176.どうして俺だけ
「ルフレ様ァ!!」
以後の対策を決める為に一度管理棟へ戻った直後、ゲイルが叫びながら走ってきた。
まだ外にいると言うのに部屋まで響く声は、何かがあったのか非常に焦っている。さては、メイビスのところで何かがあったか。あちらもあちらでまだ問題は解決していないままだったし、まあ……想定内ではある。
「どうした? 何があった?」
「やばいですよ! あのラウス……例の奴がゴブリンを殺そうとして、勇者様が止めたんですが……とにかく大変なことになってんです!!」
彼は中へ入ってきた途端そう告げ、息も絶え絶えな様子で壁に凭れ掛かる。
私としてはディエラに何かあったと思ったのだが、どうやらあの問題のある冒険者とラゼルの間でのことらしい。それにしても……殺そうとしたのはちょっと予想外というか、一応敵意が無い事は伝えてあった筈だというのにそれを聞いていなかったのだろうか?
「……分かった、直ぐ行くよ。この場はシシドに任せよう。行くぞゲイル」
「う、うっす!」
「あいや、任されました。ルフレ様はどうぞ行って下さいまし」
私はそう言うと、兵士に貰った水を飲み干したゲイルを連れて舎を出る。
墓荒らしに関して言えば暗部も軍部も動いている現状、私がここにいて出来ることは限られているだろう。潔く問題の起きているメイビスやラゼルたちの方へ行った方が懸命だ。
来た時よりも早足……というよりかはほぼ駆け足で街を抜け、魔女の家まで疾走。ゲイルも伊達に冒険者として名が知られていないわけではなく、しっかりと付いて来ている。
「ところで、どういう経緯でラゼルが殺されそうになったんだ?」
「ラゼ……ああ、あのゴブリンの名前ですか。いやぁそれがっすね、あんまり確証があるとは言えないんすけど……」
「なに?」
「あの手の魔物を倒すとなんか強くなれるって、噂がありまして……」
「噂……?」
走りながらもそう言ったゲイルは、自分で口にした言葉に対して苦笑いを浮かべている。恐らく私の顔も胡乱気に顰められていたことだろう。
「なんでも今冒険者の間で流行ってるらしくてすね、他の個体とは違う特異個体……とか言ったっけか、兎に角そういう魔物を倒すと一瞬で一気に強くなれる――――なんて言われてるんすよ」
「倒すと一瞬で強くなれるユニークなモブ、ねぇ」
此方の言語を日本語へ直訳するとそう読めるだろう単語の羅列に、彼の言葉を反芻するように呟く。
剣と魔法の世界とは言え、よもやそんな『倒すと沢山経験値を落とす敵キャラ』みたいな不可思議な噂が出回っているのは元日本人として見ると不審ではある。
「だからアイツはそのラゼルっつーゴブリンを殺そうとしたのかな……と、わかりませんけどね」
「まあそういう噂が流れてるのなら、ありえるか。とは言え、ラゼルは私達ともう敵対していないからお前は襲うなよ?」
「分かってますって! そもそも俺、挑んだら返り討ちにされそうですし……」
ゲイルは私の念入れに大きく頷くと、半目で苦笑いを浮かべた。
力量に差があるのを理解していればいいが、ラゼルは私と同じ転生者で何か凄まじい力を持っている。何も知らない奴が挑んで殺されでもしたら、同郷の身としても少し罪悪感を感じてしまうだろう。それも現在進行系で危ない状況なので、さっさとその馬鹿な冒険者に釘を刺さねば。
と、
『――――動くな!』
「……やれやれ」
そう考えていた矢先に視界の先で押さえつけられる男の姿を捉えた。
***
私が到着した時に問題を起こしたラウスは、兵士や他の冒険者に取り押さえられており、ゴブリンを背にリリエが立ちはだかっているような構図だった。
大事には至らなかったものの、ラウスはディエラと共に兵士に連行されて詰め所へ。詳しい事情はそこで聞かれるとして、未遂なのでそこまで重い罰を課すつもりもない。組合の裁量次第というところだが、これは調査後の行為故に降格もあり得るだろう。
ディエラに関して言えば、後は暗部のお仕事。尋問で何か情報が出ればいいが、捨て駒のような扱いだった事を考えると余り期待はしていない。
……グディール派閥とやらが決めたのか彼女自身か、どちらにせよ哀れだ。
間諜がいるのなら私の詳しい情報も手に入っている筈なのに、その上で勝ち目の無いディエラを充てがって来た。それが最初から予定通りだったと考えれば余りにも無慈悲に思える。敵ながら少しだけ同情してしまうのも仕方ないことだろう。
もしくは最初からちょっかいを掛けてこないでくれると助かるが……。
因みに憂慮していた獣人国の使者だが、ウルシュが応対した結果出直すという話で私の出る幕はなかった。一体何の用だったのかすら知らないので、次はちゃんと予定を開けて出迎えることにしよう。
さて、現在は改めてラゼルとリリエを首都へと連れて行き、後者はフレイに任せることに。私も隠れ家として作った地下の工房へとラゼルとアキトを招き入れたところである。
ここでは元の世界の利器を再現した魔道具や魔法の研究をしようと思ってはいるが、その結果を世間に公表にするつもりはない。要は完全に私の個人的な趣味であり、今の所は銃を模倣しようとした失敗作に赤熱するだけの金属などの使えないガラクタが散乱しているだけだ。
「――――うっわ、なんだよそれ」
合間に休憩を挟みながらも説明を終えた直後、ラゼルはアビスライトで作ったおろし器を手に怪訝そうな顔でそう言った。
「俺の他にも転生者とか聞いてないわー、しかも二人」
「僕だってつい最近まで知りませんでしたよ。まあ、誰かさんは知ってて黙ってたみたいですけど?」
「……それにしても不思議な事があるもんだ。同じ世界の地球という星から、同郷の人間が三人も転生してくるなんてな」
アキトから向けられる視線に目を逸しつつ、私は実際に感じていた気持ちを口にする。
前世の記憶を持って転生したという事自体が稀過ぎる筈が、この場にはそんな者が三人も揃っているのだ。もし輪廻転生を司る神が意図してそうしたので無ければ奇跡としか言いようが無い確率だろう。
「因みに、あんたらはその……いつ頃?」
「"2021年の6月8日"、こっちに転生してからは二十一年経ってる」
「あ、僕、ルフレさんの一日前……"21年の6月7日"です。今は転生して二十三年目ですかね」
私とアキトが続けてそう言えば、ラゼルは一瞬驚いたような顔をすると直ぐに神妙な表情で考え込み始めた。
「待て、それじゃ話を聞く限り、地球とこっちだと時間の流れが違うことになるぞ。俺は7月の半ば辺りに死んで、つい最近こっちで転生したからな」
「ふむ、地球の一ヶ月半はこの世界の凡そ二十年という計算になるな。だとすれば、百年後の転生者と私達でも実は同年代って可能性は全然ありえる訳だ」
面白いことにこの世界の千年前の偉人が転生者だとして、それが私の生きていた時代の人間であるかもしれない。
いや、あながちそれは間違っていないとも言える。
前々から疑問には思っていたのだがこの国の技術然り、時折見受けられる高度な技術は先人の転生者が遺した物ではないのだろうか? なんらかの理由で地球とこことは繋がりが強く、転生者がよく生まれるなんて理由があったりして……。
「……そんなまさか、ねぇ」
「え、どうしたんですか?」
「なんでも無いよ、ちょっと独り言」
「ところでさ、なんでお前らが人で俺だけゴブリンなんだ? これおかしくない?」
苦々しい表情でそう言ったラゼルに、私とアキトは思わず顔を見合わせる。
確かにまあ……ゴブリンに転生なんてちょっとした災難かもしれないが、人型であるだけまだいいだろう。もし昆虫とか植物とかに転生していた場合、こんな風に私達と出会う事もなかった筈だ。
「ぶっちゃけさ、別に不便はしてないよ? 俺の方が普通の人間よりよっぽど強いし、病気とか虫刺されにも免疫あるっぽいし……」
ラゼルは一度言葉を区切って自分の体をまじまじと見つめた後、
「……でもさ、やっぱ魔物ってアレじゃん。ゲームとかと同じで人間に狩られる側で、しかもこの世界の言葉を覚える機会も無いから意思疎通も取れずに敵対以外の選択肢が無かったわけよ」
そんな言葉を接いだ。
「だからせめてこの世界での生きる目標として、弱キャラのゴブリンで最強でも目指して見ようかなと思ってたらさぁ……お前だよ。なにあれ、氷の魔法無効にしたり俺の魔法を相殺したり。チートですか? ほんっと強すぎだろ!」
「いや、私も強くなる為にかなーり努力して来たつもりではあるんだけど……」
「話を聞く限り寧ろ転生して間もないラゼルさんが、ルフレさんとまともに戦える事の方がよっぽどおかしいですけどね」
「えっ……そうなの?」
私とアキトが彼の言葉に異論を呈すると、その顔が呆けたものから段々と抑えきれないと言った笑みを含んだものへと変わっていく。
「そっか……そうなのかぁ、俺、今でも結構強いんだなぁ……ヘヘ……」
「そこで喜ぶのか……」
どうやら自分が強い事が嬉しいらしく、非常に分かりやすいその態度に私は苦笑を漏らした。
生き死にを掛けた闘争が当たり前の世界であることを受け入れ、強者でありたいと思えるという点はある意味で転生者として適正のある奴なのかもしれない。アキトもビビりだがいざという時の胆力はあるし、三人とも温室みたいな国で育った割にそういう部分は共通している。
「まっ、そういうことならいいや。同郷同士仲良くしようぜ!」
「……調子のいい奴だな、お前」
ともあれ、バカラからの依頼は思わぬ形で解決した。その代わりに別の問題が浮上したが、依然として焦る程のことはまだ起きていない。
相手の策謀に惑わされない為にも、表向きは平常運転でいよう。




