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サンドラ・フェルセンは悪役ではない  作者: 稲垣コウ
優雅に決戦ですわ!
55/63

55.

 しかし、悪魔たちは希望を捨てなかった。


 自力で帰る力もなかったから、仕方なく人間界に留まり機会を伺っていたとも言うが、この世界を悪魔の力で恐怖のどん底に陥れるという大望を胸に、森の奥で潜伏を続けていた努力が、今ようやく報われようとしていた。


 目の前にいる人間たちだ。


 名前を聞く限り、魔王が細心の注意を払うようにと口を酸っぱくして言っていた勇者一行で間違いないだろう。


 ここに集まった五人ともが、肉体も力も最上級の人間たちなのだ。しかもお誂え向きに悪魔たちと同じ数だけいる。

 起死回生、どんでん返しの逆転特大ホームラン間違いなしの好機だった。

 勇者たちの身体を乗っ取ることができれば、本来以上の力を得るだけでなく、ここら一帯を自由に動き回ることができる上に、人間の最高権力者にも近付くことができる。力を取り戻せるだけでなく、魔王にも一目置かれる存在になるだろう。


 この機は逃せない、悪魔は再び夢と希望に燃えていた。


「その人たちを解放しろ」

「どうして我々があなたの言うことを聞かなければならないのです?」


 余裕しゃくしゃくの表情で勇者を嘲笑う悪魔だが、正直言って余裕のよの字もなかった。

 乗っ取っている人間の生命力は風前の灯火だ。人間なんて玩具にして一杯殺してやるんだ! と豪語して故郷を飛び出してきた悪魔だが、今ここでこの人間に死なれるのは拙い。悪魔もこの死にかけの人間の身体に縋ってギリギリ存在している状況なのだ。


「開放しないのならば力づくで……」

「そんなことをすればこの人間は死にますよ、まだ生きているのに」


 悪魔の言葉にテオドールは怯んだ。悪魔も内心すごく怯んでいたが、虚勢を張って不敵な笑みを保つ。力づくで来られたら絶対に勝てないので勘弁してほしかった。


 今回ばかりは悪魔にも幸いなことに、勇者は正義と勇気に満ち溢れ、人命を第一に考える心優しき青年である。

 やつの言うことは本当かと、テオドールがアリシアに目で問えば、彼女は少し自信がなさそうだったが頷いた。

 アリシアも悪魔の生態についてはほとんど知見がなかったけれど、一目見ただけで、悪魔に憑りつかれている村人の身体は弱り切っているとわかる。


 いや、たぶん聖女じゃなくても、誰が見ても弱り切っていることは一目瞭然だ。村人たちは五人ともやせ細り、悪魔に憑りつかれていなくても、死んだような顔色をしているだろう。中には腕や足があらぬ方向へ曲がっているものもいる。

 しかも、悪魔の力は村人の身体に根深く侵入している。あれを無理矢理引き剥がしたら、村人の生命も危うくなるのは間違いなかった。


「光魔法でどうにかできないのか?!」

 ラーシュの言葉にアリシアは青筋を浮かべる。

 存在すら否定されていたものに対抗する術なんて知るわけないだろう、と怒鳴り返したかったけれど、敵を前にして、対抗策がないなんてことを馬鹿正直に答えるアリシアではなかった。ラーシュのことは後で殴ろうと思う。


 しかし、一か八か光魔法が効かないか試すくらいは出来る。

 アリシアはテオドールの影に隠れる形で杖を構え、浄化の魔法を唱えた。

 白く輝く聖女の杖から、神聖なる力が光となって悪魔に憑りつけれた村人を照らす。


 結果は、何も起きなかった。悪魔がちょっとレモンを食べたようなシワシワの顔になっただけだ。


「くっくっく、そんな魔法は効きませんよ」

 小馬鹿にした態度で笑う悪魔だが、これもハッタリだ。初手で解呪の魔法じゃなくてよかった~、と内心冷や汗を拭っている。


 人間に憑りついている状態なら浄化の魔法も届かないけれど、解呪の魔法をかけられると、人間の身体から引き剥がされる可能性がある。

 悪魔単体になってしまうと、この世界では極端に防御力が弱まるのだ。普通なら浄化魔法ごときですぐさま消滅させられたりはしないけれど、聖女の浄化ではどうなるかわからなかった。


 だが、今の状態では解呪の魔法で無理矢理身体から悪魔を排除すれば、この身体も死ぬだろう。それを考えて、聖女も悪魔を追い出すのではなく、身体の中にいるままに消滅させる方を試したのだ。

 宿主という人質がいるというのが悪魔の命綱である。同時にこの人質こそが悪魔の最大の武器であった。


「まあ、我々としても死体に宿るのは気色が悪いのです、交渉の前にどうか治癒魔法をかけてくれませんか?」

 有りっ丈の虚勢を張って、悪魔は勇者一行に罠を張る。内心では拝むように、どうか治癒魔法をかけてくれと思っている。正直言って、死にかけの身体に憑りついているのは悪魔もしんどいのだ。


「敵を回復させるわけないだろう」

「いいのですか? 死にますよ? 先ほどあなたに吹き飛ばされたせいであの身体は肋骨が折れてますし」


 これ見よがしに後ろにいた一人が血を吐いて見せる。

 無表情で人間の損傷など気にも留めないという態度だが、ろっ骨が折れているのは本当だし、弱り切っている悪魔では死体を引き摺って走ることはできない。つまりこの勇者どもからはもう逃げきれない。血を吐いた悪魔は本気で血反吐を吐くほどギリギリの状況だった。


 だから、これが最後のチャンスである。

 人間同士の治癒魔法は身体を近づける必要がある。ほんの少しでも身体に触れることができれば、悪魔は人体から人体へ乗り移ることができる。一人を乗っ取ることができれば、他の奴らの身体を奪うとっかかりもできるだろう。


「早くしなければ勇者のせいで人が死にますよ!」


「この……悪魔が」


 はい悪魔です、と笑顔で応えそうになった。


 勇者が頷き、聖女が悔しそうな表情で一歩前に出たのだ。ここで村人の身体を治癒しても戦闘力は自分たちの方が上、逃げられることはないと勇者は判断したようだ。

 悪魔たちは努めて無表情に、近付いてくる生贄を舌なめずりして待ち構えていた。


 アリシアが手を伸ばし、血を吐いた村人に触れようとする。

 あと数センチメートルが待ちきれない悪魔が、聖女に向かって一歩踏み出そうとした瞬間、カッとその場が光に満たされた。


「眩し……!」

「な、なんだ!」


 勇者パーティーは眩しさに目を庇った。

次回、主人公が魔法少女らしくプリチーにキュアキュアに活躍します!


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