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馬鹿野郎がッ!!


「なッ──何ィィィィィィィィィィィィィィィッッッ!!?」


 その場に倒れ込み、動かなくなった2人を目の当たりにした俺は叫んでしまっていた。

 倒れ込む際に受け身すら取らず、糸の切れた人形のように伏した2人。すぐさま俺は駆け寄り、2人に声をかけた。


「エデンっ! エルミカっ! 大丈夫か!?」


 必死の剣幕でそう叫ぶも、すぐに身体は揺すらない。こう言った時、脳に何らかの異常があると身体を揺すると悪化するからだ。


「大丈夫か!? 返事出来るか!? エデンっ、エルミカっ!!」


 俺に出来ることはひたすら2人に声をかけることだったが、あまりにも反応がなさすぎて不穏が心を覆い尽くしていく。ふと、こういう時に何をすべきかを思い出して俺は2人の手首に指を添えた。

 トクン……トクン……正確なリズムが指に伝わってくる。脈はしっかりとあるようだ。それが分かると、次に俺はエデンの口元に耳を近づける。呼吸しているかどうかを確認する為だ。


「……はぁ……はぁ……」


 弱弱しいが、それは間違いなくエデンの呼吸音だった。

 ホッと安心するのも束の間、すぐにエルミカの方にも耳を近づけて確かめる。エルミカもエデンと同じようにか弱い呼吸をしていた。


「2人共、心臓は動いてるし呼吸も出来てる……良かった」


 最悪の事態に陥ってはいないことを知り、少し心の不安は晴れた。

 それでも、心配が消え去った訳じゃない。2人は現に倒れているのだから。

 何かしらあるはずだ。エデンとエルミカが倒れてしまう理由や原因が。一体何なんだ……? 今日会った時は何事もなかった。いつも通りの2人だった。

 俺が清蘭きよらと話……? をして帰って来たら、2人は倒れていた。あの時間に、2人に何かがあったんだ。もしや清蘭側が毒でも盛ったのか……? って、そんな訳ないな。あいつは変な所で正々堂々としてるからな。勝負で戦うことはあっても、勝負外の部分で仕掛けることはない。

 とすれば、一体何が? 暴漢に襲われた形跡もないし、そもそもそんじょそこらの男なんかでは既に太刀打ち出来ないくらいエデンもエルミカも強いし……。


「何が起きたんだよ、クソッ……!」


 歯痒さに悪態をつきながら、俺は2人を保健室に運ぶ決意をする。

 本番までは残り4時間ほど。休ませれば十分間に合うはずだ。俺は心の中で謝りつつ、エルミカをおんぶし、エデンをお姫様抱っこで運ぼうとした……その時。


「……し……しょう……」


「……!」


 か細く、か弱く、消え入りそうな声が聞こえた。

 耳がかろうじて拾い取ったそれは、既におんぶしているエルミカの方からではなく。身体を支えようとして伸ばした手の先にいる人物が発したもので。


「エデン! 意識があるのか!?」


「……は……い……」


 膝をついてエデンの方に顔を近づける。

 弱弱しい呼吸を続けながら何とか言葉を紡いでくれたエデンは、焦点の合わない瞳でこちらを見つめていた。見るだけで今にも意識を失いそうになっているのが分かり、俺は様々なことを聞きたかったが……1つに絞って、口を開く。


「どうして、倒れてしまったんだ?」


 聞き返すことのないよう、ゆっくりと、確実に俺はそう尋ねた。  

 2人の身に何が起こったのか分からない以上、情報源はエデンの言葉だけが頼りだ。1つも聞き漏らさないよう、じっと見つめて俺はエデンの言葉を待った。


「す……みま……せん……わたくしも……エル……ミカ……も……ぐっ……!」


「エデン!?」


「はぁ……はぁ……」


「焦るな、ゆっくりで良い。呼吸を整えて……」


 息も絶え絶えの中で伝えようとしてくれているが、何かに痛がるような反応を見せるとエデンの口は閉じられた。

 エデンにあぁ言って助言しつつも、俺の脳裏にある考えが過る。

 そうならない為に(・・・・・・・・)しっかり対策(・・・・・・)してきたのに(・・・・・・)。そんな行き場のない文句も同時に浮かんで。

 そして、俺の考えは……エデンが必死に紡いでくれた言葉が裏付けしていた。



「……か……過労・・……です……」



 最後にそう言うと、心から申し訳なさそうな、今にも泣き出しそうな顔をしながらエデンは気を失っていた。


「……過労……だと……」


 意識を失ったエデンの方を見つつも、俺の瞳にその端正な眠り顔は映ってはいなかった。

 その時、瞳を埋め尽くしていたのは脳裏に思い起こされる記憶。これまで俺の特訓に必死に喰らいつき、毎日疲労困憊になる2人の姿。そして……その2人が日々の特訓を精魂尽き果てるまで頑張る中で、疲労を明日に持ち越さないようにする為に……それを癒す努力を(・・・・・・・・)していたことを(・・・・・・・)


「っ……まさかっ……!」


 俺は愕然とした。

 本来、俺が2人に指導した特訓はプロの中でもとりわけて過酷で……言うなれば"日本一のアイドル"とされる俺達【アポカリプス】がするような類のものだ。

 それをすれば当然、2人にはあまりにもハードワークで疲労は当然残る。しかし清蘭との対決には毎日激しい特訓をしなければならなかった。その為に疲労を癒す手段として……俺は2人に【HERO】を渡していた。あれさえあれば、マッサージと併用すれば効果は絶大。どれだけ激しいトレーニングをしたとしても、翌日に疲労を持ちこすことはない。

 だが──エデンは「過労」という言葉を俺に伝えた。それはつまり……


「飲んで……いないのか……昨日は……!?」


 衝撃が全身を駆け抜けた。

 【HERO】を俺は昨日まで含めてしっかりと2人でちょうど使い切れる分を手渡していた。シロさんに無茶をお願いしてちょうどの分しか渡せなかったのだが、だとしても何故昨日は飲んでいないんだ……!?

 エデンとエルミカは賢い。本番前にすべきことを分かっているはずだ。100%の実力を出す為には、いつも通りであらなければならない、ということを。

 2人にとってのいつも通りとは、夜寝る前にストレッチを行い、【HERO】を飲んですやすやと眠ることのはず。しかし何故昨日に限ってそれが出来ていないのか──


「っ……!」


 そこで俺は気づいてしまう。

 2人のいつも通りを阻害する"不純物"、それが昨日に関してはあったことに。


 それは──俺自身だ。


 前日の特訓中、2人のリハーサルを見届けた所で俺は倒れてしまった。

 その後、俺は2人の自宅に運んでもらい……雨に濡れた身体を吹いてもらい。暖かい部屋に通して貰い。その上で……


「……【HERO】を……飲ませて貰っていたのか……」


 ザザァッ、と木が揺れる。

 風に揺らされずっと聞こえる木々のざわめきは、まるで俺を責めたてているようだった。

 どうりで朝起きた時に今日まで感じていた疲労がなかった訳だ。昨日は倒れてしまうほどの疲労があったにも関わらず、今日はまるで1日しっかりと休みまくったかのように爽快な目覚めを迎えることが出来た。


「──馬鹿野郎がッ!!」


 【HERO】の効力に感心していた俺の顔は、瞬時にして怒りの形相を浮かべた。

 言いつけを守らず師匠に逆らった弟子達(2人)へ向けた怒り、ではない。

 例え逆らうことになったとしても、気遣ってくれたエデンとエルミカという少女の、健気な優しさに気づけなかった馬鹿な師匠()への怒りだった。

 自身への悪態をついた俺だったが、それに反して身体は素早く動いていた。眠っているエデンの身体を両手でしっかりと抱きかかえ、走り出していた。

 保健室を、ひたすら目指して。

 

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