31 熱烈な(騎士たちの)お出迎え
(もうこれ以上は爆発しないみたいね)
盛大に爆発した後、ベルゲニオンの群れが散り散りになっていく光景を、私は呆然と眺めていた。あれだけしつこく追ってきていたはずなのに、生き残った魔鳥たちはもうこちらを見る余裕すらないみたいだ。棲み家であるエルゼニエ大森林の中に、ヨロヨロと飛びながら帰っていく。いつのまにか、公爵様は防御の結界を張っていてくれたらしい。私たちの周りは薄い金色の魔力に覆われていて、爆風により飛び散った何かが、私のところに届く前に「ジュッ!」と音を立てて消えていった。
「さて。大事ないか、メルフィ」
爆発の余波(何かが焦げたものとか羽根とかの飛び散った残骸)が、ようやく収まりをみせてきた。遥か上空から、騎士たちのドラゴンが降りてくるのを確認した公爵様が、パチンと指を弾く。すると、私たちを包んでいた金色の結界が消えて、眩いばかりの青空が広がった。
「大丈夫です……あの、公爵様。私、とんでもないことを」
「何を言う。お前の機転のおかげで助かったぞ」
「ですが、まさかこんな風になるなんて」
公爵様が、「国を滅ぼす武器になる」と仰っていたのは、こういうことだったのだ。ザナスの生命力とも言える魔力の塊を一気に使ったのだから、こうなることはわかりきっていたはずなのに。
(もしかしたら、私の研究は危険極まりないものだったの?)
私は、ようやくそのことに思い至った。魔物を美味しくいただくことばかりに集中していて、その副産物たる純粋な魔力の塊に見向きもしていなかったけれど、確かにこれは国を滅ぼすほどの武器にもなる。そう理解した途端に、私の身体が勝手に震え始めた。
「公爵様……私の研究は」
「ここでは誰にも何も言わせない。お前は、お前が思う研究に励めばいい」
「ですが」
「何も武器にすることはない。曇水晶に溜まった魔物の魔力は、お前がかまどの火に使っていたようにして使えばいいではないか。まずは屋敷で使ってみるか。色々と便利な暮らしになるかもしれんぞ?」
公爵様が、小刻みに震える私を外套で包み込む。公爵様の鎧は硬く冷たいけれど、その心遣いがとても暖かかった。
「公爵様のお屋敷で、暮らしに使う?」
「そうだ、メルフィ。かまどの火を起こすにも、着火石や魔法が必要だろう? 冬の長く暗い夜には、明かりも必要だ」
「そう、ですよね。魔力を小分けにして使えば、騎士たちや領民の暮らしも楽になりますよね?」
「地味だが、暮らしに使う魔力の消費量もばかにならないからな。きっと喜ばれるぞ」
公爵様の目が、私を優しく見つめている。その通りだ。今まで武器になんて使用したことはなかったのだから、これからもそんな風に使わなければいい。暮らしの中で使っていくのであれば、もっと使いやすいように用途に分けたらどうだろうか。曇水晶に、直接魔法陣を彫り込むのもいいかもしれない。火や明かりだけではなくて、部屋を暖かくしたり、冷たくしたり……。
マーシャルレイドでは、私の研究棟に好き好んで訪ねてくる人なんていなかった。だから私も、使わない分の魔力入り曇水晶は、自然に魔力が放出されるまで放置していたのだけれど。公爵様が使ってくださるのなら、無駄にはならないことになる。やはり魔物は、食べてよし、使ってよしの良いとこ尽くしの資源だったのだ。
私は外套から顔だけ出すと、公爵様を見る。公爵様は、私の趣味や研究を否定することはない。今もこうして、研究を禁じるのではなく、新しい道を示してくださった。
「公爵様、ありがとうございます」
私がお礼を述べると、公爵様は小さく横に首を振る。
「今回のことは、俺たちを救うための緊急事態だったのだ。もっと胸を張れ。お前のおかげで誰も怪我をすることなく、魔物の襲撃から逃れられた……感謝するぞ、メルフィ」
「いえ、使う者の力があってこそです。あの歪んだ文字の魔法陣を、全部発動させることができる公爵様のおかげですから」
私の描いた不出来な魔法陣全てを、いとも簡単に発動させた公爵様は、魔法師としても一流だと思う。子供時代は不器用だったなんて、絶対にそんなことなんかない。
「それなら、二人で協力した結果だ。我が婚約者殿は、中々にいい仕事をしてくれる」
「も、もし次に使う時は、もっともっと小さいものを使いますから!」
「ほう、それはいい考えだ。それならお前と二人で魔物を狩りに行くこともできるな!」
公爵様が嬉しそうに破顔する。二人で魔物を狩りに行くって、ベルゲニオンみたいな魔物がたくさんいるエルゼニエ大森林に?
「わ、私も一緒に魔物を狩りに行くのですか?」
「もちろん。これから冬に向けて、グーンビナー蜂の蜜巣やザッケルトの果実が旬を迎えるのだがなぁ……それを狙うギラファンや天狼などが出てくる。天狼は食べ物ではないが、ギラファンは多分美味いぞ」
グーンビナー蜂は、親指くらいの大きさの針のない魔虫だ。果物の蜜を集めるので、秋にはその巣が豊潤な蜜でいっぱいになる。その蜜も美味しいのだけれど、蜜を狙ってギラファンや天狼までやって来るなんて。ギラファンは、雑食性で、長い首を持つ四つ脚蹄魔獣だ。天狼は羽の生えた狼のような姿の魔獣で、神話によく出てくる神秘的で珍しい魔物だった。
「公爵様、天狼は、食物にはならないのですか?」
「ガルブレイス家の紋章にも使われているのだが。天狼はエルゼニエ大森林の守り神のようなものだ」
「守り神……」
「メ、メルフィ、天狼は食べては駄目だぞ? な?」
公爵様が、少し焦ったような声を出す。食べるなと言われたら食べてみたくなるのが性なのだけれど、さすがにガルブレイス家の紋章に使われている守り神には手は出さない……と思う。
『閣下ぁぁぁぁぁっ⁈』
と、どこか遠くの方から声が聞こえてきた。ベルゲニオンに向かって突っ込んで行ったミュランさんかと思い、私は下を覗き込む。でもミュランさんは既に本隊と合流していて、声の主ではなかった。
『閣下っ、先ほどの爆発はぁぁぁ』
またもや、声だけが聞こえてくる。どうやらドラゴンに取り付けられた共鳴石が、遠くの声を拾っているようだ。「ご無事でありますかぁぁぁぁぁ!」と叫ぶ声はどんどん近くなり、その声と共に、上空からものすごい勢いで真っ赤な火の玉が近づいて来る。同じ場所でまとまって待機していたドラゴンたちが、その火の玉に道を譲るようにして散開した。
「やっと来たか、ケイオス」
『防衛線から来たのですからこれでも早い方ですよっ!』
火の玉はそのまま私たち目掛けて降りて来る。そこで私はようやく、声の主の正体がケイオスさんだということを知った。
「遅い! もう俺とメルフィで片付けた」
『は? メルフィエラ様⁈』
私が見上げる目の前で、火の玉がぶわりと広がった。違う、火の玉ではない。これは、まさか……
「まあ、これが炎鷲なのですね!」
目にも鮮やかな真紅の翼が四枚。風切羽と長く美しい尾羽に魔力が宿り、まるで燃えているように見える炎鷲の背に、ケイオスさんが乗っていた。ケイオスさんのサラサラのはずの黒い髪が、ボサボサに乱れている。それに、少しばかり慌てているようにも見て取れる。
『こ、このば閣下! 遠見の魔法で見ていたのですからね! メルフィエラ様がおられるというのに、なんですか、あの魔法は! 何故あんなに無謀で極悪卑劣極まりない無慈悲な魔法を使ったのですかっ!』
ケイオスさんの怒鳴り声の勢いは凄かった……けれど、その「無謀で極悪卑劣極まりない無慈悲な魔法」を描いたのは、私だったりする。だって、公爵様や皆を助けるために仕方がなかったのだもの。確かに、目がくらむような爆発は、ベルゲニオンの群れを無慈悲にも焼き尽くしてしまったけれど。
そうこうしているうちに、炎鷲の集団が次々と舞い降りてきた。朱色の軽装鎧を身に付けた騎士たちが、あっという間に私たちを取り囲む。
『グルルルル……』
私たちが乗ったドラゴンが唸り、フスフスと鼻を鳴らして頭を上下させた。炎鷲に囲まれて、空の王者も心なしか居心地が悪そうだ。
『ベルゲニオンの群れにしては異常な様子でしたけれど。けれど! メルフィエラ様は騎士ではございません。閣下の『加速』もさぞかしお身体の負担になったでしょうに』
やはり、あのベルゲニオンたちは何かがおかしかったらしい。それでもケイオスさんがこんなに心配になるくらい、あの魔法は普通ではなかったようだ。少し、いえ、かなりやりすぎだったみたい。私はとっさに、謝罪しようと口を開いた。
「ごめんなさい、ケイオスさん」
『メルフィエラ様?』
「あれは私が――」
公爵様の『加速』の魔法はすごかったけれど、特に疲れや怪我もない。私が公爵様の外套をまくり、ケイオスさんに無事な姿を見せたところ、炎鷲に乗った騎士たちの視線が一気に集まった。
『か、可憐だ』
『小さい、可愛い、顔小さいっ!』
『このお方が閣下のお嫁さん』
『閣下ずるい』
『羨ましいです!』
『俺だって嫁さんほしい!』
『ひゃー、お人形みたいな人だなぁ』
『閣下、早く、紹介してください!』
炎鷲をギリギリまで寄せてきた騎士たちが、口々に叫び出す。可愛いと言われ慣れていないので、私は恥ずかしさから段々と顔が熱くなってきた。視線に耐えきれずに俯くと、またもや「可愛い」と連呼される。
「お前たち、見るな、メルフィが減る!」
公爵様が、私をもう一度外套の下に匿ってくれたのだけれど、騎士たちの興奮はおさまらない。
『減りません!』
『もっと見せてください!』
『剣盾弓で負けておとなしく留守番していたんですから、これ以上は待てません!』
『そうだそうだ!』
わいわいと盛り上がる炎鷲の騎士たちに、公爵様はこのままでは埒が明かないと思われたようだ。吠えるように「ええい、わかった! 警戒班を残し、このまま帰還する!」と叫ぶと、ドラゴンの手綱を思いっきり引いて鞍を蹴った。




