64. 地球社会の覚醒
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この日本でのアクラの人々への念話での呼びかけは、内容自体は徐々に世界に広まった。これは、テレビ放映であればビデオで直ちに再生できるが、今までなかった頭脳に直接働きかけて映像を含めた総合的なコミュニケーション手法であるため、どうしてもそれを受けた記者が文章にするしかなかったためだ。
このため、どちらかと言うと、その呼びかけを受けた人々が一様に大きく感銘を受けて、提言に従う姿勢に、「信じられない」という反応が多いのは仕方がないことであった。
また、銀河に迫る危機と、それに立ちむかう銀河の諸民族に地球を加える。さらにはそのための実力が足りないので、アルケーナという指導民族が地球に来て地球を導くという内容は、常識からあまりにぶっ飛んだものであるためこれまた「信じられない」という反応である。
「まあ、無理もないよね。あの念話の呼びかけは人間の概念の枠を超えている。アクラ氏のあの説得力は、今までのいかなるコミュニケーション手段では得られない。実は僕だって、あのぶっ飛んだ話は心底では信じられなかったものね。
確かに、今や人間は恒星間旅行をして、他星系の民族にも出会っているし、他星系の惑星の開発もしているよ。でも、銀河中央の高度知性体の集まりとか、銀河に迫る危機とか、指導種族の導きを受けるとか、頭ではわかっても心底では疑っていたよ。
でも、アクラと触れ合って……、あれは念話というより脳を一体にして触れ合うというのが正しいと思うな。そう、触れ合うとアクラという存在が、いかに人を超越した存在であるかを感じざるを得ないんだ。そして、それは暖かいもので、我々のことを思って提言しているのは明らかに判ったよ。
ただ、無論非常に大きな絵の中で地球とその人々の存在はわずかなものだけど、自分の提言は我々のためになると思っての提言という点はきちんと伝わってきた。
まあ、今はなぜあれを日本で先にやったかという嫉妬もあって、海外からは否定的な意見も多いけど、アクラと触れ合えばわかるさ。え、なぜ日本が最初にだって?
それは、カケル君が日本人だからだよ。アクラが地球人の中で個人として認めているのは翔君だけだ。彼がいたから、彼はアルケーナとも話を付けて指導種族たることを認めさせて、自身が来て我々を説得することも引き受けてくれたんだ」
アクラとの『接触』について、記者に聞かれたある国会議員の答えだ。
日本政府は、国連は勿論、各国に対してアクラの念話による呼びかけを受ける時間を通知した。この時間は地球には時差があることを考慮する必要があった。つまり、ある特定の時間に決めると、ある地方では夜の12時から5時のような真夜中になることになる。
この点は地球を2つに分けて、12時間ずらして念話を発することになった。そうすれば、あらゆる地域が少なくとも人が通常起きている時間帯にその念話があることになる。しかしアクラの負担が大きくなるのではないか。
その点では、中央銀河のテクノロジーでは、アクラなどの少数の種族の発することのできる全感覚的な念話を記録する機器がある。それは、しかしその存在と機構は高度な秘密になっており、中央銀河協議会においても、高位に属する種族にしか知られていない。
これは、この機器は使いようによっては高度な洗脳手段として使えるのであるから、ある意味当然である。実際のところアクラにとっても、数十億のそれも比較的理解力の低い人々全てにクリヤーに理解させるように、全感覚的な念話を発することは容易ではない。
日本におけるそれは、対象が限られていたので、いわば出力を絞ったものであったので問題はないが、今回の本番は対象が全人類であり、惑星全体を網羅する必要がある。その意味では日本におけるリハーサルは、アクラにとっても有用なものであった。
無論アクラには、同様な呼びかけをした経験が複数あった。ただ地球人ほど進化が遅れた種族を対象にすることは始めてであり、日本での呼びかけの間に、様々に発する出力、呼びかけの訴える手法などの調整をしている。念話の伝達には時間はかからないが、距離によって出力は落ちる。
日本でのリハーサルは、非常に限られた場所だったのでそのよう必要はなかったが、全地球となると、超空間を通じて伝達機、いわばスピーカーを数か所設置して、伝達することにしている。その意味では、地球を半分に割るとなるとその数も減るので楽にはなる。
アクラは天球族の若者数名をアシストに呼んでおり、念話による呼びかけには立ち会わせてそれを学ばせるつもりだ。若者と言っても1万年を超えた年齢であるが、彼らがアクラの最初の地球半分への呼びかけを記録して、もう1回目はその記録を再生するのだ。
日本政府の通達は、早めに情報を入れていたG7+1、それにEUなどには比較的スムーズに受け入れられたが、一方的であると抗議してくる国も多かった。
それに対しては、日本政府は構っていられないということで以下のような回答をしている。
「この伝達は、わが日本政府の意向ではありません。中央銀河の知性体協議会の代表であるアクラ氏の意向です。たまたま、日本においてリハーサルをすることになりました。これは、人々スムーズに念話を受け入れるために、アクラ氏の念話の地球人への受け入れなどの状況を確認するためです。
さらに、一定の予告期間を置かないと危険な作業をしている人などが、いきなりの念話に事故などを起こす可能性があるからです。また、このアクラ市の念話の呼びかけは、スピーカーによる放送と同じで、拒んだり妨害したりすることはできません。
貴政府が呼びかけに否定的は考えであること、そしてアクラ氏の呼びかけを拒否したいという意向を示したということは、アクラ氏と今後我が地球に訪れるアルケーナの代表に伝えます。多分、地球の進化計画から貴国は外してくれると思いますよ」
そう言われると慌てて、「いや、反対と言うことでは全くない。このように一方的な通知が不適当であると言いたいだけだ」などと返事をしてきたが、日本政府は無視している。
要はいちゃもんを付けて、少しでも自国に有利にしたいという意向だ。
色々ありながらも、各国政府は自国におけるアクラの念話による呼びかけの時間を国民に通知した。そして、所要時間30分のその間は、車の運転など気を取られると危険な作業はしないように呼び掛けた。
日本での経験では、接触を受けた際中、車の運転をしていた者はいなかったが、仮に運転していても、とっさに事故を起こすことは無いという印象が体験者から語られている。国によっては国民に呼びかけることは一切していなかったが、そういう国は所謂小さな独裁国である。
しかし、世界がネットで繋がっているこの時代で、これほどのことを秘密にすることは出来ず、当日には世界の12歳以上の人々の95%がアクラの念話の呼びかけの事を知っていたと言われている。
その時間には、きちんと統治されている国々は、工場の操業や公共交通機関を止めて人々に車の運転を避けるようにさせるなどの措置をして事故は起きていない。それ以外の国でも、車の運転をしていた者、何らかの危ない作業をしていた者がいたが、念話が受けて気を取られて事故を起こしたものはいなかったようだ。
しかし、『念話』のせいで事故をおこしたとか、精神を病んだとかをいうものは一定数出ているが、全感覚的なアクラの念話を受けた人々は全くそのような話を信じなかった。人々は自分の受けたすべてをそれこそ全身で感じて、そのようなマイナスのことが起きる訳がないという確信があったのだ。
人々は直前まで与太話と信じていた者、怪しいとは思っているが本当かも知れないと思っていた者、さらに頭ではわかるが余りに現実離れしていて心からは信じられなかった者、様々な者がいた。
しかし、約30分の脳に直接働きかける呼びかけは、そのような疑う余地をなくした。少なくとも呼びかけの後数週間は、95%の人がアクラの説明したことを正しいと信じ、アルケーナを受けいれて自分達を高めて、自らを守る戦線に参加すると固く思っていた。
もっとも、それらの人々はアクラの主張は正しいとはずっと信じてはいても、時がたつと行動しようという熱狂は段々薄れてはきた。
5%程度の人は、呼びかけをあまり理解できずあまり影響を受けなかった。この点は6歳以下の子供の大部分がそうであったし、10歳では大体半数があまり理解できていなかった。このような大人の少数が、念話によって何らかの被害を受けたと主張したが、全く人々から聞き入られなかった。
それどころか、数日後には大部分の人が、自分が変わったのを自覚し始めている。理解力が高まった、仕事をしても疲れなくなった、色んなことに気が付くようになった、などで、まさに翔が関係して、現在世界で広まっているリバーシング・エイジの改良版の効果と同様である。
これは、翔がアクラと議論する中で出てきた話の結果である。地球進化計画の中で、地球人の知力を高めるという部分があるが、地球においてもそれを実施しており、一定の効果を上げていることを翔が説明した。
『ふむ、なるほど、その方法は脳細胞の信号の流れを改善して働きを高めるものであるな。通常は、今の地球レベルに文明化して千年も経てば、人為的にやらなくともその段階には到達する。だだ、この段階でそれを見出したのは称賛に値するな。
我々というかアルケーナの執ろうとしている方法は、それに加えて脳細胞を活性化する方法である。これは一種の刺激を脳に伝えることで、その状態に持っていくことが出来る。ただこれは、定着するまで何度か刺激を脳に送る必要がある』
『その刺激の手段は一種の電磁波ですよね?』
『うむ、そうだな。今のレベルの地球のテクノロジーであれば作るのは簡単だろう』
『であれば、今回の念話での呼びかけの際に、一緒にその処置は出来ませんか?現状でいわゆるリバーシング・エイジは、世界の成人の6割から7割が受けています。あの方法が実現後6年経つのにまだその水準なのは、国によっては国民に受けさせるのを嫌うところもあるからです。
どうでしょう、念話は脳に直接働きかけるものですから、ついで言われた処方を出来ませんか。効果は数日後に現れて当分は続くのでしょう?』
その話の中で、アクラが脳の活性化を行うことに決まったのだ。ただ、アクラによる活性化の効果は2~3ヵ月後に減衰を始めて、半年後には元に戻るという。その前に再活性化のための電磁波発生装置を普及させればよいのだ。翔はそのように新たな装置を思いついた時、制作を頼むルートは多数あるので、すでに脳活性化装置の試作に掛かっている。
アクラの呼びかけは、人々に完全に受けいれられた。各国の指導者は基本的に利害関係が多く、自立心が強いため、自分の立場、国の立場を守るために、必ずしもアクラの路線を踏まない決断も可能であった。だが、大多数の国民がそれを受け入れている以上、それに逆らうという道はなかった。
そして、大騒ぎになっているのは、アクラの処方によって人々の知力が上がったことだ。それが具体的にはっきりしたのは、学校の生徒たちだ。日本においては、ある中学校で普通にやる抜き打ちテストをやったところ、馬鹿に点数が良い。
そこで、その中学校では一月ほど前に知能テストをやっていたので、それを再度行ったのだ。その結果3割から5割点数が上がっていた。そのような話が続出して、大きな騒ぎになっている。ちなみに、日本人の12歳以上は全員が知力増強処方を受けている。
この処方はリバーシング・エイジと呼ばれていた処方と殆ど同じものであるが、老人以外にその名前はないだろうということでこの名称になっている。その結果として、知能テストという手法で測ると、嘗て日本人の平均が105と言われていたが、その中学の平均が135になっている。
以前であれば天才とは言えないが非常に優秀な値になる。さらに、アクラによる秘密の処方によって平均が、162となってまさに天才級になってしまった。
徐々に大騒ぎになったところで、日本政府からの発表ということで、翔がテレビに出演して説明した。その放映は、世界同時放送であり、最も理解する者の数が多いということで英語での放送であった。
この場合、時差は考慮されておらず日本時間の午後7時からである。テレビ放送であれば、いくらでも再生できるので万民に知らせるという意味では問題ない。
「皆さん、お早う、こんにちは、こんばんは、あるいはお休みなさいで寝るべき時間の人もいるでしょう。皆さんは、中央銀河地位生体協議会を代表するアクラの、全感覚に訴える念話による呼びかけを受けられました。
その内容については十分理解されたはずですし、今後我々がやるべきことも受け入れて頂いたものと考えます。実は、あの念話にはアクラ氏と私が協議して少々仕掛けをしてありました。皆さんの多くは日本で開発された知力増強処方を受けられたと思います。
あれは、脳細胞間の信号を効率よく通すための処方でした。その結果相当な知能増強効果があっていますので、それは受けられた方は自覚されていると思います。
今回アクラの呼びかけに際して、彼とも協議して、今度は脳細胞を活性化することで、知力の増強効果のある処方を施して頂きました。ですから、今度は前の処方と少なくとも同じ程度の効果はあると思います。
しかし、その効果は2~3ヵ月で落ち始め、6ヶ月で殆ど消えます。今回は全く皆さんに断りなしに行った処方ですから、気に入らない方はそのまま放置してください。その効果を持続したいという方は、ある装置による処置が必要です。
その装置は脳活性化装置と呼びますが、脳にある電磁波で刺激を与えるもので、すでに試作は終わって日本では量産に掛かっています。その装置の生産方法は公開します。地球進化計画機構という名のサイトにアクセスすれば、作り方がダウンロードできます。
ただ、製品の品質については各国家が責任を持って確保してください。この装置は永久に必要ではなく、大体2~3ヵ月に1回処方すれば3年位で効果が固定化されます。
さて、アクラの呼びかけにもあったと思いますが、間もなくアルケーナの人々がやって来て、地球の進化計画を主導します。その期間はわずか5年です。従って、皆さんの利害を調整するような時間はありません。はっきり言って最も合理的な方法を推し進めます。
その際に当然様々な軋轢が発生すると思いますが、その調整を地球側に立って行う責任者は私カケルです。つまり地球人の進化計画の地球側の責任者は私になりますが、これはアクラが説明した通りです。
それで申し上げておきますが、目的に対して合理的な方法を曲げることはありません。だから、決めた方法に抗議・苦情は結構ですがそれは聞き入られないと思ってください。
しかし、その結果5年後には地球は全く見違えるような世界になっています。人々はまず知力として10年前の6割から7割上昇します。その際には見える景色が変わってくるはずです。そして、地球人は銀河宇宙の知的種族の中で一定の地位を確保します。
私は確信しています。間違いなく大多数の皆さんはアクラの提言を受け入れて良かったと心から思います。
それでは、間もなく始まる地球人進化計画に協力をお願いして私の話を終わります」
わずか5分の翔の話であったが、その後アクラの提言に沿った説明があって、合計で45分の番組であった。視聴率は日本で75%を超えた。




