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5.


西暦2019年10月8日、日本国 関西州伊丹市 日本国陸軍伊丹駐屯地


 伊丹駐屯地は史実現代にもある兵庫県伊丹市に位置する陸上自衛隊の駐屯地である。

 ただ、この世界の伊丹駐屯地は史実と少し違う。

 史実ではこの伊丹市内に伊丹駐屯地、千僧駐屯地、川西駐屯地などの駐屯地が同じ地域に別々に点在していたが、この世界では伊丹駐屯地として1つに纏められていた。

 それにより川を挟んで近くにある伊丹空港の約半分というかなり広い敷地を誇るのが伊丹駐屯地である。


 そんな伊丹駐屯地の正面ゲートから駐屯地内に入る車列があった。

 正面ゲート付近には市民達が集まっており、車列を歓迎していた。


 米ソの核戦争の危機により岐阜空軍基地のPAC-3迎撃ミサイルを配備する第4高射群第15高射隊が伊丹駐屯地に臨時展開される事が決まったのである。

 これとは別に経ヶ岬基地にはTHAADが配備されているが、大阪という日本有数の都市を有する関西州は敵の核ミサイルに狙われる可能性は高い。


 そもそもの話、日本の弾道ミサイル迎撃能力はそれなりに高い。

 元々ソ連の弾道ミサイル攻撃に備える為に整備されており、現在では弾道ミサイル迎撃能力を持つイージス艦10隻とTHAAD迎撃システムが日本全国に10基、PAC-3迎撃システムが8個高射群32個高射隊配備されている。

 特に射程200kmを有するTHAADは余程の僻地や島嶼部で無い限り防衛範囲内に入っており、史実現代より遥かに迎撃能力は高い。


 第15高射隊が市民に歓迎されながら伊丹駐屯地内に入って30分後、無事に全基が展開を終え即時迎撃態勢を整えた事が防衛大臣に報告された。






 西暦2019年10月21日、日本海 日本国海軍第4艦隊所属 イージス駆逐艦【羽黒】


 世界的に見ても荒れる海として有名な日本海だが、そんな海でも防衛大臣から出航命令が出た佐世保基地と舞鶴基地のイージス艦3隻は日本海に展開していた。

 いつも訓練などで一緒に展開するアメリカ海軍のイージス艦は自国基地がある黄海やハワイ周辺海域に集中展開しており日本周辺には1隻も居ない。


 日本国海軍の【愛宕型】イージス駆逐艦4番艦【羽黒】は同第4艦隊所属のイージス駆逐艦【鳥海】と第3艦隊所属の【摩耶】、そしてそのイージス駆逐艦を護衛する多数の汎用駆逐艦を引き連れて能登半島沖に展開していた。


 そんな【羽黒】艦橋の椅子に座りながら少し小雨が降る海を眺めているのは【羽黒】艦長の芹沢一等海佐である。

 既に3週間以上、いつ来るか分からない弾道ミサイルに備えて展開しており、乗員の神経はガリガリと削れていた。


「副長・・・ソ連は撃ってくると思うか?」


 今まで無口だった艦長から突如質問された副長は少しドキッとしながらも冷静に答えた。


「どうでしょう?第三次大戦でソ連は我々に対し大損害を被って北樺太を取られてますからね。アメリカのついで程度に考えていても不思議ではありませんね。」


 日本政府もアメリカはともかくソ連が日本に撃ってくるのは確定事項として見ており、問題はそのついでがどれ程の数かという事である。


「数発撃って牽制か、大量に撃って焦土にするか・・・」


 ソ連も日本が弾道ミサイル迎撃能力の整備に力を入れている事はよく知っており数発程度なら迎撃される事も想定している筈である。

 その為、ソ連が日本に撃ってくる数によって日本に対するソ連の見方が良くわかるのだ。


「今度シンガポールで会談するんだろ?上手く纏まれば良いが・・・」


 流石にこの状態をアメリカやソ連はともかく他の国々が黙って見ている訳も無く、シンガポールで米ソ両国代表による会談が12月10日に行われる事になっていたが、現状はまだ米ソの大統領が核を撃つと言っているだけで有り、即開戦なんて事は無い。

 ただ、自国の潜水艦が沈められたアメリカも自国の艦艇が沈められたソ連も相手に一歩も引く事ができる筈も無く、時間が経てば開戦する可能性は十分に考えられた。


 NATOやRPTOの総会では核戦争に巻き込まれるのを防ぐ為にアメリカを脱退させる提案もされており、アメリカと関係悪化する国もチラホラ見え始めた。

 しかしRPTOはともかくNATOに関してはその加盟国の大多数がアメリカとニュークリアシェアリングと呼ばれる核の共同管理を行なっており、そういう国はソ連の核ミサイルの標準が向けられていた。

 RPTO加盟国でアメリカとのニュークリアシェアリングを結んでいるのは中華民国だけで有り、日本を含めてニュークリアシェアリングは結んでいない。


 そしてこのシンガポールでの会談で米ソ両国が矛を収める事は殆ど無いと各国政府は考えていた。

 現代国家においても面子とは非常に大事な物であり、一方が譲歩するなど有り得なかった。


「最悪の場合は・・・」


 そう言って艦長は兵装システムが集まっている中でもカバーに被せられた赤色のスイッチの方へと視線を落とした。

 この艦艇に配備されているSM-3迎撃ミサイルの発射スイッチである。


 このSM-3は弾道ミサイル迎撃の為だけに日米で開発された対空ミサイルであり、その為1発辺りのコストも非常に高くなっている。

 最も防衛総省や政府などは核が落ちる事による被害と天秤にかけるまでも無いという立場なのだが、政党によっては無駄金と言われる物だ。

 【羽黒】にはVLSが約96セル装備されているが、その中でSM-3が入っているのはたった8セルのみである。


「コイツで無理なら後はTHAADに任せるしか無いな・・・」


 副長はそう言いながらシステムのリンクを表しているマップで青点に視線を移した。

 青点は9個有り、点の横にはTHAADと記載されていた。


 彼等の任務はまだまだ続く。






 西暦2019年10月27日、日本国 北陸州松本市 松本広域防災基地 第4トンネル入り口付近


 もしもあの時大日本帝国がポツダム宣言を受諾しなければ政府は東京からこの松本市に遷都され戦争が続けられただろう。


 そんな松本が再び脚光を浴びたのは東西冷戦が激化する1970年代だった。

 当時、第三次世界大戦による核戦争が現実のものとなり掛けた際に日本政府の避難先が決められる事となった。

 そこで候補に上がったのが松本だった。

 当時は核戦争の危機から世界各地で核シェルターが建設されていた時代、もちろん日本も例外では無く、政府の公的インフラ投資が日本各地で行われ松本の地下臨時政府もその一環だった。

 結果的に使用される事は無かったが、地下臨時政府の建設に政府が使用したのは約4600億円、当時は経済成長時だったとはいえ可笑しくなるような額である。

 ちなみに当時の諫早湾干拓事業費が約2500億円なのでどれだけの額か想像が付くだろう。

 しかし4600億円をかけただけあってその臨時政府は相当なシロモノだった。


 政府職員や軍人、皇族などを最大2.5万人収容可能で外部からの支援無しに2年半は過ごせる。

 更に核シェルターとしての性能は約30Mt級の核が半径500m以内で爆発しても耐え切るだけの性能を有しており、地下臨時政府内の水力発電設備が破壊されない限り半永久的に電力が供給されるという物だった。


 しかしそのような箱物も1977年に第三次世界大戦が終結し、核戦争の危機から脱すると一気に不要論が高まった。

 何せ維持費だけで年間80億円も垂れ流す施設なので建設を推し進めた当時の政権は選挙で敗北、次の政権は松本地下臨時政府の閉鎖を決定した。

 しかし異論が政府内から噴出した。

 結果的には防衛総省が維持・管理を行い平時は一部を弾薬庫として使用する事になった。


 そんな松本地下臨時政府は1995年の阪神淡路大震災や2011年の東日本大震災により2013年に当時の政府が松本広域防災基地と名前を変えて現在に至る。


 そんな松本地下臨時政府改め、松本広域防災基地の入り口は松本市郊外の山中にあった。

 正確には松本広域防災基地に入る為の地下トンネルなのだが、当時6本あったトンネルは維持費が高すぎると3本が閉鎖され、1本は陸軍松本駐屯地に通じているが維持管理用の小さなトンネルなので除外され、1本はJRの中央本線から分離しているので通常入り口で現在、選択肢は1本だけである。

 その通常入り口には多数の陸軍のトラックや政府の車両、そして中部電力の車輌が集まっており、目の前に見える堅固な鉛製の扉の開閉準備を進めていた。


「なんで施設の扉を開けるのに30分もかかるんだよ!?」


 トンネル入り口に併設されている管理棟の前でそう怒鳴ったのは宮内省の一職員である。

 今回は来るべき政府避難の為に電力設備の復旧作業を行う為に集まったのであって、決して未踏のダンジョンに挑みに来たのでは無い。


 ちなみに扉の開閉に30分もかかるのはいくつか錆び付いている機器があったのでその交換にかなりの時間を要したからである。

 ちなみに扉の実質的な開閉時間は約5分である。


 そしてそうぶちぶち文句を垂れ流している間に作業が終了したらしく、堅固な鉛製の扉はヴィーーンというモーターの重苦しい作動音と共に少しずつ開いていった。


「この扉・・・どれだけ分厚いんだよ・・・」


 少しづつ開いて行く扉を見て中部電力の作業員の1人が思わずそう漏らした。

 ちなみに扉の作動は電気式だが、閉鎖後のロックは油圧式なので油圧専門の作業員も今回来ている。


 ちなみに扉は非常に大きい観音開きで完全に開いた状態だと陸軍の主力戦車が3輌並んで入れるだけの大きさがある。

 アメリカのジャイアンマウンテン基地も同じようなものなので常時使用するアメリカの方が大変だろう。


 そしてたっぷり5分経った頃、分厚い鉛製の扉は完全に開き切り、明かりの無い真っ暗なトンネルの奥からは風の吹く音が聞こえ、まるでホラー映画を見ているような気分になる。


「・・・では、行きますか。」


 そう言って陸軍の装輪装甲車が灯りをつけトンネルの中へと入って行く、その後には政府の車両や中部電力の作業車などが続いて入って行く。

 ちなみに電力システムの中核は最奥にあるが、車が通れるだけの道路が敷設されているのでそこまで時間は掛からない筈である。


 こうしてまるでダンジョンに入るかのような気分で電力復旧部隊40人は地中へと消えて行ったのである。





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