ノイズキャンセル
正面ホールに出差し掛かったところで、前方からなにやら騒がしい声が聞こえてきた。近付いてみれば、梨々香とその友人たちが正面玄関に群がり、ホールの長椅子に腰掛けて小羽を待つ雪男の姿を、遠巻きに眺めていた。
「うわ……マジでキモい」
「いくら金持ちでもあれはないわ……」
「てかさ、金持ち設定もアイツが言っただけじゃん? 名刺なんていくらでも偽造出来るんだし、実際はただの金持ち妄想してるだけのキモオタかもよ」
「プッ、有り得るー」
ホールの更に奥の廊下まで聞こえている彼女らの声が、雪男に聞こえていないはずもない。胸が痛むのを堪えながら、小羽は務めて平静を装い雪男に駆け寄った。
「お待たせしました」
「お疲れさまです、小羽さん。相変わらず、良い演技でしたよ」
「ありがとうございます」
遅れて紗夜も追いつき、小羽の横に立った。玄関口のほうからクスクスと笑う声が聞こえるが、相手にするだけ無意味なので雪男だけを視界に入れて微笑む。
「月見里さんもお疲れさまです」
「ありがとう。特におもてなしも出来ずにごめんなさいね」
「いえ……練習風景を見せて頂けるだけで、私は十分です」
雪男はホールを見渡し、どこか遠くを見るような仕草で呟く。
「それに、このホールも……」
雪男の視線は、ある一点に注がれている。小羽が何の気なしに視線を追うと、白雪姫の絵画へと行き当たった。硝子の棺に横たわる白雪姫の元に、白馬に乗った王子様が現れたシーンだ。
「以前に小羽さんが仰っていましたが……物語の世界を形作る、この劇場が好きなんです」
雪男は小羽に視線を移し、口元に笑みを乗せた。
相手にされなくて飽きたのか、いつの間にか梨々香たちは劇場を去っていた。
「あなたたち、やっぱりお似合いだわ」
優しく微笑み、小羽の頭を撫でると、紗夜は一歩玄関側へと足を進めた。
「私は先に帰るわね。小羽、週末の最終公演、悔いのないようにしましょうね」
「うん。一緒にがんばろうね、紗夜ちゃん」
小羽の真っ直ぐな笑みを受け、紗夜は劇場をあとにした。
「小羽さんのお家は、この裏手でしたね」
「はい。雪男さんのお家は遠いんですか?」
「それほどでもありませんよ。私は普段、車で移動していますから」
「あ……そっか、そうですよね」
紗夜も運転手付きの車での移動が当たり前で、きっと雪男もそういう感じなのだろうと、小羽は紗夜を参考にしつつ納得した。そうでなくとも雪男は大の大人なのだ。自分で運転することだって出来るだろう。
「それじゃあ、また……」
「ええ、また。公演間近ですから、お体に気をつけてください」
「はい、雪男さんも……」
小羽が紡ぎかけた気遣いの言葉は、ふわりと重ねられた雪男の唇に吸い込まれて消えた。




