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冷たい甘さで生きるなら

 季節は冬。

 もう12月だ。

 朝陽さまは合同会社の準備が忙しくて、ほとんど学校に来ていない。

 でも毎日ラインがくるので、あまり寂しくない。

 ラインに添付される写真の背後に、いつも洪さんや、雷さんが映り込むようになった。

 最近じゃ洪さんの筋肉自慢の写真や、雷さんがおさげ髪にしてオモチャにされてる写真もくる。

 三人で焼き肉食べたり、温泉行ったり……正直とても楽しそうだ。

 この三人は本当に仕事をしてるのか……?

 朝陽さまは、このまま中国が楽しくなって戻ってこないかもなあ……なんて思うけど、それもカッコイイな、と少し思ってしまう。

 私も冬コミ用の原稿書きに忙しいし、最近は仕事も少しずつ勉強させて貰っている。

 容器の世界は奥深い……。

 スケジュールアプリをボンヤリみていた私に、華宮さんが近づいて来た。


「今日は行けますの?」

 華宮さんが私に言う。

 今日……今日は原稿をもう少し進めたいんだけどな……。


「今日は行けますの? と聞いています」

「あ、はい」

 私は華宮さんの勢いに押されて、思わず頷いた。

 また今日もいくのか、あの場所に……。

 私は琴実にラインする。

 返事は【またか!】。

 私もそれしか言えない。



「まいります」

 華宮さんは背筋をピンと張った。

 そして右手でボールを持ち、一気にレーンに投げる。

 キキキキと大きくカーブを描いて、球は良い場所に入り、ストライクになった。

「ついに新調しましたの」

 華宮さんは右手を私たちに見せた。

 そこには散々と輝くボウリンググローブ……それに何かメカメカしく金色に光っている。

「老人Z……」

 琴実が言う。

 たとえがおかしいだろ!

 私は琴実のお腹をパシンと叩く。

「本当にハマりましたね……」

 私はアハハ……と、から笑いする。

「素晴らしいストレス解消ですわ。私は趣味でこの道を究めたいと思います」

 華宮さんは宣言した。


 初めてボウリング場に連れてきたのは私だ。

 でもボウリングをしにきたのではなく、ここでしか売ってないネクターの缶ジュースが欲しかったから、寄ったのだ。

 色んな高級な飲み物を頂くようになったけど、私は今も不二屋ネクターの虜だ。

 あれほど美味しい飲み物は、他に無い。

 カーン……カーン……と球がピンをはじくのを、華宮さんがずっと見ていたので

「1ゲームやってみます?」

 と言ってみた。

 私も一時期ハマったし、たまにやるのは良いと思った。

 華宮さんは最初「ルールもわかりませんし」と渋っていたけど、とりあえず投げて倒れれば良いんですよーと強引に始めた。

 その日から、華宮さんはボウリングにハマった。

 今じゃマイボールに、今日からボウリンググローブまで準備して……見かけがお蝶婦人なこともあって、ボウリング場の名物になってきた。

 

 華宮さんは今日も絶好調にクルクルと巻かれた髪の毛を振りまわして、振向いた。

「次は誰ですの?」

「あ、御木元さまでーす」 

 私は言う。

「えっ?!」

 華宮さんが叫ぶ。

 実はこっそりと呼んだ。

 でも華宮さんのあまりのテンションに驚いたのか、隣のレーンの椅子に座って本を読んでいたので、華宮さんは気が付いていなかったようだ。

 こんなうるさい場所でも本を読める御木元さまが怖い……。

 いや、本音を言おう。

 一週間に二度も三度も誘われるのは、そろそろ疲れたので、この仕事を御木元さまにお願いしたい。

 そう言ったら「座っていればいいのか」と、なんとも御木元さまらしい答えが返ってきた。


「さ、御木元さまもやってみましょう」

 私は男性ならこの重さだろうというボールを準備して、渡す。

「投げればいいのか」

 もっと渋るかも思ったら、御木元さまはボールを持ってレーンに立った。

 ボウリング場にいる御木元さまという状況が面白くて、琴実を見ると、口元一文字でプルプルしている。

 だよね、面白すぎるよね。

 御木元さまは、ボールをもって、トコトコと移動。

 そして、ボールを真ん中にポンと置いた。

 ころころころころとボールが力なく移動していく。

 全く力を入れなかったせいで、到達するまでが無駄に長い。

 ゆえに目が離せない。

 3本くらい倒して、御木元さまが戻ってきた。


「残りを狙うのか?」

「あ、はい」 

 

 ひょっとして今の動きで、真ん中狙ってたの?

 御木元さまは、戻ってきたボールをつかんで、またポンと置いた。

 ボールはころころころころと移動して、反対側の3本を倒した。

 おお、すごく地味だ。

「俺と何をしても面白くないだろう」

 御木元さまは静かに席に戻った。

 すると、私の横で華宮さんが、ガタン……と立ち上がった。


「御木元は、面白くないのでなく、何も面白がってないだけですわ」


 言い切ると、黄色に輝くマイボールを掴んで、レーンに立った。

 そして思いっきり投げた!!

 するとボールはガーターに派手な音をたてて落ちた。

「あはははは!」

 私が笑うのと同タイミングで、ガーターに落ちたボールが、ガーターから上った。

「うええええ?!」

 私と琴実が叫ぶ。

 こんなの初めてみたんだけど?!

 そして真ん中にズトンと入り、完全にスプリットになった。

「格好つけてスプリット!」

 私と琴実はひっくり返って笑う。

 横を見ると、御木元さまが呆然としている。


「さあ、ボールを選びに行きますよ、御木元。18ポンドでは軽すぎます」

「あ、ああ?」

 

 華宮さんに連れられて、御木元さまが歩き出す。

 私はネクターを一口飲んだ。

 冷たくて、甘い。あの二人のようだと思う。

 微妙に離れたままの距離感と、話し方。

 大丈夫。ネクターは世界で一番美味しい。

 ちょっとでも、二人でいて楽しいとラッキーだと思う。

 これからも二人で人生を生きるのならば。

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