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終幕之話「わがまま娘の手を取りましょう」中

――



 それを聞いて、平間は拍子抜けした。


「……えっ、それだけですか?」

「そう、それだけ。とは言っても、壱子ちゃんはその条件を決して譲ろうとしなかった。お父様も外に出すのを渋って、綺麗な宝石やら可愛らしい動物やらで懐柔しようとしていたんだけど、まるで無理だったみたい」

「つまり壱子が勝未村へ行くことになったのは、その交換条件を履行するためですか?」

「そういうことになるわ。行先は怪奇好きなあの子のためにいくつか選んであったけれど、第一候補の勝未村の食いつきが良かったからそこへ行くことになった。まさか、そのついでに壱子ちゃんが大量殺人事件を解決してくるとは、思ってもみなかったけど……」


 梅乃は遠くどこかへ想いをはせるように視線を泳がせながら、悲しげに苦笑した。

 その想いの先は、もしかしたら壱子なのだろうか。

 平間は逡巡しつつも、さらに梅乃に尋ねる。


「では、梅乃さんは壱子のために僕との仲介をしたというわけですか」

「そうよ。平間君に決めるのだって大変だったんだから。色々な条件を満たした君と、護衛としての実力は随一の隕鉄さんを付けて、ようやくお父様を説き伏せることができた。そうでもしないと、危険性を理由に外出を許可しなかったでしょうね」

「僕が選ばれた理由は、聞いても良いですか」

「いくつかあるけど、一番は重要で、かつ厳しかった『どこの組織にも関係していなかったから』ね。用件が用件だけに、第三者の意図が入ることを極力避けたかったから」

「なるほど……」


 確かに平間の生まれは貧しい。

 そこが評価されるとは不思議なこともあるものだ、と平間は内心ひとりごちた。

 その時ふと、ある疑問が浮かぶ。


「梅野さん、壱子の出した条件が果たされたら、壱子はどうなるんですか?」

「……その視点が私にもあったら、もう少し違ったのでしょうね」


 そう言う梅乃の表情は、まさに苦悶のそれと言うに相応しいものだった。

 平間の脳裏に、嫌な想像が急速に広がっていく。

 思わず身を乗り出そうとした平間を、梅乃は片手で静止した。

 蝋燭の橙灯を映すその瞳に、どこか壱子の影を平間は見た。


「壱子ちゃんは今、お屋敷にいる。でもそれは、ただ意味もなく行動を制限されているわけではないの」

「……?」

「この上なく小洒落(こじゃれ)た言い方をすれば、花嫁修業よ。お父様はあの子を権力拡大の材料にしようとしている」

「おっしゃる意味が、分からないんですが……」

「あの子は生まれ持った美貌だけでなく、医事方に溜めこまれた知識をも持っている。医事方自体が秘密主義的だったのも手伝って、その知識の利用価値を分かっている人間にとって壱子ちゃんは垂涎(すいぜん)(まと)なの」

「つまり、壱子を手に入れることは、医事方そのものを支配下に置くことに等しいと?」

「ええ。私もお父様が壱子ちゃんをどこへ()ろうとしているかまではさすがに分からないけど、おそらく(みかど)か、春宮(とうぐう)か、あるいは有力な貴族の――」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 平間に言葉をさえぎられた梅乃は、少し不機嫌そうに眉をひそめた。

 しかしそれに構わず、平間は尋ねる。


「ということは、壱子は今、父親の思惑で知らないところに嫁がされようとしているんですか!?」

「ええ、そうだけど……でもそんなに怒ることかしら」

「怒ることですよ! むしろ、どうして梅乃さんはそんなに平然としていられるんですか?」

「だって、貴族の娘なんてそんなものだもの」


 平然と梅乃が放った言葉に、平間はどう返すべきかわからず閉口した。

 その様子を見た梅乃は微笑んで、


「でも、平間君の言うことも分かるわ。本当は自由に暮らすのが一番だもの。だからこそ私も、壱子ちゃんが外の世界を旅することに協力した」

「だったら――」

「でもね、私は平間君がやろうとしていることに協力は出来ない。壱子ちゃんを助けたいのなら、私抜きでやりなさい」

「何故ですか!? 梅乃さんも今の壱子の状況が良いものではないと分かっているでしょう?」

「もちろん。ただ私は、『お父様を単なる敵』だとは思っていないわ。平間君、貴方と違ってね」


 有無を言わせぬ梅乃の台詞に、平間は言葉が見つからなかった。

 言われてみれば、梅乃は壱子と同様に、貴族として生まれた家の庇護を受けて暮らしている。

 そんな梅乃にとって、父である玄風(くろかぜ)は、多少不満があるにせよ切っても切れぬ仲にあるのだ。

 指摘されてみれば当たり前のことだが、平間にとってこれは計算外の、しかし重大な事実だった。


 平間は肩を落とし、力なく梅乃に確認する。


「助力していただけない、ということですか」

「申し訳ないけれど、そういうことになるわ。さ、話が終わったなら帰って頂戴」

「……分かりました」


 交渉の余地は無い。

 梅乃の口振りからそう判断した平間は、諦めて腰を上げる。

 そのまま堂の出入り口に向かおうとすると、後ろから梅乃が声をかけた。


「平間君、少し待って」

「……なんでしょうか」

「私は協力は出来ないけれど、わざわざ来てくれた来てくれたお礼に、お土産をあげるわ」

「お土産?」

「ええ。少し待っていて」


 梅乃はうなずくが、平間に柔和な笑みを向けたまま動こうとしない。

 平間はハッとして、直感的に梅乃から目をそむけた。


 すると背後から、梅乃が何かをごそごそと動かすのが聞こえる。

 紙が皺になる音、墨らしき水音、それから微かな衣擦れの音。

 なまじ暗闇だからか聴覚が際立っていて、平間は妙にそわそわして落ち着かなかった。


「もう良いわよ」


 そうこうしている内に、梅乃が声をかけた。

 振り向けば、梅乃が小さな封を差し出していた。

 平間はそれを受け取って尋ねる。


「これは?」

「隕鉄さんへの手紙よ。大したことは書いていないけれど、『月があるところで読み始めてほしい』。それから、『壁にぶつかっても決して引き返さずに、前にだけ進んで』頂戴」

「……分かりました。渡しておきます」

「それと平間君、貴方は占いを信じる?」

「いえ、あまり……」

「だったら、今回ばかりは運も味方につけておいた方が良いわ。吉方位は『南西』、日取りは……そうね、『お月様が痩せ始めた日の晩』が良いかしらね」


 平間はなぜ急に梅乃が占いの話を持ち出してきたのか理解しかねたが、それでも曖昧に頷く。

 すると梅乃は微笑んで、しかし真剣なまなざしを平間に向けた。


「いい、占いは守ってね?」

「は、はあ……」

「返事は?」


「分かりました」

「良い子ね。じゃあ、気を付けて帰りなさい」


 平間はうなずき、忍び足で寺院を後にした。



――



【皇紀五五年六月十六日、十六夜(いざよい)の月夜】


 平間は、佐田氏の屋敷の東側にいた。

 屋敷を取り囲む壁には、ところどころツタが絡んでいて、その奥からは何やら大勢の男たちの騒がしい声が聞こえてくる。

 威勢の良さから察するに、警備の者たちの宴だろうか。

 そんなことを考えながら、平間は月明かりを頼りに、壁沿いを延々と北に歩いていく。


「……あった、これだ」


 小さくつぶやいて、平間は壁沿いの一角で足を止める。

 そこでは周囲よりも壁に絡んだツタが濃くなっていて、地面からは雑草が生い茂っていた。

 平間は周囲を確認しつつ、壁に向かって(かが)むと、行く手を阻む植物たちをかき分けながら、草むらの中に入っていく。

 するとその先には、寝そべった人間がちょうど一人だけくぐることが出来るくらいの、小さな穴がぽっかりと口を開けていた。


「全部、梅野さんの(てのひら)の上だったってことか」


 平間は苦笑して、あらかじめ隕鉄に教えられていた場所へ向かった。

 先ほど聞こえた宴の声を避けるために迂回しなければならなかったが、門から離れた場所ということもあってか、警備はおろか下人もほとんど出くわさなかった。


 歩を進めるにつれて、平間の感覚は研ぎ澄まされていく。

 妙に心臓が高鳴って聞こえる原因は、緊張か、あるいは屋敷の静寂ゆえか。

 貴族の屋敷に無断で侵入してしまったのだ、ここまで来ると言い逃れは出来まい。

 しかし今の平間にとっては、そんな懸念など些事に過ぎなかった。


 瀟洒な屋敷の長い廊下を進み、平間はある一つの部屋から灯りがもれていることに気付く。

 いま一度、平間は隕鉄の言葉を反芻する。

 記憶違いは無かった。


 ……やはりここだ。

 間違いない。


 平間は決意を固めると、深呼吸をして障子に手をかける。

 手足はこわばり、顔はひきつるが、無理をして笑顔を作った。

 そして手に力を込め、障子を開け放った。



 平間の目に入ってきたのは、柔らかい灯りの中でたたずむ、見慣れた後ろ姿だった。

 美しい着物を身にまとっているが、見紛うことのない小柄で華奢な身体。

 肩下まで伸びた黒髪はしっとりとしていて、どんな絹よりも(つや)やかだ。


「やあ、久しぶり。」


 少し気取って、平間は言う。

 部屋の中央に腰を下ろしていた彼女は、手に持っていた書物をぱたり、と閉じて、それっきり微動だにしない。

 平間は後ろ手でそっと障子を閉めて、彼女の返事を待った。


「……息災か」

「おかげさまで」


「連絡も寄越さぬとは、余所余所しいではないか」

「ごめん。でも、それはお互い様だろ」


「なぜ来た」

「それは多分、言わなくても君なら分かる」

「……ふふ、そうじゃな」


 彼女は書物を置いて立ち上がり、くるりとこちらを向いて見せる。


「久しいな、平間――」


 顔を上げた壱子の表情を、平間はよく見ることができない。

 なぜならこの時、平間の視界は涙で歪んでしまっていたのだから。


「私も、私も会いたかったぞ!」


 壱子は足早に駆け寄り、その勢いのまま平間の胸に飛び込んだ。


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