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西暦2019年10月27日、日本国 北陸州松本市 松本広域防災基地 第4トンネル
明かりさえ付いていたらその辺の高速道路のトンネルのようにも感じられるが、明かりが車のヘッドライトのみという事と明らかに傾斜しているので高速みたいに100km/hも出せずに30km/h程度でゆっくりと進んでいた。
「今はどの辺り何ですか?」
「あと少しで一般駐車場区域ですね。ちなみに現在地下180mです。」
「180m!?そんなに下って来たんですか?」
専用端末に示された地図を見ながら1人と兵士が言った言葉に同乗している国土交通省の担当者は驚いた。
主に大深度地下と言われ近年になって整備された高速や鉄道などはこの場所を通っている
その深さは地下40mであり、それでもかなりの掘削技術を有していないと建設する事は出来ない。
新幹線や高速の山脈を貫くトンネルなどはかなりの地下を通っているが、それは一部だけでありこの施設のように全てが大深度地下では無いのだ。
「いえいえ、ここの真上は山地ですので。トンネルの出入り口からの高低差は20m程度ですよ。」
「・・・発電区域まであとどのくらいだ?」
「4km程ですね。」
「4km!?この場所が税金の無駄と言われるのが理解出来た気がしたよ。」
「今となっては当時の人達の英断に感謝しないといけませんね。」
現在も車列は地下に下っている最中だが、そこまででも幾つのゲートや換気設備などが多数設置されており核に対する万全の備えが感じ取れた。
その設備が更に続いている事を考えればどれだけの予算が湯水の如く投入されたか窺い知る事が出来た。
「ところで何故、軍の駐屯地から行かないんだ?防衛総省が維持・管理してるならそちらの方が早いだろ?」
「松本駐屯地からのトンネルは本来作られる予定に無かったトンネルですから、道路というより通路ですね。当然ながら電源車輌などは入れません。」
そう言って運転している兵士はチラッと後ろから付いて来る地元電力会社の電源車を見た。
流石に人1人が歩けないような通路では無いだろうが、車輌が入るのは出来ない程の狭さなのだろう。
「そうなると第3トンネルは?鉄道なら入れるのだろう?」
「2011年の長野中部地震であまり報道されてませんがトンネルの一部が崩落してしまい閉鎖されてます。8年経ってようやく復旧作業中ですね。」
長野中部地震は震度4程度なのでそこまで大きな地震では無いが、被害が無かった訳では無いのだ。
旧松本地下臨時政府は一応は閉鎖された施設なのでマスコミもわざわざ報道しなかったし、通れるトンネルが他にもある中でわざわざ崩落したトンネルを復旧させる必要性を財務省は感じなかったのだろう。
少し前まで松本地下臨時政府は税金の無駄遣いの象徴と言われる事もあったので更に予算をかける事はしたく無かった事は容易に想像が付く。
ただ、実際に建設されてから2度程近代化改修と補強工事が行われてるので無駄使いの象徴と非難する人は政府内にそこまで居なかったのかもしれない。
後で詳しく話を聞くとどうやら崩落したのは上下線のうち下り線らしく、上り線は異常が無いようだ。
復旧工事を担っている専門家によれば後1週間程度で復旧出来るようなので崩落自体の規模は小さかったのだろう。
「しかし普段使ってないだけあって、道路の白線などのラインは綺麗ですね。」
「周りのコンクリートも特にヒビなどは無いですね。流石、核シェルターだ。」
一応連れてきた建築関連の専門家達は窓から身を乗り出し、今にも降りてしまいそうにぶちぶち呟いていた。
「一応、この基地の地図は確認させてもらいましたが、普通によく4000億円程度の予算で造れたな、と思いましたよ。」
「当時との物価の違いはありますけど、今造ったら1兆程度は掛かるんじゃ無いんですか?」
「この建築費4000億円は嘘だ?と言う指摘は建設当時からありましたし、今更でしょう。」
「多分、防衛総省の予算や宮内省の予算などから一部流用してたんでしょうね。他にも当時は大規模インフラが全国に作られていた時期ですから誤魔化すのは今よりも簡単だったと思いますしね。」
当時の黒い噂などを話しながら車列は順調に進んで行く。
建設されてから全く使われていないので建物も設備も綺麗なままである。
現代日本の最高建築物と言われるのも納得した気分になるが、このシェルターはあくまで政府を存続させる為の物であって決して国民を守る物では無いのだ。
そう考えると日本政府もアメリカ政府やイギリス政府と対して変わらないのだろう。
そしてようやく道路が平面になって更に暫く進むとゴォォ!と言う水が流れ落ちる音が辺りに木霊してきた。
更にゲートを下ると車のフロントガラスにまで少し水飛沫がかかり、辺りの道路も雨が降っているように水浸しの区域に入った。
「着きました。ここが発電及び電源区域になります。」
そう言い運転席に座っている兵士がエンジンを切った。
辺りに明かりは無いのでヘッドライトは付けたままだが、どうやら目的地に到着したみたいである。
「・・・これは滝か?」
「少し人の手が加えられているが、人工的じゃ無いな。」
車から降り立った各担当者は目の前に見える物を見てそう呟き合う。
地下という特殊な場所の為、全容は不明だが、明らかに数十m上から莫大な水量が降り注いでおり、その下にはこれまでの水が溜まった地底湖が形成されていた。
降り注ぐ水量と溜まった水の総量が合っていないので、恐らく何処かに流れて地下水を形成しているのだろう。
流れる滝の土地には人工物が設置されており、恐らく機械を稼働させると自動的に発電してくれる仕組みになるのだろかと勝手な推測を立てて行く。
この地下施設の建設に携わった人間はもう既に現場からは引退しており、また一般公開も使用もされて無いので彼等がコレを見るのは初めてだ。
「それでは早速、電源を復旧させて行きましょう。」
自分達が入って良い場所なのか?と狼狽る中部電力の技師達にそう言ったのは防衛総省から派遣されてきた防衛技官である。
一応彼は防衛総省が保有する施設の維持・管理を担当しているが、専門家では無いので電力会社の人間を連れてきたのだ。
勿論、彼は指導的立場にある人間なので、指示するだけで実際に作業に加わる事は無い。
余談だが、一応此処は防衛総省保有の施設なので小銃を持った兵士達も同行している。
もしもこの施設を破壊しようとする他国の間者などが居たら容赦無く射殺するだろう。
「此処は実際に使われるのか?」
「シンガポールでの会談が上手くいかなければ来月には天皇陛下や政府の人間などが避難を開始するでしょう。」
「備蓄は?」
「必要な物資や装備などは日頃から防衛総省が維持してますが、更なる物資を運び入れる必要はあるでしょうね。」
想定では2万5000人が2年半外部からの支援無しに生存出来る施設なのだ。
それなりの倉庫はあるだろうが、常にそれだけの莫大な物資を入れるとは考えられない。
その物資を運び入れる事を考慮しての鉄道トンネルなのだろうが・・・
「松本空港地下に航空基地が有り此処と接続されてるのでそちらを使うルートも有りますが・・・」
「松本空港か、地方の空港にしては設備が整っているとは思っていたが、そういう事か。」
「地方空港で利用者も対して居ないのに2800mの滑走路に誘導路、軍の航空基地があるとしてもおかしなレベルの設備よね。」
直ぐ近くに位置する信州松本空港は史実では2000m程度の滑走路に誘導路無しという典型的な地方の赤字空港だが、この世界の信州松本空港は違う。
3000m弱の滑走路に誘導路まで接続しており、敷地もかなり広い、陸軍の航空隊も併用しているが、恐らく陸軍の基地の地下にこの施設と接続されている航空基地があるのだろう。
これは4000億円程度では収まらないなと更に認識を改めた専門家達であった。
ただ、願わくばこの施設が使用されない事を・・・
西暦2019年10月28日、アメリカ合衆国コロラド州 シャイアンマウンテン空軍基地
西側諸国三大核シェルターの一角、日本の松本広域防災基地で核戦争に向けた準備が進められている中、当事国のアメリカのシャイアンマウンテン基地でも物資の集積などの準備が行われていた。
イギリスのバーリントン秘密地下施設、日本の松本地下臨時政府施設群などの他の核シェルターとは違いアメリカのシャイアンマウンテンは北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)の地下司令部が存在する為に常時使用され続けたので他の二施設とは違い再稼働させるのに必要な時間は短期間で済む。
「第4から第9倉庫への物資収納が完了しました!」
「第1から第3格納庫は!?」
現在近隣の基地から移動中です。」
シャイアンマウンテン基地の北側入り口付近でそう話し合っているのは基地を管轄する空軍の担当者と物資を運び入れた陸軍の担当者達である。
地下に穴を掘って造った松本とは違いシャイアンマウンテンは山に向かって横穴を掘った基地である。
よって基地に入る為のトンネルも数多く存在し、入り口によっては戦闘機も格納出来る程広い。
ちなみに最大2.5万人の収容が可能な松本に対してシャイアンマウンテンは0.5万人程度しか収容出来ない。
これは基地の多くが弾薬庫や倉庫として利用していたので生活に必要な施設などが殆ど無いからである。
「M1A2及びストライカーの地上部隊車輌の搬入が完了しました。」
「AH-64E及びUH-60などの航空部隊の格納が完了しました。」
何故、人より兵器を核シェルターに運び入れるのだ?と思う人が居るかもしれないが、兵器というのは頑丈なので放射能に汚染された場所でも稼働出来るのだ。
同じ理由から日本も『10式』や『UH-2』などの兵器を格納場所に運び入れている。
「シンガポールでの会談で全てが決まるな。」
自分が入れる事は無いのは分かりつつ政府要人の為の準備を進める陸軍兵士の1人は自分や家族の生命の分岐点とも言えるシンガポールでの米ソ会談に期待するしか無かった。




