天国から地獄へ
「今日は、本当にありがとうございました」
バスを降り、待ち合わせ場所だった駅前ロータリーまで来ると、小羽は改めて礼を告げた。
「此方こそ。ご一緒出来て良かったです。……宜しければなのですが、明日の練習を見に行っても良いでしょうか」
「はい、ぜひいらしてください」
僅かも迷うことなくうれしそうに答えた小羽に、雪男は穏やかに微笑み「では、伺いますね」と答えた。
秋の空は夕陽が街を染めていても尚高く、遠い。西空を眩しそうに見上げてから、小羽は雪男に向き直り、小さくお辞儀をした。
「それじゃあ、また……」
「ええ。お気をつけて」
雪男に見送られ、小羽はロータリーをあとにする。
改札前を抜けて逆側の出口に出ると、不意に複数人の人影に目の前を塞がれ、足を止めた。
「ねえ、梨々香が言ってたオタサーの姫気取りの勘違いブスってコイツ?」
「そうだよぉ。梨々香からヒロイン奪ってちょーしのってるのぉ。ほら、この服とかぁ」
「うっわ。マジでぶりっこコーデじゃん」
「こんなのリアルにいるとかあり得なーい」
四方を取り囲みながら口々に小羽の悪口を並べていくこの女性三人は、梨々香のパパ活仲間だ。SNSで知り合いすぐに意気投合したというだけあり、性根は誰も梨々香と同じで、ネット上でもパパ活専用アカウントとは別に裏アカを作って、身内以外のパパ活女子や、そういう目的ではないただの自撮り日記アカウントを攻撃している。
「美女と野獣ーとかって晒されてたブス、どこかで見たことあると思ったらコイツだしぃ。てか、全然美女じゃなくなぁい? 梨々香のほうが全然可愛いしぃ」
「コイツさぁ、そうやって引き立て役にするつもりで引き受けたんじゃね?」
「あーね。金しかいいとこないキモ男なんか、他に使い道ねーし」
「てかさっさと金だけ出して消えればいいのに。てかついでにコイツもつれてったらいいじゃん。どうせ帰ったらズリネタにしてんだろーから、さっさとヤッちまえっての」
「ぎゃははっ! サイテー!」
普段は東京に出て遊んでいる彼女たちが何故此処にいるのかという疑問は、わざわざ彼女たちが「このあとの合コンの良いネタが出来たわー」と説明してくれた。だが、そんなことより聞き捨てならない言葉が聞こえ、小羽は泣きそうになるのを堪えて口を開いた。
「……雪男さんのこと、悪く言わないでください」
「はぁ? もしかしてぇ、ホントにあの不細工に惚れちゃったってわけぇ?」
「つーか口答えしてんじゃねーよブス!」
ゲラゲラ楽しげに笑っていた梨々香たちが、今度は嘲笑を張り付けて小羽の肩を突き飛ばした。突然の大声に何事かと通行人が振り返るが、倒れている小羽とそれを囲んでいる女性を見比べて、面倒そうだと思うや見なかったことにして歩き去って行く。
彼女たちが飽きるまでサンドバッグになるしかないのかと、諦めかけたときだった。
「其方にいらっしゃるのは、劇団星湖座の方ではありませんか?」
聞き覚えのある声がして、下品な笑い声がピタリと止んだ。
声の主は、以前劇場を訪れた梨々香の理想のプリンス、朔晦景雪だった。




