第2話 出会い
厄災『業火の魔女』の討伐。それが俺が生き残るために必要な条件である。だが相手は厄災と呼ばれるような存在である以上、俺1人で挑むというのでは、無謀を通り越して自殺行為と言っても過言ではない。まず、今の俺に必要な事。それは一緒に厄災へと立ち向かってくれる仲間を見つけると言うことであった。
厄災に立ち向かう以上、ある程度の戦力になる事が前提となる。俺は断られるのを前提に、大臣の部下である魔法使いの連中に力を貸してくれないかと頼んでみた。幸いにも、魔法使い達のリーダー的存在であるシモン。奴のことは俺も昔から知っていた。シモンの出身は俺と同じく名家とされる『シュトラール家』であり、父の代より、よくアレクサンドリア家と交流のあった家であった。シモンとは幼い頃、何度も遊んだ記憶がある。年の近かった俺達は、小さい頃は仲良く、また時に一緒に修行をする友達のような存在であったのだ。大臣の下で魔法使いを束ねるようになってからはあまり交友こそ無いが、俺にとってシモンは数少ない信用の出来る男であった。だからこそ、もしかしたら奴ならば協力してくれるのではないか、俺は少しそんな願望を持っていた。だがそんな淡い期待はすぐに打ち砕かれることになる。
「どうして俺達がお前に協力しなければならんのだ?」
「シモン…… 昔のなじみで、どうか力を貸してくれないか?」
「断る。今回大臣からは、お前を見張れとの命を受けている。我々はその指示に忠実に動く。ただそれだけだ」
魔法使いのリーダーであるシモンの言葉を受けて、他の魔法使い達も、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら当然のように協力を拒む。
「魔法が使えないお前が、どうやって俺達と共に戦うと言うんだ!馬鹿は休み休み言え!」
「一体何を考えているんだ姫様は?あんな男のどこが良いと言うんだ?」
魔法使い達の嘲笑の中、俺はその場を後にする以外の選択肢は残されていなかった。。どうせ、協力など得られないことはわかっていたからそこまでショックは大きくはなかった。まあ、そもそもそんなショックを受けている余裕がなかったと言う事の方が大きい。
魔法使いの連中が協力してくれないとわかった以上、厄災に挑むには、戦力が足りなすぎる。それでも俺は、わずかな希望にかけてギルドと呼ばれる組織へ来ていた。腕っ節に自信のある連中が集まる、モンスター討伐のための組織。それがギルドである。
俺の家であるアレクサンドリア家が地盤を固めていたローナン地方、シーアン国内南部にあるこの地方は、かつて、シーアンの中でも重要な農業の地と言うことで発展してきた。その時から、ローナン地方の中でも力をつけていたのが、俺の一族であるアレクサンドリア家である。今の王家が王になるさらに前の時代より、シーアン国内で、アレクサンドリア家はその名声を高めていっていたのだ。
だが、豊かな地と言うことは、その恩恵を狙う輩が多いというのもまた事実である。幾度となく繰り返される戦火はローナン地方を巻き込み、ローナン地方はすっかり荒れ果てた地と変わってしまったのだ。それに伴い、俺達アレクサンドリア家の地位もだんだんと落ちぶれていった。
今や、すっかり退廃してしまったローナン地方は犯罪の犇めく、シーアンの中でも治安の悪い地域として再び有名になった。そして、ローナン地方自体が、首都であるリーハイから離れた場所にあると言うこともあり、今やシーアンの中でも、言ってしまえばさほど重要ではない地と位置づけられている。むろん、そういった事情があるため、ローナン地方に配属されている兵士達も、優秀な兵士ではなく、少し問題を抱えているような者達ばかりである。そんな兵士達など住民にとって全く頼りにならないことは目に見えている。そのため、ローナン地方では、ギルドに集うハンター達が、兵士に変わり実質モンスター達から住民を守る役割を担っていたのだ。
「厄災の噂はここでも話題になっている。だが、そんなちんけな額じゃ誰も引き受けないだろう。被害が出たと言っても、ここから大分離れたローナン大森林の話である以上、誰も協力はしないさ。自ら死にに行く馬鹿はいない。諦めろ」
「どうして、俺達が政府に協力しなければならないんだ?住民に大きな被害が出たのならまだしも、今回襲われたのは兵士キャンプだそうじゃないか?それよりこっちは別の案件で忙しいんだ!あんたらにかまっている暇は無い」
わかってはいたが、誰もモンスター討伐の任を手伝ってくれるハンターはいなかった。今回大きな被害を受けたのは、あくまで兵士であり、まだ住民には被害は出ていないという現状で、普段から役立たずの兵士達を嫌っていたギルドの面々が、協力してくれると言うことはなかった。
それからも何日も、ギルドに通って仲間を集めようと試みたが、なにも進展がないまま、時だけが過ぎていった。頼んでも頼んでも、皆に断られ続ける現状に、もうすでに精神の限界も近づいていた俺は、ギルドから少し離れた場所にあった酒場でついつい愚痴をこぼしてしまっていた。
「わかってはいたけど……」
「やっぱり厄災相手となると、誰も引き受けてはくれませんね……」
「クソッ!それにしてもあの姫様は一体何を考えているんだ!それにあの大臣め!俺を都合良く排除できるとわかったら、あんなに嫌らしい笑みを浮かべやがって!」
「まあまあ、ルカ様…… ある意味ではこれは大きなチャンスではないですか!姫様に気に入られるなんて、そんな幸運なことはありませんよ!大丈夫です!きっとルカ様なら…… どんな高い壁でも乗り越えられる。ネルはそう信じております!」
俺の隣で愚痴を聞いてくれているのは、昔から俺の身の回りの世話をしてきてくれたネルという少女である。剣の腕も相当高く、基本的に何でもこなしてくれるネルは、あるときは俺の右腕となり、また常に俺のことを支えてくれる、無くてはならない存在であった。
ネルの言葉も確かに事実である。見方を変えれば、こんなチャンスなんてそうそう巡ってくるものではない。俺も最初はそう考え、東奔西走ひたすらに駆け回っていたのだ。だけど、そうは言っても俺の前に立ちはだかる壁は、超えるイメージすら湧いてこないような、言ってみればどこまでも高くそびえる断崖絶壁のような壁であった。登ろうと思っても、どこから手をつけて良いのかわからない。まさにお手上げ状態である。
ディーナ姫がどこまで本気であんなことを言っていたのか俺にはわからない。そもそも、こんな俺が急に王になるだなんて、姫の結婚相手に選ばれるだなんて、そんなうまい話があるのだろうか? 俺はただ姫にだまされているんじゃないか? 冷静に考えれば、俺と姫では身分が違いすぎるし、結局姫は、口ではおぬしが良いと言いながら、都合良く災厄に挑んでくれるような兵士を探しているだけなのではないか?
いや、そうにちがいない。やっぱり俺が姫と結婚するなんて考えれば考えるほどおかしな話である。そう思った瞬間、一気にやる気が失われていくのを感じた。全てのことがどうでもいいと言う感覚が俺の身体を支配する。
「なあ、ネル……もうこうなったらいっそのこと隣のエンディア国にでも2人で一緒に行ってみないか?美しい女王が統治する緑豊かな国だそうじゃないか!親父ももういない今、別にシーアンに縛られる必要なんて無いじゃないか……」
俺の言葉に、一瞬ネルは驚いたような表情を浮かべ黙りこんでしまったが、次の瞬間には、何処かぎこちない笑みを浮かべながら、それでもネルは、俺の言葉を肯定してくれたのだ。
「それもいいですね!ネルはルカ様と一緒ならどこまででも着いていきます!」
「そうだなあ、世界を旅するというのも悪くない。聞けば世界にはこのシーアンよりももっと豊かで、そして、平和な国々もあるというじゃないか!」
だんだんと言っていて空しくなる。もちろんそんな事など出来るはずがないというのはわかっていた。どうせ、あの大臣お抱えの魔法使いの連中が、今も俺達を見張っている。もし、逃げるような素振りを見せようものなら、国家に反逆したと罪を被せられ、始末されるのが関の山である。腹立たしいことに、俺は姫と大臣の掌の上で踊ることしか出来ないのである。こんな状況、文句の一つも言いたくなる。
だけど、それでも俺はやるしかないのだ。ネルのためにも、そして自分自身のためにも。
「……もうちょっとだけ…… 粘ってみるよ。ネルは先に帰っててくれ」
何かを察したように、ネルは俺に優しく言葉をかけてくれた。
「……わかりましたルカ様!では、ネルは食事を用意してルカ様のおかえりをお待ちしておりますね!」
静かに酒場の扉を閉めたネル。ネルがいなくなった酒場の中で、俺は急に孤独に襲われていた。狭かったはずの酒場が急に広くなったかのように感じる。まるで、世界に1人取り残されてしまったかのような感覚である。断られる事なんて平気であったはずなのに、1人である事なんて平気だったはずなのに、皆にあざ笑われ、転がされ、何も上手く言っていないという現状に、そして何よりもネルに気を遣わせてしまったという自らのふがいなさに、俺も我慢の限界であった。
「くそったれ!」
俺は勢いに任せて、目の前にあった酒を一気に飲み干した。もうどうにでもなれと、完全にやけになっていたのだと思う。そこから先は良く覚えていない。どの位の時間が経過していたのかはわからなかったが、俺は机の上で突っ伏せるように眠っていたようだ。朦朧とする意識の中、何とか重い身体を起こし、体勢を元へと戻した。
だんだんと気持ち悪さが増していく。視界が回り出し、何とか身体のバランスを保っているのも、やっとというような感覚。気持ち悪さが、荒波のように押し寄せてくる。
そして、激しいめまいの中、俺の耳に不意に誰かの声が届いてきた。
「だ、大丈夫?」
温かい、そして優しい感触が急に俺の背中へと伝わってくる。女の声…… だけど、ネルの声とは違う。一体、誰なんだろう? そう思ったまま、ふと顔を上げると、俺の目に映ったのはどことなくディーナ姫に似た美しい少女の姿であった。
「ディーナ姫……?」
いや、ちがう。まだ朦朧と意識の中でもそれはわかる。なにより、こんな所に姫がいるはずがないのだ。
でもどうして、こんな少女が1人で酒場に……?いろいろと疑問点はあったが、今はそれどころではない。何とか気持ち悪さをこらえるので精一杯であった。そんな俺の様子を見た少女は、俺に向かってコップを差し出してきた。
「これを飲んで。ゆっくりで大丈夫。ちょっと苦いかもだけど……」
見ず知らずの言ってみれば怪しい少女である事は言うまでもないが、俺の直感がこの子は決して悪い子では無いと告げていた。そして、何よりもこの嘔気の連鎖攻撃から抜け出したい一心で、藁にも縋る思いで、俺は少女の差し出した飲み物を一気に飲み干した。口に入れた瞬間こそ、苦しかったが、だんだん身体に浸透していく感覚と共に、荒れ狂う波のように押し寄せていた気持ち悪さが少しずつ退いていく。
「だ、大分楽になった……ありがとう……」
「それはよかった!気をつけないと、飲み過ぎだよ!ずいぶん辛いことがあったようだけど、なにかあったの?」
俺の言葉に少女は優しい笑みを浮かべていた。先ほどまでは顔をしっかりと見る余裕はなかったが、改めてよく見てみると、やはりどことなくディーナ姫に似ている。白と黒の混じった長い髪、そしてほのかに赤みがかった瞳は、吸い込まれそうなほどに吸い込まれそうなほどに深く、神々しさすら俺は覚えていた。少女とは面識こそ無かったが、どうも初めて会ったような気がしなかった。
だからこそ、俺は見ず知らずの少女に向かって、今の俺の現状を話し始めたのだと思う。きっと、彼女なら俺の苦しみをわかってくれるはず、共感してくれるはず。そんな独りよがりな感情を乗せて。
「……なあ、あんたは厄災って知っているか?」
「厄災?名前からしてロクなものじゃないってことくらいはわかるけど……」
首をかしげながら少女が答える。厄災を知らないなんて、本当に何者なのだろうか?そう疑問を投げかけたい気持ちを抑えつつ、俺は厄災について、少女に説明を始めた。少女は俺の話を真剣な顔で、聞いていてくれた。
「厄災……文字通り災害とも言えるような力を持った存在。遙か昔より、シーアン国内では何度も普通では考えられないような規模の被害が起きた事例が報告されていて……。例えば、軍隊が一個小隊ごと全滅したり、村一つが一晩で壊滅したりと…… 要はそれほどの被害をもたらすような存在のことなんだ」
「……とんでもない力を秘めている奴だというのはわかった。それで、その厄災とやらと、あなたがどういう関係があるの?」
「最近、このローナン地方で厄災による被害が報告されたんだ。あんたはローナン大森林って名前を聞いたことがあるか?」
「うん、この街から少し離れた場所にある強力なモンスター達のすみかでしょ?」
「近頃、ローナン大森林の近くにある兵士達のキャンプが厄災によって襲われたらしくてな。それで、俺にその厄災討伐の任が回ってきたというわけだ。ギルドで同行者を探しては見たけど、当然同行者は見つからない。なんと言ってもローナン大森林、それに相手はあの厄災だ。自ら死にに行く馬鹿な奴はいないさ」
「なるほどね。それで、一緒に討伐に付き合ってくれる同行者を探していたというワケなんだ」
「そう、だが情けないことに俺は力も無ければ、魔法も使えない。何度もあがこうとはしたさ!だけど、今の俺の全力を尽くしても無理だったんだ。 誰かの協力を得るどころか、自分の大切な人に格好悪いところを見せつけてしまった。本当に情けない……これじゃ、味方が見つからないというのも当然だよな」
完全に八つ当たりであるのは自分でもわかっていた。何よりも見ず知らずの少女にここまで感情的になれる自分が不思議であった。
感情的になった俺の様子を見た少女は、それでもなお、俺に対する態度を変えることなく、優しく笑いながら自らの懐に手を入れると、石のようなものを取りだして、俺の方へと手を伸ばしてきた。
「ねえ、これに触れてみて」
少女の手には、光沢のある小さな鉱石が載せられていた。見た目は、ただの鉱石と言ったような石であったが、初めて見る俺にもこの石がただの石では無いと言うことは一目でわかった。思わず引き込まれてしまいそうな、そんな不思議な力を感じ取っていたのだ。
「これは?魔鉱石か?」
「そう、でもただの魔鉱石じゃない。これに触れると、あなたが魔法を使えるかどうかわかる。これはそう言う石だよ!」
そんなものに触れなくても結果は分かりきっている。どうせ現実を突きつけられて終わるだけに過ぎないのはわかっている。だが、優しい彼女の声に引き寄せられるかのように、俺の手は彼女の手にある石へと、無意識のうちに伸びていた。
「これは……?」
「なんだ?黒く光ってる……?どういうことだ?」
「私もこんなに真っ黒に光ってるのは初めて見たからよくわからないけど…… 大丈夫、あなたも魔法を使えることは間違いないはずだよ!」
「俺が、魔法を…… 使える……?」
今までの事を思い返してみたが、魔法が発動したという記憶は一切無い。正直その少女の言葉を一番信じられないのは、他でもない俺自身であったが、不思議と魔法が使えるという、その言葉が俺の胸の中にすとんと落ちてきた。
「大丈夫!きっとあなたは、自分が思っているよりも…… すごい人間だと私は思うよ!」
笑みを浮かべながら、そう俺へと伝えてくれた少女。その表情に、俺もつい見惚れてしまいそうになった。あの魔法発現の儀式の日から、俺のことをすごい人間だと言ってくれる人は、ネルや使用人以外には誰もいなかった。世界からすっかり見放されてしまっていたように感じていた俺に取って、ある意味では、目の前にいる少女は希望の光とすらいっても過言ではないほどに輝いていたのだ。すっかり言葉を失ってしまった俺に向かって、少女はさらに言葉を続けてきた。
「ねえ、あなたローナン大森林での災厄の調査に同行してくれるハンターを探しているんでしょ?私もちょっと気になることがあって、ここにいるんだけど、一緒に連れて行ってくれる気はない?」
「おい、あんた本当にわかっているのか?ピクニックじゃないんだぞ!」
「わかってるよ。こう見えて私だって戦えるんだからね。信じられないだろうけど」
そう言って、少女じゃ背中に背負っていた2本の剣を俺に見せてきた。確かにしっかり手入れされているような立派な2本の剣を背負ってはいたが、到底、信じられるような話ではない。見た目は完全に戦いとは無縁そうな、むしろ何処かの国のお姫様と言われてもしっくりくるような、そんななりをしていたからだ。
そうは言っても、俺だって背に腹は替えられない。他に同行者が見つからない今、華奢な少女であっても、わざわざ一緒に行ってくれるという申し出は俺に取っては大変ありがたい話である。それに何よりももっと彼女と話したい。俺を認めてくれた、そして俺をすごい人間だと言ってくれた少女に、俺はすっかり心を奪われてしまいそうになっていたのだ。
「本当に良いのか?命の保証は出来ないぞ」
「大丈夫!自分の身は自分で守れるよ!」
「わかった、是非お願いしたい。俺はルカ。ルカ・アレクサンドリアだ」
俺の名を聞いた少女は、一瞬少し驚いたような表情を浮かべると、再び何もなかったかのように優しい笑顔に戻り、俺に向かって自らの名を名乗った。
「よろしくねルカ。私はイーナっていいます」




