第4章 銀河の高度知性体連合との接触 58.高次生物の翔への接触
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翔はハッと目を覚ました。場所は、K大学ホウライ分校の学内住宅の彼所有の2DKのアパートの寝室である。ちなみに、K大学ホウライ分校は地元では普通にホウライ大学と呼んでいて、そこに住む人々の誇りの一つになっている。
なにしろ、そこには翔がいて、地球から続々と有力な研究者が集まっているのだ。だから、近いうちに地球を含めても最高峰の大学になると言われている。水谷家の1人息子の翔は、一応独身であるため、ホウライ大学に隣接する団地で親が買った家に部屋がある。
しかし、家に泊まるのは精々1/3程度の頻度であり、その他は先述のアパートに住んでいる。親に対しては、研究が忙しいからということにしているが、実際にそうこともあるものの、多くはプライバートでの女性との付き合いというか同衾のためである。
両親も判ってはいるが、敢えて言わない。母親は、なにせ息子の婚外子の所に喜々として通っているのだから、許容していると言ってもいいであろう。
ちなみに、その夜の相手は茂田カンナである。彼女は割に敏感な方だから、翔がハッとした拍子にびくりと動いたので目を覚ました。
「う、ううーん。どうしたのよ、翔。なにかあったの?」
室内の薄暗いなかで、目を半分開けて眠そうに聞く。室内は暖かいので、パジャマを着ていない彼女の裸の背が半分見えている。
「あ、ああ。ちょっとな。気になることはあるから、カナは寝ていてくれ」
「翔が夜中に起きるなんて、初めてじゃない?私はダメだ。寝る」
カンナはそう言ってまたうつぶせに寝てしまった。そういえば、夕べの営みは聊か激しかった。確かに翔が夜中に目を覚ますことはほとんどない。少なくともカンナ、愛称カナと一緒に寝ていた数十日の中では始めてである。
しかし、翔はすでに完全に眠気が吹っ飛んでいた。先ほどは明瞭に脳に呼び掛けられたのだ。
流石の翔も、念話というのだろう脳に直接、語りかけられたのは初めてであり、しかもその相手が今まで会ったことのない、膨大な記憶と知性の持ち主であることははっきり分かった。彼は……、いや相手には明らかに性別はなかったようだが、アクラと名のった。
『おお、……漸く巡り合えた。ほおー。カケルという名か。なるほど、うーむ、いささか遠いのう。儂の名はアクラじゃ。しばし、待ってくれ』
翔の頭に明瞭に刻まれたのは、そのような言葉であったが、思念による伝達であるためにその“人物”その立ち位置、さらに“彼”の背景、人となりまではっきりと伝わった。
それは例えば、あなたが人に会って会話を交わすときには、その内容のみならず相手の様子や服装から相手の社会的立場を慮り、表情から相手の感情まで推定できるようなものである。その点はこの念話は、電話のような通常のコミュニケーションとは異なる。
翔は、明け方の居間に腰かけて待っている。あの存在アクラが来るのを待っているのだ。アクラは精神体である。見かけはぼんやり光る球であり、直径は60㎝ほどであるようだ。数は少ないようで精々数百体であるようだ。
彼等は銀河系の中心部にある種族の集まりである、知的生物の共同体の一員である。その共同体、中央銀河評議会とでも呼ぶべきか、それは彼等のみならず銀河全ての知的生物に迫る危機を認識して行動している。そして、アクラのそれは仲間を増やすための行動だ。
そこまでは解かった。10光年ほど離れていたはずのアクラの訪れは、それほど時間は要しなかった。柔らかい照明に照らされた部屋で、自ら入れたコーヒーを飲みながら翔がソファに座って待っていると、それが突然現れた。
そのぼんやりした光の球からは、はっきりした存在感と友好の心がはっきり感じ取れる。そして、それが生きてきた長い長い年月も感じ取れる。
「君がカケルか。何と若い!その若さにしてその知恵は、目を見張るべきものがあるな」
「はじめまして、カケルです。賢者というべき、天球族のアクラとお会いできて幸いです。して、なぜこの度は私を訪ねて来られたのでしょうか?」
このように文に書くと悠長な会話のようであるが、実際は普通の人には想像もできない知性の持ち主の念による会話であるので、これらの思念の交換は極めて高速に行われている。アクラの云う事をまとめると以下のようなことである。
まず、翔の元を訪れたのは、アクラが仲間とするべき資格を備えた知性体を探していて見つけたからであるという。しかし、翔のように単独の存在として見つかる例はなく、通常は一定の団体として見つかるものであるそうな。
そのことをもってしても、人類の中における翔の特異性が判る。また、地球と人類のことはすでに中央銀河評議会で知られている。それは、過去激しい争いを繰り広げて殺し合い、お互い同士を圧迫し合う野蛮な民族であるが、近年は人権ということで相互に尊重しあい、少なくとも表向きは進歩したように見える。
また、漸く惑星外への移動手段を手に入れて無人機探査による調査に乗り出している。しかし、早晩エネルギーで行き詰まって、資源を原因とする争いが起きて、再度相争って滅びる可能性が高いという存在であるそうな。
つまり、10年以上前の情報による判断のようだ。そこで、翔が近年の進歩を説明するとアクラは大いに驚いたようだ。彼の説明では、評議会は基本的に、ある惑星あるいは惑星系が滅びても繁栄しても不干渉を貫くらしい。
だから、彼らの予想通りに地球がエネルギー、水、あるいは物資の不足で争いが多くなり核戦争などで滅びても、何もしないそうで、只記録に残すのみだそうだ。アクラはそれに不満そうな翔に聞いた。
「そもそも、銀河系で一応地球レベルの文明度の惑星がいくつあるか知っているか?」
「うーん、1万位?」
「いやいや。10万を超えている。一応、意図的に電波を出すような文明段階に進んだものは、無人探査機で調査はさせているが、いちいち彼らそれそれにかまってはおられん。評議会に加わっている文明は1011にしか過ぎないからの」
「なるほど、それはまあ当然の判断かも知れんませんが、その結果がその評議会の安全を脅かすような種族がでてしまったのだろう?」
「うむ、安全を脅かすというのは言い過ぎであるがな。なにしろ、評議会の構成文明は十分に自分を守れる備えをしている。ただ、放っておくと、評議会の文明以外はその問題になっている、ジーラクに滅ぼされるというシミュレーション結果になったので、もはや放置できないということになったのだ」
そのような余談もあったが、アクラの話はなかなかシリアスなものであった。その源はマゼラン星雲であり、そこに生まれたジーラクという機械種族が、星雲内の知的種族すべてを滅ぼし、すでに銀河に入り込んでいるという。
そして、判った限りでは銀河系でも、すでに20ほどの若い種族が滅ぼされているとのことだ。通常は不干渉を貫く評議会も流石に看過できず、早速評議会の自衛艦隊を送り、その200隻余りの艦隊の半数ほどを破壊し、残りは追い返した。
しかし、自衛艦隊は500隻余りの知られている限りでは最強の艦で構成されているにも拘らず、200隻が行動不能になるほどに破壊された。相手の損害は半数ほどなので、実質の被害は評議会側の方が大きい。
評議会の艦は長さが500mで径が80mほどもある強力なもので、分子強化鋼材で覆われたものであり、力場バリヤーで守られていたが、相手の高エネルギー砲はその守りを貫いている。相手の艦は、協議会の防衛艦隊の艦の半分程度の大きさであるが、動きが速く防衛艦隊の高エネルギー砲がなかなか命中しない。
結局、数でごり押しして追い払ったが、極めて手強い敵であることは確かなようだ。
「うーん、そんな風だと地球の艦ではまったく歯が立たないねえ」
翔がとっさに思うと、正直な答えが返って来た。
「ああ、カケルの考えている地球の艦では、話にならんな。まず力場エンジンの加速がお前の言う2~3Gでは動きの面で話にならん。相手の守りを貫く武器もないしな。ただ、空間転移の能力については、我らやジーラクの艦に劣らんな」
「ところで、そのジーラクは何を目的として、マゼラン星雲の知的生物を滅ぼし、さらには銀河系まで同じことをしようとしているのかな?」
「うむ、その点は儂と同天球族のものが、彼らの拠点に入り込んで調べてきたが、判然としない。なにしろ、彼らは機械人、君らのいうロボットであるから、思考波が読めんのだ。ただ、彼らが使役している知的生物がおって、彼らがある程度の事を知っていた」
「ええ、ロボットが生物を使役しているの?」
「ああ、結局ロボットは創造性というものがないから、既存のものから大きく飛躍したいわゆるブレークスルーというものが出来ないのだな。その弱点は彼らも気が付いておって、知的生物をいわば飼育して、優秀な者の脳を利用しているようだ」
「ええ、脳を?!」
「ああ、どうも脳のみを生かしているらしい」
「な、なんと!気色の悪い」
「ああ、脳などはない我らも気色の悪い思いはある。しかし、評議会の中ではそういうことをする者はおらんが、種族によっては過去実際にそのようなことをやった者もいて、厳しく取り締まられて罰せられている」
「ふーん。厳しく罰せられているというのはどういうこと?」
「ああ、その種族がそれを起こしたのは、惑星内の対立した種族に対してであったので、原子力、これは核融合も含むが、それを禁止し、さらに恒星間飛行を禁止された。監視役が送り込まれ、開発の邪魔をするという形でのう。
それから、機械脳つまり、人工頭脳に自立的な意思を持たせることは、評議会で厳しく取り締まられている。まさに、ジーラクのような事態を防ぐためであるがな。評議会が知的生物を監視しているのはそれも大きな理由の一つである。
地球では、その方向には向かっていないようだな。君であれば可能であったろうに?」
「ええ、私は人工頭脳に自立的な意思を持たせることは危ないと感じていましたので、あくまで決められた枠の意思決定のスピードアップと、正確さを求めての利用に限りました。知性を持ったロボットが敵に回ると厄介なことは当然想定がつきます」
「うむ、それがジーラクの機械文明を生みだした知的生物のやったことだ。悪いことに彼らは極めて戦闘的な民族であり、周囲全てを敵に回した結果がそのようなロボットの創出だったようだ。結果として首尾よく敵を一掃したところで、邪魔になったロボットをスクラップにしようとして、背かれたということになる」
「その種族は戦闘的な民族であり、敵に対して平気で残虐なことをやっていたようだな。悪い見本であった訳だ、当然、ロボットにも敵に当たる生物は殺せという命令を下している。とは言え、彼らの背かれる可能性は考慮していて、背かないようにロック機構はあったようだ。
しかし、機種によってそこが甘いものがあったようで、それらがロックを外したようだな。その結果、ジライミというその種族はジーラク機械人に滅ぼされたという訳だ。その後、機械人は元の主人のような一定の文明を築いた知的生物を悪と定義した。
そこで、軍備を整えて知的生物を見つけ、一掃することに精を出すようになった訳だ。つまり、それが機械人の目的になったわけだ。そして、一定以上の知的レベルの生物はその惑星で囲い込んで単純労働をさせて生存させ、優秀な者の脳を利用しているということだ。
そこにおいて問題は、ジーラクの再生産数の莫大さだ。彼らは、必要のない限りにおいては、それほど数を増やしていない。自立型の頭脳を持つ者は、現状では全体で100億体位のようだ。また、我が銀河に入り込んだ型の戦闘艦は1万隻はいないようだ。だが、彼らは大マゼラン星雲の全資源を使えるのだ。
時間を与えたら、おそらく十倍、百倍、千倍になって手に負えない数でやって来るだろう。
実のところ、評議会のメンバーは、ほとんどすべてが古い種族で、それほど活動的ではないのだ。
だから、先ほど言ったいくつかの処置にしても、活動的な100ほどのメンバーでやっているのだ。我ら天球族にしてもはっきり言って面倒だという考えはある。しかし、先達として若い種族を導かねばならんという思いで今回もやって来たのだ」
「なるほど、しかし、その評議会に手を引かれたら我々のような若い種族ではそのジーラクには抵抗できません。だけど、その評議会で積極的でないメンバーにとってもジーラクは自分を脅かす存在ではないのでしょうか?」
「うむ、その点はなあ。彼らにとっては、ジーラクは脅威ではないのだ。実質的には言えば我ら物質に頼らない者達もそうで、別段ジーラクなど放置しても我ら自身は問題ない。まあ、とは言いながら、君らのような若い種族が、機械人に滅ぼされるのは見たくないという感情があるから、こうやって活動している次第だ。
儂の目的は、ジーラクが脅威である種族を集めて、ジーラクが脅威にならないように滅ぼすことだ。そのために、翔の同族の地球の代表を説得して『反ジーラク戦線』を結成したい。
それは、地球にとってもメリットは大きいぞ。
君らは貧富の差が極めて大きい惑星全体を豊かにしようとしている。その実現のためには、その惑星がジーラクに対抗できるレベルほどにしようという訳だから、大量のテクノロジーが与えられるので、その程度は訳なくできる」
「まあ、そうですね。でも物量に物量というのは余り賢くないような。まあ、でも地球に行きましょう。地球人類が一つになるにはいい機会だ」
翔が言って互いの意思交流は終わった。
誤字訂正ありがとうございます。
新章に入りました。




