第二十七話 カルペイン特攻
「こっちはお前みたいな悪質錬金術師、何百人と相手取ってきてるんだよ。まさか初見殺しのクソアイテム投げつけて終わりじゃないだろうな?」
アルマは一歩前に出てカルペインを睨み付けた。
「す、す、す……すす、すぅ……」
カルペインはわなわなと身体を震わせながら、頭を抱えてその場に蹲る。
狂道化と恐れられていたカルペインも、圧倒的な実力差を示され、ついに心が折れたようであった。
「おい、フランカ、隊員を使って連中を拘束してく……」
アルマがフランカへとそう指示を出そうとした、そのときであった。
「すぅばらしいぃいい!! 見事である! このカルペイン、感服いたした! 私はこうも格の違いを思い知らされたのは、初めてゲルルフ様にお会いしたとき以来である! いや、あのとき以上の衝撃であるか! 私は今日、この場に来て本当によかったのである!」
屈んでいたカルペインが勢いよく立ち上がったかと思えば、声を張り上げながら激しい拍手をアルマへと送った。
感動のあまりか声が上擦っている。
目からは涙が溢れていた。
「なんだこいつ……」
予想だにしていなかった反応に、さすがのアルマもドン引きであった。
「ええ、ええ、認めましょう! アルマ、アナタは私よりも遥かに格上であると! しかし、しかししかししかし! ならば、いえだからこそ、私はここで立ち止まるわけにはいかないのである! アナタ程の錬金術師が、《瓦礫の士》の烏合の衆を庇いながらどう戦うのか、私にはそれが知りたくて知りたくて堪らない! アナタに、私の全てを受け止めていただかなくては! てはては! ては!」
カルペインは興奮した様子でそう叫んだ。
「ゾフィー! ローゼルといいカルペインといい、お前の兄弟弟子は馬鹿しかいないのか!」
アルマはゾフィーを振り返ってそう叫んだ。
「イヤですね、アルマ様ぁ。このゾフィーとお話した段階で、ある程度察しておられたのでは?」
ゾフィーが何故か誇らしげに胸を張る。
アルマは額を押さえた。
この世界の錬金術師は、マジクラプレイヤーとはまた別方面でぶっ飛んだ人間が多い。
いや、仮想世界ではなく現実世界として向き合った上で錬金術の研究に人生を捧げている人間なのだから、マジクラプレイヤーとの違いはそこの差なのかもしれなかった。
マジクラの上位プレイヤーも倫理観が薄いとはいえ、あくまでそれはゲームの中での話である。
現実で都市一つ壊しかねない錬金生物を躊躇いなくばら撒こうとする人間はいない。
「さあ、行くのである! 拠点の破壊と《瓦礫の士》の壊滅など、もはや二の次である! 狙いは錬金術師アルマである!」
「し、しかしカルペイン様、あれだけの数のゴーレムの前では……!」
カルペインの傍の部下が口籠る。
結局、カルペインのストーンイーターはまともに機能しなかったのだ。
アルマが執念で一日の内に準備したロックゴーレムが、既にこの場に六十体以上保管されていた。
対してカルペインの部下の兵はせいぜい二十人であった。
その上、この場にはアルマや《瓦礫の士》の隊員も揃っているのだ。
順当に衝突すれば、それだけでカルペイン達は鎮圧される。
アルマから見ても、明らかにカルペインは詰んでいる。
大した戦力も持たずに敵地に乗り込み、初手での大味な禁じ手ぶっぱ頼みであった時点で、そもそも勝負にさえなっていないのだ。
相手の対策不足を期待した雑な攻撃は、マジクラであれば初心者プレイヤーにありがちなミスであった。
ゲームに比べて実戦経験を積み辛いこの世界では仕方のないことなのかもしれないが。
「黙るのである! 私には策があるのである! この場の指揮権は私が持っている! 私に逆らうことは、ゲルルフ様に逆らうことにも等しい! 逃げれば無事で済むとは思わないことだ! さぁ、行くのである!」
カルペインが部下へとそう怒鳴りつけ、彼の部下が一気に部屋内へと攻め込んできた。
《瓦礫の士》の隊員達もそれに応戦する姿勢を見せる。
「いや、ここでは下がっていてくれ。下手に生身であの男に近づくと、何をされるかわからんぞ」
アルマは手を上げ、《瓦礫の士》の隊員達を止める。
「行け、ゴーレム。物量の差で押し潰してやれ」
アルマの命令で、奥に隊列を組んで並べられていたゴーレム軍団が動き出す。
早速カルペインの部下の一人がゴーレムに殴り飛ばされて気を失い、それを見た他の者が大慌てで逃げていく。
「無理です! この戦いはさすがに無理ですカルペイン様! 最早、戦いにさえなっておりません!」
一人が逃げれば、他の兵達も我先にと逃げ始めた。
「余裕そうだな。一般兵は放っておいていいが、カルペインは絶対に捕まえるぞ。あんな危険人物野放しにしていたら、明日どんな邪魔をされるのかわかったもんじゃない」
「主様、ボクも攻めた方がいい?」
メイリーがアルマへと尋ねる。
「いや、メイリーは残っておいてくれ。俺の傍から絶対に離れるな。たとえ一万分の一のリスクであったとしても、勝負を急いて保険を手放す理由はない。お前が下手に俺から離れたら、俺が何をされるかわからないだろうが」
「……ああ、そう」
メイリーがやや呆れ気味にそう零す。
「このゴーレム軍団で充分ケリは着く。狙いは俺なんだから、わざわざ俺の守りを弱めてやる必要があるか?」
どれだけ余裕であろうと、不要なリスクは取らない。
マジクラの鉄則であった。
アルマは前を向いて、唯一こちらへ向かってきている敵兵のカルペインへと目を向けた。
カルペインは自身の《魔法袋》より、瓶に入った土色のポーションを取り出してロックゴーレムの足許へと投擲した。
液体が飛び散った周辺の床が崩れ、ロックゴーレムの足が沈む。
カルペインはその横を駆け抜けてアルマへの距離を縮めてきた。
体勢を崩したロックゴーレムが大きく腕を振るう。
岩塊の拳がカルペインの頭部を掠めたが、カルペインは振り返りもしなかった。
「……《泥化のポーション》か。しかし、生身でよくぞあそこまでやるもんだ。一歩間違えたらロックゴーレムに殴り殺されかねないのに」
だが、《泥化のポーション》で足を取られたロックゴーレムも、即座に泥から足を引き抜いてカルペインを追う。
それ以外にも、まだアルマとカルペインの間にも何体ものロックゴーレムがいた。
とてもカルペインがそれら全てを乗り越えてアルマの許まで来られるとは思えなかった。
しかし、こうまでして接近を試みている以上、何かしらの策がまだ残っているのが事実であることは間違いない。




