長いものには、くるくる巻かれたい人の心
いつまでも手を繋いで歩く朝陽さまから、手を離せたのは昇降口に着いてからだ。
上履きに向かってサラリと手を離した。
ふー、嫌な汗をかいてしまった。
ハンカチを取り出して、掌の汗を拭く。
覗くと、上履きは無事だった。
一応、中に画鋲とか無いか確認すると、大丈夫だった。
上履きを履いて顔を上げたら、ニコニコ笑顔に朝陽さまが待っている。
まだ一緒に歩く必要があるの? 先に行ってほしい……。
私は無言の圧力をかけるが、朝陽さまの瞳が語る。
文句ある?
ぐぬぬ、ありません。
私は朝陽さまの一歩後ろをついて、廊下を歩く。
私たちが歩くと、人垣が左右にわかれていく。人型モーゼ!
隠れるように後ろを歩いていると、スッと手が背中に回されて、横に並ばされた。
「一緒に歩こう?」
小首を傾げて微笑む。
キャーーー! と私の後ろを歩いていた知らない女の子が叫ぶ。
この徹底したキラキラ王子に、ずっと私は騙されてたんだなあと思う。
きっと、騙されたままのが幸せだった。
小さくため息をつく。
「同じクラスで良かったね」
朝陽さまは微笑む。
仕方なく微笑みで返す。
「……最低最悪な強運ですわ」
小さな声でポツリと言ってしまった。
朝陽さまが私の肩にガンとぶつかって、睨む。
しまった、本音が漏れた。
「行きましょう」
「ああ」
朝陽さまはニコニコ王子に戻る。
私は内心疲れ果てていた。
もうダメ、たった数時間でHP削られまくりだ。
教室に入ると、生徒全員から拍手で迎えられた。
「朝陽さま、薔薇苑さま、ご婚約、おめでとうございます」
「パーティーのお写真みせてください!」
「やっぱり薔薇苑さまはひと味違うって、私たちは思ってました」
「朝陽さまのそんな笑顔はじめてみました」
朝陽さまは、ありがとう、と微笑みながら入り口で笑顔を振りまいた。
そして横に立っていた私の腰に触れて、すっと前に出す。
クラスメイトたちがキラキラとした表情で私を見る。
なにか言えってこと?! ここで?!
「突然の事でお騒がせしましたが、これからもよろしくお願いします」
仕方なく適当に言う。
「よろしくおねがいします!」
クラスメイト全員が声を揃える。
後ろほうで、琴美と華宮さんがクスクスと笑っている。
私もあっちの立場のが良い……絶対面白い……。
人間とは、こうも一瞬で態度を変えられるものかと驚く。
夏休み前まで、私のことを無視していた人たちが、私の机を囲む。
そしてニコニコと笑って話しかけてくるのだ。
「いつから朝陽さまとお知り合いだったのですか?」
「松園家のパーティーに参加されたって本当ですか?」
「その指輪……! 婚約指輪ですか? 見せてください!」
「薔薇苑アイスさんの商品、私もたべて見ましたの」
次から次にやってくる。
まあ、長いものがあったら巻かれたいのは、人間の素直な感情だろう。
美味しいものがあったら食べたい。
臭いものは食べたくない。
普通の感情だと思うので、和やかに付き合う。
裏表王子より、全然素直だと個人的には思う。
「出会いは、いつなのですか?」
クラスメイトが聞く。
「実は、朝陽さまとは、子どもの頃にお会いしたことがありまして」
私は決めてきた設定を語り始めた。
出会いが、本当に鳳桜学院に入って時だと、さすがに嘘っぽいので、昔パーティーで会ったことがあることにした。
「運命の再会だったのですね」
女子は目を輝かせる。
再会ネタは女子の大好物だから、この設定にした。
私も大好きだよ!
でも、成金の我が家が、子どもの頃に松園のパーティーに出ているのか? 誰かそこの設定ミス突っ込もうよ!
「私も最初は気が付かなかったのですが、朝陽さまが気が付いて下さって……」
「まあ素敵!」
周りが盛り上がる。
私はこういう嘘設定は漫画で慣れていて得意だ。
むしろ楽しい、大好きだ。
授業が始まり、みんなが席も戻る。
琴美が私の背中をトントンと叩いた。
「……設定は私が憶えておくよ」
ニヤニヤと笑っている。
「桜舞い散る、春のパーティー……私たちはまだ幼かった……」
「盛りすぎじゃない?」
琴美が口元をノートで隠してクスクス笑う。
「私は紅天女……世を司る精霊……」
「さすがに許さないよ?」
琴美が睨む。
ごめん、聖域を侵した。
一年で終わる婚約だし、炎上逃れて、いっそ楽しもうと思う。
「月刊秘伝……? 合気、発勁……? 一点を押さえて必勝の攻撃……?」
「あ、御木元さま、こんにちわ」
私は本の隙間から挨拶した。
中休み。
私は短い時間を利用して図書棟に向かい、本を集めた。
少しでも早く、強くなる必要がある。
「今日は本当にすごいね」
御木元さまは、前の席に座った。
「珍獣になった気持ちです」
私は本を読みながら答えた。
「まさか婚約するとはね。驚いたよ」
御木元さまが静かに言う。
「全く驚いてるように聞こえませんけど?」
私はふふ、と笑う。
「そうだな、予感はあった」
「婚約の予感? 本当ですか?」
「朝陽も、そろそろ不毛な恋は止めたほうが良いからね」
御木元さまはサラリと言う。
「あのーー、私その話は気が付かないフリしてスルーしてるので」
本から目だけ出して言う。
「賢明な判断だね。四時間語られるよ」
私はブフと吹いた。
「長すぎませんか」
「無理だと分かったら、身を引くほうが楽なのに」
御木元さまは、私をみて小さく微笑んだ。
シムレスの眼鏡が静かに光っている。
「御木元さまは、すぐに諦めるんですか?」
「無理すると疲れるから」
「命大事に! ですね」
「はは」
御木元さまは息を吐くように静かに笑った。
朝陽さまなら「なんだそれは?」って突っ込むかな。
そんなことをチラリと思う。
朝陽さまと御木元さま。
付き合いも長くて幼馴染みなはずなのに、どこか遠くて似ていない。
だから長く続くのかな? 男友達はよく分からない。




