60.
悪魔にすら恐れられるサンドラの笑みに、騎士団も怯えているし勇者一行はドン引きしている。この後、あの悪魔はどんな非道な実験に晒されるのかと思うと、悪魔が憐れにも思えてくる。
ただ一人、ロベルトだけは妹が嬉しそうで大変結構だ。
「良かったねサンドラ、これで私も顔を出せる」
そう言ってロベルトは、悪魔除けとして着けていたド派手な仮面を取り払った。
ちなみに、別にロベルトが顔を隠すことに意味はなかった。たまたまロベルトのために選んでいた悪魔除けが、偶然にも顔を隠す形ばかりだっただけで、サンドラにも兄の顔を隠そうという意図はなかった。
ただ、ロベルトは勝手に、妹が選んでくれる悪魔除けが全て顔を隠す形だから、悪魔除けのためには顔を隠すのにも意味があるのだろうと思い込んでいただけだ。
そして、ド派手で変てこなカーニバル仮面の下から、普通の青年の顔が出てきた。
正確に言うと、非常に整った顔立ちの爽やかな美青年が現れた。
「……まあっ……!!」
思わず声が出たのはアリシアだった。ブワッと花が咲き乱れるような笑顔になる一方、仲間たちはあからさまに「うげ」という顔をする。
何を隠そう、アリシアは頗るメンクイであった。
これまでも顔に騙されて詐欺にあったり、敵を取り逃がしたり、メンクイが原因のやらかしは多々あったというのに、相変わらず顔が良ければその他は見えなくなるという彼女の悪い癖は治らないのである。
ちなみに、仲間のテオドールは元気なイケメン、ラーシュも彫りの深い男前なのだが、アリシアの好みは線の細い爽やかな美男なので、仲間たちには全く食指が動かない。ロベルトはアリシアの好みど真ん中だった。
さっきまで一人でカーニバルをしていた変てこ令息であることも忘れて、アリシアはすっかりロベルトの顔に見惚れている。
「聖女様、悪魔を滅するためにかなりの魔法をお使いになったということですが、お体に異常はありませんか」
ロベルトは何の含みもなくアリシアに手を差し伸べた。貴族令息として女性を気遣うのはマナーである。
彼は実家でこそ変な格好をしているが、他では普通の恰好をしているただの美青年なので、女性に見惚れられることには慣れていた。
「ええ、平気……あ、いえ、やっぱり少し疲れが……」
アリシアは頬をバラ色に染め、清楚な態度で儚げな声を零す。先ほど死に物狂いで死ねと叫んでいた女性とは、まるきり別人のようだ。
「それは大変だ、今すぐ宿泊先に送らせましょう」
宿泊先とはエドモント家の屋敷である。アリシアは小さく舌打ちをする。心配してもらえたのをいいことに、あわよくばロベルトに介抱してもらおうと考えていたらしい。
もしも、ロベルトに送ってもらえたとしても、行き先はあの魔界のようなフェルセン家の屋敷である。アリシアはイケメンを前にして、フェルセン家の屋敷の内装をすっかり失念しているようだ。
「どうすんだあの色ボケ」
「今回は相手に悪意はないから……」
「変な格好をしていたが、まあ……」
仲間たちは慣れたもので、アリシアの暴走を止めるべきかどうか冷静に話し合っている。自分たちに火の粉が飛んでこない限り、アリシアの恋などは正直どうでもいいのだ。
「アリシア、まだ被害者の治癒が終わっていないぞ」
テオドールは容赦なくアリシアを引っ張り戻した。彼は常に人命第一、好いた惚れたなどに配慮するデリカシーは持ち合わせていなかった。
「もうわかっていますわ」
「聖女様お願いします」
「お任せください」
テオドールに対して膨れっ面をしていたアリシアだが、ロベルトにお願いされたらキラキラと聖女の笑みになる。声もワントーン高くなる。
「流石、聖女様ですわ」
見事な切り替えにサンドラは称賛の拍手を送った。聖女としては褒められた態度ではないけれど、サンドラに嫌味はない。純粋な称賛だ。
フリーダとスウェンも無暗に倣う。恋に惑う聖女を魔族たちが称える絵面を、イフちゃんは冷めた目で眺めていた。
被害者の回復にはまだ時間がかかるだろう。悪魔という新たな敵の存在に、王国は更なる防衛策を講じなければならなくなった。
魔王が存在する限り、世界に平和が訪れたとは言えない。
しかし、フェルセン伯爵領を騒がせた行方不明事件は、死者もなく、めでたく解決したのである。
そして、サンドラを八年間怯えさせていた悪魔についても、有効な対抗策が見つかり、更なる研究の道が開けたのだ。
サンドラは晴れやかな気分で天を仰いだ。こんな解放感は八年ぶりだ。
「ふふふ……ホーホホホホ!! これでもう私に恐れるものはありませんわ!!」
天もサンドラの晴れやかさに触発されたように、ぐずついていた曇天からとうとう稲妻が地に落ちた。
「魔王かよ」
雷鳴の轟く中、サンドラの笑い声が響き渡る。遠慮なくツッコミを入れられるのは勇者テオドールしかいなかった。
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