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転生竜人の少女は、安寧の夢を見る  作者: 椎名甘楚
六章.降誕せし魔の王
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189.神は真意をひた隠す

 ジンが試練の対象である魔物を倒し、部屋と階段を隔てる術式が解除されたらしい。当然合流する為にジンの元へ向かったのだが、なにやら美少女とイチャついていたので後頭部に一発キツいのを入れておいた。


「る、ルフレ……!?」


「そうだ、私だ。元気そうで何よりだよ、ジン?」


「お、おい……なんか目が笑って無いぞ……」


「……こっちは文字通り死ぬような目に遭ったのに、お前は随分と楽しそうだなぁ? こんな可愛い娘と仲良くダンジョン攻略してさぁ」


 尻餅を着いたまま此方を見上げるジンに、私は今思っている事を正直に言い放つ。


 私が這々の体で溶岩窟を往復している間も、コイツは可愛い女の子を連れて快適にダンジョン探索をしていたと考えると腸が煮えくり返る思いだ。しかもこっちは野郎に囲まれていたのも考えると、あと数発殴ってもいいんじゃないか?


 いや、許される、というかもう斬ろう。


「べ、別にコイツらとはそんな理由で一緒にいるわけじゃ……」


「よしよし、弁解なら後で聞くから、お前はもうそれ以上喋るな?」


「待て、待ておい、やめろ! 剣は抜くな! せめて鞘で、鞘にしてくれーーッ!!」







 それから結局、ジンの右の頬と瞼に青痣が出来るまで殴ってから私は彼女ら四人に事情を聞いた。


 どうやら溶岩窟に転移していたジンと出会い、利害の一致から共にダンジョン攻略をすることになったようだ。目的はダンジョンの最奥を目指す事で、雇い主である彼女……アルカの剣士としての力を証明することらしい。


 まあ……それはそれとして、ジンがアルカと仲睦まじくしていた事が無罪になる訳もなく。男性陣は微妙な顔をしていたが、当然の結果であろう。


 寧ろこの程度で済ませた私は温厚だ、メイビスなら多分半殺しにしているぞ。


「……全く、お前はとんだ疫病神だ」


「あら、失礼ね。美しい私が傍に居て、いい思いが出来てるの間違いじゃないかしら?」


「ッ! 分かった、分かったからもうそういう事を言わないでくれ……」


 夫婦漫才のようなやり取りを繰り広げる二人を半目で睨めば、慌てたようにジンはアルカの口を塞ぐ。


「もっぺん行っとくか?」


「なんでだよ……」


「公衆の面前でイチャつくな」


「いやいや、どう見ても俺が貶されてるだけじゃないか!?」


 アカネという娘がいながら他所で女を作っていたとは、遊ばない男だと思っていた分悲しいよ私は。この事は本人にも伝えて、是非もう一度酷い目に遭って欲しい。


「それで、貴女は? 見た所只の子供ってわけじゃ無さそうだけど」


「おうおう聞いて驚け! こんなちんちくりんに見えるがその実、この人はあの有名な英雄――――Aランク冒険者、灰の魔剣士様だ!」


「……なんでお前が誇らしげに紹介してるんだよ」


「ふぅん……あなたがあのアルトロンド奴隷解放の立役者、ねぇ。本当かしら?」


「一応な」


「まあいいわ。別にあなたが何者だろうと、私には関係ないし」


 その名を知ってはいたが、さも驚きはせず。


 アレックスの紹介に、アルカは静かに目を細めて私を見つめている。まるで品定めするかのような目線、言い換えれば見た目の印象だけで此方を見下している……と言った態度だな。実力は先程の戦闘で多少見れたが、それ以上にかなりの自信家なのが伺える。


 実際、才能もあるし相当の研鑽も積んでおり、有象無象で無いことは確かだ。


「それよりも状況の説明が欲しい。本来このダンジョンにはあんな魔物はいない筈だ。あんたらが知ってるのなら、何がどうなってるのか教えてくれ」


 対面に座るアルカの仲間は、横目にも見える巨大な山椒魚に似た魔物を指してそう尋ねた。


「確定じゃないが、今このダンジョンは別のダンジョンと繋がっている。それも出口が無い状態でな」


「……は? なんだって?」


 予想通りの反応を示した彼らに、苦笑するアレックスらと顔を見合わせながら私は今までの経緯――――夢の中での出来事以外――――を一から説明する。




 ……そうして途中、氷魔法の気温低下で溶岩窟を突貫した事に愕然とするアルカから質問攻めを受けながらも、一時間程で話を終えた。


「じゃあその包帯、全部火傷って事!? ばっかじゃないのあなた!」


 アルカは私の腕や首に巻かれた包帯を見て、これでもかと言うほど顔を真っ赤にして叫ぶ。


 どうやら普通は火の神の加護を受けた特別な印符がなければ、そもそもこの溶岩窟に入る事は許可されないらしいのだ。その……ラグミニアの神山と呼ばれるザムトゲル火山の地下にある同名を冠するダンジョンと聞いて、私も漸く得心が行った。


 血液が溶岩の龍魚が泳ぐ魔境。何の準備も無しに入れば、たちまちに燃え尽きて死ぬと言われる最難関ダンジョンの一つ、それがこの溶岩窟である。


 聖地である為か、そもそも入山自体が限られた者にしか出来ないらしいのを私らは運悪く……という訳らしい。


「よく生きてたな、私……」


「全く本当にどうかしてるわ。ほら腕出して。火傷薬塗ったげるから、そのままじゃ痕残るわよ」


「あ、ああ」


 言われるまま腕を差し出せばアルカは丁寧に私の包帯を解いて、ポーチから取り出したクリーム色の軟膏を塗り始めた。


「悪いな」


「庶民を慮るのが貴族の務めだし、当然の事よ」


 どうやら彼女、傲岸不遜で自信家な上に案外お人好しなのかもしれない。




***




「結果論って、クソだよな」


「何を急に言い出すかと思えば……どうしたさね」


 金と銀の吸い込まれそうな程美しい瞳は乳白色の天井を見上げ、心の底から心の籠もっていない声音でそう吐き捨てる。


 神、アースラはそうして眉の上を流れる黒髪を手で弄びながら、嘆息を一つ漏らした。


「そこに至るまでの過程や目算にどれだけ問題があったとしてもさ、成功したらさも計画通りだったかのようにしてしたり顔をする。結果論を謳う奴は、いつもそうやって自分の都合の良いように物事を解釈してムカつかないか?」


 何の脈略も無く、唐突に思いついた事を口にするのはいつも通りの事。それを知っている魔女ミネルヴァはただ、主神の問いに対して答えを探すべく目を伏せる。


「そうさねぇ、確かに一理あるだろう。けど、中にはその問題を解決しながら上手く行くように舵取りをした結果、ってのもあるんじゃあないかね?」


「まあ、だろうけどさ……俺が言いたいのは、ご都合主義って部分だ。多少食い違いがあったとしても、最終的には自分に都合の良い結果になると思い込んでるってのがどうにも気に食わない」


「現実なんてものは、そうそう詩人の語る物語のように行かないって事さね」


 それが満足の行く答えだったようで、アースラは小さく頷くと今まで座っていた椅子から立ち上がる。そして、机の上に何処から取り出したのか、小さなトロッコと線路の模型を並べ始めた。


「昔、トロッコ問題なんて物があってね。猛スピードで突っ込んでくるトロッコと、その進路上にいる五人の人間、そして分岐の先の一人。あなたは分岐路に立っており、一人を犠牲に五人を助けるか、その逆か……はたまた何もしないか」


 神は二又に別れた線路の片方へ五人の人を模った木の模型を縦に置き、問いに答えろと言わんばかりにミネルヴァへと視線を戻した。


 なれど、啓蒙の魔女と呼ばれた女は一度思案気に模型を見やるが、肩を竦めて首を横に降る。


「……問題に対する視点が多面的過ぎて、答えの出しようがないさね。合理的に考えれば五人を助ける道を選ぶのは当然なのだろうけども、人の子の良心で考えるとそうもいかないだろう? どちらを選んでもこの"あなた"は、間接的だが人の死に関与することになるさね」


「流石、その通りだよ。この問題に明確な正しい答えなんて無いのさ」


 問題の本質に気付いた魔女にそんな言葉を掛け、アースラは一人の方の分岐に立たせた模型を指で弾き飛ばすと、それは転々と机の上を転がる。


「どちらを選ぶにしても同時に人を助け、殺す事になる。大半の人間にとってそれが多いか少ないかは問題じゃない、大事なのは自分の選択で誰かの命が失われた事さ。幾ら功利的とは言え、道徳心を持つ生き物としては罪悪感とのジレンマで悩むんだ」


「それが、先の話とどう関係があるさね」


「ただ、こういう問題に横紙破りな答えを出す連中がさっきのご都合主義者ってわけ。奴らは平気で前提条件を無視して『なんとかして全員を助ける』なんて言っちゃうから寒気がするよね。こっちは片方が必ず死ぬ事を仮定して問題を出してるっていうのに」


「五人か一人か、実際に選択を迫られればどちらかにするしか無いさね。その両方をというのは少し傲慢……ああ、成程。御前様はそういう事が言いたいのか」


 ミネルヴァは呆れた様子で紡がれるアースラの言葉に得心を得たように頷き、壊れた模型を拾い上げた。そうして片腕の無い模型を掌で弄び、ややもすると魔力で木屑へと還す。


「《傲慢》は罪だが、殆どの時勢において善人の元にあった。理不尽を人の子の手で覆そうとする勇気は、捉えようによっては愚かな事だからね。だから俺はバエルに与えて、手の届く範囲で管理してたんだけど……」


「今は、どこにあるさね?」


「報告にもあった白い竜人、ルフレ・ウィステリアの元だよ。久しぶりに"彼"から連絡があったと思ったら、どうやら《憤怒》もその娘の中にあるらしくてさ。多分混じってるし、進化の条件を満たしちゃったわけだ」


「ふむ……少し厄介さね、大罪の権能は世界の真実に近付きかねない」


 神鉄流剣王座への挑戦権を持ち、Sランクに王手を掛けた冒険者……今やアルトロンドでは英雄と呼ばれる存在の名を口にしたアースラの顔は、どことなく嬉し気だ。


 それは……彼らにとっては障害となり得る駒ではあったが、同時に何か違う目的において価値を見出していたからである。


「ま、運命がなるべくしてそうさせたなら、このうねりはもう止められないよ。それに俺たちの真なる野望を達成するには、一つでも多く可能性の芽はあった方がいいだろう?」


「それもそうさね、私達はもう止まれない。多数を生かすため、少数を切り捨ててここまで来たんだ。今更止まるには遅すぎるさね……」


 嘆息を一つ吐き、ミネルヴァは深い蒼の瞳を細めて宙を睨む。

 

 後悔ではなく憧憬に思考を傾けるその姿に、アースラも薄っすらと笑みを湛えて目を伏せた。そうして静寂が神域に訪れ、幾許か経った頃。


「……出来るならば早く此処へ来ることを願うよ、特異点。ラスボスが首を長くして待ってるんだからさ」


 黒金の髪の隙間から覗く淋しげな瞳が揺れ、別人とも思えるような掠れた声でそう呟いた。

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