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鋼鉄の棺を魔女に捧ぐ   作者: 立川ありす
第4章 あやまちと後悔を積み重ねた城で

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追憶

「ヒューッ!! こりゃスゴイ」

「ゲリラどもが、こんな拠点を持っていたなんて……」

 案内されたレジスタンスの拠点を見やり、舞奈とレナは並んで目を丸くする。

 元は民間軍事会社(PMC)の倉庫だったというトゥーレ基地(ベース)のハンガーは、鹵獲機がダース単位で並んでなお余裕がある。


「けど、地上にこんなデッカイ工場があって、魔帝(マザー)軍に見つかったりしないのか?」

「そう思うのも無理はないじゃろうのぉ」

 首をかしげる舞奈に向かってサコミズはニヤリと笑う。


「じゃが、この基地には、鹵獲機を中心としたレジスタンスの戦力の6割が集中しておるんじゃよ。魔帝(マザー)軍の散発的な襲撃くらいなら返り討ちにできるんじゃ」

「そういえば明らかにゲリラの基地だってわかる場所なのに、攻撃の指示が出ないところとかあったわ。そういう理由だったのね」

「それにのぉ、この基地には秘密兵器があるんじゃ」

「へぇ……」

 得意満面なドヤ顔で笑うサコミズ。

 したり顔で納得するレナ。

 そんな2人の側で、舞奈はつまらなそうにハンガーの高い天井を見上げる。


 1年間戦い続けた舞奈の印象では、魔帝(マザー)軍の戦力はほぼ無尽蔵だ。

 なりふり構わず本気を出せば、基地のひとつくらい潰せないことはないだろう。

 レジスタンスの戦力をいくら集めたところで同じだ。


 にもかかわらず魔帝(マザー)はトゥーレ基地(ベース)を放置した。

 そこまでの危険を冒して攻略するほどの価値はないと判断したのか?

 あるいは――


「――そして、驚くのはこれからじゃ」

 満面の笑みを浮かべたサコミズが、ハンガーの片隅を指差す。

 そこに並んだものを見やり、


「ヒュー! こりゃまた豪勢に並べたな」

 舞奈も思わず思考を中断して歓声をあげる。


 そこには鹵獲機とは明らかに異なる3機の装脚艇(ランドポッド)がたたずんでいた。

 1機はスクワール。

 隣には先の戦闘でレジスタンスの側についたレナのランドオッタ

 そして、さらに隣には巨大な翼を持ったカリバーン。


「第2次攻撃部隊は魔砦(タワー)に地上から進入して各階層を攻略しようと試みた。じゃが計画は失敗。部隊は全滅した。奴ら、魔砦(タワー)内部に相当量の兵力を温存しておったんじゃ」

 サコミズは語る。


魔帝(マザー)を倒すには上層区画に空から侵入し、素早く中枢を占拠する以外に方法はない。じゃが知っての通り、破壊の雨ライトニング・ストームのせいで空には磁気嵐が吹き荒れ、気流も乱れておるので既存の空輸手段は使い物にならん」

「そいつは、あんたとボーマンに何度も聞いたよ」

 舞奈とレナはうなずく。

 それが、この世界の常識だった。

 だがサコミズは不敵に笑う。


「そこで、わしらは魔帝(マザー)と同じ宇宙のテクノロジーを利用して、閉じられた空をねじ伏せて無理やりに飛ぶ手段を編み出したんじゃ」

「手段だと?」

「うむ。まずスクワールには超高出力の大型ヴリル・ブースターを取りつけた。こいつのバカみたいな出力があれば、魔砦(タワー)の上層部までカッ飛んで行くことが可能じゃ」

 得意げに言われて思わず見やる。


 栗鼠の車体から生えている尻尾が、以前よりひとまわり大きくなっている。

 先端に推進装置(スラスター)がずらりと並ぶ尻尾を一瞥しながら、


「そりゃ空も飛べそうだな」

 舞奈も笑う。


 だが栗鼠の尻尾には拳銃(低反動砲)のオプションが積まれていたことを思い出す。

 そんな舞奈に、


「安心せい。ウェポンベイは外したが、代りの武装を用意しといた」

 得意げに言いつつ、サコミズは栗鼠の脚部を指さす。


 スクワールの脚部には鋼鉄のベルトが巻かれている。

 そこに増設された武器ラックには、胡桃に似た球体がいくつもマウントされている。


「大きい胡桃は大型ヴリル・ブースターの余剰出力を使ったプラズマ砲(クラウ・ソラス)じゃ。そして小さい胡桃はグレネード、低反動砲を使って投擲しとくれ」

「そいつは重畳」

 見やって再び舞奈も笑う。


 そして隣に並んだ猫を見やる。

 鋼鉄の猫は、破損個所が修復されている以外に変わった場所はないように見える。


「レナ嬢ちゃんの復刻機(リバイバル)には、指定どおりの模様を彫っておいた。ルーンと言うんじゃったかの? 後で確認しておいてくれ」

「了解よ。あと今晩中に仕上げをしちゃうから、その間は作業とかしないでね」

 交わされる会話に納得する。

 レナは魔術師(ウィザード)らしく、魔法で飛んでいくつもりらしい。


 猫の脚と尻尾を見やると、くさび型の文字が彫りこまれていた。

 ランドオッタが魔術を使う時に使用していた金属片のそれに似ている気がする。


「そして、こいつがカリバーン5号機【鷲翼気功(ビーストウィング)】じゃ」

 隣に立っていたカリバーンは、背から航空機を思わせる鋼鉄の翼を生やしていた。


「飛行の異能力で空を飛び、4機の融合エンジンで進むんじゃ。こいつなら嬢ちゃんたちの復刻機(リバイバル)を守って魔砦(タワー)まで飛んでいける」

 本体と同じくらい巨大な機械の翼を見やり、サコミズは自慢げな笑みを浮かべる。

 舞奈はふと、側のボーマンを見やる。

 実は先ほどからいたのだが、彼女は無言で機体を見ていた。

 饒舌なサコミズとはまったく真逆に。


 サングラスの金髪美女の口元に浮かぶ笑みは、どこか乾いて寂しげなそれだった。

 その視線の先は、鉄板を張り合わせたものらしい紫色の頭部。

 舞奈の視線に気づいたボーマンは何食わぬ顔を取り繕い、


「機体の最終調整が終わり次第、この3機で魔砦(タワー)を攻略する。舞奈も、レナも、それまでゆっくり休んでおいておくれ」

 宣言する。

 そして舞奈たちは解散した。


 結局、舞奈は先の戦闘で語りかけてきた知の宝珠(トーラー)のことを誰にも話さなかった。


 そして施設の一角。

 棚に医薬品が並ぶ医務室で、


「なあレナ、3つほど聞いてもいいか?」

「別にいいけど、何よ?」

 丸イスに腰かけ、舞奈は目前に立つレナに問いかける。


 レナに包帯を巻いてもらっていたのだ。

 先の戦闘で頭をぶつけ、出血していたからだ。

 舞奈は「ひとりで巻けるよ」と断ったが「自分の頭にちゃんと包帯巻けるの?」と押し切られてしまった。


「リンボ基地(ベース)でおまえと戦ったときのこと、覚えてるだろ?」

「根に持ってるの? 意外に尻の穴の小さい女ね」

「じゃあ、おまえのはデカイのかよ」

 軽口にぶつくさ文句を言う。

 そうしながら、こちらに背を向けて包帯を棚に戻すレナの後姿を凝視する。


 制服のミニスカートに覆われたなだらかな丸みは小ぶりだがよく締まっている。

 彼女はそれなりに訓練されているらしい。


 舞奈はふりふりとゆれるスカートを見やりながら、口元に笑みを浮かべる。

 部屋の片隅に急造されたベッドのシーツは洗っていないせいかシミがついていて、痩せた野良猫が我が物顔で寝転んでいる。

 舞奈はレナの尻から視線をそらす。


「いいから聞けよ。最後におまえが氷の雨の魔術を撃った後、おまえから見てスクワールはどうなってた?」

「ああ、そういうことね」

 問いにレナは納得し、


「……消失していたわ。突然、見えなくなって、レーダーからも消えた」

「その間、消えてなくなってたってことか……」

「こっちからは、そう見えたわ」

 割と素直に答える。

 舞奈は「そっか」とひとりごちる。


「それじゃ、次だ。おまえらが探してた力の宝珠(メルカバー)ってのは何だ?」

「宇宙からもたらされた、強大な魔力を秘めた石だそうよ」

「らしいな」

魔帝(マザー)から聞いた話なんだけど、力の宝珠(メルカバー)と、魔帝(マザー)自身が持つ知の宝珠(トーラー)を揃えた者は、石の魔力王(マスター)となって、どんな願いも叶えられるんだって」

「なるほど、そりゃ分かりやすい世界征服の理由だ」

「で、最後の質問は?」

「あ、いや……」

 答えたついでのレナの問いに、舞奈はそっと目をそらす。

 レナは不審げに首をかしげる。

 だが「知の宝珠(トーラー)って奴に心当たりはあるか?」という質問の答えは既に聞いてしまった。だから舞奈はしばし目をさまよわせたあげく、


「おまえの今日の下着の中がどんな模様なのか、今晩、見せてくれないか?」

「えっ? い、いいけど……」

 問いにレナは困惑しつつ頬を赤らめながら、


「そんなの別に今でも……」

 首をかしげ、ふと質問の本当の意味に気づいたようだ。


 舞奈はレナの身体を舐めるように見やる。

 ひかえめな胸から細い腰へ視線をめぐらす。

 ミニスカートをじっと見やって舌なめずりする。


 舞奈は美少女に目がない。

 21年前もそうだったし、今でもそうだ。

 そんな図々しい舞奈の顔に、


「バカ! 何考えてるのよ!!」

 レナの鉄拳が叩きこまれた。

 そしてレナは大股に部屋を出て行った。

 電源が切れているせいで手動になった元自動ドアを乱暴にこじ開け、医務室から飛び出したレナは廊下を歩み去る。


 ベッドの上の野良猫が、舞奈を小馬鹿にするように見やっていた。


「もうひと押しだったんだけどなあ」

 レナの後姿を見やりながら、舞奈は肩をすくめる。

 電源の切れたドアの片隅にはICカードを読み取るスリットが開けられている。

 もはや使われることのないスリットを、舞奈はそっと指先でなぞる。そして、


「……魔帝(マザー)が持ってる知の宝珠(トーラー)が、何だって敵のあたしに手を貸した?」

 ぼそりとひとりごちた。


 そして、その晩。

 舞奈は昔の夢を見た――


 ――小奇麗に磨かれた窓の外は陰鬱な薄闇に包まれ、空は鉛色の雲に覆われていた。


 窓際に置かれた学校机に腰かけて、幼い舞奈はひとり、ホームルーム前の喧騒に満ちた教室を見やっていた。

 口元にはあいまいな笑みが浮かぶが、その瞳に世界は灰色に映る。

 舞奈は、それまで家族のように暮らした親代わりの少女を失ったばかりだった。


 クラスメートの何人かが、時おりちらりと舞奈を見やる。

 だが彼女らの視線も舞奈の心を動かすことはなかった。

 その頃の舞奈にとって、世界はどうでもいいものだった。


 やがて担任が教壇に立ち、生徒たちも各々の席について静かになる。


 舞奈の2つ斜め前の席には、ひとりの少女が座った。

 なぜか舞奈は興味を引かれ、その少女を見やった。

 すると視線に気づいたか、少女はこちらを振り向いた。


 繊細な顔立ちをした、綺麗に切りそろえられた長い黒髪の少女だった。

 彼女は蝋細工の人形のように表情のないまま黒板に名前を書き、挨拶し、一礼した。

 不意に彼女の視線が舞奈のそれと絡み合った。


 彼女は舞奈を睨んだ。

 その瞳の奥に、艶やかな髪より黒く暗く渦巻いている何かを見た。

 舞奈にとって、彼女は灰色に塗りつぶされた世界にあらわれた彩色だった。

 それは漆黒だった。


 舞奈は笑った。

 彼女の暗い瞳を見やりながら。

 彼女にとって世界は滅ぼすべき悪に映るのだろうと思いながら、それでも笑った――


 ――ひび割れた窓の外は陰鬱な薄闇に包まれ、空は鉛色の雲に覆われていた。


(あいつと初めて出合った日も、こんな空だったな)

 割り当てられた小さな部屋を、枕元のテーブルランプが薄暗く照らす。

 レジスタンスの拠点にも、女の子がプライベートを維持できる程度の部屋はある。


 埃っぽいベッドの上で半身を起こしたまま、拳銃(ジェリコ941)をなでる。

 視線はじっと拳銃(ジェリコ941)に向けられ、口元には寂しげな笑みが浮かぶ。

 舞奈の手は小柄な身体にそぐわず無骨だ。

 そんな舞奈の側から――


「――もうっ! 女の子がシャワー浴びてる間に何やってるのよ」

 怒鳴り声。

 舞奈は「スマン」と口元に笑みを浮かべ、枕元に拳銃(ジェリコ941)を置いて顔を上げる。


 そこにはレナが立っていた。

 華奢な身体をバスタオルで隠している。

 白く細い腕を腰に当てて、不機嫌そうに舞奈を睨む。

 だが目じりが優しげに垂れたつり目は、睨まれても不思議と威圧感がない。


 当然ながらツインテールはほどかれている。

 長い髪が、シャンプーの芳香をふりまきながら少女の背でゆれる。

 どこで調達したやら、今宵のレナから香るのは記憶の中の友人の匂いだった。


「ちょ、ちょっと、何泣いてるのよ!」

「いや、なんでもない」

 目元をぬぐい、狼狽するレナに微笑を返す。

 彼女の艶やかな長髪に、かつて側にいた黒髪の友人を思い出していたことを誤魔化すように。だが、


「……今、他の女のこと考えたでしょ?」

「スマン」

 あっさり見破られて苦笑する。

 レナも呆れたように苦笑を返し、


「けど、あたしも似たようなものね。ママのこと考えてたの。ママもあんたといっしょにいるとき、きっとこんな気持ちだったんだろうなって」

「おまえも母ちゃんに似てるぞ。目もとのあたりとかそっくりだ」

 舞奈の口元にやわらかで自然な笑みが浮かぶ。


「けど胸がな……」

「あんただって似たようなものでしょ!」

 叫びつつ、レナは舞奈の胸板を両手でぽかぽかと殴る。

 そして細い指を、鋳鉄のように引き締まった肩と二の腕に這わせる。


「まったく。どんな鍛え方したら、こんな鉄骨みたいな身体になるのよ」

 少女であることを忘れたような鋼鉄の肉体に呆れたように、ささやく。

 あるいは愛でるように。

 舞奈の口元に愉しげな笑みが浮かぶ。


「こっちも知りたいよ。どんな手入れをしたら、こんな絹みたいな肌になるんだ?」

「きゃっ。ちょ、ちょっと……!?」

 レナの華奢な背をつかみ、引き寄せながらベッドに倒れこむ。


 枕元に手をのばす。

 丸くなってこちらを見やっていた野良猫の顔を、栗鼠のキャラクターがプリントされたレナの下着で隠す。

 猫は下着をふりはらい、迷惑そうにひと鳴きして去っていった。


 そして舞奈はもう一度手をのばす。

 テーブルランプが消えて、世界は甘い闇につつまれた。


 同じ頃。

 人気の無いハンガーの隅で、


「とうとう、あんたが最後のひとりになっちまったね」

 迷彩塗装の装脚艇(ランドポッド)を見上げ、ボーマンはひとりごちる。


 照明が抑えられたハンガーの一角に、立ちすくむ巨人のシルエットが浮かびあがる。

 カリバーン5号機【鷲翼気功(ビーストウィング)】の背部には、4機の融合エンジンを内蔵した鋼鉄の翼がのびる。砲塔の上には、紫色の長髪に似るように鉄板を張り合わせたカメラ。


「やっぱり、武器の名前にしないほうがよかったかね」

 ハリボテの頭部を見やり、寂しげに笑う。


 開け放たれたコックピットの中。

 コンソールパネルの隅に刻まれた『TSUBASA』の文字が、照明に照らされて鈍く光った。


 予告


 地を埋め尽くす鋼鉄の巨人。

 天に満ちるは鉄鼠の群れ。

 対抗するは、急場しのぎの翼を背負った3機限りの鉄騎兵。

 数多の命と過去と祈りをチップに賭けて、人類の命運をかけたルーレットが回る。


 次回『攻勢』


 もう後には戻れない。


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