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11.聖女と魔法


 ジンが気絶したからか、それまでいたギャラリーは興味を失ったように散っていく。


 俺に対して好奇の視線を送る者もいたが、魔人の浮浪児相手に声を掛けてくる奴はいない。彼らにとって俺は、一時の退屈を紛らわす為のおもちゃに過ぎないのだ。誰も好き好んで関わりたくはないだろう。


 他人事で済ませられる距離感を保つのが普通なこの国の人々は冷たい。

 

 見て見ぬふりと言う点で言えば日本とさして変わらないかもな。もしかしたら他者に興味があるだけマシかもしれない。


 日本で生きていた時、駅前で人が倒れてたのに誰も助けたり救急車を呼ぶことなく、倒れた人がそのまま死んでしまったと言う話を聞いたことがある。


 自分が見て見ぬふりをしても、きっと誰かがやるだろうと言う考えは、人を殺すのだ。かと言って、俺がその場にいて何か動けたかと聞かれれば、分からないが。同じように素通りしてしまうかもしれない。

 

 ……本当はそれでいい筈がないんだけどな。

 

「あの、大丈夫ですか?」


「……え? あ、あぁ、うん」


 と、思案に耽っていたので、恐らくはボーっとしているように見えたのだろう。俺の背後から、フードを被った女が声を掛けて来た。


 中から覗く顔は端正で、不自然な程に整っている印象を受ける。茶色い髪と瞳は大人っぽく、印象からして大体俺よりも三、四歳年上ってところだろう。


「危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」


「いや、別に構わないさ。大体私の勝手でやった事だし……」


 自分で言っておいてアレだが、本当にそう思うよ。これだってただのお節介だろう。今そんな事言われても余計惨めな気持ちになるだけだ。


「こっちの事情で介入したんだ、礼を言う必要なんてない」


「そんな謙虚になさらずとも、貴方が私を助けてくれたのは事実です」


 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、少女はペコリとお辞儀をし、頭を戻した拍子にフードが取れる。

 

「私の名前はイミア――――イミア・クレイエラです。貴方と出会えたのも神の御導きの賜物、どうかお名前を聞かせては頂けませんか?」


「……ルフレだ」


「ルフレ……ルフレ様ですね! 覚えました!」


 彼女は嬉しそうに長い茶髪を揺らし、小声で何度も俺の名前を反芻する。一体何がそんなに楽しいのか、理解できない。


「助けて貰ったのですから、何かお礼をしなければいけませんね……そうだ、祝詞を――」


「生憎と私は無神論者だ、もういいからどっか行ってくれ」


 提案を突き返した俺が元来た道を歩きはじめると、イミアが追いかけてきて道を塞いだ。なんとも、どこか行けと言ったのが聞こえなかったのだろうか?

 

「そういう訳にも行きません、善行には善行で返すのが私達の教義です!」


 追い払うように身振りで促すも彼女は、イミアは食い下がる。


 しかして、向かい合った拍子に首に提げた祈祷具が胸元で揺れ、女性の横顔が彫られたそれに一瞬目が向いた。囲むように彫られた文字を読むに、伍神教では無くアース教の信徒のようだ。


 因みに祝詞というのも、アース教ならば"人類の繁栄を示す神の啓示を伝える聖女の言葉"を聖書から抜粋しているだけなので、魔種である俺にとっては解釈違いも甚だしいだろう。


「……あ、大変です! 足に怪我をしてるではありませんか!」


「ん? ああ、こんなのほっとけば治るだろ」

 

 どうやって追い払ってしまおうかと思案しつつ、思考が横道に逸れていた所、イミアは俺の膝を指して声を荒げた。見てみれば、確かに膝の辺りの皮膚がぱっくりと割れて血が垂れている。どうやら、ジンの攻撃は避けたと思ってたが、一回だけ掠ってしまってたらしい。


 けど、俺なんて体の頑丈さだけが取り柄みたいなものであるし、二時間もすれば完全に塞がるだろう。


「いけません! 傷口から病気になったら拙いですし、今すぐに治療しなければ」


「お前……なんなん……いや、もう勝手にしろ……」


 彼女は納得行かないらしく、咎めるつもりだった俺も肩を竦めて嘆息せざるを得ない。ともあれ、一体何をする気が分からないが、一回満足するまでやらせた方が良さげだ。


 ああ、これがお返しと言う事にしてもうどっかに行って貰お――――


「――古き王、全知全能たる時を見渡す者よ、信たる者の肉体を介し、その力の一端を顕現させたまえ……《光癒(ヒール)》」


「え……?」


 これはさっき言っていた祝詞と言う奴だろうか、一瞬そう思うも、少し文面がおかしいことに俺は首を傾げる。それからその……よくわからない文字の羅列を口ずさみながら、イミアは俺の膝へ両手を押し当てた。


 すると、彼女の掌から淡い金の光が生まれた。


「なっ……!?」


 ほんのりと暖かく、優しい光に包まれた膝の傷は瞬く間に閉じていく。なんだか、細胞の一つ一つが活性化しているような気さえする。


 膝だけでなく、足全体に活力がみなぎる感覚とでも言えばいいか。今ならどこまででも走っていけそうな気分だし、実際に俺の足は動かしたくて堪らない疼きに襲われていた。


「ふう……あなたのような綺麗な肌に傷跡が残っては大変ですからね、これで大丈夫の筈」


 この女は俺に一体なにをしたと言うのだ、これではまるで魔法じゃないか。ゲームじゃないんだからそんな非科学的な……非科学……


「ま、魔法ッ!?」


 ああ! 完ッッ全に失念してた!


 そうだそうだ、この世界には魔法の概念があったんだ。三ヵ月経っても一向に見る機会が訪れなかったせいで、すっかり無い物だと記憶の隅へ追いやってしまっていた。


 異世界ファンタジーと言えば、普通は最初に魔法が登場するものだがな。俺の場合、スキルも含め物理的な攻撃力に関係するものばかりを見ている気がする。

 

「ええ、今のはひか……傷口を綺麗に焼く魔法です」


「これが魔法……」


 じんわりと、残り火のように暖かい熱を孕む膝を見つめる。


 どうやらこれが魔力と呼ばれるものらしい。自力では無理でも、他者から与えられたお陰で知覚する事が出来たようだ。


 膝に集まった魔力が霧散し、体全体へ行き渡るのを全感覚を集中させて追いかける。すると、血流のように常に全身を巡っているのが薄っすらと分かった。成程、魔力は一定の箇所に留まっている訳ではなく、常に体内を循環しているのか。


 いや……待てよ、魔法が使えると言う事は、もしかするとアレの内容も理解できるかもしれない。


「お姉さん、頼みたい事があるからちょっと付いてきてくれない?」


「はい、貴方の頼みならば、一向に構いませんよ」


 二つ返事でそう答えるイミアに、若干の罪悪感を覚える。

 

 少し警戒心が薄いと言うか、もしかして世間知らずなのだろうか。一度助けてあげた位でここまで信用されるのはむず痒い。これで俺がもし悪い大人だったら、奴隷商に売り渡されてもおかしくないと言うのに。


 ……まあ、今の俺は悪い大人と言うより、頭でっかちで馬鹿なガキなんだけど。


 ともかく魔法が使える人間がいるならば、今のところ場所を取るだけだった物をどうにか出来る可能性がある為、俺はイミアをスラムにある俺の家へと案内した。


「これは……廃材の中に家が……」


「今はもう使ってないけどな、え~っと……確かこの辺に……あったあった!」


 もしかしたら盗まれていたかもなんて考えは杞憂に終わり、藁の下から魔導書を取り出す。


 これはいつぞや、謎の少年から貰った貴重な俺の財産だ。もしエイジスに放り捨てられても、これを売れば暫くは生き永らえる事が出来る。故に、豊穣亭のお手伝いで貰った駄賃や給料等、私財の半分はここに隠しておいてあった。


 まあ今回は、本来の用途として活躍してもらわなければ困るが。


「お姉さんはこれ、読めるかな?」


「これは……魔導書ですか。ええ、リシア語とサン語の物ならば辞書が無くとも読めますよ」


 そう豪語したイミアへ魔導書を手渡すと、暫くペラペラとページを捲り始める。速読なのか、目がかなりの速度で左右に行ったり来たりしている。


 ならばもしや……とも思ったのだが、


「それで、そこに書いてある魔法って使えたりするのかな……?」


「いえ、それは不可能ですね」


 本から目を離し、イミアは俺へそう告げた。


「え? でもさっき魔法が使えるって……」


 困惑する俺を見て、イミアは得心した様子で本を閉じる。先程使っていたのは魔法だと言うのに、魔導書に書かれている魔法が使えないとは何事か。

 

「ああ、ルフレ様は魔法の仕組みに付いてご存じないのですね」


「仕組み?」


「そうです、仕組みです。魔法を扱うにはそれぞれの属性に高い適性が無ければいけません」


 ――――曰く、魔法には基本である火、水、土、風、の四属性が存在する元素魔法と光と闇の陰陽魔法、それに雷や金属、樹木を操る古代魔法の3種があるとのこと。そして、魔法使いや魔導士と呼ばれる者達は、はじめに言った元素魔法を主として扱う。


 この四属性の適性にも個人差があり、火属性が得意な者は逆に水が苦手だったり、土属性に抜きん出た才能があるものの他はからっきしなど様々だ。


 勿論全属性に適性がある者もいる。


 分かりやすい例えで言えば魔王や、勇者と呼ばれる存在がそれだ。尚、普通の人間ならば適性は大体二属性あれば優秀な方で、それ以上になってくると天才の域らしい。


「それで、あんたの魔法は何属性なんだ?」


「……絶対に口外しないと約束頂けるなら、お教えします」


「お、おう」


 なんだ……?


 如何にも怪しい秘密を話します、という感じでイミアが声の大きさを絞った。傷を治したところを見ると、ゲーム的に言えば治癒魔法の使い手である筈だが……。


 もしや、魔女狩りのような風習で、そういった魔法の使い手は忌避されているとかいう設定があったり? 治癒は先程説明に出たどの系統にも属していないように見えたし。


「……実は私、光魔法の使い手なのです。先程は人の目があったので、少々はぐらかしましたが」


「へ、へえ~……」


「あれ!? あんまり驚いてませんね!?」


 いやいや、そんなとんでもない秘密みたいな感じで言われても、いまいちピンと来ないんだが。


「そもそも私は、光魔法がなんなのかを知らないし……」


「えっ、光魔法ですよ!? 聖女しか扱えないと言われている、あの光魔法! 本当に知りません!? おっかしいなぁ、他の国でも有名だって聞いてたんですが……」


「聖女……?」


 成程、ここで聖女と来たか。


 なんだか良く分からなくとも、多分面倒事が起きる事だけは俺にも何となく予想が出来た。いや、多分もうイベントのフラグは建てられてしまっているのだろう。

読んでいただき、ありがとうございました。

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