第三十二話 対峙
「ズリングはここ数十年で、このリティア大陸においても最も栄えた地とされる程に発展してきた。だが、今でもまだ充分に裕福な暮らしができていない者も少なくない。現状ではまだまだ足りないのだ。それに私が変えたいのは、この都市ズリングだけではない。災禍と悲劇に満ちた、この世界そのものだ! このリティア大陸全土に渡り……いや、その外の全てにおいても、魔物災害による被害と、食べることもにも困る貧困で溢れている! 私は、この世界そのものを変えたいのだ! そのために皆、どうか無力なこの私に力を貸してほしい!」
ゲルルフの声に、また拍手と歓声が沸き起こる。
アルマは白けた目でゲルルフを見上げていた。
「世界……ね。そんな広範囲を悪魔の力でカバーするなら、とんでもない数の生贄が必要になることだろうな。ゲルルフも、奴についてる悪魔も、一都市だけじゃ物足りないらしい」
アルマはゲルルフが本心を語っているとは微塵も思っていない。
だが、世界全土を自身の手で牛耳りたいという考えは本心だろう。
悪魔の力を借りた錬金術は強力である。
ただ、勿論相応の代償がついて回る。
マジクラでも悪魔と契約したプレイヤーはほとんどいなかったのだ。
悪魔に頼ったやり方で規模を広げていれば、いずれ取り返しのつかない形での破綻が訪れる。
ふと、アルマはメイリーの身体が揺れていることに気が付いた。
顔を見れば、目を閉じて鼻提灯を膨らませている。
アルマは人差し指と中指を揃えて伸ばし、メイリーの頬を軽く叩いた。
「起きろ、メイリー」
「長いんだもん。あいつの話」
「それじゃあそろそろ動くとするか。俺が合図役になってるからな」
アルマはそう言うと《魔法袋》から《龍珠》を取り出した。
「ちょっとばかり活躍してもらうぞ、クリス!」
《龍珠》が輝きを帯び、クリスがその実体を取り戻していく。
突如、水晶のドラゴンが現れたのだ。
一気に場は混乱に襲われていた。
「グゥオオオオオオオオオオオオオッ!」
クリスが首を持ち上げて咆哮を上げた。
それが《瓦礫の士》への合図であった。
前列付近で目隠しの煙が上がったかと思えば、そこから武装した《瓦礫の士》の兵達が塔へと押しかけ始めた。
同時に、塔から離れた場所で、建物の扉を破って無数のロックゴーレムが現れる。
地下通路を経由して近辺に忍ばせておいたのだ。
「どれだけ綺麗ごとを並べようと無駄だ! 仰々しく理想を語ってみせたが、ならば何故ズリングの中央部ばかりに目を向け、外側が荒れていることに目も向けず、世界だどうのと宣う? ゲルルフ、貴様に理想などない! ただ大義を騙りたいがために、偽りの理想を口にしているに過ぎぬ! 貴様の悪事、怪しげな術で隠しきれると思ってか? 悪魔に頼り、無辜の者の命を奪い、逆らう者は皆殺しにし、民を誑かし、虐げ……そうして貴様がやってきたことは、私欲を肥やすことに他ならない! 人を人として見ぬ貴様には、今ここで報いを受けてもらう! 儂ら《瓦礫の士》が鉄槌を下す!」
ロックゴーレムと共に後方に現れたカラズが、大声でそう宣言した。
アルマは彼に《遠響の指輪》を持たせていたため、遠くまでしっかりと声が響いていた。
この戦いは《瓦礫の士》とゲルルフの戦いであると、そう印象付ける必要があったためだ。
集まっていた民衆達が《瓦礫の士》の登場に慌てふためき、逃げ始めた。
悲鳴と怒鳴り声が飛び交う。
『フン、しかし、これではまるで我々が悪役であるな。さてアルマよ、暴れてやろうではないか』
クリスがゲルルフを睨んで息巻く。
「いや、お前はここまでだが」
『む……?』
アルマが《龍珠》を掲げると、クリスの巨体が光へと変わり、水晶の中へと吸い込まれて行った。
『アルマッ! 貴様! これは何の真似である!』
「いや、お前が目立つから合図に丁度よかっただけだ。周囲を威圧してくれるし、ゲルルフの兵も混乱させられるからな。でもお前……別にそこまで強くないだろ? デカいから的になるし、速度はメイリーに大きく劣るし……」
『なっ、なんだと!?』
「どうしてもっていうのなら使ってやるが……いいのか? お前、あの金ぴかゴーレムに一発殴られたら最悪死ぬぞ? 今から俺は、あっちの方へ向かおうと考えているわけだが」
アルマはゲルルフの傍に控えている、四体のゴールデンゴーレムを指で示した。
『……こ、今回は下がっておいてやろう。べっ、別に我が、お前なんぞのために戦う義理もないわけであるからな』
「それじゃあメイリー、頼むぞ」
「ん」
メイリーがその場で宙返りする。
彼女の身体が光に包まれ、小さな純白の竜へと変化した。
アルマはメイリーへと跨る。
メイリーは翼を広げ、宙を飛んだ。
高速で風を切り、ゲルルフの立つテラスへと接近していく。
「来たな、アルマ……! 今日を狙って来るとは思っていたが、開幕早々に本人が乗り込んでくるとは好都合だ。例の矢で射れ!」
ゲルルフの命で、彼の部下が一斉に弓を向ける。
塔の窓付近にも兵を忍ばせていたらしく、身を乗り出してメイリーへと弓を向けていた。
矢の先には、黒い液体が付着していた。
「病蛇アイアタルの毒血……とくと味わうがいい!」
ゲルルフの部下が叫ぶ。
放たれた夥しい数の矢がアルマとメイリーを襲う。
アルマは《魔法袋》より金属球を取り出した。
金属球は油の膜のように、淀んだ虹色の光を帯びている。
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《ガムメタル》[ランク:6]
錬金術師の生み出した夢の錬金金属。
即席で様々な形に変形させ、様々な特性を付与することができる。
ただ、あくまで手軽さと臨機応変さが売りである。
ある程度は錬金術師の力量でカバーできるが、完成品の能力値、特に耐久値には難がある。
また、空気を混ぜて質量を増やすこともできる。
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ローゼル戦でも使用した、変幻自在の錬金金属である。
「《アルケミー》」
アルマの手から放たれた光が《ガムメタル》を包む。
《ガムメタル》が膨らみ、半球状の盾としてアルマとメイリーを守った。
メイリーがテラスに降り立つ。
『ボクならあれくらい当たっても問題なかったのに』
「ゲルルフは悪魔由来の毒を持っててもおかしくないからな。安全策を取るに越したことはない」
《ガムメタル》が縮み、アルマの手許へと収まった。




