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十回目の人生、華麗に生きてみせましょう  作者: 真崎 奈南
第二章

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試練の時 2

 解放された時にはもう日は暮れていた。それでもまだ慌ただしいだろう診療所の待合室を思い浮かべながら、ロザンナはすっかり薄暗くなった道を急いで戻っていく。


 しかし、診療所裏手の林に入った瞬間、妙に胸がざわめき、ロザンナの足が止まる。何だろうと辺りに視線を巡らせるも林の中はさらに薄暗く、その原因を見つけられない。気のせいだろうと思い直し、再び歩き始めた時、風がふわりと吹き抜けた。ロザンナの鼻腔を血の匂いが掠め、今度こそ足は完全に停止した。

 耳を澄ませると、カサリと葉が鳴った。さらに神経を研ぎ澄ませると、荒い息遣いと苦しげな声を耳が拾う。


 誰かいる。それも怪我を負った誰かが。確信と共に、気配がする方へと体を向け、ロザンナはゆっくり歩き出す。

 林は一本道で、それを外れると大きな岩や背の高い草が邪魔して歩き辛い。薄暗闇に恐怖心を煽られるが、ロザンナは進むのをやめなかった。


「誰かいるの?」


 ぽつりと声をかけても返事はないが、苦しげな息遣いは微かながらも確かに聞こえる。慎重に歩を進めながら岩陰へと視線を落とし、捕らえた人影に息を飲む。黒い外套に包まれた体の大きさからそこにいたのは男性。頭部と口元は布で隠され目しか見えないが、苦痛に耐えている状態なのははっきりと見て取れた。


 男が顔を上げ、しっかりと目があった。赤くぎらつく瞳にかかった黒髪も燃えているかのようにちかちかとオレンジの輝きが混ざっている。薄暗闇の中だからか余計に目立って見えた。

 これは火の魔力を有する者が魔力を発動中、もしくは発動後の名残りとして身体に現れる特徴でもある。何かと戦い負傷し、ここへ逃げ込んできたところだと考えて間違い無いだろう。すぐ傍に彼に相対した敵がいるかもと考えれば急にこの場が危険に思えてきて、ロザンナは恐怖で背筋を震わせる。


 男はおもむろに視線を逸らし、腹部を手で抑えながら立ち上がろうとする。むっと漂ってきた血の匂いにある光景を呼び覚まされ、ロザンナは咄嗟に外套の上から彼の腕を掴んだ。


「動いちゃだめです。怪我してますよね。しかもとてもひどい」


 手を振り払われはしなかったが、男から返される鋭く攻撃的な眼差しにロザンナはわずかに背筋を震わせる。下手に動いたら命を奪われるかもしれない。そう思うのに、どうしても手を離せない。


「こう見えても、私は聖魔法が使えます。あなたに害を及ぼすつもりはないわ。ただ見過ごせないだけ。……だから座って」


 賭けるような気持ちで、ロザンナは強くはっきり要求する。相手はどんな輩かわからないのに放っておけないのは、苦しげなその姿が馬車事故に遭い息を引き取る間際の父の姿とどうしても重なるからだ。


「あなたを救いたい。救えなかったら、私が今を生きている意味がないから」


 男にかけた言葉は、自分自身に言ったものでもある。

 ロザンナは男の腕を掴んだまま、ゆっくりその場に膝をつく。男は中腰のままじっとロザンナを見つめていたが、痛みに顔を歪めて崩れ落ちるように地面に尻をつけた。


 それを治療への同意とみなして、ロザンナは腕から下げていたカゴを地面に置き、「失礼します」と呟きながら外套に手をかけた。

 左腹部に大きく広がる黒いシミは、大量の血。シャツをまくって鋭利な物で切られたような傷口を目視した後、ロザンナは短く息を吸い込んで患部に右手をかざし、そっと目を閉じる。

 自分の全てを総動員させるように、手の平に気を集中させる。彼から伝わる冷たさが手に、腕に、体に絡み、ロザンナを飲み込もうとする。


 まだまだ足りない。この程度では救えない。彼も、両親も。……そんなの嫌。絶対に救ってみせる。


 強い思いが大きく膨れ上がる。右手だけでなく左手もかざし、ロザンナは歯を食いしばった。手のひらがひどく熱い。それに耐えていると、自身にまとわりついていた気味悪い冷たさが徐々に引いていった。そこまでいけば後少し、自分の持てる全てを彼に注ぎ込むだけ。


 ロザンナはゆっくりと目を開け、傷口がしっかりと塞がっているのを確認し、ホッと息をつく。視線をあげると自分を見ていた男性と目が合い、微笑みかける。口の覆いが邪魔で表情がわからないものの、苦しげだった呼吸音も止んでいるため、ひとまず危機は脱したと思って良いだろう。


 外套の隙間から、腰の右側に短剣を携えているのがちらり見えた。しかも柄には見覚えのあるクリスタルチャーム。騎士団員の証であるそれを持っているということは、少なくとも目の前にいる男は悪党ではない。回復した途端襲われる危険はないだろうと考え安堵するが、同時に疑問も浮かぶ。


 騎士団員は所属ごとに持っているクリスタルの色が違う。第一騎士団員は赤、第二は青、第三は黄色のはずだが、目の前の彼が所持しているのは紫だ。自分が知らなかっただけで第四騎士団まであるのか、それとも秘密の組織でもあるのか。一気に興味が沸くも、気軽に聞ける間柄ではない。しかも、ロザンナの視線に気付いた男がクリスタルチャームを外套の下に隠し、あまり見られたくないのか露骨に顔も逸らし出す。


 これ以上関わりたくない。男にそんな態度をとられても、手を出してしまった以上、責任は最後まで持つべきだろう。ロザンナは熱く話しかける。


「すぐそこに診療所があるわ。出血も多かったし、見習いの私の治療じゃなんだか心許ないし、ちゃんと見てもらった方がいいと思います。先生はとっても腕利きだから」


 しかし、男は俯いたまま首を横に振る。いくら歯痒くても相手が自分より大きな男性では無理に連れて行くこともできず、ロザンナは諦めたように立ち上がる。


「それなら回復薬を持ってきます。すぐに戻ってくるから、ここで待っていなさい」


 命令口調で言葉を並べた後、何度か男の方を振り返り見ながら、急ぎ足で歩き出す。

 必死だったため過分に力を使ってしまったようで、林の中を進む途中で足元がふらつき、ロザンナは近くの木の幹に手をついた。けれど、こんなところで立ち止まってはいられないと、両足に力を込めて前に進む。


 診療所に辿り着いた瞬間、ちょうどゴルドンがランタン片手に外へと出てきた。


「ゴルドンさん!」

「あぁ良かった。そろそろ迎えが来る時間なのに、なかなか帰ってこないから探しに行こうと思っていたところでした」


 ロザンナは勢いそのままにゴルドンの目の前までやってくるも、顔を見てホッとしたからかがくりと足の力が抜けて倒れそうになる。


「どっ、どうしました? ……それは血ですか? どこか怪我を!?」


 体を支えると同時に、ゴルドンはロザンナの手に血が付着しているのに気気づき、目を見開く。ロザンナはすぐに手を横に振って否定する。


「私じゃないの。裏の林に怪我をしている人が。その場で傷口は処置しました。でも大量に出血していたみたいだから、回復薬だけでも持っていってあげようかと」

「……わかりました。一緒に行きましょう」


 ゴルドンは真剣な面持ちでそう答えて戸口にランタンをかけると、素早く診療所の中へ移動する。ロザンナはゴルドンを追いかけるが、めまいに襲われ、待ち合い室の中程で足が止まった。

 なんとか倒れ込むことなくその場に留まっていると、カゴを手に戻ってきたゴルドンが、ふらついているロザンナに気づき、慌てて駆け寄る。


「ロザンナ、後は俺に任せてくれて構わない。座って休んでいなさい」

「……いえ。私も行きます」


 ロザンナは力強く首を横に振って拒否してから、ゴルドンが持つカゴを半ば奪い取る。「案内します」と先頭をきって歩き出した。

 夜の帳が落ちた林の中を、ゴルドンが持っているランタンの明かりを頼りに進んでいく。「この辺りから中に」と、記憶を頼りにロザンナは小道を外れ、岩を見つける。


「ここにいたんです。でもそんな……どこにいってしまったのよ」


 しかし、岩陰に男の姿はなかった。一瞬、場所を間違えたかと考えたが、岩のそばには少し前までロザンナが持っていたカゴがポツンと残されているため、やっぱりここで合っている。

 すぐさま周囲に視線を巡らせるが暗い中で何かを見つける事はできず、ロザンナは「待っていなさいって言ったのに」と文句がちに呟く。


 一方、ゴルドンは岩の傍でしゃがみ込み、頼りない明かりの元で注意深く観察していたが、おもむろに立ち上がり大きく声を発する。


「いるなら痩せ我慢せずに出てきなさい。俺たちは敵じゃない」


 暗闇に呼びかけるものの気配すら感じられず、ゴルドンはボリボリと頭をかきながら諦めの息をつく。


「確かにひどい出血の痕跡があるが、動けるようだし後は自分でなんとかするでしょう」

「それなら良いんですけど」


 ロザンナは回復薬の入っているカゴへと視線を落とす。無理に動いたことで、もしかしたらこの林のどこかで倒れているかもしれないと考え、後悔がロザンナの胸を締め付ける。ひとりで場を離れず、無理にでも彼を診療所に連れていくべきだったのかもと。どれだけ後悔を募らせても、今更遅い。ゴルドンの言葉通り、自分の足で安全な所に逃げ延びれたのを祈るしかない。


「診療所に戻りましょう」というゴルドンのひと言で、ふたりは引き返す。カゴをふたつ持って歩くロザンナへ、ゴルドンがぽつり問いかける。


「負傷者の性別は? 何か特徴などありましたか?」

「男性で、おそらく火の魔力を有していると思います。でも分かったのはそれだけです。外套を纏って顔も隠していましたし、声も聞いてない。昼間だったらもう少し情報も得られたでしょうけど、他には何も……」


 そこでロザンナは「あっ」と声を発する。抜け落ちかけていた記憶を慌てて手繰り寄せるものの、話すのに少しばかりのためらいが生まれた。




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