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鋼鉄の棺を魔女に捧ぐ   作者: 立川ありす
第3章 装脚艇輸送作戦

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平穏

「ガキのクセに本なんか読みやがって!」

 野太い怒声とともに、ヤニ臭い男の手が幼いレナから古い書物を取り上げた。


 革表紙の分厚い本を、薄汚れたコンクリートの壁に投げつける。

 男の手は無骨で大きいが、たるんでいた。


 レナは男を見上げる。

 表情はない。

 男が荒れることに慣れているからだ。


「女のクセに! ガキのクセに反抗的な目ぇしやがって! なんだその目は!!」

 男は拳を振り上げる。

 だが振り下ろされた拳がレナを打ち据えることはなかった。


「ママ……!?」

 レナの顔に表情が浮かぶ。

 不安げに見やる先には、彼女の代りに拳を受け止めた母親の背中があった。


「あなたやめて、まだ子供なの……!!」

「女やガキに何がわかる!」

 たるんだ身体からすえたヤニの臭いを振りまきながら大男は吠える。


 自身の父親を名乗るケダモノの様な下男は、狭い部屋の中で荒れるばかりだ。

 家族を養っているのは、優しげで、そして疲れた目をした母親だった。


「とっととメシ作れ!」

 男は言い残し、別の部屋に引き上げていった。

 母親は娘の顔を心配そうに覗きこむ。 


「ごめんね、レナちゃん。だいじょうぶ?」

「……うん」

 母親が詫びる理由が分からなかった。

 だが心配させたくないから笑った。


 そして母親の胸元で光るロケットを見やる。

 アンティーク調の装飾が施されたロケットだ。


 レナに辛いことがあると、母親はいつもこの綺麗なロケットを見せてくれる。

 それを微笑む母親とともに見るのが、レナは好きだった。

 正確には母親の笑顔が好きだった。


 母親の手の中のロケットに触ると、不意に蓋が開いた。

 中には色あせた1枚の写真が収められていた。

 レナの知らない少女。

 年頃はレナよりいくらか上。

 童顔の口元に不敵な笑みを浮かべた、小さなツインテールの少女だ。


「この子はだれ?」

 レナは無邪気に尋ねる。

 対して母親は目を細める。


「ママのお友達よ。大事な、とても大事なお友達」

 答えた母は笑っていた。

 優しげに、そして少しだけ寂しげに。

 写真の中で不敵に笑う少女を、幼いレナはじっと見つめる。


(そんなにだいじな友だちなのに、なんでその人はママのことたすけてくれないの?)

 幼い少女は、写真の中の少女をじっと睨みつけた……


 そして時は巡る。

 あるいは、ひとりの少女が追憶の旅路から帰還する。


「ママ……」

 魔帝(マザー)軍の制服を着こんだレナは、胸元に下げたロケットを手に取り、見やる。


 ロケットの蓋を開ける。

 中には色あせた1枚の写真が収められている。

 映っているのは、レナと同じくらいの年頃の少女だ。

 童顔の口元に不敵な笑みを浮かべた、小さなツインテールの少女である。


「志門……舞奈……」

 ひとりごちる。


「おまえを……ゆるさない……絶対に!!」

 少女の薄紅色の唇が、憎々しげに歪んだ。


 同じ頃。

 廃墟の街の片隅に位置する別の施設の一角。


 崩れかけた窓の外は土砂降りの雨だった。

 薄闇に浮かぶ廃ビルのシルエットが、踊る舞奈を見つめている。


 ステージは、崩れかけたコンクリートの部屋。

 割り当てられた寝室だ。


 かつては店舗だったとおぼしき部屋は、それなりに広い。

 なのに調度品が古びた机とベッドぐらいしかないので殺風景この上ない。


 そんなうら寂しい部屋で、舞奈はひとり踊る。

 引き締まった肢体を飾るのは、真っ赤なキュロットに薄手のシャツ。

 そして両手の拳銃。


 銃を握った両腕を両翼の如く左右にピンと伸ばす。

 次の瞬間、両腕を交差させる。

 両手の銃を前に向けて構える。


 研ぎ澄まされた動作は銃の撃鉄の様に鋭い。

 ポーズは鋳抜かれた鉄のように正確で力強い。


 少女の肌には玉の汗が浮かんでいる。

 だが口元にあいまいな笑みすら浮かべた童顔には息の上がった様子はない。

 静寂の中に、四肢が風を切る音と筋肉が軋む音、少女がたまに発する「はっ」という鋭い声だけが響き渡る。


 少しばかり物々しい体操ではあるが、舞奈は毎晩の健康体操を欠かしたことはない。

 21年前はずっとやっていたし、1年前からもずっとやっていた。

 毎日していた事をやめると落ち着かないからだ。


「すごい筋肉だね」

「……スプラか」

 見やりもせずに答える。

 開け放たれた業務用ドアの側に、華奢な少年がいた。


 男が女の寝室を訪れる時間ではない。

 だが、ここには間男にトンカチを投げる親はいない。


 だから舞奈は射抜くようなダンスを中断して拳銃をホルスターに収める。

 次いで流れるような挙動で片腕での腕立て伏せに移行する。

 視界の中で横向きになったスプラを、なんとなく眺める。


 小柄で肩幅も狭い舞奈の身体は、プロテイン中毒者のような華美さも豊満さもない。

 だが鍛錬によって鍛え抜かれた鋼の如き肉体は抜き身の銃の如く見る者を威圧する。

 最たるは自身の体重を片手で支える大きな手だ。

 なめした皮のように強固な掌。

 重機を思わせる太くて無骨な指先。

 すべてが45口径(ジェリコ941)に鍛えられた狩人の証だ。


 戦闘に必要な要素をすべて詰めこまれ、それ以外のものは何もない。

 まるで愛銃(ジェリコ941)と対にしつらえた究極の兵士の肉体である。だが、


「意味ないよ。いくら鍛えたって、こいつ(ジェリコ941)装脚艇(ランドポッド)を墜とせるわけじゃない」

 舞奈は皮肉げに笑う。


 現に魔帝(マザー)軍と戦うようになってからはアサルトライフル(ガリルARM)ばかり使っていた。

 そして、これからは装脚艇(ランドポッド)に乗るのだ。

 白兵戦の訓練などする必要はない。


 それでも今まで続けてきたからという理由で、今も続けている。

 単に止めたくないからだ。

 21年前を感じさせるものを、ひとつでも多く残しておきたい。

 舞奈の心を占めるのは守れなかった過去。

 そして、この習慣も過去の残滓のひとつだ。


「それでもすごいよ」

 言ってスプラはかぶりを振る。

 やわらかな茶髪がゆれる。

 そして緊張した面持のまま、


「ねえ、舞奈。話があるんだ」

「なんだよ?」

 少年はためらう。

 静寂を、少女の筋音だけが埋める。そして、


「舞奈。キミに、ボクのガールフレンドになって欲しいんだ」

「……ああ?」

「ボクがキミのボーイフレンドになるってことさ」

「いや、それはわかるよ」

 そっけない答えに、スプラの表情が安堵したようにゆるむ。

 だが舞奈は素知らぬ顔で、


「けどな、スプラ。おまえ、あたしが年下の子供だってこと、忘れてるだろ?」

 変わらぬペースで腕立て伏せを続けながら、


「あたしにはまだ早いよ。ガールフレンドとか、ボーイフレンドとか、そういう浮ついたの、まだピンと来ないんだ」

 穏やかに、柄にもなく諭すように答える。

 食い下がろうとする少年を、


「それに」

 鋭く制する。そして、


「女漁りしたい気持ちはあたしにだってわかるけどさ、そういうの、今は止めとけよ」

 静かに語る。


「お互い、明日の晩まで生きてるかどうかもわからないんだ。情がうつった奴がいなくなるって、けっこう堪えるぞ。自分でも、相手でもな」

 それで話は終わったとばかりに一挙動で立ち上がり、ダンスを再開する。

 ちなみに、ここまで舞奈はスプラの顔をまともに見ていない。


 舞奈はトルソの死を忘れていはない。

 だが彼の親友だったスプラは忘れたのだろうか?

 それとも割り切ったのだろうか?


 どちらにせよ、彼が少し羨ましかった。

 21年前でも今でも、舞奈の周りでは人が死んでばかりだ。

 なのに舞奈は、いなくなった仲間のことを忘れる方法が、まだよくわからない。

 舞奈がバカで不器用な子供だからだろう。


 だから舞奈の頭の片隅には、もう会えない人間が常にいる。

 彼らの記憶が、想い出が、重すぎるのに捨てられない。

 今さら誰かと新しい関係を築きたいとも思わない。

 スプラには気の毒だが、そんなことに気を使う余裕がないのだ。


 だから抜く手も見せずにホルスターから2丁の拳銃を抜く。

 軽く手首を回し、銃の握り心地を愉しむ。

 しなやかな脚で宙を裂き、天井から吊られた裸電球を射抜かんばかりに蹴り上げる。

 勢いのまま回転して逆の脚で蹴りを放つ。だが、


「ちゃんとボクを見てよ!」

 何かが目前に飛び出してきた。スプラだ。


「ちょ!?」

 あわてて蹴りの軌道をそらす。


 スプラの喉元をかすめたスニーカーのつま先が、テーブルの天板を蹴り上げる。

 古びた木製のテーブルは朽ちかけていたか、天井に激突して粉々に砕け散った。

 無残に砕けた破片の中に、机の上で転がっていたバランスボールがボトリと落た。

 そのまま音もなくコロコロと転がる。


 舞奈はギョッとした。

 とっさに脚をそらさなかったら代りに何が転がっていたかなんて、考えたくもない。


「いきなりなんだよ、危ないだろ。怪我はないか?」

 文句を言いつつ足首をひねっていないことを確認する。

 そうしながら少し離れた場所で尻餅をついたスプラを見下ろす。


「ボクが……」

「ああ?」

 華奢な少年の唇が、うわごとのように何かをつぶやく。

 そして感情を爆発させたように、


「ボ、ボクが、キミを守るよ! 死なせない! それでもダメなのかい!?」

「――どうやって?」

 舞奈はスプラを見下ろしながら、静かに問う。

 年若い少年の瞳を真正面から見つめる。

 少年は押し黙る。


「今、あたしを守るって言ったよな?」

 舞奈は問う。

 泣き出しそうな少年の視線と、疲れた兵士の視線がからみあう。


「教えてくれないか? おまえが、どうやって、あたしを守るつもりなのか、聞かせてくれよ? なあ、スプラ」

 静かに問う。


 守るという言葉の拠り所を知りたかった。

 舞奈は何もかもを守ろうとして、何も守れなかった。

 だから彼がどうやって自分を守る気でいるのか、知りたかった。


 だが舞奈は、この時、少々がつがつしすぎていた。

 人にものを尋ねる口調ではなかった。

 押さえた声色のせいで凄みも増していた。

 拳銃を握りしめていたし、彼を見下ろしながら無意識に力こぶを作っていた。


 窓の外で雷が鳴ったのも良くなかった。

 座りこんだスプラの上に、野獣のように無骨な影が長く延びた。だから、


「ご……ごめ、ごめんなさい!」

 スプラは這うように後ずさると、血の気の失せた顔で叫んだ。

 そして小動物のように跳ねあがり、


「ごめんなさい!!」

 怯えた様子で言い残し、走り去った。


「スプラ!?」

 舞奈は追おうとするが、思い直して少年の背中を見送った。

 足元が濡れていることに気づいたからだ。

 雨漏りしているのだろうか?


 口元が、乾いた笑みの形に歪む。


 別に天井に穴が開いていても問題はない。

 この場所もすぐに引き払うのだ。

 今の生活の中で、変わらないものなどない。


 胸元でロケットがゆれる。

 アンティーク調の装飾が施されたロケットだ。

 21年前――舞奈にとっては1年前に、友人からプレゼントされたものだ。


 舞奈は拳銃をホルスターに収め、ロケットを手に取って見やる。

 写真の中で、大人びたふんわりボブカットの少女が優しげに微笑んでいた。

 鋼鉄の巨人(ランドポット)を駆ろうとも、それが宇宙の知識を体現した復刻機(リバイバル)であろうとも、そして鋼鉄の如く身体を鍛えようとも、その手は置き去りにした過去に届かない。


「なんだよ、教えてくれたっていいじゃないか」

 ひとりごちる。


 バカで不器用な舞奈は、上手に想い出を捨て去ることができない。

 そのせいで子供のクセに昔のことを思い出して後悔ばかりしている。

 だからロケットの中の過去を懐かしむように、口元に寂しげな笑みを浮かべる。

 そして、ひとりごちた。


「……守り方、忘れそうなんだよ」

 ひとりごちる。

 だが、その言葉を聞く者はいない。


 予告


 打倒魔帝(マザー)を誓った勇者たちはドブネズミのように穴ぐらを進む。

 舞奈は天上を知る者と名乗る謎めいた意思と邂逅する。

 光も届かぬ地の底で、交錯するは悔恨と希望、そして秘密。


 次回『知の宝珠(トーラー)


 敵の敵は味方か?

 本当に?


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