痛みの記憶
温かな揃いの部屋着姿で、小羽と紗夜はベッドに並んで座っていた。
小羽の肩を抱いて頭を撫で、旋毛にキスをしては、また撫でる。愛おしい気持ちを全身で表わす紗夜の仕草に擽ったくなりながらも、小羽はされるがままにしていた。
「紗夜ちゃん……あんまり撫でたらとけちゃうよ……」
「あら、ごめんなさい。小羽があまりに可愛いから……つい、ね」
そうは言いながら、手は止まらない。優しく白い髪を梳き、甘い口づけは頬にまで至る。
「今日のデートはどうだったの? 楽しめたのかしら」
「うん。雪男さん、凄くいい人でね、わたしが作ったお弁当も美味しいって言ってくれたの」
「そう。良かったわね。他にはどんなことがあったの?」
「楓広場にも行ったの。丁度紅葉が綺麗だったから。今度は紗夜ちゃんと行きたいな」
「ふふ。そうね、あなたが見た景色を、私も見てみたいわ」
小羽は紗夜に促されるまま、雪男との公園デートであったことを話して聞かせた。
ずっと避けてきた場所の、耐えがたい痛みの記憶が薄らぐほどしあわせな時間だったと言うと、紗夜は自分のことのように喜んで小羽の頬に祝福のキスを贈った。
「そうだ。あのね、雪男さんにボールから守ってもらったとき、王子様のことを思い出したの」
「……あのときの、白い花束の人?」
「うん……」
小羽があの公園を避けてきたのには、理由がある。
まだウィッグはともかくコンタクトを買うことが出来ず、素顔で生活せざるを得なかったときのこと。小羽は中学に上がったばかりで、クラスに馴染めずにいた。小学校で小羽を虐めていた子が継続して小羽に執着し、別の小学校から上がってきた生徒も巻き込んで虐めるようになっていた。
学校周辺はどこへ行っても同じ中学の生徒がいて落ち着かないからと、劇場が休みの日は公園で演劇の練習をしていたのだが。ある日それを聞きつけた集団が小羽を取り囲み、小突き回す遊びを始めた。小羽が泣いて赦しを乞うのさえ面白がって、ときには揶揄うように『やめてよぉ』と体をくねくねしてみせたりと、なにをしても逆効果だった。
「最後に触ったヤツがびょーげんきんな!」
「うわあ、やっべ! 触っちまったー!」
「へいパース!」
「いらねー!」
ぎゃははは、と大声で笑いながら、小羽を押しつけられた少年が横に飛び退く。突き飛ばされて勢い余った体がそのまま倒れ、小羽は煉瓦の花壇に頭をぶつけてしまった。
賑やかな笑い声が止み、動揺が走る。青い顔で誰かが「これどうすんだよ……」と呟いたとき、周りの子供たちも我に返って後退った。
「やべぇ……絶対怒られる」
「ね……ねえ、帰ろう!? だれも見てないし、バレないよ!」
「俺知ーらね! 突き飛ばしたのおまえだかんな!」
「人のせいにすんなよ! お前がよけたから当たったんだろ!?」
「ねえ! いいからかえろうよぉ!」
「もう行こうぜ! 勝手にこけたコイツが悪いんじゃん!」
痛みと衝撃で起き上がるどころか目を開けることも出来ず、バタバタと逃げ去っていく足音を、ただ聞いていることしか出来ない。額や頬に熱いものが流れてくるのを感じたが、拭おうにも腕が重い。
「……お、父……さ……」
このまま助けを呼ぶことも出来ずに、ただ緩やかに死ぬのを待つしかないのかと、絶望が小羽の胸を覆い尽くしたときだった。
「……白雪姫」
誰かが近くでそう呟き、温かい腕に抱かれるのを感じた。
そしてそれを最後に、小羽の意識は闇へとけるようにして落ちていった。




