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番外之話「沙和のイタズラと、○○しないと出られない部屋」下

 平間は壁にもたれかかり、頭をひねっていた。

 昨日、壱子を屋敷に返してから、明日の休みに何をしようか考えつつ眠りに落ちたことは覚えている。

 そして、気が付けばここにいた。


 平間のいるこの場所は、土倉の中のような四角い部屋だった。

 部屋の片隅に設けられた扉は重々しく、平間は試しに押してみたが、扉は微動だにしなかった。

 一面が白塗りの壁も頑丈そうで、一通り叩いて回ってみても詰まった音がするだけで、抜け道は無さそうだった。


 部屋の広さは六畳ほどで、板張りの床の上に家具の類はほとんど置かれていない。

 あるのは扉と、部屋の中央に置かれた一組の布団だけ。

 布団の上にはさらに、二つの枕が寄り添うように置かれていた。


「ここは一体……」


 平間はぐるぐると歩き回ってみたが、特に灯りがあるわけではないのに、部屋は妙に明るい。

 布団以外の家具が無いことといい、扉が開かぬことといい、この部屋はどうも浮世離れしている。

 ひとしきり調べて徒労感に襲われた平間は、力なく部屋の片隅に寄りかかって嘆息した。


「また壱子が何か仕組んでいるのか……?」

「それは違うぞ、平間」

「!?」


 平間が驚いて顔を上げると、そこには白の襦袢(じゅばん)に身を包んだ壱子がいた。

 さっきまで誰もいなかったはずなのに、いつの間にこの部屋に入ってきたのだろう。

 いや、そんなことよりも彼女の格好が問題だ。


 仕立ての良い純白の襦袢(じゅばん)は、壱子のしっとりとした黒髪を嫌味なく際立たせていた。

 少し日に焼けたとはいえ、もとより色白の肌は滑らかで、清楚な雰囲気を醸し出している。


 しかし、この襦袢(じゅばん)は生地が薄い。

 なまじ部屋が明るいせいで、光の加減で襦袢の下の肌まで透けて見えそうになっている。

 そんな、ある種の妖艶さが、壱子自身の素朴な美しさと同居していて、彼女の年齢とは不相応な魅力を醸し出している。

 つまるところ、目のやり場に困るのだ。

 

「どうした、呆けている場合ではあるまい」


 不機嫌そうに言う壱子に、平間は伏し目がちに愛想笑いを返す。

 壱子はさらに眉をひそめて、しかしどこか楽しそうに辺りを見回した。


「奇妙な部屋じゃな。あるのは扉と布団だけ。灯りも窓も無いのに暗くはなく、むしろ明るい。不思議じゃ……もしや、壁が発光しておるのか?」

「呑気だなあ……」

「これでも焦っておるのじゃぞ。昨晩、床に就いたのは記憶しておるが、はて、いつの間にこんなところに来たのじゃろう?」

「壱子も僕と同じなのか」

「互いに難儀なものじゃな。む、平間……その襟に差してあるものは何じゃ?」


 壱子に言われるがまま、平間は自分の胸元に目を落とす。

 すると、見覚えのない一つ折りの紙があることに気付く。

 手に取り、広げてみると、そこには流麗な筆跡でこう書かれていた。


(ちぎ)りを結ぶ()し』


 この「契り」とはつまり……男女のアレか。

 平間は唐突に頭痛を覚えて、眉間を抑える。

 意味が分からない。


 平間は手紙の筆跡に見覚えがあったが、それが誰だったかは頭に(もや)がかかったように思い出せない。


「のう平間、何と書いてあったのじゃ?」

「え? いやこれは……」

「見せよっ」


 躊躇(ためら)う平間の手から、壱子は紙をひったくった。

 それを、まじまじと見つめた壱子はにわかに赤面し、紙を折りたたんで胸元に仕舞った。


「……はて、どうしたものかな」

「全くだ」

「戸は開かぬようじゃ。すなわち、私たちはここに閉じ込められた。平間、先ほどの手紙は誰から貰った?」

「分からない。気付いたらあったんだ」

「だとすれば、私たちをここに閉じ込めた者が書いたと考えるのが妥当じゃのう」

「つまり……」


 平間は壱子を、そしてその奥にある布団を見る。

 部屋に閉じ込めた者が「契りを結べ」と言っているのなら、部屋から出るためには命令に従うしかない、ということになる。

 かつ部屋にあるのが布団であることを考えれば、単純に「約束をしろ」という意味ではないのだろう。


 いま一度、平間は襦袢姿の壱子に目をやる。

 ……えらい所に来てしまった。


「平間、私が思うに、この部屋を出る方法は一つしか無い」

「なるほど?」

「その方法とは、前に私が梅乃から聞いた、仲の良い男女が必ずやらなくてはいけない『契り』というものを結ばねばならぬ」

「……やっぱり?」

「契りとはすなわち『約束する』という意味じゃ。しかし何を約束するかは指定されておらぬから、これは恐らく隠語であろう。しかし、私はどういう意味か知らぬ」


 そう言うと壱子は目を伏せ、悔しげに歯噛みする。

 おそらく、自分の無知を恥じているのだろう。


「のう平間、お主は何か知っているのではないか? 昨日のお主の口振り、なにかを隠しているようであった」


 勘が鋭い。

 平間が頬を引きつらせると、壱子はさらに語気を強める。


「やはり知っておるのじゃな!? 頼む、教えてくれ!」

「いや、それは……その、壱子には早いというか……」

「私では不足なのか?」

「そういうわけじゃなくて、どちらかと言うと僕の問題? かなぁ」

「さっきから何を言っておるのじゃ! 真面目に考えよ! この部屋から出られぬと、お主も困るじゃろう?」

「その通りなんだけど……参ったなあ」


 目をそらし、頭を掻く平間の顔を、壱子は両の手のひらで挟み込む。

 そして真剣なまなざしで、


「平間、私は本気じゃ。まあ、しばらく二人で過ごすのも悪くは無いが……」

「だとしても、暇だよね」

「その通りじゃ。平間、頼む、教えてくれ」

「どうしても言わないと駄目?」

「駄目じゃ。さ、言うのじゃ。私に出来ることなら何でもするぞ」

「……分かった、そこまで言うなら」


 平間がうなずくと、壱子はごくりと唾を呑む。

 そんな彼女の肩に手をかけ、平間は心を落ち着けようと、大きく深呼吸した。

 しかし、頭部へ遡上しようとする血液は増えるばかりで、全く冷静さを取り戻せない。


「……平間?」


 不安げな壱子の視線に、平間の顔はさらに熱くなる。

 すでに平間は、何となくここが現実の世界でないことを感付いていたが、薄い布ごしに感じる壱子の体温は妙に生々しい。


「よし……!」


 平間は決心し、壱子の手を取って歩み出した。

 極度の緊張で大きく揺れる視界をものともせず、布団にたどり着くと、平間は失神しそうになるのを気力で押しとどめながら壱子の身体を横たえた。


「大丈夫か? 顔、真っ赤じゃぞ」


 心配そうに言う壱子も、平間につられてか頬が上気している。

 平間はガクガクと無言で何度もうなずいて、いま一度、肺腑に空気をたっぷり取り込んだ。


「壱子、契りって言うのは……」

「うむ」

「仲良くなった男女がすることで……」

「うむ」

「基本的には夜、裸ですることなんだけど……」

「う、うむ、裸?」

「壱子、本当にいいの?」

「無論じゃ、覚悟は出来ておる」

「……分かった」


 仰向けに横たわる壱子の上に、平間は四つん這いで覆いかぶさる。

 目と鼻の先の距離に来たことで、壱子のまつ毛の長さや肌のきめ細かさを改めて認識する。

 やはり、壱子は恐ろしく可愛い。


 平間を不安げに見つめていた壱子が、そっと目を閉じる。

 走馬灯のように今までの出来事が平間の脳裏を駆け抜けていく。


 静寂に支配された部屋で、二人の呼吸音だけが聞こえていた。



――

―――



「んがー!! やっぱり駄目だ!!!」


 平間は立ち上がって、髪をめちゃくちゃに掻きむしる。

 突然の大声に目を見開いた壱子は、状況が理解できずに固まっている。

 それを見た平間は正気に戻ったらしく、ゆで蛸のように真っ赤だった顔が、みるみる青くなった。


「ああもう、なんて意気地なしなんだ!! 死にたい! 消えてしまいたい!!」


 のたうち回り、転げ回って、平間はついに壁の隅で座り込んでしまう。

 そのままブツブツと「うう……」だとか「壱子にまで恥を……」だのと、独り言を繰り返す。

 平間の頭の中には、壱子への申し訳なさと自分への自己嫌悪でいっぱいだった。

 そんな平間の肩に、小さな手が置かれる。


「平間、実はな、少しだけ知っておったのじゃ」

「え?」

「梅乃が教えてくれたのじゃ。ただ、お主には言わぬほうが良い、とも言われた」

「それって……」


 平間が顔を上げると、そこにはかつてなく顔を赤くした壱子がいた。

 壱子は徐々に、その顔を平間に近づける。


「平間、目を閉じよ」

「え……?」

「良いから、(はよ)う!」


 語気を強める壱子の言うがままに、平間はきつく目をつむった。


 一瞬だが、気が遠くなるほどの沈黙。

 息をすることさえ躊躇われる緊張感に身を固めた平間の唇に、何か柔らかいものが触れた。


――ぱたり。


 何かが落ちたような音が聞こえた。

 平間が恐る恐る目を開くと、そこには壱子はおらず、真っ白の壁だけが目に入る。

 

「……んん!?」


 戸惑った平間があたりを見回せば、床に壱子が倒れているではないか。

 慌てて壱子の顔を覗き込むと、壱子は顔を赤くしたまま目を回している。

 どうやら、緊張のあまり失神してしまったらしい。


「似た者同士、ってことか」


 いろんな感情の織り交じった、ひきつり気味の笑みを浮かべて、平間は気を失った壱子を布団へと運ぼうと抱きかかえた。

 すると微かに、


(らち)が明かないわね』

『もう合格ってことにしちゃいます?』

『ええ、見ていて楽しかったし、良いんじゃないかしら』

『ふふ、やっぱりワルじゃないですか~』

『まさか、私は妹が大好きなお姉ちゃんよ』


 二人の女性の囁くような声が聞こえたかと思うと、明るかった部屋は暗転していく。

 それと同時に、平間の意識もすうっと遠のいていった。



――



「う、うわああぁぁぁあああ!!!!」


 柔らかな布団の上で、壱子は奇声を上げて飛び起きる。

 白の襦袢を纏った身体は全身汗だくで、呼吸は荒く、顔は燃えるように熱い。


「な、なな、私はなんと大逸れたことを……夢の中とは言え……!!」


 頭を抱え、壱子は恥ずかしさのあまり部屋中を転げまわる。

 そのあまりの奇行に、女中たちはひと月ほど、本気で壱子の体調を心配していたという。



――



 皇都のはずれ、誰もいない早朝の墓所を、上りかけた朝日が優しく照らしていた。


 護衛の大男を待たせて、美しい女性が墓石の一つに歩み寄る。

 そして墓石に腰かける少女に微笑むと、少女も振り向いて満面の笑みを返した。


「あー、楽しかった! あたし、やっぱりあの二人が好きだなぁ」

「良いものが見られたわね。壱子ちゃん、これまでで最高に可愛かったわ」

「これで、あの二人の仲も進むと良いんだけど」

「それは……難しいかもしれないわ」

「やっぱり? 先は長いか……」


 わざとらしく肩を落とす沙和に、梅乃は黙って優しげに微笑む。

 その沈黙が何を意図しているのか、沙和はぼんやりと察していた。

 墓地の静寂に、朝の涼風が混ざり込む。


 どれほどの時が経ったのだろう、少しずつ(だいだい)に変わる夜の群青を眺めながら、沙和がゆっくりと口を開いた。


「ろくな人生じゃないと思っていたけど、ま、最後にこんなに楽しかったから良いかな」

「終わり良ければ全て良し、ね。良い言葉だわ」

「うん……梅乃さん、ありがとう。なんかスッキリしちゃった」

「そう? 良かった」


 梅乃は小さくそう言って、朝焼けの空に目を向ける。

 その横顔の美しさに、なぜか沙和は声を上げて泣き出したい衝動に駆られる。


 でも、駄目だ。

 沙和は昨日出会ったばかりの友人に、無理やり作った笑顔を向ける。


「じゃ、そろそろ行こうかな。私が言うのもなんだけど、元気でね」

「貴女こそ、身体に気を付けて」

「はは、笑えない冗談だなあ……。そうだ、梅乃さん、言伝(ことづて)を頼まれてくれる?」

「何かしら?」

「あのね……あの二人に、『楽しかったよ』って」


 そう言う沙和の頬には、朝日を反射する雫があった。

 梅乃は少し考え込んでから、ゆっくりと首を振る。


「お断りするわ。自分で言いなさい」


 予想外の梅乃の返答に、沙和は目を丸くする。

 しかしすぐに吹き出して、


「あはは、やっぱり梅野さんってワルい人だ。仕方ない、自分で何とかするよ」

「ええ、その方があの子たちも喜ぶでしょう」

「そうだね」


 寂しげにつぶやいて、沙和は大きく息を吸う。


「あー、楽しかった! 本当に楽しかった!」


 沙和は伸びをして、今度こそ作りものじゃない笑顔を浮かべる。

 皇都を照らす朝日がきらめいて、その(まぶ)しさに梅乃は思わず目をつぶってしまう。

 墓所を、一陣の風が通り抜けた。


「じゃあね。ありがと」


 目を開けると、梅乃は誰もいない墓所でひとり(たたず)んでいた。


――


 この日は、皇国では休日だ。

 すっかり高くなった陽のもとで、一組の若い男女が墓参していた。

 凡庸な外見の少年とは対照的に、少女の容貌は道行く人が思わず振り向くほど美しい。

 しかしそんなことは、当の本人たちには関係のないことだ。

 彼らは一つの墓石の前で足を止めて、しばらく手を合わせる。


 顔を上げ、携えていた花を供えてから、少年が口を開いた。


「壱子も、すっかり落ち着いてきたよね」

「どういう意味じゃ?」

「だって、前はお墓参りの度に泣きじゃくっていたじゃない」

「……忘れてしまったな、そんなこと」


 不機嫌そうに唇を尖らせた壱子は、腕を組んで小さく息を吐く。

 そして何気ない風を装って、平間に尋ねた。


「のう、昨日見た夢は覚えておるか?」

「夢? どうしてそんなこと聞くの?」

「良いから答えよ!」


 真剣な壱子のまなざしに、平間は首をかしげて考え込む。


「うーん……いや、覚えてないな。夢って、見てもすぐに忘れちゃうし」

「……そうか」

「あれ? 壱子、何か怒ってる?」

「怒っておらぬ」

「でも、機嫌が悪そうだけど」

「怒っておらぬ!」


 頬を膨らせながら、壱子は平間から目を背ける。

 その時ふと、何かを見つけらしい壱子は、墓石の傍らに屈んだ。


「こんなところに、花など咲いておったかの……?」


 そこには、小さな白い花がいくつも寄り添うようにして咲いていた。

 その内の一つに、壱子は手を添える。

 平間も壱子の肩越しにのぞき込んで、首を傾げた。


「珍しい花だね。ナデシコかな」

「カスミソウじゃ。この辺りには咲かぬはずじゃが……」

「そんなことより、綺麗な花だ。沙和さんも喜ぶだろうね」

「……うむ」


 壱子は袖で目尻を拭ってから、大きく深呼吸をして立ち上がる。

 そして平間に振り返り、


「では、帰ろうか」

「そうだね」

「時に平間、カスミソウの花詞(はなことば)を知っておるか」


 悪戯っぽい笑みを浮かべて尋ねる壱子に、平間は首を振る。

 すると壱子は胸を張り、


「感謝と、無垢の愛じゃ。また来よう」


 そう言って、壱子はにっこりと微笑んだ。



――

これで、少しは後味が良くなったでしょうか……?


それでは、あらためてお付き合いくださりありがとうございました。

またお会いしましょう!

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