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転生竜人の少女は、安寧の夢を見る  作者: 椎名甘楚
六章.降誕せし魔の王
201/210

188.一旦休憩

 目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。


「……なんてな」


 病棟に有りがちな白いタイル張りの天井などではなく、赤褐色で粗い岩肌を見上げながら独り言ちる。起き抜けにしてはやけに明瞭な思考が、あの夢での事を事実だと実感させてやまない。


 ハルの正体が魔王という事実は、然程驚きではなかった。寧ろ《憤怒》から聞かされた話からすると妥当もいい所。私からすればそんな事はどうでもよく、試練についてもどうせ魔王としての適性を見るとかそういう物なのだろうと勝手に考察している。


 寧ろ、それに干渉してきた輩の方が気掛かりだ。


「おい、目を覚ましたぞ!」


「本当か、俺ぁてっきりこのまま目を覚まさねえとばかり……良かった……」


 あまり悠長にしていられないと、上体を起こせば周囲に冒険者たちが群がってくる。最初にリタイアした奴も今は大分回復したようで、その中に混じっていた。


 ダンテは……もう活動限界を迎えて魔石に精神体を戻している。


「よお、お目覚めか。眠り姫」


「お陰様でな、いい夢を見れた」


 そう言って笑いかけて来たのはアルフレッドで、彼もあちこちに包帯を巻いてはいるが無事そうだ。そうなるとどうやら全員無事、本当に第二の試練は突破したらしい。ハルの用意したものは……だが。


「私は……どれくらい寝ていた?」


「正確な時間は分からないが、ざっと半日ってところか。途中で一度食事を摂ったらしいからな、それくらいの筈だ」


 「正直まだ頭痛と倦怠感で食欲は無いがな」と言って笑うのに、私も無言で頷く。小腹が空いているかいないかで言えば空いてはいるが、今は胃に何か入れたい気分ではなかった。あんな夢を見せられた後なら尚更、少し思考と心の整理をつける時間の方が欲しい。


 まあ、そんな時間が無いのも事実。各々に呼びかけ、直ぐに荷物を纏めて出発の準備を始めた。


 湧き水で肌を冷やし、火傷の酷い箇所は軟膏と包帯で誤魔化す。半日で大分外傷は収まったが、まだ本調子とは行かないだろう。炎症のせいか熱も多少あるようだし、戦闘に支障が出るかも知れない。


 そうして、漸く階下に降りようかといった時の事。アレックスを先頭に都合七名の冒険者が整列していた。やけに神妙で畏まった表情をしているので何事かと思えば、全員が一斉に頭を下げて見せ……


「……ありがとうっ!」


「あんたがいなきゃ、俺たち全員死んでいた!」


 そう、代表らしき二人がそう告げる。


「……私が巻き込んだとは思ってないのか? 此処まで付いて来ず、遺跡に留まっていればもしかすると助けが来たかも知れないんだぞ?」


 まあ、そんな事はあり得ないのだけども、彼らに知る由は無い。何も知らなければ、溶岩窟に足を踏み入れるより、まだ環境がまともなあそこで魔物と戦い続けた方が生存の可能性があると考えるのが普通だ。


「とんでもねぇ! ここまで来たのは俺たちの意志だ、あんたに責任なんかある理由ないだろ!」


「そうだぜ、危険が怖くてこの仕事がやってられるかってんだ!」


「あそこで一生魔物に怯えて縮こまるくらいなら、例え死ぬかも知れなくとも一歩でも前へ進む。それが冒険者ってもんだよな?」


「寧ろ、この異変を解決して英雄になるくらいの気概が無きゃ、玉無しの腰抜けだぜ」


 ……なんというか私も他人のことは言えないが、冒険者というのはつくづく頭のネジが外れている。


「ま、そういうわけだ。この先もよろしく頼むぜ、英雄!」


「そうそう、ここにゃ灰の魔剣士っていう本物の英雄がいるんだからな。お前の出る幕はねーよ」


「なんだと!? 俺だってなあ、やるときはやるんだぞ!」


「お前こそなんだ!? そんなへなちょこ剣術で役に立つと思ってんのか!?」


「お前だってチョロ火みてぇな魔法しか撃てねぇ癖に、偉そうに言ってんじゃねえよ! やんのか!? ああ?!」


 半日前まで死にかけていたと言うのに、今はもうそんな事を忘れたかのように騒げるのは普通じゃない。そんな常人とは感覚が何処か違っているから、死と隣合わせのこの仕事を続けられるのだ。


「もう……分かったから、それだけ元気があるなら早く行くぞ」


「「うっす!」」


 呆れた私がそう言うと、愛想のいい返事が返ってくる。が、騒いでいた二人は相変わらず肘で脇腹を殴り合っており、どうにもどちらが私の役に立つかを争っていた。


 正直どんぐりの背比べなので、こんなところで体力を使わないで欲しいのが本音だ。


 と、そんなやり取りが後ろで交わされつつも、一行は順調に下へと向かう階段を見つける。九層自体が一つの部屋しかないので当然といえば当然だが。熱気から大分遠ざかった事もあり、この先はまた違う環境が広がっているのかと思いきや――――


「……誰か戦ってるぞ」


「俺たち以外にも先客がいたようだな」


 階段の中腹辺りで見えたのは、溶岩の溢れる空間だった。


 そこでは何か巨大な爬虫類のような生物と人が戦っており、苛烈な攻防が繰り広げられている。状況からみて仲間の誰かがいる筈だが、私の視界にはまだ若い……少女と言って差し支えのない女剣士しか映っていない。


 他にいないのかともっと奥を見ようとするも、部屋と階段との境にある何かに遮られてしまう。


「空間の固定……? 座標式と式自体の目的は読めるが、肝心の文字配列が意味不明だな……」


 しかも私が見たことも無いような術式が空中へ刻まれており、空間の固定による物質の通過を制限するという旨の効果がある事以外読み解けなかった。


 実際に手で触れてみると――――空気が固められたような――――本当に壁があるような感触が掌に伝わってくる。どうやら試練が始まると、後入りが出来ないという仕様らしい。ボス戦に後から後から乗り込んで来られてもまあ……企画倒れだろうし妥当か。


「しかし……」


 依然として部屋の中で暴れているあの、巨大なサンショウウオみたいな生物は何だ……?


 口や鱗の隙間から火の塊を溢れさせ、背中や腹部は冷えて固まった溶岩の鎧に覆われている。攻撃方法は噛みつきや尻尾の振り回しなど単純なものが多いが、触れただけでも危険なだけにかなり厄介そうだ。


 こんな生物、私だって見たことが無い。


 未発見の魔物だとしたら、組合が認定する討伐難度は恐らくBを軽く超える筈。相手をしている女剣士もなんとか捌いてはいるものの、有効打が撃てないようにも見える。


「ああっ!?」


「やべえぞ!!」


「おっぶね……っでえ!?!」


 女剣士が上体を叩きつける攻撃を避けて反撃に移ったのだが、顔へと振った剣が弾かれたどころか……半ばから折られてしまった。これには見ていた全員が思わず声を上げ、アレックスに至っては身を乗り出して見えない壁に頭をぶつけてしまう。


 そして案の定、無防備になった女剣士へ尾びれが側面から振り抜かれ、体が壁へと叩きつけられる。


「ああ……どうするよ、この見えねえ壁はどうにかならねえのか!?」


「残念ながら私たちに出来る事は無いけど、大丈夫だ。多分あの子は死なないよ」


 術式を解析して解くにしても時間が掛かる上、そもそも私の理解の範疇を超えた物をどうこう出来るわけがない。黙って指を咥えて見ているしか出来ないが、私にはもう問題が無いと分かっていた。


 それは当の少女が然程慌てずに受け身を取った事と、魔物が立ち位置を変えた事で見えた奥の人影故だろう。


 ――――直後、サンショウウオに似た魔物の側面から男が飛び出し、抱きつくように脇腹を抱えた。


「おおッ! 仲間か! いや……仲間? 仲間なのかあれは!?」


 重厚な外殻に身を包んだ男……ジンは、そのまま魔物の体を持ち上げて投げ飛ばす。地鳴りが起こる程の衝撃だが、壁より外のこちらには何の影響も無い。


「あれははぐれた私の仲間だ、お前らなんかよりも数倍……いや数十倍は強いから心配はいらない」


「成程、あんたの仲間なら納得……って、今さり気なく俺たちの事(けな)さなかったか?」


「気のせいだろ」


 それにしても、試練を受けていたのはジンだったのか。


 アキト以外なら誰でも良かったが、溶岩窟という環境を考えれば一番の当たりを引いたな。あの体表に素手で触れたという事は、この灼熱の空間も恐らく無効化しているだろうし、負ける事は絶対にあり得ない筈だ。


 私の期待通り、ジンは投げ飛ばされた魔物が起き上がると同時に追撃の拳を見舞っている。速度は無いがその分重い一撃にまた体勢を崩し、更にもう一撃が横っ腹に直撃した。


「強いな……あの巨体を拳一つで動かすか……」


 アレックスも感嘆の声を漏らし、また一つ次元の違う強さを食い入るように見つめている。


 ただ、相手は仮にも正体不明の干渉者が用意した試練。この程度で倒れる程雑魚ではなく、全身から溶岩を吹き出しながら上体を持ち上げた。


 ジンはそのボディプレスを受け止め、下から連続して右拳を鱗へと叩きつける。それでも溶岩を纏った鱗は砕けず、体を跳ね除けて再び睨み合いに。どちらも桁外れの防御力を持っているだけに、決定打の無いまま打ち合っている状況だ。


「こりゃ長丁場になるぞ……」


「いや、もう()()()()んだよ。そう考えるとあの剣士も相当耐えていたらしいな」


「え……?」


 私が九層に到達して眠っていた時間を合わせれば、あそこにいたのは半日と少し。その間誰もやって来なかったという情報から察するに、あの時点で彼女らは既に試練に挑んでいた事になる。


「その証拠に見てみろあの荷物袋を。恐らく予備の剣だろう、半分は……折れてるな」


 部屋の隅には他に三人が待機しており、ジンと交代した少女が水と新しい剣を受け取って休憩している。ああして体力が尽きるか、剣が折れるかしたら交代であの魔物と戦っているのだ。


「まあ、休憩してたとしても、二人して化け物染みた体力をしているが」


「本当だよ! 半日も戦い続けるなんて正気の沙汰じゃねえぞ!?」


 ぶっちゃけその通りである。


 私とてそんなに戦っていたら、流石に嫌気が差してどうにかしようとするだろう。それを何故? と思うが、あの二人の顔を見ていると、自ずと理由は見えてくる。


「あいつら、この状況を絶好の鍛錬の機会かなにかだと思ってるんだよ。あれは強くなろうとする、貪欲な奴の顔だ」


 倒せずとも倒されない相手だから、と――――どっちが始めたか知らんが――――試練を動いて反撃してくるサンドバック扱いだ。ジンは兎も角として、あちらの少女も相当に強さに飢えた面白い奴らしい。試練が終わったら一つ、手合わせでも頼んでみようか。


「ま、ここは大人しく観戦するしかないだろう。食糧ならまだ余裕があるし、お茶も淹れて……と」


 私はそう言って階段へ座り込むと、水筒の水を沸騰させて茶葉と共にスチールのコップへ淹れる。エンデに頼んで合金なども生産を始めたので、軽くて扱い易い日用品も大分増えてきたのだ。


「あれ……? そう言えば、なんでダンジョンなんて潜ったんだっけか?」


 確かエンデが欲しい素材があるから、取ってきて欲しいと言われて……ああ! すっかり失念していた、私は希少金属を入手する為に魔王城の地下に行ったんだ。


 第二の試練で相当しんどい思いをしたせいか、本来の目的を見失う所だった……。

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