九頭龍倫人、初めての経験
その日、日本中に激震が走った。
嬉しいことも悲しいことも、様々なことが日々報道される中で、"そのニュース"の衝撃度及び注目度は議論の余地もなく一番であった。
分類するのであれば間違いなく悲劇であるそれは、日本中の人達を驚かせた。特に、【アポカリプス】のファンにとっては誰もが涙する出来事だったに違いない。
大仰な言い方になったが、決してメンバーが死んだとかそんな悲劇の最高峰の出来事じゃない。しかし、数え切れない程たくさんの人々を心配させ、泣かせてしまったことについてはただひたすら頭を下げたい。
と、悲劇を経験したこの俺──九頭竜倫人は切にそう思う。
まだまだ謝り足りない。昨日の記者会見だけじゃ、ファンの皆や関係者の皆さんに謝り足りないんだ。
「……ったく、歯痒いな……」
とある病院のベッドの上でそう呟き、恨めしそうに動かせなくなった右足を見つめて。
昨日の記者会見のことを、俺は苦虫を噛み潰したような顔で思い返していた。
5月10日、日曜日。
週末を控えようやく休日を迎えられる人達が帰路に着く中、俺は都内某所の有名ホテルの一室にいた。
『うわぁ、凄いですね』
会見場に詰めかけた報道陣の人数に、俺は溜息すら漏らしていた。
新曲の発表の場などでもたくさんの報道の方々を前にすることもあるが、このように記者会見をするのは全くの初めてだ。
ホテルの一室を借りているのだが、所狭しと集まった報道の人数に加え、【アポカリプスの九頭竜倫人が緊急記者会見】ということもあり、何としても大スクープを逃すまいという気迫すらも感じられる。
これぞ野次馬根性……じゃなくてマスコミ根性か。なるほど日本で連日ニュースを見かける訳だ。
『そっかー。倫人って記者会見初めてだっけ?』
『そうですよ。新曲発表の時に皆と一緒にっていうのは何度も経験しましたけど、それ以外でこんなにたくさんの報道陣の前に出るのは初めてです』
『にゃるほどねえ。ま、そんなに気を張らずにリラックスして発表すれば良いよ。ほら、いっつもファンの皆をハァハァさせて絶頂させてるみたいにさ、いよっ! この助平男っ!』
『語弊しかない言い方止めてくれませんか。あとそれを言うなら色男ですよ、支倉さん』
『だっははースマソスマソ! 許してちょんまげ!』
そう言って真剣さなど皆無で謝るスーツ姿の女性に、俺はさっきとは別の溜息を漏らした。
しかし悲しき哉。彼女こそが俺達【アポカリプス】の総合マネージャー、支倉小十子さんだ。今日は記者会見ということもあり、茶色の髪をポニーテールで綺麗にまとめていて、メイクも程々に綺麗な目鼻立ちが映えていて。まさに"デキる女"という雰囲気を醸し出している。
しかし言動から分かる通り、普段は物凄くテキトーな女性だ。女性と言うか女性の皮を被ったただのオッサンなんじゃないかと思えるくらいのギャグセンス、無類の酒好きで仕事中にも飲んだくれることは珍しくなく。髪型だって普段の時は性格を現したかのようにボッサボサ、ノーメイクのドスッピンで色気もクソもないような人だ。
社会人としてやっていけるのが不思議なくらい、テキトーで下品で女性的な要素は壊滅的な支倉さん。
それでも、【アポカリプス】の総合マネージャーなんて大変な役職を任されているのは……
『まぁ、リラックスだよ、倫人』
『っ……』
『顔が強ばってるぞ。何をそんなに気を張ってるんだか。今回、あんたは別に何も悪いことなんかしちゃいない。マスコミ《あいつら》は色々と変なことを言って来るだろうけど、一切気にしなくても良いからな』
『……』
『いざという時は、アタシが盾になって倫人を守るから、無理すんなよ、''日本一のアイドル''だろうが、倫人はまだ子どもなんだ。こういう時は大人をバンバン頼るんだよ?』
先程までのガサツさやテキトーさは消え失せ、優しさに満ちた両手を頬に添えてくれて。おでこ同士をくっつけて、支倉さんはそう言ってくれていた。
……そう。こういう所なんだ。支倉さんが俺達の総合マネージャーを任されるのは。
仕事が出来るだけじゃなく、俺達の心理状態を感じ取ってくれて、激励の言葉をかけてくれる。周りのスタッフさんが遠慮する中で、良い意味で俺達を子ども扱いしてくれる。
『……はい。ありがとうございます』
だから俺達は、この人の前じゃありのままの姿でいられる。それがどれだけ有難いことか。こればかりは不思議と、支倉さんの人柄が為せる偉業だった。
俺は支倉さんに言葉以上の感謝を込めながら答えた。と、しばらくして支倉さんの顔が至近距離にあるという現実を実感して徐々に恥ずかしくなってきた。
『ちょ、ちょっと支倉さん?』
『ん? どったの先生?』
『いやあの、顔が近くないですかね? そろそろ離れてくれないと恥ずかしいんですが……』
『なになに〜? 可愛いとこあるじゃないかお主〜! そういうこと言われると余計に離れんぞえ!』
『だぁああぁーっ! 離れてくださいって! もう記者会見の時間ですよ!!』
『おっと、それもそうか! じゃあ行こうぜ倫人! あ、でもアタシからまず初めに挨拶するから、倫人は呼ばれたら出ておいで!』
『分かってますって……それじゃお先にどうぞ』
『アラホラサッサー! そいじゃまた後でねー! これにて拙者はドロン致す!』
忍者が印を結ぶようなポーズをすると、支倉さんは先に会見場に繋がる入口に向かっていった。
全くもって古すぎるあのセンスやテキトーな性格だけはどうにかならないのだろうか……。今は26歳だけど、あのままじゃ嫁の貰い手がなさそうだな支倉さん……。
おっと、支倉さんの婚活の心配をしている場合じゃない。俺は俺の心配をしないとな。まぁ、支倉さんのおかげでかなり緊張が解れたから、先程よりも頭はクリアだ。
『……今晩、話すんだよな』
センチな気持ちではなく、冷静に俺はそう呟いた。
見つめる先には包帯とギプスで固定された右足がある。本来なら病院で絶対安静だが、無理を言って車椅子での移動を許可して貰い、こうして会見を開くこととなった。
『俺の口から、ちゃんと皆さんに伝えないとな』
支倉さんはさっき、俺の事を守ると言ってくれた。
だけど、子どもは子どもでも……俺は''日本一のアイドル''なんですよ。
自分の責任はしっかりと果たす。そうでなきゃ、''日本一のアイドル''の名折れだ。
『俺は……''日本一のアイドル''、九頭龍倫人だ』
自分に言い聞かせるようにしてそう呟くと程なくして。俺を呼ぶ支倉さんの声が聞こえた。




