三つ子の魂
―――二年後の、一月。
本来なら早生まれの者は成人してから成人式を行うところ、同じ中学出身者で纏めて執り行うと通知が来たため、二月生まれの小羽も成人を迎えるより先に成人式に出席することとなった。
とはいえ小羽にとって、中学校は痛みの記憶の根源。良い思い出は殆どなく、勉強だけを淡々とこなす日々を送っただけの場所だ。雅臣は無理に行かなくて良いと言ってくれたが、小羽は過去にけじめをつけたいからと出席を願い出た。
雅臣とレンタルの着物を見に行き、美容室も予約して、前撮りも済ませて、当日を迎える。
「あっという間だったね。あんなに小さかった小羽も成人か……」
「うん。あと一ヶ月だよ、お父さん」
白糸のような髪を纏め、左頭頂部に大きなリボンと花飾りをつけて緩く編んだ髪を左肩に流した髪型に、緋色に白い花柄の振り袖をあわせて。普段はつけないマニキュアを紗夜につけてもらい、今日だけ指先が薄紅色に染まっている上、小さなラインストーンが輝いている。
「そろそろ時間だから、向かおうか。帰りは彼に任せてしまっていいんだったね?」
雅臣に頷くと、小羽は左手にこっそりつけたブレスレットに目を落とした。
梅の花を模した、赤い宝石を使って作られたブレスレットは、小羽の成人式に合わせて景雪から贈られたものだ。雪華シリーズを作ったデザイナーに、宝石店経由でオーダーメイドの依頼をして作られたということは、小羽は知らされていない。ただ、雪華の作者のものだとだけ聞いている。
車に乗り込み、帯を潰してしまわないよう少し背を浮かせた格好でシートベルトをつける。普段意識しない部位の筋肉を使う姿勢は、慣れないせいもあって不自然に緊張してしまう。
「終わったら、公園をお散歩してから帰るね」
「わかった。久しぶりに会うのだし、ゆっくりしておいで」
「ありがとう、お父さん」
会場の駐車場前では、警備員が誘導をしている姿が見られた。間もなく開会の時間だからか車も多く、人の出入りが激しい。
毎年成人式は公園近くの町民体育館を会場として使用し、其処に町中の新成人が集められる。
成人式は三部構成で行われ、地区ごとに出席の部が決まるのだが、小羽の中学は第一部で、午前十時に開会して昼前に終わる。出身中学ごとに列が作られ、小羽も所定の場所に腰を下ろした。
「……ねえ、アイツ……」
「うわ、ほんとだ……ていうか来たんだ……」
小羽の存在に気付いた元クラスメイトが、潜めた声で囁き合う。以前なら胸を痛めていた声も、いまは不思議なくらい気にならない。
「てか希美、大手に就職決まったんだって?」
「まあね。社長がイケメンだから、ワンチャンあるかなって」
「ないない。てゆーかそんな理由で就職先決めるとか」
「モチベは大事っしょ」
久しぶりに会う人もいるらしく、辺りでは近況を語り合う声もする。
式典が始まるとさすがに声も止み、厳かに粛々と進行していく。町長からのお祝いメッセージに始まり、来賓の挨拶、出身中学の教師を紹介し、お祝いの言葉が述べられる。欠席した教師からの祝電なども読み上げられ、最後に新成人代表による成人の誓いが読み上げられた。
要約すると、これから社会の一員としての自覚を持ち、益々精進していくといった内容だった。
(わたしも、これからはいままで以上に景雪さんを支えられるようにならなきゃ……)
これまでは周りに助けられることばかりだった。紗夜も、景雪も、それから雅臣も、小羽の力になれることがうれしいのだと言ってくれていた。その言葉は、確かに本心なのだと思う。けれど、彼らが小羽を想ってくれているのと同じくらい、小羽も彼らの力になりたかった。成人と未成年の壁は、未成年側が思う以上に厚く高い。それがもうすぐ、いまより少しだけ低くなるのだ。
「それでは新成人の皆さま、記念撮影を行いますので移動をお願い致します」
案内に従って外に出れば、体育館の表に年度が書かれた成人式の看板と踏み台が置かれていた。
卒業アルバム以来の集合写真撮影だが、教師はあれからもそれぞれの場所で教鞭を振るっていたらしく、慣れた様子で誘導して元クラスメイトたちを並べていく。
「はい、それでは撮りまーす。カメラを見てください」
合図と共にシャッターが切られ、撮影者の「OKです」の声と共に肩の力が抜けた。出身校別に撮影された写真は、後日招待状を送った際の住所を参考に送られてくるらしい。
このあとは自由解散となるため、早くも駐車場へ向かう者や、歓談のために用意された立食式の会場へ向かう者、写真撮影の場から少し外れて外で会話を始める者などに分かれていった。
「もうすぐ来ると思うし、此処で待とう……」
すり合わせた指先に白い息を吐きかけ、小さく呟く。
毎年テレビで『荒れる成人式』と報道されるのを見かけるが、幸い小羽の地域は其処までひどい騒ぎになったことはない。ごく一部に派手な頭をした男性も見られたが、壇上に上がって来賓等の邪魔をするようなことも、爆音を響かせながらバイクで会場に乗り込んでくることもなかった。
無事式典を終えたことに安堵していると、小羽の前に派手な髪型の男女四人が立ち塞がった。
「ねえ、小鳥遊さん、誰か待ってるの?」
仮に騒動があるとすれば、こういった小さな火種だけ。




