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37. 国連キャンペーン「地球を豊かに」、原子変換による肥料の製造

読んで頂いてありがとうございます。

 国連主導で『地球を豊かに!』のキャンペーンが始まった。これは、10年以内に最貧国も年間GDP1万ドル以上に、というなかなか難しい目標を達成するためのものである。


 そのために、年間GDP1万ドル以下の国について、調査と経済成長計画が策定されている。そこで大きな問題が出てきた。肥料が足りないのだ。植物の3大栄養素というものがあり、植物が成長するなかで不足する元素を言う。それは窒素、リン、カリウムである。


 いずれも自然界には豊富にあるので、当初は良い。しかし、作物を栽培して何年かすれば作物に使われて不足していく。だから、肥料として補給してやる必要がある。そのうち、窒素肥料はハーバーボッシュ法などで大気中の窒素を固定して工業的に作れるから、エネルギーに不足がなくなった今は問題ない。


 カリウムは海水中の塩分の一部として含まれているが、最も多いナトリウムの1/160に過ぎないので、塩の生産の副産物として取れるものの僅かである。だから、通常は鉱物として産出する塩化カリウムを肥料として使っている。リン酸塩は現状ではカナダが最大の産地であるが、これも資源量は先細りである。


 最大の問題はリンである。これは自然界には比較的豊富であるが、化学肥料として使える高濃度に含まれるのはリン酸塩であり、結局鳥の糞が結晶化したものである。リンは、肥料に必須の重要な資源であるが、資源量は少ないので最も早く枯渇することは確実である。


 そう言って説明してくれているのは、崎山麻衣、国連地域開発計画の職員の一人である。

「そういうことで、カリウムとリン、特にリンが何とかならないかということで伺ったのです。まあ、私の妹の結婚式があって、帰国したのでということもあったのですが」


「うん、何とかなるよ。それは例の『地球を豊かに!』キャンペーンのプロジェクトの一環かな?」

 訪ねてきた彼女の正面に座った翔が聞く。研究室には、今は西川と美木さつきだけがいて同席している。

 

「え!何とかなるのですか?本当に!」

 彼女は、翔の質問は無視し、ガタリと立ち上がって、丸い顔を突き出して翔に聞く。翔は少し腰を引いて再度答える。


「うん、常温核融合では原子変換しているのだから、エネルギーを使って励起をやれば周期律表で近い物質からの変換は出来るよ。そう言えば今までやっていなかったなあ」


「やってなかったって。今世界はリン不足で大変なんですよ。大生産国のロシアが売り絞っていて。途上国を豊かにするにあたって、基本はやはり農業生産を高めることなんです。そこで問題なのは肥料の不足と高騰なのですよ」


「うーんと、リンとカリウムか。リンは原子番号15で原子量31か。隣の原子番号14のケイ素、原子量28だったらいくらでもあるよね」

 翔が宙を見ながら言うと、崎山嬢は驚いて聞く。


「え、翔さん、原子の周期律表を覚えているのですか?」


「うん、物質の番号と整数での原子量までね」


「まあ、翔さんだものね。それで、ケイ素からリンへの変換は出来るのですか?」


「うーん、励起して千℃位の温度が要るな。だけど、多分だけど純度は低いよ」


 そこに西川が口を出す。

「肥料だったら、純度は低くても関係ないよ。原料は砂位でいいんでしょう?千℃くらいだったらNFR-T型で熱発生できるから安くつくよね」


「まあ、そうだね。それで、カリウムは?こっちは必要ないのかな」


「いえ、カリウムもカリウム塩資源はもうあまりありません。今のプロジェクトが回り始めると化学肥料の消費量は2倍以上になります。結局貧しい国は化学肥料が買えないのです。化学肥料が危険で、有機肥料がいいと云う人がいますが、人手で何とかしようとするとんでもない手間がかかります。

 結果として、貧しい国の全体の生産性が低い理由になっています。スリランカが国を挙げて有機肥料を使うというキャンペーンをやって、農業生産性が落ちて破産したのはいい例です。だから、カリウムも是非その原子変換で作ってください」


「うん、カリウムは原子番号19で原子量は39か、隣にカルシウム原子番号20で原子量40があるな。カルシウムだったら不足することはないし、これも似たようなものだな」


 翔の言葉に西川が言う。

「翔君、リンとカリウムの変換、出来るんだったらやろうよ。俺は今空いているんだよね。俺も肥料が不足しているというのは聞いている。成功したら農水省辺りが泣いて喜ぶよ」


「うん、そうだね、西川さんが指揮をとってよ。そうだな、明日までには図面とメモを作っておくよ。この場合はやっぱり四菱か、あ、いや。父さんから頼まれていたからなあ。父さんの江南製作所も工作所を作ったそうだから、あそこでやってもらえる?」


「うん、そうだね。どっちかというと四菱より、江南製作所の方が僕には合うな。変更やら改造を頼む時に頼みやすい。それに、自分で手を動かしている人、まあ職人さんが多いから、目の前で作っている過程をみやすいよね。

 その点で、四菱さんの社員は優秀だし優秀な外注先も多くて、ある意味安心なんだけど、ちょっと動きがねえ」


 そこに、美木が口を出す。

「私は、それほど何度も行っていませんけど、江南製作所のほうが親しみやすいですね。今は社員が3千人を超えたそうで、すでに大会社なんですけど、5年前は社員が5百人位だったそうですね。そのせいでしょうか、社員の方もふんわりしていて……」


「まあ、父さんの会社をそんな風に言ってもらえると嬉しいな。でも、僕らは恵まれているよね。どっちかの会社に概要の図面を用意していけば、すぐに詳細な図面にしてくれるし、実際に作れる部品の図にしてくれる。

 機械、電気・電子、化学、冶金、あらゆる専門家が揃っているからね。しかも金のことは後で清算すればいいからなあ。聞くとそんなことはあり得ないらしいな」


 西川がそれを聞いて笑って応じる。

「そりゃあそうさ。翔君が開発をするんで、工場を使わせてくれと言ったら、最高の人材を揃えて費用全額自分持ちで受けるさ。四菱重工なんか、翔君のお陰で世界の企業のベスト10入り間近だよ。

 まあ、そういうことは置いといて、原子変換かあ。斎藤と話はしていたんだよね。翔君なら出来るんじゃないかとね。これには斎藤も入って来ると思う。貴金属で放射能まみれのものは今までにできているけど、普通の物質では例がないはずだよ。楽しみだ」


 崎山は、驚きを通り越して呆然として3人の会話を聞いていた。現在、肥料の不足は世界の大問題になりつつある。『困った時のカケル君頼み』という言葉が、だんだん広まりつつあるが、それにすがって帰省したその足で尋ねたのだ。


 基本的には、外部から直接翔にはメールも電話も繋がらないが、幸い翔と付き合いのある国連職員がアポを取ってくれた。崎山自身、90%自分の頼みは無理だと思っていた。そして解決策があるとしても化学ばけがく的な解決策だと思っていた。


 ところが、出てきたのは「できる」という返事で、なんと方法は原子変換である。今後、不足することのない肥料としてのリンとカリウムの生産方法というだけでも世紀の大発明である。しかも、それが原子変換であり、これの方がインパクトの大きい大発明である。


 それをこの3人は、普通の行事をこなすみたいな感じで、のんきに段取りをして進めようとしている。そして、それは確かな実績に裏付けられている話であると、聞いていると判る。彼女は躊躇ったが思い切って聞いてみた。


「そ、それで、その変換装置というのはそのくらいの期間で出来るのでしょうか?」


 その質問には西川と美木は翔を見る。やはり全体を把握しているのは翔のみらしい。

「ううーん。最初に作るのは実証機だよ。それで、作れることが判ったら、量産機を建設することになる。需要は相当ありそうだから結構な規模になるね。『地球を豊かに!』のキャンペーンの一環だから出来るだけ製品は安くしたいね。

 だけど、輸入国だった日本が輸出国になったとなると大騒ぎだね。ああ期間か、うーん小さいものだから、実証装置は動くまで2ヵ月かな。実装置は、10万㎾級のNFRGが付属して、うーんとまあ1年はかからないだろう。日本も大型の設備を作るのがうまくなったからね」


「ええ!1年と2ヵ月!そ、それが実現可能と判るのはいつになりますか?」


「実証できてだから、2ヵ月くらいかな。その時点で、マスコミに流しますよ。結構なニュースになるはずだからすぐに判るはずです」

 翔の言葉に崎山は手を振って言う。


「結構どころか世界中で大ニュースになります。いずれにせよ、私たちが計画している途上国の経済の見通しにその成果が大いに絡んできます。だから、出来るだけ早く見通しを知りたいのです」


「だったら、私からメールを入れますよ。先ほど渡した名刺にアドレスが入っていますから、そちらでお知りになりたいことは聞いてください」


 西川が言うが、翔は名刺を持っていない。持っていれば、彼の名刺は誰もが欲しがるだろうし、それぞれが彼の携帯の番号と、アドレスを知るのは困るのだ。なにしろ、翔が金の生る木と一部で見られているのは有名な話だ。


     ―*-*-*-*-*-*-


 崎山の任地はパプア・ニューギニア(PNG)の首都ポートモレスビーである。ニューギニア島の東半分と、有名なラバウルのある南太平洋上のニューブリテン島等を領土している国である。首都のポートモレスビーは治安が悪いことで知られていたが、近年は経済の好転によって改善している。

 面積は46万㎢であり、日本の1.25倍であるが、人口は1千万を超えたばかりだ。一人当たりのCDPは4千ドルを超えた辺りであり、10年以内1万ドルという目標は難しくないと見られている。


 それは、一つには人口が比較的少ないので投資効果が出やすいことである。実際にこの国の電力事情は極めて劣悪であったが、日本から10万㎾級のNFRGを12基持ち込んだことで、電力事情が劇的に改善し電気料も大幅に下がって、人々の勤労意欲も増した。その結果、3年の期間で3千ドル強だったGDPが4千ドルに乗った。


 国連チームは、自前のオフィスと寮を持っている。既存の3階建てのビルを買って改造したもので、どのみちこの国には多大な投資をすることから、予行演習的な部分がある。それに、この国のホテルはレベルに比して極めて高い。


 “Hello, everybody, Ms. Sakiyama returned now”崎山はオフィスに入るなり、10人ほどのスタッフに声をかけた。そして、庶務の現地人の子にお土産のお菓子を渡し、麻木の席に行き日本語で挨拶する。


「麻木さん、帰りました」

 UN(国連)開発PNG班のリーダーである麻木悟は、読んでいた書類から顔を挙げて、席に深く腰かけなおして崎山を見てニコリと笑う。


「いやあ、お手柄だったね。肥料が豊富で値段が下がれば、話が随分変わってくる。まあ座ってくれ」


 そう言って自分の机の前の椅子を指す。麻木は崎山が翔を訪ねるという話をした時は、いくら翔でもと、懐疑的であった。しかし、崎山は翔達との面談の結果をメールで連絡した結果には大いに喜んでいた。


「その西川博士が、君が尋ねたお陰でその方法が実現することになると言っていたそうだから、まさに君のお手柄だよ。それにしても、原子変換とはね。確かに、常温核融合も原子変換といえばそうだな。

 でも、ここPNGもそうだけど、途上国の農業の生産性が低いのは結局のところ、肥料の不足なんだよね。どの程度のコストになるか判らんが、少なくとも不足することがないということになると朗報だな。それが、2ヵ月後には判るというのだから、待ち遠しいな」


「ええ、普通だったら信じられる話ではないのですが、翔さんとその仲間は時間の問題だという態度でした。これで、大体ここPNGの計画は目途が立ちますね?」


「うん、電力について我が国の援助で、NFRGを設置して電源の問題には片がついた。それを受けて彼ら自身で電力網も整えたうえに、料金を一気に1/3にした。結果として産業が急激に活性化した。そういう意味では電力というのは基本的なインフラなんだ。

 そのような現象はここだけでなく、世界中の途上国で見られている。あとはAタイプの自動車の導入と水だな。もうA型バッテリーの励起工場が3ヵ所出来ているから、Aタイプが主流になるのは早いだろう。

 水については、幸いここPNGは人口の割に面積が大きいし、雨量もそこそこだから地下水で賄えるようだ。資源も豊富なのに手つかずの所も多い。まあ、肥料の実証の結果を受けた数値を落としこめば、計画では5年後に1万ドルを超えるだろうよ」


「ところで、フィリピンは苦戦しているようですね?」

 崎山の質問に麻木が真剣な顔になる。


「ああ、あそこは何しろ国土は30万㎢で日本の8割なのに、人口はすでにほぼ日本に追いついている。GDPの水準はPNGとほぼ同じだけど、人口の母数が一桁大きいだけに投資も大きくなるし対応は難しい。でも、農業生産性が低いのは大きな問題だから、肥料は大いに助けになるだろう。さらに温暖な気候を生かして、年間の作付け回数を増やすという手はある」


「でも、そういう意味では、一人当たりGDPが千ドル以下の国も沢山ある訳だから……、それにインド、ナイジェリア、コンゴ民主共和国、エチオピア、バングラデシュなどの、GDPが低くて人口が多くて貧困層も多い国が問題ですね。これらの国のGDP1万ドルというのは、相当にハードルが高いですよ」


「ううん。そうなんだよね。PNGのように人口の少なくて国土の広い国は対処がやりやすい。だけど、人々がひしめき合って暮らしている国では複合的な問題が多いからね。でも、そうした国ではやはり農業が基本だから、肥料が安くなると随分変わってくる。

 少なくとも、飢えの問題は片付くな。農産物が過剰になったりして、ハハハ」

 麻木は笑ってそう言うが、5年後にはそれは必ずしも冗談事では無くなった。


誤字訂正ありがとうございます。

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