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43.

 サンドラの地下室に新しい照明が増えた。

 青白い光を発する丸い物体が、紐に繋がれてぼんやりと浮いている。一見すると発光する風船のようだが、それは自力でふよふよと動いているし、よく見れば丸い形から短い手足と蝙蝠のような羽が飛び出している。


 その傍らで、部屋の主であるサンドラはアフタヌーンティーをしばいていた。


 ほとんどの時間を地下室で過ごすサンドラは、朝は七時に起床し朝食を食べ、十二時に昼食、十五時にお茶、十九時に夕食、二十三時に就寝と、きっちり毎日同じ生活をすることで体内時計を整えていた。

 どれだけ甘やかしてくれる家族がいるとしても、引き籠っている上に生活がだらしなくなっては、人として終わりだという危機感は、サンドラ本人も持っているのだ。


 今日は朝から魔術の研究を行っていたため、フリーダとスウェンも一緒にお茶をしている。

 普通は使用人が主人と同じテーブルに着くことは許されないけれど、この地下室は治外法権だ。今のフリーダとスウェンは魔術師の助手という立場だ。


 その横で変てこな照明はフヨフヨと、泳ぐような藻掻くような動きをしながら浮いているのだった。

「おいおいおい俺ちゃんを照明器具として使うたぁ贅沢な精霊の使い方だな嬢ちゃ~ん、って、うぉい!! 誰が照明じゃボケェ!!」

 青白い照明は一人で勝手に喋っていた。勇者の力を借りて召喚した火の精霊である。


 放っておくとぴょんぴょん飛び回って鬱陶しいので、悪魔を捕獲するために用意していた縄で縛りつけたのだ。精霊が悪魔用の捕縛具で捕まっていいのかと思わないでもないが、悪魔用と銘打たれたものは実体のないもの全般に使えるらしい。


 縛られて浮いているだけの精霊を眺めて、サンドラは黙ってお茶を飲むだけだ。フリーダとスウェンも黙々と茶菓子を食べている。


 これは精霊のお喋りが詰まらないのもあるが、茶菓子が非常に食べ応えがあるせいでもあった。

 先日、謝罪に訪れた勇者パーティーの一人ラーシュが持ってきた手土産だ。

 一見するとドライフルーツの練り込まれたクッキーの砂糖がけだが、これが大変ぎっしりずっしり硬くて重くて甘い。


 日持ちを重視されているのだろうが、みっちりギチギチに詰まった生地に、砂糖漬けされて飴のようになった果実がゴロゴロ入っていて、更に外側を砂糖でガッチガッチにコーティングしているのだ。

 砂糖は贅沢品だから、これだけ砂糖を使っている菓子は大変高価なものだ。伯爵家へのお土産にするくらいだから味はとても美味しい。

 ただ、一日一個食べるので充分だから、箱一杯に詰まったカロリー爆弾のような菓子は、使用人たちにも分け与えられて、ちびちびと消費されているのであった。


 そのために、サンドラもフリーダもスウェンも、さっきから只管に菓子をモグモグすることに集中している。


 一口齧るごとにお茶が一杯空になる。クッキー一つ食べるだけで、フルコース料理を食べるくらいの時間がかかる。元より三人とも喋る方ではないけれど、それに輪をかけて、カニを食べる時と同じくらい静まり返っている。


 古臭い書物と謎の魔術道具が山と積まれた地下室で、黙って真剣に菓子をモグモグしている人間たちを眺めて、勇者がこいつらを魔族と呼んでいたのもわかるな、と火の精霊は納得していた。

 本物の魔族の方が、もしかすると賑やかな生活をしているかもしれない。お茶とお菓子で一息吐くためのアフタヌーンティーであるはずなのに、無表情でテーブルを囲む三人は、見ているだけで気分が滅入ってくる。


 一人で喋って一人でノリツッコミをしても誰も反応してくれないとわかれば、火の精霊は不満そうな表情で片手を下げた。手足が短いため藻掻いているようにしか見えなかったけれど、一応片手をビシッと上げてツッコミを入れるポーズをしていたらしい。

 ボケた人を軽く叩くのは前世のお笑い芸人の作法だと思っていたが、この世界にも同じような職業の人間はいるのだろうか。それとも精霊とは他の世界の知識なども持っているのだろうか。


 サンドラは精霊の一人漫才にはぴくりとも笑わないけれど、不可思議な行動を繰り返す様はじっと観察していた。


 その前髪の奥に隠れてほとんど見えないけれど、血のように赤い瞳にジーッと見つめられると、いかな強力な精霊だとて居心地が悪くなる。別に喋くりが滑って居心地が悪いわけではない。


「嬢ちゃんには高等過ぎる話題だったかな、そんなに見つめられると照れるって、惚れんなよブベェ」


 サンドラが何も言わないのをいいことに、火の精霊は小さな目を片方閉じる。目が円ら過ぎてよくわからないけれど、たぶん格好付けたウィンクをした精霊に、スウェンの杖が容赦なく刺さった。彼は年相応に良く食べるので一番に菓子を食べ終えていた。


「何すんじゃこんジャリ!! 俺ちゃんじゃなかったら動物虐待だからな!! 俺ちゃんだって精霊虐待じゃい!! いつまでこんなとこに縛り付けとんじゃそういう趣味か、ハッ、本当にそういう趣味なのあんたらイヤァ変態ブエッ」


 本当に手足が短いのでわかりづらいが、たぶん恥じらうように手を交差させて自分の身体を隠した火の精霊に、今度はフリーダの杖が刺さった。彼女はまあまあ小食なので、最初から菓子を半分にしていて、残り半分は後で食べることにしていた。


 ただ、いくら突いても一応は実体のない精霊なので、杖が貫通しても怪我の一つもない。煙を突くようなものだ。

 しかし、実体がなくても、いちいち身体を崩されると喋りづらい。力を込めていなくても、魔法の杖には多少なりとも霊体に影響を与える力が籠っている。


「暴力反対暴力反対!! 棒で突く前に言葉で伝える努力をしろよジャリども、というか本当にいい加減これ解いてくれる? 俺ちゃんお花摘みに行きたいんだけど」

 お花摘みに行くというのは、前世ではトイレに行くの隠語だったはずだが、やはり精霊は他の世界の知識があるのだろうか。サンドラは無言で精霊の観察を続ける。

精霊本人としてはシュッとしたカッコイイドラゴンになっているつもりですが、センスがないためにオオサンショウウオみたいになっているだけです。この世界にオオサンショウウオがいるかは知りません。


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