61.アクラが地球に現れた意味
読んで頂いてありがとうございます。
『アクラ、貴方の地球人への説明というかプレゼンテーションは出来れば何らかの媒体に記録して、全ての人々に認識させたいのですがねえ。思念で伝えるのが最も良いのですが、なにか方法はないでしょうか』
翔が思念で呼びかけるのにアクラが答える。
『ふむ、あるぞ。言葉と映像のみで必要な情報を伝えるのはなかなか困難であることは、判っていた。そして思念というものの存在は、我々が互いに交わしているように確実にある訳だ。だから、それを拡声器のように大きく範囲を広げて感じ取らせることも可能である
さらに、媒体に記録して変換してそれを送って空間波に載せて、受動側の変換器で感じ取ることも可能だ。さらに……』
『なるほど、思念の伝わりを媒体するのは“空間波”というのですね、その活用も出来ている訳だ』思わず翔は相手の思念を遮るように割り込む。
『ははは、そうだ。あらゆる信号や通信は特定の媒体を通して伝えられる。大多数の種族は視覚や音を通じて意思を伝えあうが、私のように思念を基本的なコミュニケーションの手段として使う者達もいて、その場合は思念の伝わりのあり方を比較的鮮明に意識できる。
それは音声のような波を発するものではなく、視覚と違ってある相手の受像を期待するものでもない。まあ、声で伝えるのに似ているな。ただ情報量がけた違いであるし、基本的に遥かに遠くまで届く。
最初に翔に連絡したのが、君らで言う40光年であったのがその良い事例だ。我らも道具を操って文明を形作っている種族を交わるようになって、その理を共に研究して、それが通常空間でない空間を渡るものであることを見出した。
伝わるからには、なんらかの媒体があるわけで、それを表現して“空間波”と呼んでおる」
そして、その存在を捉えられれば、それを道具にすることはできる。さらに空間波を媒体とする思念は情報量といい、事実上無限の速度といい、伝わる距離といい、圧倒的に有用性が高い。 しかし、その伝播の道具の開発はさほど時間を要しなかったが、記録及び再生、さらに思念の素養のない者に使えるように持たせる道具の開発には1千年ほどを要している。
思念を広く伝播できるこの技術は、使用の仕方によっては相手の考えを変えるのに使えるので、特殊な場合以外で使うのは禁止されている。例えば選挙で特定の候補者に票が集まるように使うのは困る訳である。
『ふむ、そうだの。我も何度も同じことを説明するのは願い下げであるし、指導者のみに思念で伝えるのも、真意が伝わるか疑問があるな。地球のような未開の世界の指導者は、とかく特定の利益集団を代表する場合が多いからのう。では……』
結局、翔とのやり取りの結果、アクラは人類すべてに対して呼びかけを行うことになった。
『まあ、地球という惑星に閉じこもっている数十億の知性体に、思念で儂の云いたいことを伝えるのはさほど難事ではない。まあ、知性が限られているから、速度を十分に落として単純化して伝える必要はあるがな』
大変失礼なアクラの言い分ではあるが、翔もアクラの普段の思念の質と速度では到底言い分が伝わらないだろうと思っていたので、やむを得ないと苦笑したのみであった。
しかし、こう伝えた。
「地球人全体に伝えるのは良いと思います。人々が本当の意味で地球人になるいいきっかけになりますよ。ただ、問題は、この小さい地球ですが、時差があるので全部を同時にというのは無理だと思います。
それに、その最中に例えば車の運転など何らかの作業をしている場合に危険な事故が起きる可能性があります。だから、いくつかの時間帯に分けること、さらに人々に予定を知らせることが必要になります。
さらに貴方の念話が人にどの程度の影響が及ぶか調べておく必要があります。それはあなたの念話の最中にどうしても車や飛行機などの運転をしている人もいると思います。そういう人たちが事故を起こすほど反応するようでは困るのです
だから、明日の日本の政府の要人への説明は予定通りやりましょう。その際には出来るだけ人を増やして、さっき言った人々の反応をみましょう」
翔がアクラとの話を棟田官房長官と話をした。この件については、川村首相、棟田と予め話をして、アクラと間は翔が直接入ることで話がついている。
翔が自室に現れて趣旨を説明すると棟田が応じる。
「そうですか。アクラが地球人皆に直接伝えたいと言っているわけですね?」
「ええ、まあどちらかと言うと僕がそのように誘導したのです。それは一つには、その間全員の活動を止める訳にはいかないこと、さらに時差ですね。だから、予行的に予定通り日本で人数を絞ってやってその反応をみて、他の国への通達の内容を考える必要がありますからね」
「そうですね。元々国会内でやろうと思っていましたから。この際だから議員は全て呼んで、一般の人、子供も呼びましょう。とは言え、一般の人や子供と言っても職員の係累になりますが。国会内であればアクラの念話は伝わるのですか?」
「ええ、地球全土でも大丈夫ですから、当然問題ありません」
「なんと、地球全土?」
「そうでないと、全地球の人々に伝えることなどできません」
「うーむ、いや解りました。沢木さん。それに安田君、そのように段取りしてください。アクラには国会でやってもらいましょう。時間は明日13時から1時間程度というのは変えず、出席者は全衆参議員に加えてできるだけ多様な年齢層で、医者も心理学かな何人か読んで、様子を観察してもらいましょう。
そうだな、ジャーナリストも呼んでおこうか。うーん、そんなところか。急な話で申しわけないが頼むよ」
棟田が部屋に一緒にいた副長官の沢木と秘書の安田に命じる。彼らが慌ただしく出て行ったのを見とどけて棟田は翔に聞く。
「さきほど、他の国への通達と言われましたが、日本での話が終わったあとに日本政府としては他国に対してどのように出れば良いと思いますか?つまり『通達』という言葉を使うほど強気に出るということですか?」
「棟田長官、アクラが地球に来た段階で、すでに状況は変わったのです。危機として伝えられている機械生物シーラクは、地球からしてみれば到底敵しえない大変な脅威で、地球の指導種族に選ばれるはずのアルケーナにとっても単独では到底敵わない相手です。
でも中央銀河の先進種族にとっては実はたいした相手ではないのです。その証拠に、先進種族の中でも下位に近い種族に対応を任せて、自分達は手を出そうとはしていません。それは一つには、今やっている対抗策が敗れても自己防衛は出来るからでもありますけど。
そして、彼らは退屈しているでしょうね。自分達の一応仲間ではあっても、劣る者達である彼らが必死に努力して侵入者を撃ち滅ぼすのを見たいのでしょう。そこで、地球なんかも巻き込んで舞台を大きくしている、これは眺めていれば楽しいのじゃないでしょうか?」
「ええ!翔君、君は今回のことをそんな風に見ているの?」
「そう、本当のところはそんなところだと思っています。だけど、機械生物シーラクはひたすら攻め込んでくる厄介な相手です。自己再生産速度は生物を遥かに勝りますし、一旦決めるとひたすらその道を進んできます。
だけど、高次生命体の集団が我々の背後にはついています。ですから結局は勝てる相手ですよ。とは言っても、危なくなって助けられるのはかっこ悪いなあ……」
翔は少し遠くを見て言う。
「そういうことなら、なにも我々がその戦いに参加する必要はないのでは?」
「いや、必要はあります。というのは、シーラクの攻め寄せる方向が全方位である可能性があります。そして、選択的に知的生物を狙ってくるはずです。ですから地球もきっちり守りを固めないと危ないです。
一つにはアクラが宇宙を巡って呼ぶべき仲間を探しているのもそのような理由からです。ただ、水準に達しない場合は放って置かれますが。とは言え水準に達しない種族も近くに守りが出来る星ができればチャンスが広がります。
その意味ではアクラがそのように仲間を増やすのは、水準に達しない知的生物の生存のチャンスを広げることに繋がるのです。そして、忘れてはならないのは地球は選ばれたのです。選ばれた結果、指導種族を付けられ、我々の常識では考えられないほどの援助を受けられます。
地球の指導種族たるアルケーナは、すでに生産に人手を必要としません。つまり、彼らにとっては各種機器、機材等については自動で生産でき、自由に増産できるものなので、いくら地球に与えても困らないものなのです。
国連が貧困地域の撲滅に必死になっていますが、資金の不足であまり進んでいませんよね。そこにアルケーナの援助がきたらどうなります?」
「うーん、なるほど。確かにインフラは一気に近代化するな。しかしその地域を豊かにするには、経済が回るようにする必要がある。つまり人々に収入手段を与える必要がある訳で、インフラ整備のみでは達成できない。
増して、自動機械でインフラ整備するのみでは地域の人々の収入は増えない。そこをどうするかですな?」
翔は、官房長官は良く解っているのを嬉しく思いながら答えた。
「ええ、その通りです。基本的な考えは、道路、電力、上下水道、官的サービスステーションなどの都市というか居住のための基礎インフラは、アルケーナの自動機械がやってくれます。しかし、インフラについても運用に必要な人の手配、必要な機材、消耗品などは現地であり、なにより民間の家やその中身については現地側です。
この部分が経済成長の原資になります。とは言え、そのためには莫大な資金が必要であるし、貧困地区に住んでいる人々、さらに途上国の政府がそのような資金を持ってはいません。ですかた、それは地球全体としての資産を担保に資金を生み出すのです」
「地球全体の資産?」
「そう、具体的には、たとえば地球によってすでに発見されている居住可能な惑星です。一つの惑星の価値を担保に置けば、貧困地域への数兆ドル程度の融資は簡単でしょう?新ヤマトも担保に使われるでしょうね」
「ええ、新ヤマトも!し、しかし。あそこは日本の……」
「ごり押しで分捕ったというだけのものです。まあホウライは棚上げになるでしょうよ」
翔は棟田の目を真っすぐのぞき込んで強く言う。
「僕がアクラに会った時点で事態は変わったのです。アクラが知らせた事態に対応するための動きを、すぐさま始める必要があります、
そのためには、まず言っておきたいのは、アルケーナというか中央銀河の評議会の一員のやり方は最終的には旨くいきますが、極めて強権的に見えることです。今度の地球の総合力の嵩上げには5年を予定しています。
そして、その短期間での達成のためには、利害関係の調整などはやってはいられません」
翔が強く棟田を見て言うと棟田は動揺して応じる。
「ええ!と、というと」
「つまり、関係者の地球における権利は一時的に取り上げて、後で清算する方式を取ります。土地所有もそうですし、個人の金融資産は基本的に取り上げませんが、その不動産、組織への介入の権限は一時的に棚上げにします。
さらに国や地方などの資産は全てアルケーナが一時的にコントロールします。その段階で、金の動きを含めて全ての組織のあり方が丸裸になると思って下さい。当然、特に資産を持ち権力を持つ者ほど公表されては困る事項を多く持つものです。国会議員などはその代表格でしょうが。
まあ、そんな人々に不正があろうがなかろうが、組織全体でおかしなところがあろうがアルケーナにはどうでもよく、自分の命題を効率よくこなそうという意図の元の情報収集です。ですから、不都合なところは是正します。
そこで、無論権力者が自分の利害が侵されるのを嫌って抵抗したら、そうした情報を公表するなどして生かすでしょう」
薄く笑っていう翔に、棟田はその時の混乱と自分に持ち込まれる苦情を思って顔色を悪くし、頬には汗がつたう。翔はそれを見ながら話を続ける。
「これは、人類にとっては二度とない進化の階梯を登るチャンスです。しかし、アルケーナは優しい指導者ではないでしょう。たかが5年の期間ですが、人類のある人々、とりわけ権力・資産を持った人々にとっては、苦痛と混乱に満ちた5年になると思っています。
しかし、僕は全体にとってそれは産みの苦しみの5年になると信じていますよ。
いずれにせよ、5年で貧困層・地域を無くし、人類全体の知性をあげ、シーラクに対抗しうる軍事力を持つのですから、生易しいことではないことはご理解できると思います」
「え、ええ。解かってきました。その旨は首相にもよく言っておきます。しかし、そのように厳しいとなると、人々が受け入れるでしょうか?」
棟田の質問に翔はにべもなく答えた。
「テレビ放送ではないのですよ。高次知性の持ち主のアクラが、人々の心に念話で語りかけるのです。そして彼は全く地球人に悪意など持っておらず、真実必要であり、良かれと思って今度の地球の力の底上げへの同調を呼びかけるのです。
それに抵抗できる人などいません。その呼びかけの結果、よほど不利益を被る人々以外は喜びを持って5年を試練を受け入れるでしょう。それに抵抗するものは、政府であれ何であれ、人々に踏みつぶされます。増して、その推進者たるアルケーナがいるのです」
棟田は言われたことを噛み締めて頷くしかなかった。
誤字訂正ありがとうございます。




