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西暦2019年9月5日、日本国樺太州間宮市 日本国陸軍間宮駐屯地
史実ではポギピと呼ばれる人口1000人にも満たない小さな町は電気・ガス・水道の必要最低限のライフラインどころか未舗装の道路しか無いと言うインフラのイの字も無い町だが、この世界では違っていた。
間宮市は対岸のソ連が見える間宮海峡に隣接する町であり江戸時代に間宮海峡と名付けた間宮林蔵から取られた樺太州の市である。
日本とソ連は国家的には過去に何度も戦争をしている程の険悪さだが、国民レベルで見ると違い、両国民の交流は深い。
特に第3次世界大戦中のオホーツク戦争でウラジオストクなどのソ連極東州から多数の移民や難民が樺太や北海道に移り住んだ事から両国民の交流は更に深まっていた。
安全保障上や政治体制などは対立している両国だが、日本にとってシベリアは資源の宝庫であり、ソ連にとって日本は大事な貿易上のお得意様だった。
理由はもちろんシベリアに大量に埋蔵されている石油や天然ガスなどの資源である。
既に間宮海峡には両国間を結ぶ海底パイプラインと鉄道の海底トンネルが通っており、間宮市はその出入り口でもあった。
その為、間宮市には日本の大手資源開発会社やソ連相手の工場などが立ち並んでおり、寒帯に位置しながらも人口は20万人を数える樺太州2番目の都市であった。
しかし安全保障上は敵国であるソ連に最も近い場所でもある為、樺太を守護する日本国陸軍北部方面隊第18旅団隷下の第185普通科連隊が間宮市郊外に位置する高台にある間宮駐屯地に配備されていた。
他にも空軍のレーダーサイトが設置されており、地方の港サイズの港の端には海軍のミサイル艇が配備されていた。
ちなみに連隊の名前などが他国の軍隊のような歩兵連隊では無いのは大日本帝国軍との決別からである。
そんな間宮駐屯地の食堂にある60インチのテレビの前には休憩中の兵士達が集まっており、皆が画面を食い入るように見ていた。
そんな食堂に1人の男性が入ってくるとそれに気付いた別の男性が声をかけた。
「おいっ、ササハラ!テレビ見てみろよ!大変な事になってるぞ!」
「何だミハイル?」
金髪青目のTheイケメンから声を掛けられた黒髪黒目のThe日本人は彼の焦りようから少し驚いたように彼の名前を呟いた。
アンドレイ・ミハイル、日本国陸軍第18旅団第185連隊所属の二等陸曹で有り声を掛けられた篠原洋介二等陸曹と同じ小隊に所属する同僚である。
ミハイルは明らかに日本人では無いが、国籍上は日本人であり住民票も日本に有る。
第3次世界大戦以降、シベリアから日本に渡ってきた難民・移民はかなりの人数が居た。
流石に本州では珍しいのだが、ロシア人が多く移り住んだ樺太や千島列島、北海道などの北方地域では特に珍しく無い。
ちなみに何処かの世界線の日本のように特定在日ロシア人などと言う面倒な事はして無いので普通に日本国籍の日本人である。
そんな事はさて置き、ミハイルに呼ばれた洋介が他の休憩中の隊員達が集まっているテレビの前まで行くとそこではニュースキャスターが緊張した顔付きで事態を伝えていた。
『たった今テレビを付けた人にも伝わるように繰り返しお伝えします!本日午前3時頃、ソ連領海内を侵犯したアメリカ海軍原子力潜水艦をソ連軍哨戒機が撃沈しました。繰り返します。ソ連領海内を侵犯したアメリカ海軍原子力潜水艦をソ連軍が撃沈しました!』
『アメリカ政府は潜水艦撃沈に対する報復措置としてソ連海軍軍艦を撃沈したと、アメリカのジョーカー大統領がSNSで発信しました。それを受けソ連のクズネツォフ大統領はアメリカに対し核攻撃を行うと勧告、ジョーカー大統領もこれに応える形で核攻撃を行う事をソ連に勧告しており、日本政府は両国内に駐在している邦人に対し即時帰国する様に呼び掛けており、他の諸国家も自国民に対し両国から避難するよう呼びかけておりアメリカソビエト両国間の対立が過去に類を見ない程、極限にまで高まっています!』
もはや言葉も出なかった。
第三次世界大戦では両国間の圧力によりどの国も核爆弾を使えなかった。
ソ連を実質的に降伏寸前まで追い込んだ西側諸国もソ連が核を保有している為、あまり強い要求は出せなかった。
洋介はふとポケットに入ってるスマホを取り出し大手ニュースサイトを閲覧する。
するとそこにはトップから画面の下までソ連とアメリカの対立に関するニュース一色であり、時たまに各国首脳のアメリカとソ連がお互いに矛を収めるべきとの発表もあった。
国内に関しては主に空軍の迎撃部隊や海軍の迎撃艦艇に即時展開命令が防衛総省よりあったらしくイージス艦などの艦艇が横須賀などの港から出航して行く様子が動画も添えて載せられていた。
「マジかよ・・・」
誰かがふと、ポツリと呟いた。
しかし十数人居る筈の食堂には静寂が支配しており、発せられた言葉もその言葉だけで有る。
ただ今は無機質にテレビからの音声が垂れ流されているだけだ。
西暦2019年9月5日、日本国首都東京 総理官邸地下1階 危機管理センター会議室
総理官邸は歴代の日本の総理大臣が執務を行う建物であり、非常時の際は各大臣達との会議の場ともなっていた。
そんな総理官邸は現在3代目であり初代はともかく2代目の官邸は冷戦中に改築工事が行われ地下に掘り進め核シェルターを建設し、ソ連の核攻撃に備えていた。
だが、冷戦の終結より核攻撃は非現実的として3代目の現在の官邸には核シェルターは無いと言うのが政府の説明である。
ただ、2代目官邸の核シェルターは残っており地下1階に位置する危機管理センターからはいつでも行ける。
ちなみに総理官邸の1階と地下1階の間には2m程の分厚いコンクリートが間に入っており、バンカーバスターなどの攻撃には耐えられるようになっている。
そんな堅固な要塞とも言うべき危機管理センターの会議室で椅子に座る総理を含めた各大臣の顔色は暗い。
当たり前だろう、いきなり核戦争で現代文明滅亡の危機である。
これで明るい顔をしている人が居ればそれは絶望に染まりすぎてイッてしまった人か、人生がどうでも良くなった人である。
しかし、そんな人はこの神聖な場には必要無いので出席者達の顔は全員曇り空である。
「・・・では時間になりましたのでこれよりNSCを始めます。まず初めに皆さんもご存知の通り現在ソ連とアメリカが核戦争を前提に準備を行なっています。それについて我が国が取れる対応策を協議したいと思います。」
先程からポツポツと腕時計を見ながら時間を確認して、ようやく話を始めたのは内閣の書記こと吉崎健二官房長官である。
「まず初めによろしいでしょうか?」
そう発言の許可を求めたのは神内彩外務大臣である。
日本初の女性外務大臣であり、32歳という若さからもかなり期待されている外務大臣だ。
ちなみに白銀色の髪に蒼色の瞳と元々ソ連から逃れてきた移民の日系2世であるロシア系日本人である。
ちなみに名前に関しては日本政府は特に規定していないのでロシア人としての名前を使う人も居れば改名する人も居るのだが、彼女の家は後者だった。
彼女の問いに総理は頷いて了承した。
「はい、では・・・先程ソビエト外務省より各国に通達が有り、アメリカ軍が展開している国・地域は核の目標地点であるとの事です。これは明らかなアメリカサイドに対するソ連の牽制です。」
「成る程、ありがとう。防衛大臣、国内にアメリカ軍は?」
突如長谷川守内閣総理大臣に話を振られた長瀬桐人防衛大臣は慌ててタブレットで何かを確認する。
「いえ、現在は訓練も含めて国内にアメリカ軍は居ません。更に横須賀で定期整備中だったアメリカ海軍空母も1週間ほど前にドックから出ており、現在インド洋です。」
史実日本ならば有り得ない事だが、この世界の日本は国家安全保障法により国内に他国軍が駐留していないのだ。
一応、訓練などでアメリカ軍が居る可能性はあったが、幸いにもそういった訓練は無かったようだ。
「取り敢えず我が国の順位は下がったかな?」
防衛大臣の答えに少し満足して総理はそう呟いた。
この発言の順位はソビエトから見た自国の脅威になりそうな優先攻撃目標としての順位である。
もちろん1位はアメリカである。
「防衛大臣、迎撃部隊の展開はどうなっている?」
「あっはい。空軍のTHAADは展開位置変わらずに常時迎撃態勢です。PAC-3部隊に関しては全国の都市圏付近に展開し、最終迎撃に備えます。海軍に関してはですが現在12隻のイージス艦のうち3隻がドックに入っており稼働可能なのは9隻になります。うち2隻をオホーツク海、3隻を日本海、4隻を太平洋に展開し迎撃に備えます。」
防衛大臣がそう言った所で義仲努国土交通大臣が疑問を持った?
「4隻を太平洋に?日本海とオホーツク海に集中させた方が良いのでは?」
「アメリカが我が国に撃たないと言う保障は有りませんので・・・」
「・・・成る程。」
普通ならば同盟国のアメリカが日本に核を撃つなど有り得ない事だが、デフコンレベル5のアメリカは何してもOKと考えている節が有り、アメリカが滅ぶならばと道連れで数発撃ってきてもおかしくは無かった。
「他には?」
「ソ連政府は両国民の帰国を妨げたないとして間宮海底トンネルの封鎖に関しては否定しました。またパイプラインに関しても同じ返答でした。ただソ連からの邦人の帰国に関しては民間機のみを許可するとの事です。」
「領空通過もか?」
「はい。」
日本からヨーロッパへ行くならばソ連の領空を突っ切って行くのが1番手取り早いのだがわざわざソ連の逆鱗に触れるくらいなら大人しく民間の旅客機をチャーターして飛ばす方がマシである。
そもそも民間機ならば領空内を飛ばしても良いと言っている辺り日本に対してそこまで敵対視してないのかと思うが外交で油断は禁物である。
「・・・分かった。取り敢えず現在は迎撃態勢の構築と有事の際の資源や食糧の備蓄、海外からの希望邦人の退避に全力を尽くしてくれ。例えこの文明が滅ぼうとも我々は責務を全うするのみだ。」
「「はいっ!」」




