60.地球における高次生物アクラ
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アクラは地球に移動した。翔や名波はホウライ1-A機によって、惑星新ヤマトから約2千万㎞離れた恒星系の転移点まで通常空間を移動して、そこから太陽系の転移点にジャンプ(転移)する。さらにそれから、地球の羽田宇宙港まで再度通常空間を移動するため、最速の船の1隻であるホウライ1-Aでも概ね地球まで22時間を要する。
一方でアクラは、通常空間の移動は殆ど行わず、転移を繰り返す。とは言え、高次生物であるアクラと言えども連続して転移が出来る訳ではない。転移に必要なエネルギーは問題なく空間から取り出せるが、転移については空間に揺らぎがあるため、惑星間レベルであっても狙った位置に転移することは難しい。
地球で使っている転移は、出発点と転移点が、空間の揺らぎの少ない真空中で重力の影響も受けにくい空間であるのは、そういう理由である。現在の地球の技術では、大気圏内への転移は、転移点が決まらず事実上不可能である。
アクラは、その点では数桁正確な転移が可能であり、他の恒星系から狙った惑星の静止軌道程度の位置の転移は可能である。ただそのために、いわば狙いをつけるのにいくらかは時間を要するし、惑星内の転移は更に精密な探知と操作が必要になる。とは言え、たかだか1時間程度のことで、翔たちに比べれば、遥かに早く地球に着く。
アクラは自在にその存在を消せる。と言うより、自分の意識を分けて自在に意識を移せるのだ。つまり彼(?)は、自分の居る惑星の範囲内であれば、興味の向いた所に好きなように行けるし、そこにいる知的生物にコンタクトが出来る。
彼は以前に地球に来たことがある。それは500年ほど前であって、その頃かろうじて文明らしきものを展開していた欧州の指導者数人と接触した。とは言え、その考えを読み取り、行動を追ったのみだが、余りの視野の狭さ、野蛮さにうんざりしてすぐに去っている。
その意味で、地球と人々がその頃とどのように変わったか興味はあった。ホウライで翔などと接触した経験から“地球”の人類がテクノロジーの面で長足の進歩を遂げたのは承知している。
実のところ、中央銀河の先進種族にとって、テクノロジーの面で重視しているのは『情報』『移動』『エネルギー』『生体』各々の能力である。
『情報』の能力とは、必要なことを迅速かつ正確に記録をとり自在に活用できる。さらに自分達のテリトリーに置いて、居ながらにして連絡を取り合い情報交換ができることが知的生物にとって必要な能力である。
“翔以前”{アクアは翔がもたらした数々の変革の以前をこう呼ぶ}で、地球人類は、原始的ではあるが、すでにこれは達成でき始めていた。
『移動』とは、歩くか走る、または獣に乗って移動することから離れて、飛行機まで含また機械的手段によってより迅速に移動することが第1段階である。さらに、重力を克服する第2段階、転移を可能にした第3段階まである“翔以後”の地球は通常は数千年から数万年を要する第2段階と第3段階をほぼ同時に達成している。
『エネルギー』は燃焼及び重力利用が第1段階であり、電力を媒介に使うのが第2段階、さらに熱を媒介にした原子力利用が第3段階、原子の力を直接電力などに変換して利用するのが第4段階である。翔によって人類はこれを達成している。
実のところ、第2段階、第3段階で留まって停滞し衰退した種族も多く、その場合はエネルギーの限界からその種族の発展は、その後について無いに等しいものになる。
『生体』というのは、病気など生体に起きる異常を克服することが第1段階であり、さらに自らを改善することが第2段階であり、さらに自分を高次の存在に作り替えることを第3段階となっている。地球人類は、第1段階をほぼ通りすぎて、第2段階の初期にあると言えよう。
ただ第3段階については見方が分かれる。先進種族の間においても、第2段階までは『進歩』としてほぼ異見はないが、第3段階については忌避するものが多い。その者達は、第3段階を経て現在の姿にある者を「まがい者」と見做す傾向がある。
その意味で、地球人類は洗練されてはいないが、テクノロジーの面では先進種族の規定する進歩を達成していると言えよう。ただ、最も時間を要するはずの最後の進化を、翔という突然変異の存在によったことは問題ではある。
だが、それをすでに大々的に使いこなしているという点からみると、問題にするに値しないとアクラは思う。アクラは地球について、氾濫する情報を簡単に取捨選択して重要な点を整理した。まずそれは以下のように纏められるだろう。
① 国、地区ごとの貧富の差が激しく、そのために互いの反発心も大きい。ただ貧富の差については、『国連』という組織が是正に動いてはいる。
② 未だに軍事力を使って自分の願望を達成しようとする国があり、ごく最近実際にそれを行った国もある。しかし、実質的に翔の齎した力場による『移動』手段の革新によって、このようなことは『国連』の軍事力が阻止できるであろう。
③ 概ねの国では、「人権」「人は公平」「多数の幸福」ということが公知の正義となっている。しかし、これは建前、綺麗ごとである人々の内心はかなり違っているが、公然と異を唱えることはできない。
④ 翔がもたらした重要な技術である、エネルギーの無限供給については急速な普及が成されていて実用段階に入っている。
⑤『情報』についても、『生体』の進歩で人々の知力が増大したことから、急速な進歩を遂げつつある。ここでは、自立的機械知性を生まないように導く必要がある。
⑥『生体』ということでは、知力の増大によって、漸く生体の総合的理解が進みつつある。このことで、生体の異常、欠陥の是正を完全に克服する道が開かれた。
⑦ すでに、異星の文明に出会い、征服された民を解放するまでのことをしている。この点は評価に値する。
『ふむ、翔の働きが大きいのう。とは言え、極めて短期間に自らの産業構造をかくも大幅に改変したものではある。そして、他星系の植民にも本格的に乗り出そうとしておる。
ただ問題は、生体に対する理解がまだ中途半端であるため、『処方』の効果が限定的であることだ。さらに、その処方そのものを成した者が、未だ30%足らずとは。未処方のものは今から加速させようとしている産業・社会構造では使い物にならん。
うーむ、儂も翔に出会って驚いたが、あれまではいかずともせめて数%は先進種族と伍していける翔並みの頭脳が現れんとな。まあ、千年もすればそれなりになるであろうが、残念ながら我らが待てぬ。
産業変革の加速のためのアルケーナの援助に、『処方』の改善を組みこまざるを得んな。最初に、取り組むべきは彼らの余りにひどい貧富の差であるな。今の状態を放置して処方が進めば、格差を自覚する者が大部分になり、それら有能な者達が反社会的行動をすることになる。
うむ、『国連』の地球を豊かにというキャンペーンの方向は正しいな。ただ手段が不足しているために、改革が遅々として進まんということか。結局『国』という小さく纏まろうとしている存在が邪魔をしている。必要な手段、この場合は金か、それが集まらんのだの。
また、アルケーナが介入すれば、莫大な自動機器が供給されるので、いわゆる貧しい国々において、もっとも大きな障害になっているインフラと産業施設の未整備は早々に解決されるであろう。
ふむ、こんなところか。まあ、知性体協議会の第2段階種族には加えてもよいだろうな。それにはイセカ帝国と言ったか、惑星イーガルの解放が大きなポイントになる。アルケーナの援助の決定には問題はないだろう。
さてさて、この地球の指導者達がどういうことを言い出すかな。とは言え、儂が一人一人を説得する気もないし、そんなことは地球人自らがやるべきことだ。今回の話は地球人類にとって千載一遇のチャンスであると誰にでも解るはずだ』
ちなみにアクラの考えに出てきたアリケーナというのは、先進種族でも比較的遅れた種族である。彼らは協議会によって引き上げられて、現在はその手足になって働いているが、アクラから今度見つける種族の担当をするように指示されているのだ。
アリケーナが遅れていると述べたが、地球人類に比べると比較にならないほど優れている。知的な面では人類の2倍程度の知的能力を持ち、120億の人口が11の惑星に住んで、GDPで言えば地球人類の50倍を超える。
ところで、そのようにアクラが考えを巡らすうちに、翔と名波が地球に着いた。彼らは宇宙港として使われている成田空港に着いて、すぐさま飛翔機で首相官邸に移動した。これはホウライから通信を受けた、K大学技術開発研究所理事長の笠松理事長から、首相府にねじ込んでセットしたものだ。
恒星間通信は、現状のところテキストしか送れないが、名波から送られたその記述が下の文のようになっていたので、それを読んだ笠松が普段から親交のある川村仁総理大臣にアポを取ったのだ。
『ホウライに翔を訪ねて、銀河中央の先進生物で構成される知的生物協議会の使者として、高次生物である天球族のアクラという存在がやってきた。アクラの云うには、現在銀河系は、アンドロメダ星雲を席捲した機械生物に脅かされている。
それに対抗するために、一緒に戦う仲間に加わる種族を探しての訪問である。地球人類はまだまだ未開ではあるが、アクラは今後協議会のよるテコ入れによって協議会に加えたいという意向である。至急地球の指導者を説得する必要があり、最初に日本の首相から説得したい。
信じがたい話ではあるが、アクラは人の精神に直接触れることが出来る。その圧倒的な精神に触れれば、その接触によって全ての者がこのことを信じるようになることは間違いない。アクラもしばらく我々に付き合うことになっている』
笠松の存在はすでに日本のみに留まらず、世界に知れ渡っているが、やはり学者間で影響力が強く、政治的指導者についてはさほど影響力はない。一方で、川村首相は、日本の存在の高まりとともに、国際政治において最も大きな存在になりつつあり、アメリカ合衆国大統領に並ぶとまで言われ始めた。
それは、日本が革命的な技術革新の結果として、数々の新たな代替の効かない製品の供給とキーテクノロジーを握っていることによるものである。そして、その権利はほぼ95%をK大学技術開発研究所が握っている。
つまり、川村首相と笠松理事長は親密な関係にならざるを得ないのだ。とは言いながら、笠松から送られてきた上述の文章は、川村首相にとって余りと言えば余りの内容であった。慌てて呼ばれて駆け付けた霧島官房長官は首相に言った。
「与太話だ!と言いたいですな。しかし、カケル氏と名波教授発で、笠松理事長経由ではその可能性はないでしょうが、とんでもない話ですなあ。可及的速やかに会うしかないですな。カケル君と名波教授が明日成田に着くなら、すぐに会うようにセットしましょう。
明日の私と総理の予定は全てキャンセルしましょう。さらに閣議のメンバーは全員出させましょう。笠松理事長も来られるのですね?」
「勿論だ。張本人の一人だからな。ところで、これはいずれにせよ世界に広げ、コンセンサスを取る必要がある。そこをどうするかだな」
首相が言うのに霧島はにべもなく返す。
「我々が、ここで碌な情報が無い状態で考えても仕方がないでしょう。宇宙を簡単に渡れる高次生物と超天才カケル君がいるのですから、何らかの方向は出してくれるでしょう。我々は、よほどそれの都合が悪ければ別ですが、粛々と実行すれば良いのです。
とは言いながら、これは人類にとってはチャンスというか、変わらざるをえないターニングポイントですな。地球統一政府が必要です。だから、おそらく国の形態もなくなっていくのだと思いますよ」
誤字の訂正ありがとうございます。




