第109話 夏と地下足袋と割れたメガネの欠片
止むことはないと思われた梅雨の長雨はなんということもなく例年の如く勝手に晴れ上がり、どこに隠れていたのやらあちらこちらの茂みからひょっこり顔を出した蝉の群れがミ゛ン゛ミ゛ン゛ジジジと大声でがなり立てる夏が訪れた。
日々成長を魅せる子らが放つ伸び伸びオーラを吸収しているかのようにグングンと伸びた庭先の雑草は思いの外……珍妙な造形をしていた。
「とはいえ、流石にこの炎天下で草むしりは心が折れそうになりますけどね」
昭和後期頃の、それも田舎で、かつ、野良仕事をしているお婆ちゃんを髣髴とさせる藍染めモンペ姿の佐藤はギラギラとした太陽を仰ぎながら苦笑いを浮かべていた。
「まったく佐藤先生の言うとおりですよ。子どもたちはともかく、いつも平然と居座ってる部外者の那古さんと佐多さんに至っては「その日は用事が」なんて、あれ絶対草むしりしたくないだけですからね! 次来たときに文句いってやるんだから」
ムンムンとした熱気がそうさせてしまうのであろう、普段は気にもならないちょっとした苛立ちに無意識のうちに波留の語気は強くなっていた。そんな波留に対して佐藤は「まあまあ、そもそも部外者ですから」なんてフォローを入れつつムシムシ毟る。巨大なゼンマイのような雑草を。
冬から春にかけての季節の移り変わりというものは陽気が良くなるだけに『陽気』な人が現れるのに一役買っている。それはひとえに陽射しという存在が影響しているのであろう。ともすれば、今の季節は夏。春よりも強い陽射しが降り注ぐ夏である。
「お疲れ様ですー波留先生に佐藤先生。あちらの草むしりが終わりましたので加勢に参上いたしましたー!!」
快活男子こと山田である。必要以上の大声に二人は内心『うるさい』とも思うが、そこは大人なので口にすることはない。元来、アウトドア族である彼は、太陽が高く昇ればそれだけ活力が沸き上がる系の肉体派である。空回り系男子である。独りよがり勢である。
あまりの熱気に体内の熱が大変なことになっている『小太り』な平林が早々にダウンしてしまったにも関わらず、大人二人分の草という草をメリメリと、時にゴリゴリと、あるいはヌチャリヌチャリと抜き去った上で、有り余る元気をお届けに参ったのであった。
「流石ですね、やま……」
「ん? 佐藤先生どうさ……」
波留と佐藤は見てしまった。
そして固まった。
佐藤に至っては余りの衝撃に眼鏡が割れた。
日々の肉体労働により引き絞られた筋骨隆々な肉体。
ヌラりとテカる汗。
爽やかを通り越して若干不快さを覚えてしまう白い歯に灼けた肌。
そう、何故か上半身裸。
真白い地下足袋。
真白い軍手。
真白いブーメランパンツ(競技用)。
波留が顔を背けたのは決して気恥ずかしさからの行動ではない。彼女の本能である。
本能が視界に入れることを拒んだのである。
心臓がバクバクと脈を打ったのは異性に対する胸の高鳴りではなく、この世のモノではない異形のものと出くわした際の『恐怖』のようなものである。
「な、ななななななな……そ、そそそそんな格好、は、恥ずかしくないんですかっ!!(人として)」
大変な変態を見てしまった。そんな衝撃に思わず声を震わせながら波留は問いただす。よくもそんな格好で外に出られるものだと。常識的に考えてそんなのはありえないであろうと。セクハラなんてそんなヤワなモンじゃあない。将来的に振り返ってみて笑い話としてネタにできるレベルを遥かに凌駕してしまっているじゃあないか。とさえ思えた。
カンカン照りの太陽を全身で受け止め、そこから∞(無限)エネルギーでも吸い取っているかのように両手を広げ、自身の肌がチリチリと灼ける音を心地の良いヒーリングミュージックでも聞いているかのようにウットリと耳を傾けながら、恍惚の表情で山田は答えるのであった。
「パンツじゃ……ないから……恥ずかしく……ないっす」
「……」
「……」
「……パンツじゃ……ないから」
「ヴォエ!!」
「大丈夫ですか佐藤先生!」
「……」
佐藤の吐瀉物にはそれはそれは綺麗な虹がかかりました。
後書き
一方その頃、
遠藤「ゴホッゴホッ……波留先生、面目ない……今日に限って夏風邪がゴホゴホ……ウウェ……、はい、はい、本当にごめんなさいゴホッ……はい、失礼しまゴホッ」
ピッ
遠藤「本当にごめんなさい波留先生、佐藤先生……仕方がないんです。今年の夏アニメが豊作だから土日に視てしまわないと間に合わないんです。でも、何かあれば、私がいないとどうにもならない事態になるようであれば、その時は駆けつけますので!!」
スマホの電源切り―。
スマホぽいー。
エアコンぶわー。
カーテンしめー。
電気消しー。
テレビつけー。
缶ビールかしゅー。
グビグビー。




