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八話「村の闇を覗いてみましょう」下


「それからしばらく後、秋ごろに、今度は旅の商人夫婦が私のもとを訪ねてきた。彼らは、有用な薬草が勝未森に無いか調べたいと言った。しかし、この村には古くから伝わる(おきて)がある」

「森に入った者は命を落とす、だから森には入ってはいけない、という掟ですか」

「そうだ。だから私を含め村の者たちは夫婦を引き止めた。しかし彼らは粘り強く頼んできたのと、こちらにも事情があって、とうとう根負けして森に入ることを許してしまった」

「事情ってなんですか」

「もともとこの村は、今は旧街道と呼ばれる道沿いの宿場町だったのだ。しかし知っての通り、新しく東陽道ができて旧街道は廃れた。無論この村もその巻き添えを食い、徐々に衰退していった。そこで森の薬草だ。もし薬草を採ってそれを売ってそれを生業とすることが出来れば、この森は再び活気を取り戻す。私たち村の者はそう考えたのだが……後になって思えば、私たちは掟を守り、守らせるべきだった」


 皿江の目がギラリと光る。

 そこに宿る色は、後悔というよりもむしろ憤怒に近い。


「夫婦は、初めのうちは何事も無く帰ってきたのだ。それにつられて、村人の中にも掟を破って森に足を踏み入れる者が現れ始めた。実際、森の中は手付かずで、狩りの獲物となる小動物も多くいたらしい。が、それも長くは続かなかった」

「それで、どうなったのじゃ」


 猫をかぶるのも忘れて、壱子が身を乗り出して言う。

 皿江はチラリと壱子のほうを見て眉をひそめると、再び平間に視線を戻した。


「その旅商人の夫婦は、それまで昼間にしか森に入らなかった。勝未森に限らず、夜はずっと危険になるからだ。しかしある日、彼らは『夜にのみ咲く花を探したい』と夜の森に向かい、そして戻らなかった。それだけではない。昼の森に足を踏み入れていた村人たちも、次々に高熱に倒れ、間もなく命を落とした」

「それが、ヌエビトの呪いだと……?」


 平間の言葉に、皿江は厳かに頷いた。


「しかし人間は愚かなもので、その二年後の春、再び森に入る者たちが現れた。いずれも宿場町の時代に旅人を相手にして暮らしていた者たちだった。食い扶持(ぶち)を失くした彼らも必死だったのだろう。それを知っているから、私は彼らを止められなかった」

「その人たちは……」

「死んだよ。六年前と同じように高熱を出してな。それ以来、誰も勝未森には入っていない」


 無感情に答えると、皿江は佇まいを直して平間に問うた。


「以上が私の知るヌエビトの全てだ。それで平間さん、あなたは何をしにここに来たんだ」

「僕は……ヌエビトの正体を明らかにするのが役目です」

「そうか。そうだろうな。だが今までの話を聞いたあなたなら、私が何を言いたいか分かるだろう?」

「……森に入るな、と?」

「そうだ。森に入った者はことごとく破滅している。それを知っていてあなたたちを森へ入れるわけにはいかない」


 そう言う皿江の声には、一切の反論を許さない威圧感があった。

 目の前の老人がそう言う理由を十分に理解できるがゆえに、平間は何と言えば言いか分からなくなってしまう。

 皿江の話が本当であれば、平間たちも森に入ればかつての村人たちのように行方不明になったり死ぬ可能性が高い。

しかしだからと言って、このまま何もせずに皇都に戻ることも出来ない。

進退窮(しんたいきわ)まるとは、まさにこのことだ。


「皿江さま、(わたくし)にいくつかお聞きしたいことが」


 押し黙ってしまった平間に代わって口を開いたのは、壱子だった。再び口調を丁寧なものに直しているのは、壱子が落ち着いて皿江の気を悪くしないように配慮しているからだろう。

 その甲斐あってか、皿江は渋い顔をしたまま静かに頷いた。


「ありがとうございます。それではまず、熱病に罹った人の中で病が完治し生き残った人はいませんでしたか」

「私の知る限り、いない」

「それでは、高熱を出した人は全員亡くなったと?」

「そういうことになるな」


 皿江の返答を聞いた壱子は、しばし考え込むと再び口を開く。


「では『森に入ったのに熱病に罹っていない人』はいませんでしたか」

「……いないな」

「『森に入っていないのに熱病に(かか)った人』はどうですか」

「これはいた。四年前に森に入った者の子が一人死んでいる。確か、四歳だったかな」

「そうですか……その子のほかに、森に入った人の子が死んだ例は?」

「無い」

「分かりました、ありがとうございます」


 礼を言うと、壱子は丁寧に頭を下げてにっこりと笑う。貴族の娘だけあって、こういう仕草の一つ一つはさすがに上品だ。

 皿江は小さく頷くと、思い出したように口を開いた。


「それともう一つ。これはヌエビトと関連があるか分からないが……村の子供たちが一年ほど前の冬に、いたずらで森に近づいたことがあった。幸い森に入る前に大人が止めることが出来たが――」

「熱病に?」

「いや違う。子供たちには何も起きていない」


 その時、皿江の後ろの、廊下側の(ふすま)が開いた。

 入ってきたのは、先ほど表で遊んでいた少女だ。手には湯呑みを載せたお盆がある。

 驚いたように皿江が振り返る。


(りん)、勝手に入ってくるな」

「まあまあ、お客さんに何も出さないのも良くないでしょ? はい皆さん、これどうぞ」

「おい、ああもう、全く……」


 肩をすくめる皿江をよそに、(りん)はテキパキと平間たちの前に湯呑みを置いていく。そして一通り置き終えると、皿江の横にちょこんと腰を下ろした。

 皿江が眉をひそめる。


(りん)、外に出ていなさい」

「どうして? お爺ちゃんのお客さんは、私のお客さんだよ。だから、ここにいても良いじゃない」

「……まあいい。平間さん、この子は私の義理の娘で(りん)という」

「どうも、うちのお爺ちゃんがお世話になってます!」


 笑顔で鈴は言うが、皿江はうんざりしたように手で顔を覆った。

 厳格な彼も、ふた周り以上歳の離れた孫娘には頭が上がらないらしい。

 皿江は気を取り直したように顔を上げると、襟元を正して平間に向き直る。


「話を戻そう。森に近づいた子供には何も変わったことは起こらなかったが、次の朝、村の中央に野犬の首が晒されていた」

「……首、ですか」

「そうだ。村の者たちは『ヌエビトの警告だ』といって恐れた。しかしヌエビトと関係があるとも限らん。性質(タチ)の悪いいたずらだということも考えられる」


 皿江はそう言うが、いずれにしても気味の悪い話だ。

 これについても壱子が何か言うかと平間は期待したが、壱子はあまり興味を持たなかったようで、湯気の立つ湯呑みを手にとって覗き込んでいた。

 そして、恐る恐る口を付けると、少し顔を歪めた。


「壱子、どうしたの」

「……苦い」

「あ、ごめんなさい、お茶って苦手でした!?」


 鈴が慌てて身を乗り出す。

 対する壱子は、無理やり笑顔を作って言う。


「いえ、その……私が勝手に白湯だと思って口を付けたので一層苦く感じたんだと思います。気にしないでください」

「そうですか? でも、うちのお茶ってかなり苦い葉っぱを使っているんですよ。お爺ちゃんの好みなんです」

「鈴、あまり余計なことは言わなくていい」

「あはは、ごめんなさい」


 皿江に咎められた鈴は、にこやかに言って佇まいを正す。

 それを見て大きく溜め息をついた皿江は、再び口を開いた。


「私から言えることは以上だ。何度も言うが、森に入るのは賛同できない。だが、無理に入るというのならば何も言うまい。それと、そちらの娘御、沙和さんといったかな」

「え、アタシ?」

「そうだ。首もとの切り傷に良く効く軟膏があるから取ってくる。使うといい」

「あ、ありがとうございます……」


 皿江は席を立つと、部屋から出て行った。

 無愛想だと思ったが、思いのほか優しい人だ、と平間は思った。

 ここぞとばかりに鈴が口を開く。


「それで皆さんは、この村に何をしに来たんですか? やっぱりヌエビト?」

「そうだけど、どうしてそう思ったの?」

「だって、この村にはそれくらいしかないもん」


 なぜか自慢げに鈴は言う。

 

「鈴ちゃんは、ヌエビトについてどう思うの?」

「んー、見たこと無いからなあ。よく分かんないや」


 それもそうか。

 よく気が付くとはいえ、鈴はまだ十歳くらいだ。

 その程度の感想しか持たないのも仕方が無いのかもしれない。

 平間に変わって、今度は壱子が口を開いた。


「鈴、お主のお爺さんはどんな人じゃ」

「わ、お姉さんの話し方が変わった!」

「お姉さん……!? いい響きじゃな。って、そうではない」

「ああ、お爺ちゃんね。いつも怒っているように見えるけど、優しいよ。私にだけじゃなくて、村のみんなにもね」


 にこやかに言う鈴の表情から察するに、彼女は本心をそのまま口にしているのだろう。

 次いで、壱子はこう尋ねた。


「この家に住んでいるのは、お主ら二人だけか?」

「そうだよ、私たちだけ。お爺ちゃんには奥さんがいたこと無いみたいだし、子供もいないんじゃないかな」

「ということは、お主は……?」

「私のお父さんとお母さんは、前に森に入ったきりいなくなっちゃったんだって。でも私も小さかったから、あんまり覚えてないんだ。それで、お爺ちゃんが私を引き取ってくれたの」


 ということは、鈴の両親は六年前に失踪した旅商人の夫婦だということになる。

 ならば、ヌエビトの一番の被害者は両親を失った鈴なのかも知れない。

 平間が鈴にどう声をかければ良いか迷っていると、部屋に皿江が戻ってきた。

 皿江は沙和に小さな丸い木箱を差し出す。


「さ、これを傷に塗るといい」

「あ、ありがとうございます」


 さすがの沙和も恐縮したようで、木箱の中の軟膏を指で取って、黙々と首筋の傷に塗る。


「さて、もう何も話が無ければ、平間さんたちが寝泊りするところに案内させていただこう。宿屋が廃業してしまったから身の回りのことは自分でやってもらわなきゃいけないが、それでも構わないかな」

「もちろんです」

「それと、村に伝わる森についての記録が残っているから、それも後で届けさせよう。何かの役に立つかもしれない」


 そう言って皿江は立ち上がって部屋を出て行く。

 その後を平間たちが追った。


 ……結局、隕鉄は屋敷で一言も発さなかった。



――――



■現時点で明らかになっている勝未森関連の事件

・皇紀四九年

初春:勝未の村民・伍兵衛がヌエビトらしき影を目撃。一ヶ月後に失踪。

秋:旅商人の夫婦が森に入り始める。夫婦は初めて夜の森に入ったきり行方不明に。

晩秋:旅商人夫婦と共に森に入った人が次々と倒れ、相次いで死亡。


・皇紀五一年

春:村人の有志が森の調査に入るも、いずれも間もなく死亡。


・皇紀五三年

冬:村の子供たちが森に近づいた翌日、犬の首が村の中心に晒される。


・皇紀五五年

春:平間たちが勝未村にやってくる(現在)。



――――

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