に静まり返り、ロザンナは狼狽え立ち止まる。

 教室の真ん中あたりで、ガタリと派手な音を立てて椅子から立ち上がった姿があった。


「ロザンナさん!」


 顔を輝かせて大きく手を振るのはリオネル。隣に座っていた男子生徒を押しやり、「こっち、席空いてますよ!」と呼びかける。隅っこや後ろの席も空いているため出来たらそちらに座りたかったけれど、名を呼ばれ続けるのに耐えられなくなり、ロザンナはリオネルに向かってのろのろ歩き出す。

 まとわり付く視線を不快に思いながらもなんとか席までやってきて、ロザンナとリオネルと向き合う。


「私は後ろの席に座ります。……なので、どうぞ戻ってください」


 まずはきっぱり言ってから、続けて席を追いやられ荷物を持って立ち上がった男子へとロザンナは微笑みかけた。

 途端、男子の手から教本や鞄が落下する。赤らんだ顔で見つめ返され、ロザンナは後ずさった。


「女神だって聞いていたけど、これほどまでに美しいとは。未来の国王夫妻が美男美女過ぎて、他国から嫉妬されそうだ」

「国王夫妻って……アルベルト様には他にお気に入りのご令嬢がいるみたいだから、ロザンナさんが花嫁に選ばれると決まったわけじゃ」

「リオネル、諦めた方がいい。ロザンナさんは俺たちには高嶺の花すぎる」


 ムキになって口を挟んできたリオネルに男子生徒は哀れんだ顔をし、落とした教科書類を拾い集めた。

 黙ったリオネルに代わって、集まってきていた男子たちがロザンナへと一斉に話しかけ始めた。「才色兼備」や「一緒に学べて光栄」などと、時々聞き取れる言葉から褒められているのは分かるが、彼らの圧の強さにロザンナは固まる。

 そこへゴルドンがやって来て、手を叩く。


「席について下さい。授業を始めますよ」


 ざわめきを残しながらも生徒たちは素直に席に戻り、ロザンナも少し不機嫌なリオネルに腕を引かれ、譲ってもらった席に腰を下ろした。

 ふっと窓際に目を向けて、ロザンナは息を詰める。前方に陣取っていた女子生徒の三人が、自分を見つめてひそひそと話しているのに気づいてしまったからだ。彼女たちの表情はリオネルのように陰気で、好意的な会話がされているとはとても思えない。


 ざっと室内を見回し、ロザンナは小さくため息をつく。聖魔法のクラスは二十名ほど。そのほとんどが男子で、女子は窓際の三人しか見当たらない。ルイーズまでとはいかなくても、このクラスでも友人が欲しいと思っていたが難しそうだ。


「今日から学友がひとり増えます。ロザンナさん、自己紹介をしてください」


 ゴルドンに話しかけられ、ロザンナは「はい」と返事をし立ち上がる。

 しかし、ここに友人を作りに来た訳ではない。気持ちを入れ替え、ロザンナは丁寧のお辞儀をする。


「ロザンナ・エストリーナと申します。皆さんと一緒に学べることを光栄に思います。どうぞよろしく」


 試験で勝ち上がってきた優秀な人たちに必死でついていかなくてはと、思いを新たにした。




 忙しさに流されるように一ヶ月が経った。マナーの授業を終えてすぐに、ロザンナは急ぎ足でアカデミーの玄関口へ向かう。授業がほんの少し長引いてしまったためひやひやしていたが、門の近くで待っている馬車を見つけてホッと息をつく。これから聖魔法の授業の一環として、バロウズ城の目と鼻の先にある魔法院へいかなくてはならないのだ。


 他の学生たちはすでに出発し、今頃、魔法院と並列して建っている騎士団宿舎の食堂で昼食をとっているはずだ。ロザンナは彼らと城で合流することになっている。ひとりの移動は心細くもあるが、現役の聖魔法師たちを目にできる機会を逃す訳にはいかないため、弱気になってもいられない。


 馬車へ向かう途中で、御者が台から降りて馬車の戸口のそばへ移動する。「ロザンナさんですね」との確認に「はい」と返事をすると、御者は慣れた手つきで戸を開けた。

 馬車はとても立派で御者も紳士的。さすがカークランドの誇るマリノヴィエアカデミーだと感心しながら馬車の内部へ足を踏み入れ、中にいた人物にロザンナは目を大きくする。

 そっと身を引いて静かに戸を閉めたが、すぐさま内側から勢いよく開けられた。姿を現したアルベルト同様にロザンナも口元を引きつらせる。


「どうしてアルベルト様がそこに?」

「俺も城に帰るところだから相乗りだ。早く乗れよ。遅刻するぞ」


 ロザンナは馬車を改めて見上げてから差し出されたアルベルトの手を取り、「失礼します」と乗り込んだ。

 向かい合わせに座ると、ほどなくして馬車が動き出す。


「学園が用意してくださったのかと思いましたが、どうやら違ったみたい。これは王宮の馬車ですよね?」


 アルベルトが首肯した。ロザンナは座り心地の良い座席を撫でたり、窓や戸枠の凝った装飾を眺めたりしながら、「だからこんなにも立派なのですね」とひとり納得する。


 窓の向こうには、並走して馬を走らせる護衛の騎士団員がいる。その姿に騎士団に入った兄は元気にやっているだろうかと思いを馳せる。第二騎士団に所属しているため、アルベルトならきっとわかるだろう。ちらりと彼を見た途端、すぐに目が合い微笑みかけられる。おまけに紙袋を差し出してきた。


「昼食をとっていないだろう? 診療所近くのパン屋で買ったものだ」


 ロザンナはじっと紙袋を見つめていたが、購入先を聞いて「まぁ!」と表情を輝かせる。

 目で伺いつつ紙袋を受け取り、中に入っていた卵とハムをふんだんに使ったサンドイッチに満面の笑みを浮かべる。


「私が好きなのを知っていましたの?」

「あぁ、前にゴルドンから聞いた。今のうちに食べておけ」

「ありがとうございます。昼食は無理かと諦めていましたけど、本当はすごくお腹が空いていましたの」


 早速一口頬張り、久しぶりの好物の味にロザンナは目を細めたのだった。

 サンドイッチを食べ進めながら、ゴルドンの授業はわかりやすいと夢中になって話をしているうちに、魔法院の前で馬車が止まった。


「送っていただき、それにサンドイッチも。ありがとうございました。どうぞ素敵な午後をお過ごしください」


 深くお礼をしロザンナは馬車を降りたのだが、当然のような顔でなぜかアルベルトもついてくる。


「お城に帰られるのでは?」

「あぁ帰るよ。ロザンナを無事ゴルドンの元に送り届けてからね」

「その必要は……」


「ありません」と続ける前に、アルベルトはロザンナの手をとって歩き出す。引っ張られる形のまま魔法院の中へ入ると、階段下に集まっている聖魔法クラスの生徒たちをすぐに見つける。


 集団の傍に立っていたゴルドンが気づき、「アルベルト様」と苦笑いを浮かべた。

 突然の王子の登場に女子から嬉しそうな声が上がったのを耳が拾う。しかしその姿はどこにあるのかロザンナには見つけられず、代わりに興味津々でこちらを見つめる男子生徒とわずかに顔を強張らせているリオネルが視界に映り込む。


 アルベルトは集団の手前で足を止め、「ロザンナ」と呼び止める。


「それじゃあ頑張って」


 振り返ったロザンナの頬に優しく触れてから、彼は踵を返して引き返していった。隣に並んだゴルドンへ、ロザンナは頬を摩りながら怪訝な顔を向ける。


「今のはいったい」

「自分の婚約者だと言いたかったのでは?」

「そんなの皆分かってますよ」


 ロザンナのぼやきにゴルドンは笑いを堪えるように小さく肩を揺らしていたが、「そろそろ時間です」と別の引率の教師から声をかけられ、すぐさま「はい」と返事をする。ポンとロザンナの肩を叩いてから、小走りで列の先頭へと向かっていった。


 ロザンナは集団の後ろを進み始みながら、斜め前を行く女生徒三人の姿に目を止める。彼女たちの表情には初日と同じように不満が滲んでいた。


「妃候補なんだから、お妃教育だけ受けていれば良いのに」


 ぼそぼそと交わされる中で、はっきりと聞き取れた言葉にロザンナが目を見張る。すると三人はすっと顔を逸らし、前をゆく男子たちに紛れ込んだ。

 彼女たちの目に、ロザンナは異質に映っているのだろう。そして試験に合格した頃から花嫁候補たちにも「花嫁候補を辞退すれば良いのに」と陰口を叩かれるようになっていた。


 そんな反応も予想通りねと肩を竦めながら、ロザンナは生徒たちに続いてとある部屋へと入っていく。大きな部屋の中に幾つかの仕切りが施され、その一つ一つが診察室となっている。聖職服に身を包んだ聖魔導士たちが患者と向き合っていた。


 規模や、対する相手が貴族や騎士という違いはあるが、診療所でゴルドンがお年寄りへ親身に寄り添う光景と重なり、ほんの少し懐かしさを覚えた。


 たくさんの回復薬を積んだカートがカラカラと音をたてて、ロザンナの後ろを通り過ぎていく。この後、回復薬の研究室も見られることになっていたのを思い出し楽しみだなと胸を高鳴らせた時、入り口から慌ただしく聖魔導士が室内に入ってきた。


「手が空いている人は、至急第二受付前まで来てください!」


 叫ばれたその一言で、場に緊張が走る。しかし、すぐに動き出せる聖魔法師はいないようで、呼びにきた男性は焦りで表情を歪めた。




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