心の準備
景雪に連れられて入った店は、外観からして格調高いところだった。
アンティーク調の落ち着いた内装に、微かに流れるクラシック音楽。見える範囲にあるドレスや小物はどれも綺麗で、それらを扱う店員の所作も洗練されている。
ドア脇に控えていた店員が奥へとドアを開けて一礼すると、景雪は慣れた様子で店内へと入り、奥から寄ってきた別の女性店員に「彼女のドレスを」と伝えた。
「畏まりました」
女性店員は小羽に向き直ると、どうぞ此方へと笑顔で店の奥に促した。
こういった場に不慣れな小羽が不安そうに景雪を見上げると、景雪は優しく微笑んで「大丈夫、すぐ傍にいますよ」と言って背中を撫でてくれた。意を決して足を進めると一歩ごとにやわらかな絨毯に足先が沈む。林立する棚に並ぶ小物類をバッグや服の裾で落としてしまわないかと緊張してしまう。
「お色のお好みはございますか?」
「え……えぇと……赤とか、あとは、あまり鮮やかじゃない淡いピンク色が好きです」
「畏まりました。ではドレスの形ですが、例えば此方と此方でしたら、どちらがお好みでしょう」
「そう、ですね……えと、こっちのほうが……」
明らかに不慣れな様子の小羽にも、店員は丁寧に接客して緊張をほぐしていく。何着かドレスを合わせてみて候補が絞られてくると、景雪が傍に寄ってきた。
「小羽さん、どうですか? 気に入ったものはありましたか」
「えぇと……少し、迷っているんです」
そういうと、小羽は店員が掲げているドレスを二つ、景雪に見せた。どちらも裾がふわりとした膝丈のパーティドレスで、袖や襟元の形と色が違う。ノースリーブとレース素材のパフスリーブ、襟元はレースがあしらわれたものとパールが煌めいているもの、色は落ち着いたコーラルピンクと赤で、どちらも小羽の好きな色だ。
「確かに、どちらも小羽さんに良く似合いそうですね。では、両方買いましょうか」
「えっ、そんな……!」
「良いのですよ」
驚いて遠慮しかけた小羽の唇に人差し指を添え、目を細めて囁く。
「今日は此方を着て頂きますが、近くまたデートにお誘いしますから、無駄にはなりません。このドレスに合う靴とバッグ、それからアクセサリも揃えて頂けますか」
小羽の遠慮を封じると、店員に向けてにこやかに注文した。
「畏まりました」
店員はそう頷いてから、ふと顔を上げて店の外へ視線をやり、再び景雪に目を戻して続ける。
「折角ですから、お客様、アクセサリーは佐神屋さんでお求めになっては如何でしょう? 当店は通年でお使い頂けるものを置いているのですが、佐神屋さんは先日、雪華シリーズの新作が入ったそうですので。いまの時季に相応しいかと存じます」
「佐神屋というと、はす向かいのジュエリーショップでしたね。ありがとうございます。このあと伺ってみます」
店員は深く一礼すると小羽に一言声をかけ、靴やバッグが置いてある棚へと案内した。
(紗夜ちゃんだったら、こういうお店でも優雅に振る舞えるんだろうな……)
ドレスに合う靴をいくつか選び出し、試着を重ねて一つを選ぶと、次はバッグを選んだ。いまの小羽はカジュアル寄りの格好で、バッグも地元のスーパーに入っているメゾンのものだ。三千円のわりには丈夫で可愛らしいが、此処で売っているものとは文字通り世界が違う。
靴は甲の部分にリボンがついたもので、ビジューのついたアンクルストラップからは雫のように小さなパールが連なって垂れ下がっている。バッグは、小ぶりのショルダーバッグを選択。正面に大きなリボンがついているが、全体的なデザインが落ち着いていて子供っぽさはない。
試着室を借りて一式試着してみて、鏡に映った自分の姿を眺めてみる。
「……何だか、急に大人になったみたい……」
無人の試着室で零した呟きに、小さく苦笑する。
此処の店に置かれていたドレスはボディラインがくっきり出るものや、胸元や背中が思いっきり開いたもの、スリットが深く入ったものなどが多くあった。小羽が選んだチュールを重ねた甘めのデザインのものは数が少なく、探すのに難儀したのだった。
「小羽さん、どうでしょう?」
外から声をかけられ、小羽は薄くカーテンを開いて顔を覗かせた。
「何とか、着られました……」
「見せて頂けますか?」
「は、はい……」
ドキドキしながらカーテンを大きく開くと、景雪の目が見開かれた。景雪は魅入ったかのように暫し小羽の姿を焼き付けると小羽の手を取り、指先にキスをした。
「良くお似合いですよ」
「っ、あ……ありがとう、ございます……」
問題なく着られること、動きを制限しないことを確かめてから、元の服へと戻る。一瞬の試着でこれほど緊張するのに、今日はこのあと更にアクセサリーも身につけて全身着飾った状態で食事に行くのだ。それを思うだけで心臓が騒いで仕方ない。
期待と緊張を行ったり来たりする胸の内を必死に宥め、小羽は試着室を出た。




