34.
「な、なにを……」
耐えきれずにアリシアが声を出してしまった。彼女の魔法使いの目には不可解な魔力の流れが見えるのだ。それが邪悪なように見えるのに、実際は邪悪な気配が一つもないから、尚更に気になって仕方がない。
ラーシュが目を血走らせて「詮索するな!」と無言で訴えているが、引き留めるのが少し遅かった。
「お構いなく、ただの邪気祓いですわ」
「ただの、じゃきばらい」
サンドラは声だけは深窓のお嬢様らしく可愛らしい。だから外見とのギャップで余計に気味悪く思えるのだが、本人には何ら悪気はない。
「我が家に入れる物は念のため全て邪気祓いを行っている、気にしないでくれたまえ」
「は、はあ、さようですか、ははは」
気になる!! という本音を懸命に飲み込んで、アリシアとラーシュは引き攣った笑みを返した。
サンドラとマルティンは無邪気な笑顔だ。マルティンなど邪気祓いの何たるかもさっぱりわかっていないが、サンドラのすることだから重要なことなのだと信じ込んでいるだけだ。
邪気祓いを終えた土産は、フリーダが速やかに厨房へと運ぶ。果物はそのまま食べられるものもあるが、貴族の茶会としては主人にも客人にも綺麗に盛り付けて出すべきだ。
フリーダが出ていったカーテンの前で、スウェンが結界を張り直すために謎の儀式を始める。
今日はこの玄関ホールに結界を張るのが精一杯で、屋敷内には普段使いの魔除けしかかけられていない。人が出入りするたびに、廊下へ続く扉に悪魔除けの結界を張り直す必要があった。
使用人が徐に黒魔術的な儀式を始めたが、マルティンもサンドラもそれを空気のように気にしないため、非常に気になるアリシアとラーシュも何も言えない。
特に魔法に造詣の深いアリシアは、埃を被った書物でしか見たことのない古代語を用いた魔法陣に、思わずソワッとしてしまう。そんなアリシアの雰囲気を感じ取ってサンドラもソワッとしている。
二人の令嬢の変化に気付いたラーシュは拙いと思った。
アリシアが耐えきれず一言でも魔術について質問すれば、彼女はこのまま屋敷の奥へと引き摺り込まれ、黒魔術の世界にどっぷり嵌まってしまうかもしれない。アリシアはこれで結構な研究者気質、ぶっちゃければ魔法オタクなのだ。
勇者が変態の誹りを受けた今、聖女にまで魔女の噂がたってしまえば、勇者パーティーは魔王城へ辿り着く前に解散の危機、ラーシュは無職になり貧乏子爵家の極潰しへと転落してしまう。
ここは俺がなんとかしなければ!! とラーシュは切羽詰まってガバッと頭を下げた。
「あの、先日のことを改めてお詫び申し上げます、あれは明らかに我々の失態、不審者の言葉に踊らされたこと、恥じ入るばかりです」
ラーシュは傍若無人と噂されているも、意外と真っ当な性格をしているので、起死回生の一手は、ただ今日の本題を切り出してアリシアの目を黒魔術から反らせるだけだ。
アリシアもハッと目を覚ます。黒魔術を使う使用人を凝視してしまっていたことを恥じ入りつつ、出来る限りしおらしく頭を下げた。
「ご無礼を働き大変申し訳ございませんでした、サンドラ様を乱暴に扱ったこと、テオドールも深く反省しておりますわ」
五日前の村での出来事は、いくら伯爵家の面々が有り得ないほど怪しい格好をしていたとはいえ、そこらの村人の話しにホイホイ乗せられ先走ってしまった勇者が悪い。そんな勇者を御せなかった仲間にも非はある。
当のテオドールは、未だにフェルセン家のことを魔族の手先と疑っていて、尚且つそれを隠す気が一切ない。
社会的な上下関係を意に介さない僧侶のイニゴと冒険者のアンスガルも、相手が伯爵だからと言って容疑者から外す気はないから、それも含めてラーシュとアリシアは今日ここに全力で詫びに来たのであった。
二人が頭を下げている間に、フリーダがワゴンを押して戻ってきた。玄関ホールに入る前にスウェンが対応し、何やら合言葉か呪文のような言葉を交わしていた。
行動がいちいち悪の組織っぽく大仰なのだが、ワゴンの上には普通に果物を盛りつけた皿と、新しいお茶のポットが乗っている。茶請けが果物ならばそれに合うお茶を出さねばならぬ、という貴族家として平凡な気遣いである。
フリーダが入ってくると、再びスウェンが結界を張る儀式を始めるし、サンドラがワゴンの上の物にまた謎の道具を振り回す。
話しの腰を折られたどころではないが、それ毎回やるのか、とアリシアとラーシュはこの家の習慣に少し慣れてきていた。
テーブルに果物と新しいお茶が並べられると、マルティンが改めて二人の客人に向き合った。
「あの日のことに関しては、既に謝罪はその場で受けている、娘に狼藉を働いたことは許せんが、こちらも村人の不審な行動を見抜けなかった落ち度がある、君たちだけの責任ではないさ」
「寛大なお言葉、ありがとうございます」
やはり、フェルセン伯爵は王都の評判通り公正で大らかな人柄だったらしい。怪しいのは服装だけだし、それも領地内だけだから、真っ当な感性と判断力のある人なのだろう。
アリシアとラーシュは胸を撫で下ろした。
「せっかくのお土産だ、頂こうか」
「ええ、いただきますわ」
「どうぞどうぞ」
マルティンは嬉しそうにフォークを取り、サンドラも顔は見えないが笑顔で皿に手を伸ばした。送り主のアリシアも笑顔で応じている。黒魔術から気を反らすことには成功したようなので、ラーシュも一安心して笑顔を作った。
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