舞踏会へのお誘い
梨々香は苛立っていた。
薄気味悪い男に押しつけてやった忌々しい少女が、思いの外しあわせそうにしていることに。
ストレス発散のため、都内某所の繁華街に友人と訪れたが、少し遊んだ程度では鬱屈した気分は晴れそうになかった。
「ねえ梨々香ぁ、アンタあの劇団潰れたらどうすんの?」
「どうするって、なにがぁ?」
「いやだって、余所でオーディションとか受けてないんでしょ? 他の劇団に移んの?」
「あそこは近所で便利だったから所属してあげてただけだしぃ、梨々香、今度は東京で一人暮らしして東京の劇団に所属するんだぁ」
友人たちは梨々香の視界外で顔を見合わせ、無言のまま意地の悪い笑みを張り付けた。心の底で梨々香の言い様を嘲笑いながら「アンタならどこでもやってけそうだしねー」と、白々しい世辞を舌に乗せる。
「どっかにいい劇団ないかなぁ。梨々香に相応しい、おっきいところがいいんだけどぉ……」
そんな都合良くあるわけないじゃん。そう言う代わりに「ホントホント」と相槌を打つ。そんな空っぽとしか言いようのない友情を垂れ流していると、スーツ姿の男が近寄ってきた。
「すみません、ちょっと宜しいですか?」
無視して通り過ぎようとした梨々香だったが、チラリと一瞥した男がスッキリとした美男だったことで、思わず足を止めた。だがそれだけで、昼間とはいえ繁華街で声をかけてくるスーツの男に着いていくほど場慣れしていないわけでもない梨々香は、警戒心を露わに男を睨む。
「なぁに? 梨々香に用事? でもでもぉ、梨々香可愛いけど水しょーばいはお断りなのぉ」
「とんでもない。先ほど劇団と聞こえたので、もしや所属先をお探しではと思いまして」
友人たちも訝りつつ男の話を聞いている。ただ、彼女らはそれぞれ職場があり、平社員とはいえ任されている仕事もある。あくまで梨々香宛てとして、外から見物する構えで眺めていた。
「そうなのぉ。梨々香がいま所属してる劇団、超びんぼーでぇ、今度潰れちゃうんですぅ」
「それは残念なことです。如何でしょう、お次は我々の劇団に所属してみませんか?」
「劇団? おにーさんどこの人なんですかぁ? 名前もいわないで勧誘とか、梨々香怖ぁい」
梨々香の無礼な物言いにも気を悪くした様子もなく、男は失礼致しましたと言ってから、名刺を取り出して梨々香に差し出した。その名刺には、東京は池袋にあるそれなりに大きな劇団の名前が記されていた。
「劇団一七夜月座ってぇ……ミュージカルとか良くやってる、あの劇団?」
「ええ、誰もが名を知る最大手ではありませんが、最近ではありがたいことに大きな劇場で舞台をやらせて頂くことも多く、規模も年々拡大しております」
「そんな劇団が、なんでスカウトなんかしてんの? ホームページとかで募集すれば、いくらでも人なんか集まりそうじゃん」
横から明日菜が口出しすると、男は苦笑して頷いた。
「ええ。我々も滅多に外ではお声がけしません。特にこういった場では、先ほども仰ったように、別業種と誤解されかねませんし」
場所は繁華街。声かけ禁止エリアではないためすぐに警察が飛んでくることはないが、それでも女性は警戒して歩いている場所だ。
それを承知の上でスカウトしている理由は、近く海外進出も視野に入れ、より一層の規模拡大を目指しているからなのだという。
「もし興味がおありでしたら、名刺の電話番号までご連絡ください」
では、と言い残し、男は去って行った。
手元に残された名刺を眺め、梨々香は口元を笑みの形に歪めた。




