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第10話 黒幕


 玄関の方に向かって進む、少し上機嫌なネルの足取りをみた俺は、何も言わずに、警戒を続けながら、ネルの後ろをついていった。あのときも玄関には血が落ちていなかった。少なくとも玄関を開けてすぐ襲ってきたというわけではないと言う事を俺はすでに理解していた。


 ネルが扉に手をかける。だんだんと俺の心音が高鳴っていく。


そして、ネルが扉を開けると、そこに立っていた男は、確かにあの夜俺を刺した男と同じような服装と体格であったのだ。男の腰にはとても人を殺すための道具に用いられているとは思えないような、しっかり手入れのされているであろう立派な剣が携えられていた。きっちりと整えられた髪、きりっと締まった表情、しっかりと整った見た目からは、とても犯罪を起こすような男には見えなかったが、この男に間違いは無い。俺はそう確信を持っていた。俺の顔を見た男は、何処か不気味な笑みを浮かべながら、静かに口を開いた。


「こんばんは。ルカ様も戻ってきているようですね……」


「ええ!お待ちしておりましたよ!どうぞ、応接室の方へ!今お飲み物を用意して参りますね!」


 ぺこりと頭を下げ、応接室の扉を開き、男を招き入れるネル。ネルの指示に従って男は無言のまま、応接室の中へと入ろうとしていた。何食わぬ顔で剣を持ったまま入ろうとする男に、俺は言葉をかけた。


「申し訳ないが、剣はこちらに預けてもらえないか?俺はまだあんたを完全に信頼しているというわけではないのでな」


 男は表情こそ変えなかったが、少し考え混んだような様子で黙りこみ、ゆっくりと静かに口を開いた。


「良いでしょう。ではそこのお嬢さん。こちらへ」


「まて、俺が預かる」


ネルを呼ぼうとした男を静止し、俺は男へと近づいた。意外にも、素直に男は俺に向けて持っていた剣を鞘ごと手渡してきた。


「これでよろしいですか?」


 まさか素直に差し出してくるとは思わなかった俺は、男の言葉に少し動揺を魅せてしまいそうになったが、何とか表に出さないように冷静を振る舞いつつ、謝罪の言葉を口にした。


「ああ、疑うような真似をしてすまないが、わかってくれ」


「ええ、大丈夫ですよ。私だってこうしてあなたの所に来ていることがシモン様にばれたら大層お叱りを受けてしまいますからね。何卒このことはご内密に……」


 今のところ、特に男に怪しい素振りは見られなかった。ネルが、入り口に近い方の椅子をひき、男に着席するように促す。男は、背筋をぴしっと伸ばしながら、ネルに促されるままに、ゆっくりと椅子へと腰掛けた。応接室の椅子に座った俺達の前に飲み物を用意してくれたネルは、そのままぺこりと男に向かって一礼をし、再び厨房の方へと戻っていった。ネルが出て行った応接室の中で、俺は男と二人っきりになり、どうにも気まずい時が流れていた。


「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよルカ様」


 笑顔を浮かべながら、男が俺に語りかけてくる。だまされてはいけない。この男は間違いなくあの夜に俺達を襲った男であるのだから。武器を持っていないとはいえ、何をしてくるか全く見当もつかない。俺は警戒を続けながら、目の前にいる男に尋ねた。


「あんたは俺のことを知っているのだろうが、俺はあんたの名前をまだ知らないんだ。良かったら聞かせてくれないか?」


「私の名前ですか?私はメンティラと言います」


 男は、俺の問いかけに全く動揺する素振りもなく、笑顔を浮かべながら自らの名前を口にした。これ以上、警戒したまま相手の様子を伺っているだけでは、全く話が進まないと判断した俺は、早速メンティラが今日ここに来た理由について問いかけた。


「そうか、メンティラ。ネルからは俺達に『業火の魔女』についての情報を教えてくれると聞いたんだが……」


「ええ、私はルカ様こそがこのシーアンの王にふさわしいと思っておりますから…… 是非ともルカ様のお役に立ちたいと思い……」


 どうやらメンティラという男は口が大変回るようである。聞いてもいないことを次から次へと話していくメンティラの話は全く終わりそうになかった。やれ、俺がどんなに王としてふさわしいか、そんな話を永遠と繰り返していた。流石にこのままでは、全く話が進みそうもないと思った俺は、メンティラの話を途中で遮るべく、口を開いた。


「わかった、わかった。だが、どうしてそこまで俺に肩入れしようと思うんだ?俺は言ってしまえば魔法が使えない。今のシーアンでは、魔法の力こそが正義。それはメンティラお前もわかっているだろう?」


 メンティラは、俺の言葉に一瞬黙ったものの、すぐに再び口を開き、相変わらず何処かつかみ所の無い笑顔を浮かべたまま、語り始めた。


「ええ、皆がルカ様は魔法が使えないとお思いになっているでしょうが、私にはわかります。ルカ様からは強力な魔力を私は感じ取っているのです」


「魔力を感じ取っている?」


「ええ、ルカ様は『スクナ』という名前をご存じですよね?」


『厄災:スクナ』。別名『常闇の魔女』と呼ばれる存在。


それは、数多の厄災の中でも、最も有名な厄災の名前である。この国で、その名を知らないものは誰もいないとさえ言われている、言ってしまえば、災厄の中の災厄。それがスクナである。


「もちろんだ。死を操ると言われる厄災スクナ。それが、俺の魔力とどんな関係があるんだ?」


「どこから話せば良いものか……そうですね、ルカ様はスクナについて、どの程度ご存じなのですか?」


 どの程度と言われても、俺はスクナについて、そこまで詳しいわけではない。なんと言っても、スクナは数百年前の厄災であり、俺も文献で少しだけ読んだ事がある位で、特別他の人よりもスクナについて、何かを知っているというわけでは決して無かったのである。


「申し訳ないが、そこまでスクナについて、詳しいわけじゃない。俺が知っているのは、スクナが死を操る厄災と呼ばれていること。そして、『スクナの呪い』くらいだ」


 厄災と呼ばれる者達は共通して凄まじい力を持っており、人々に甚大な被害を与えてきた存在であるが、スクナがその中でも特に有名である理由は、先ほど俺が言葉にした『スクナの呪い』が原因に他ならない。


 かつて今の王家であるエスメラルダ家がシーアンの国王の座を得る前、シーアン国をインティア家という別の家系が率いていた頃の時代の話である。インティア王家最後の王とされるイズサ王の時代、シーアン国内に1人の偉大な魔法使いが存在した。それがまさに今災厄とされているスクナであったのだ。神秘の力を用いたとされるスクナは一気に王や国民の信頼を得ていき、次第にその地位を高めていったらしい。


 だが、それはあくまでスクナの仮の姿であっただけにすぎない。


 王の信頼を得ることで、結果として権力を得ることに成功したスクナは、すぐにその本性を現した。イズサ王を自らの手で殺め、インティア家を滅ぼしたのである。


 そして、彼女はシーアン国を自らの手中に収め、欲望の赴くままに政治を行った。刃向かうものは殺し、自らは贅沢の極みを追求し、結果としてシーアン国内は大混乱に陥ったのだ。


 そんな中で、何とかシーアンを守るべく立ち上がったのが、現在の王家であるエスメラルダ家の1人であるタジクであった。タジクは、勇敢にもスクナに立ち向かい、スクナを討ち滅ぼした。だが、絶命間際のスクナはにタジクにある呪いをかけた。


「未来永劫、お前達エスメラルダ家を呪ってやる」


 新しく王の座についたタジクであったが、スクナを滅ぼした後、彼は不幸の事故ですぐにこの世を去ったと言われている。それからも代わる代わるエスメラルダ家がシーアンの王の座についたが、次々と原因不明の死が訪れ、世の中は再び恐怖に包まれた。


「こんなに王家に謎の死が続くなんて……これは『スクナの呪い』に違いない」


あるものが口にした言葉はすぐにシーアン国内に伝わり、それが今まで伝えられてきたというわけである。現に、エスメラルダ家の王は、若くしてこの世を去ることが多く、先代のワン王についてもそうであった。『スクナの呪い』によって、エスメラルダ家は短命の呪われた一家となってしまったのである。


「さすがルカ様ですね。よく勉強していらっしゃるようで」


 俺の説明に手を叩きながら、嬉しそうな表情を浮かべるメンティラ。だが、別に今の俺にとって、スクナのことなどどうでもいい。いくらスクナが強大な力を持っていたとは言え、所詮、大昔の厄災であるし、今の俺にはさほど関係の無い話であるのだ。


「それでもう一度聞くが、俺とスクナが何の関係があるんだ?」


「ええ、私にはわかるのです。あなたがスクナと同じような力を秘めていることを!あなたはスクナの生まれ変わりに間違いないのです!」


少しメンティラの放っていた雰囲気が変わる。隠しきれない狂気に似た様なものを感じつつも、おれは冷静にメンティラに言葉を返した。


「おい、さっきから何を言っているのか全く分からないぞ」


「……そう、あなたはまさにスクナそのもの!その力欲しい。欲しいィ!!」


 先ほどまでの柔らかな笑顔はすっかり消え、すっかり歪んだ笑顔へと変わったメンティラは、一気に俺のすぐそばへと近づいてきた。目の前にいるメンティラの表情は、まさに狂気としか思えないような、そんな表情を浮かべていた。ローブに包まれたメンティラの手元には、よく見ると短剣が握られている。


――まずい!


 豹変したメンティラの様子に、思わず俺は反応が遅れてしまったが、何とかすんでの所で、メンティラの奇襲攻撃をかわした。メンティラから距離を取りつつ、俺は腰に携えてていた自らの剣へと手をかけた。大丈夫、相手の武器はこちらが預かっている以上、奴の武器はあの短剣しかないはずだ。


「おい、一体なんのつもりだ?」


「言ったでしょう。あなたからスクナと同じ匂いがする。あなたのその力欲しい!欲シイィ!欲シイィィィィィ!」


 武器のリーチでは圧倒的にこちらの方が有利。だが、メンティラはそんな事などかまいもせず、持っていた短剣を武器に俺めがけて突っ込んできた。


「ルカ様!一体なんの騒ぎ……」


 不意に扉を開ける音が響く。騒ぎを聞きつけたネルが、俺の様子を心配して応接室の様子を見に来たようだった。だが、そのネルの行動は、結果として俺にとって最悪の状況を作り出してしまったのだった。


「……これは……」


 豹変したメンティラの様子を見たネルは、驚きのあまり硬直してしまった。その隙をメンティラは見逃さなかった。


 先ほどまで俺の方に向けられていたメンティラの殺意は、一転、ネルへと向けられた。きびすを返し、応接室の入り口に立っているネルに向かって突っ込んでいくメンティラ。


――だめだ、奴の方がネルに近い…… 間に合わない……!


 ドスッと言う低い音が応接室に響き渡る。何が起こったのかわからないと言った表情で、ネルは、ただ俺の方を見つめていた。


「ルカ様……」


 一言力なく呟き、そのままメンティラに身体を預けるように倒れ込むネル。メンティラは、無残にも短剣を勢いよく引き抜き、こちらを振り返った。支えを失ったネルの身体は、そのまま静かに床へと崩れ落ちていった。


「メンティラアアアア!!貴様!!!」


 またしてもネルを救えなかった自分のふがいなさへの怒りから、冷静をすっかり失ってしまった俺は、刀を構えたままメンティラへと突っ込んでいく。お前だけはゆるさない。その思いを込めた俺の一撃は、メンティラの左腕を抉った。


 ぼとっという音と共に、床に落ちるメンティラの腕。だが、メンティラはなおも狂気の笑顔を浮かべたまま、血の吹き出す左腕を憂うことなく、俺の方へと語りかけてきた。


「いいですねえ。いいですねえ。その怒り。憎しみ。身体から溢れ出る力!私にもっと見せてください!!」


「黙れ…… 黙れ……!!!」


 こちらを挑発するように、何かを語っているメンティラ。だが、もはやメンティラの言葉など俺の耳には届いてこなかった。ここで、お前を殺して!ネルの敵を……!


――いや、仮にこいつを殺したとして、ネルはどうなる?


 メンティラの無慈悲な一撃は、ネルの胸元を一突き、完全に急所をついていた。おそらく、ネルがここから生き返るというのは、奇跡に近い話であろう。だが、俺にはその奇跡を起こしうる力があるのだ。もし、俺がスクナの力と同じように、『死を操る』という力があるとするならば。


 どのみち、ここでメンティラを殺したところで、ネルはいないし、業火の魔女を俺1人で討伐することなど不可能である。俺にはイーナを殺すことなど出来ない。実力的な意味でも、感情的な意味でも、そんな事出来るはずがないのだ。


 血の気が引くように、すぅーっと身体から力が抜けていく。そう、後は俺が覚悟を決めれば良いだけだ。確かに死ぬのは怖い。もう2回も体験してきたが、あれほど気分の悪いものなど他にないだろう。


 だけど……


 俺にとって、死よりももっと怖いことがある。そのためなら、死ぬ事なんて痛くも痒くもないのだ。


 不思議と笑みがこみ上げてくる。それでも本能が、死というものを恐怖しているのだろう。俺の身体は自分でもおかしく思えるほどに、ガタガタと震えていた。


「おや?どうしたのですか?そんなに震えてしまって?大切な人を失った怒りからか、はたまた死への恐怖からか?」


 余裕そうな笑みを浮かべるメンティラ。本当に気に食わない男である。今すぐこの手で殺してやりたいくらいに。だが、俺はその道を選ぶつもりはない。


「どっちだと思う?」


 震える口をなんとか操り、俺はメンティラに言葉を返す。


「さあ、あなたの場合は全く読めませんね。実に面白い。最期にそんな表情をうかべる人間をワタシは今まで見たことがありませんから。そんな面白いあなたに、冥途の土産として、面白い話をしてあげましょう!」


 ゆっくりと口を動かしながら、俺へと近づいてくるメンティラ。その不気味な声が俺の耳へ届く。


「……一人目の被害者は髪の長い若い女性でした。恐怖に支配されながら死にたくない、死にたくないと泣き叫ぶ女性。胸を一突きすると、たちまち女性は動かなくなりました」


 ――なんだ、何を言ってやがる。


「……二人目の被害者。彼女は面白いことに抵抗してきたのです。私は彼女の攻撃をすべて受け止め、彼女に絶望を見せつけました。私にかなうわけなどないのだと。そして、彼女は絶望の果てに、自ら武器を下ろし、私に殺されることを選んだのです」


――だまれ……だまれ!


「三人、四人、もう何人刺したのか、覚えていません……しかし、あの最後の瞬間、命が散る瞬間というのは本当に美しい。死を操るというのは、こんなにも快感なのです!」


一歩、また一歩とメンティラが歩みを進める音は、まさに死神の足音であった。今すぐに逃げ出したいほどに怖い。だけど。


 剣を握る手を緩める。死神の足音をかき消すかのように、剣が床に落ちる音が鳴り響く。そう、これはゴングなのだ。メンティラ、お前の死へのはじまりの音なのだ。


 不思議と身体の震えが止まる。死を目前に、俺はなんだか無性に面白くなってしまい、ついつい口元が緩んでいた。目の前に来たメンティラは、不思議そうな表情で、俺の顔を見つめると、先ほどまでの狂気の表情はすっかり消え去り、きょとんとした表情を浮かべ、俺に問いかけてきた。


「何がそんなにおかしいのですか?」


 そんな事わかりきっていることである。


「……未来永劫お前を呪ってやる。お前は死の輪廻から抜け出せない。全てを失うのは……おまえだ。メンティラ」


「いいですねえ!いいですねえ!是非楽しみしていますよ!では、さようなら」


 俺の言葉を聞いたメンティラは、再び狂気とも言える笑みを浮かべ、そのまま持っていた短剣を俺へと突き刺した。


――お前は絶対に許さない。何度だって俺は生き返って…… 今度こそお前のその歪んだ笑みを絶望に変えてやる。


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